第5話 安らぎ、そして

 鋭い氷のような、それでいてどこか虚ろな危うさを秘めた瞳だと思った。憎しみも無ければ、熱意も感じられない虚無的な視覚器官。綾瀬里美という少女は、その瞳に惹かれたのだ。


 低身長の男の子が、ごろつきによってたかって殴られている。物資不足から始まる急速な社会の不均衡。持てるものは従来の生活を維持し、持たざるものは昭和初期とも呼ばれる時代へと逆行するような社会環境において、職を失って軍人という選択肢を選ぶものも少なくは無かった。

 故にごろつきが職業軍人になることも、またよくある話で。外出中の軍人が酔って暴力沙汰を起こすなど、よくある話を通り越して、もはや風物詩となっていた。

 春先。地軸の乱れか、あるいは、パラレイドによる気候操作の影響か、雪がちらつく岩手県内の街にて。

 ごろつきどもに絡まれた綾瀬は、突如現れた男の子に救われた。華麗にごろつきを撃退してくれる。などというありきたりなことにはならず、相手の数は実に三人で、こちらは一人。一方的な戦いが開始されたのだった。


 「どうした? くそったれども。もっと殴ってみろよ」


 上等だと言わんばかりの尊大な態度で、小柄な青年が相手を挑発していた。背後を二人の男に抱えられ、正面からサンドバックのようにボコボコにされていた。目の上が切れて鮮血が頬を濡らしており、腫れた頬には痣が浮いていた。


 「わかりましたから! 付き合えば……許してもらえるんですよね?」


 綾瀬は必死で声を張り上げた。すらりとした男と並んで謙遜ない長身を小さく縮ませて、ごろつき三名に許しを乞うた。

 もとを辿れば綾瀬がごろつきらに『付き合って』もらえないかと声をかけられたのが発端だ。どんな付き合いを要求されるかわかったものではない。断ろうとした。断りきれなかったのだ。救いの手を差し伸べた青年はしかし、数の暴力にさらされ一方的な戦いを強いられていた。

 青年は血混じりの唾液を地面に吐き出し、犬歯を覗かせた。

 ごろつきのうち、青年をひたすら殴打していた男が、青年の髪の毛を掴んだ。


 「その程度か?」

 「しぶとい野郎だな」

 「ハッ。てめぇら金魚の糞みたいな奴らにいくら殴られてもきかねぇわ」

 「当分の間粥しか食えないようにしてやるからな、エェコラ!?」


 男が拳を振り上げる。その瞬間に群青に身を包んだ男が声を張り上げた。


 「お前らそこで何をしている!」


  巡回中の警察官だった。事情が何であれ、暴力沙汰に及んでいる市民を見て見過ごすことの許されない職業だった。


 「糞っ! 高田ァ! 警察のヤローは当分こねぇって話だったじゃねーか!」

 「うるせぇぶっ飛ばすぞ! 行け行け!」


 警察官は、ごろつき共が血相を変えて駆け出していく後を追いかけていった。

 青年は、男たちが一斉に手を放した事で地面に投げ出されていた。慌てて傍に寄ってハンカチで血をぬぐおうとする綾瀬の手を面倒くさそうに払う。


 「別に正義の味方ってわけじゃねーよ。あぁいう腐った連中見てると虫唾が走る。まさか鉄パイプでぶん殴るわけにもいかねぇし、殴りかかるほかねぇんだが――――……」

 「……でも、ありがとうございます。あなたがいなければ今頃……」


 ぺこりと頭を下げる綾瀬に、倦怠感溢れる仕草で青年が手を振った。


 「……あんた、その制服……」

 「はい。岩手校区……」

 「ふぅん。まさか同級生とはな」


 青年は言うなり学生証を取り出して綾瀬の前にかざして見せた。スポーツ刈りの目つきの悪い青年が居心地悪そうに写真の中央に鎮座していた。

 季節は春。すなわち、入学の季節。入学式をまじかに控えた雪のちらつく日だった。

 まさか同じ学び舎で日々を過ごすことになる相手だったとはと、片やつまらなそうに、片や嬉しそうに表情を崩した。


 「北上。北上………下の名前は嫌いなんだ。勝手に調べろ」


 青年こと、北上未来は名乗った。


 「私は―――」


 これが二人の出会いだった。入学後、すぐに岬という子が北上に絡み始めた。ふと気がつくと大神という無愛想な整備部も加わっていて。時代が時代ならば和気藹々とした人間関係が築かれて、夢のある未来へと繋がっていったのだろう。

