一
夏風は涼しく揺れ、辺りに風を伴(ともな)って駈けて行った。総てのものを置き去りにして。
暑さもピークに達した午后二時の初夏。今年は例年に無く厳しい太陽光線が降り注いでおり、初夏とはいえ油断の出来ない状態だ。
家まで距離はさほど遠くなく、どんなに寄り道をしても十分とかからない。しかし、今までぼくは人を背負ったことが無かったので、十分以上もの時間がかかってしまった。
「・・・・・・歩けそうか」
肩に寄りかかった来訪者は、ぼくと目が合うと一度背けて、頷いた。余程ぼくのことが嫌いらしく、顔を向けるとすぐ逸らしてしまう。
当たり前だ。いきなり水を、しかも知らない相手に(例え熱射病だったとしても)ぶちまけられるなどとは思わない。もっとちゃんとした処置があった筈だ。
「ごめん」
口から零れたのは謝罪の言葉で、何故かぼくは哀しくなった。今にも泪が溢れ出しそうで、しかもそれが来訪者の目の前ということが、更に泪(なみだ)を誘った。
「・・・・・・何でそっちが謝るん」
来訪者はこちらを向かず、少し怒気の籠もった声でぼくに尋ねた。
「・・・・・・ごめん」
これでも自分の不甲斐なさは承知していて、それでも変われなくて。否、変わろうとしなくて。
「自分悪いことしてへんやんか、非がないのに謝んなや。寧(むし)ろ・・・・・・」
頬を伝う泪が来訪者に見つからないよう、ぼくも顔を背ける。次の瞬間体勢を崩し、家の目前で来訪者を伴い、熱い地面へと躰を打ちつけた。
「いッたたッ。何しとんねん、自分不器用か」
来訪者は濡れた服に土が付き、泥の様になったものを払い落とすと、ぼくに向かって言った。何も言えなかった。
地面にうずくまったぼくはしばらく動けなかった。今まで自分のものだとばかり思っていた場所は取られ、自分の心の内まで見透かされ。泪が止まらなかった。
「自分、泣いとんのか」
そう言うと、ぼくの背を撫でながら、
「悪かった、こっちのが悪かったから。もう泣きやみぃな」
そう言って優しく触れたその手は、冷たくそれでいて何故か温かかった。そして、煌めく来訪者の目はぼくをしっかりと見ていた。
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