郵便屋が手紙を届けに自転車を鳴らす。じりじりと照り返す熱を受け、汗をこまめに拭きながら次の配達先へと急いでいる。


 鳶の鳴き声が遠くの天から聞こえ、ぼくは顔を上げた。来訪者は、相変わらず目を背ける。そして、ぶっきらぼうにぼくに手を出した。

「あっこか、自分家」

 泪でぐちゃぐちゃになったぼくを見ないように、頭を撫でる。もう泣き止みたいのに、後から後から尾を引いて止まらない。

「そ・・・・・・だよ。そ・・・・・・こ」

 嗚咽が止まず、みっともない。もっとちゃんと出来る筈なのに。そう思うと尚更泪が溢れ出て、又うずくまってしまう。

「あかん、自分無限ループ入ってんで」

 今まで来訪者を背負っていたぼくの腕を引っ張り上げ、家へと向かった。

 帰ったところで誰も居はしない。去年の夏に居なくなったきりだ。夫婦仲は良くはなく、いつも家の中は厭な沈黙が漂っていた。それでも二人居てくれた家は、哀しくても淋しくは無かった。

少し古めの木造建築であるこの家は、一人で住むにはあまりにも広すぎて、楽しくなくても思い出が蘇る。

「なんや、こっちが苛めとるみたいやんか。早よ立ちぃな」

 半ば強制的に引っ張っていく来訪者は、土間の途中で止まった。そこには螢石や紫水晶、黒曜石、柘榴石などの原石が転がるように埋まっている。

「何や、綺麗な石コロぎょーさん転がってんで」

 来訪者は踏みつけないよう気をつけながら、奥の井戸までぼくを引きずって行った。

 ぼくの指示通りに進んで行くと、井戸はいつも通りに出迎えてくれる。周りには樹齢何百年もあるであろう木々が爽々としており、木洩れ陽の微かな温もりが躰を包む。ここだけは他とは逸脱した空間が広がっていた。

「うわー、何やここ。別世界みたいやん・・・・・・静かでえぇなぁ」

 少し興奮気味になっている来訪者は、井戸の前までぼくを引きずりきると、井戸の前の溜まり池に突き落としてきた。無論、水を張っているので濡れ鼠の状態になった。

「あははっ、堪忍な。でもあいこやろ」

 そう言うと、来訪者はぼくの方へと飛び跳ねてきた。大きな飛沫と波が押し寄せる。髪まで濡れて、もはや着衣の行水だ。押し倒すようにのしかかった来訪者は、何故か重さを感じさせない。触れ合う肌と肌の感触が広がって、溶け合うようにぼくが吸い寄せられているのか、吸い寄せているのか解らない。

 ただ、解ることはぼくと来訪者には替えの服が必要だということだ。 


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