 しかし、現実は幼年兵として最前線を支える身であり。

 迫りくる天使の名を冠されたイナゴの群れから市民を守るための盾として使い捨てされるのみで。

 数万体ものパラレイドの襲撃。そして、突如出現した四足型の巨大な新型パラレイドに対し、防衛隊は千歳・苫小牧防衛線を死守するべく、命を削っていた。


 『本部! こちら千歳空港防衛部隊! 新型パラレイドを視認。全高10m。四本足。速射型ビーム砲を備えたアンノウンが二百体接近中!』


 千歳空港は政府チャーター機・民間機を含む大小あらゆる航空機で溢れかえっていた。地獄と化した北海道から本土へと民間人を逃がすべく、多様な航空機が離着陸を繰り返していた。残りの逃げ道は海路と陸路だけだったが、陸路は大吹雪による閉鎖状態。海路は、パラレイドがもたらす大破壊によって海流がめちゃくちゃで、大時化で接岸さえままならない状況だった。

 89式幻雷げんらいに大型シールドを握らせ、ロングバレルの40mmカービンに専用の照準装置及びレーダードームを備えた、キャッスル・プリセットすなわち拠点防衛装備の正規兵部隊が、塹壕に下半身を埋め火砲を放っていた。皮肉なことに戦いは大昔の塹壕戦にまでもさかのぼれるようになっていた。ビームという直射砲を避けるための一つの手段として。

 新型パラレイドが出現したのだ。驚異的な装甲を帯びた流線型の六本足の蜘蛛が、マリオネットのような不気味な挙動で歩んでいた。球体の胴体下部から生えた砲身が俄かに煌くと、青赤黄色の七色の光線を機関砲かくやばらめいた。


 『糞ぉっ!』

 『頭部被弾! 照準が狂っちまった!』


 一機がシールドの中央に被弾。高熱を帯び、シールドがあまりの温度差に悲鳴をあげて砕け散る。咄嗟にシールドを投げ捨てた一機は、胴体に無数の穴を穿たれ前のめりに倒れ掛かった。

 もう一機は頭部を破壊され、それでも前方の敵を近づけんとしてカービンを撃ちまくっていた。空薬きょうが雨のように大地に降り注ぎ、積もっていた雪と反発して蒸気を散らす。


 『幼年兵隊はまだなのか!』

 『弾をよこせぇぇぇっ!!』


 戦場、いまだ遠ざからず。




 「銃身がへばってるか……交換しないととても使えないぞ」


 空港に臨時に設けられた補給基地にて、岩手校区と北海道区の生き残りたちが補給を受けていた。

 正規兵からなる防衛隊が幼年兵を前に出せとせがむ一方で、岩手校区は淡々と作業を続けていた。いかに恐怖を知らぬはみだしもの集団とて、銃を撃てば尽きるし、飛び跳ねれば推進剤を使い、ラジカルシリンダー等の駆動系が磨耗していく。時刻は既に夕方を過ぎ。17時をまわっていた。太陽は地平線に落ちかけ、気温は氷点下を通り越してマイナス二桁台を悠々と記録していた。

 パイロットスーツの上からどこでくすねたのか空港役員のコートを羽織った大神が、白い息を吐きながら作業をしていた。人が持つには余りある独立した動力装置を備える銃――つまるところ40mmカービンのアクセスパネルに端子を差して、パソコンを操作していた。


 『おい。代えの銃があるとでも思ってるのかよ』

 「ないね。ないが、腐っても整備部の前で整備不良を起こしつつある銃で出撃してくつもりかい。整備部がまた予算を絞られる」


 大神がきらりと眼鏡のフレームを光らせた。

 長時間の戦闘に加え北上の荒っぽい操縦に耐えかねたのか、機体コンディションは最悪だった。関節部は極度に磨耗し、ラジカルシリンダーはその数割が機能を損傷していた。となれば、機体各所に無数に配置したマガジンを撃っては捨て撃っては捨てを繰り返したカービンが第三国へ屑値で売り払うような劣悪なコンディションと化すのも道理だった。

 PMRと同様の構造ながら装甲を一切つけず武装やセンサー類さえない作業用PMRが、直立不動姿勢の星炎の腿の裏から推進剤を補給していた。別の方角では、本来ならば旅客機を運搬するためのカートが、PMR用の兵装を忙しそうに運搬していた。

 北上は、岩手校区の部隊が半数にまで減衰していることに気が付くと舌打ちをした。機体が擱座しついてこれなくなったもの。システムに異常をきたしたために、機体を放棄せざるをえなかったもの。などを含めてきちんと計測すれば半数が死亡したわけではなかったが――最低でも、ついこの前まで同級生だったものや、近隣の高校生らが数十人規模で死亡したことになる。


 「代えの銃ならできあがりそうだけどな。防衛連中が死にそうだぞ」

 

 北上が無情なセリフを吐いた。

 千歳空港からしばし離れた地点から戦の遠音が響いていた。ビームの炸裂音。音速を超えた弾丸が空気を引き裂く炸裂音。地平線に揺らめく大気を縫い、光線が乱舞していた。千歳空港防衛線で正規軍の大人たちが敵と鎬を削っているのだ。


 『暢気に喋ってる場合じゃなさそうだ』

 「まあ、待とうぜ。武器も無く特攻なんざごめんだね」


 苛立ちを隠せない大神へ、北上機がひらりと手を振って見せた。横合いに、岬機と綾瀬機がやってくる。

 岬機は、戦神が如き様相を呈していた。パラレイドの血管たる電子機器の回路配列やら、装甲やら、オイルやらで全身を彩っていたのだ。胸の装甲が開くと、ヘルメットを小脇に抱えた岬が姿を見せた。鼻から血を、口元は涎、目は今にも引きちぎれそうなまでに充血していた。快活そうなショートカットは乱れ、ふらつきながら手を振る様は幽鬼さながらだった。


 「はろー諸君げんきー? あっ大神っち補給物資とかどうなん、ありそうなん」

 「あると思うのか?」


 能天気なものいいに大神が口元をひくつかせていると、頭部は無く腕もちぎれた氷蓮が後ろを通り過ぎていった。


 「いやあったな。あれの武器とパーツがあるかどうか聞いてくる」

 「任せた」


 北上は自らの機体から這い出てくると、伸びをした。暮れ行く陽を見て顔を顰める。駆け足で氷蓮を追いかけていく大神の姿を見送りつつ、ハッチの縁に腰掛けて軍用ドリンクゼリーを吸う。

 隣側に立った綾瀬機から、長身の綾瀬が這い出てきた。ハッチを潜るのも一苦労。身を縮め、手足を調整しつつだった。


 「北上君、手伝ってあげたほうがいいんじゃないかな……」

 「なんで? 桶は桶屋だろ」


 北上はパックを機外に放り捨てると、ハッチの縁に身を任せ目を閉じた。ふと目を開くと綾瀬機が手を差し伸ばしてきていた。手を伝いしなやかな体が雪のちらつく外気を押しのけやってくる。北上が綾瀬の危うい足取りを掴むと、手元に引き寄せた。

 抜き身のナイフを思わせる北上の顔立ちと、柔和な顔立ちが至近距離で白い吐息をかけあった。


 「あ、あのねっ」

 「あん?」


 北上は綾瀬が言いよどみ、もごもごと言葉をかみ締めているのを見ると、顔を傾けた。耳を接近させたのだ。


 「言いたいことがあればはっきり言え。死なない予定ならいいが、見ろ。死地だぞ」


 淡々とした物言い。自分の命を勘定に入れない投げやりな態度だった。


 「明日があるかわからん。はっきり言うべきじゃないか」

 「………」


 綾瀬は自分の髪の毛を弄ってみたり口をパクパクさせてみたりと忙しかった。顔は林檎よりなお赤く、首元まで血色が回っていた。

 ようやく綾瀬が決心して顔を上げると、綾瀬にもたれかかるようにして北上が目を閉じていた。急病か。赤い顔を青に変えて肩を掴んだところで、規則正しい呼吸音が耳元を撫で上げた。


 「………すぅ……」

 「北上君……? 寝てる……も、もうっ! 勇気出して言おうとしたのに……! 馬鹿!」


 馬鹿、とののしっておきながらも小柄な肉体を胸元に抱えて離しはしなかった。

 北上が自分の命が惜しくないなどといいつつも、味方のために意識が切れるまで戦闘を続けてしまう理由。それは、死が恐ろしくてたまらないから、戦闘という行為に没頭するしかないからだ。戦場に放られた幼年兵の反応はさまざまだが、北上のような反応を示すものもまた少なくは無かった。現実を直視することを諦めて、戦に没頭する。現実逃避に他ならない。

 それを皆は知っていた。当然だ。自ら同じ気持ちを抱いているものも少なくは無かったからだ。

 綾瀬が、北上の髪の毛を指で掬った。


 「あのね……私は………」


 影が重なった。


 「あーあ。妬けちゃうなぁ。いちゃこらしやがってからに人の気持ちも考えてほしいなぁ」


 みさきは水筒を顔に傾けて血やら涎やらを清めていた。ぶるりと顔を振るう。顔の表皮が冷気で凍りつくようだった。

 岬満世みさきみちよは破天荒な言動や戦いっぷりからは想像も出来ないだろうが、敬虔なキリスト教徒だった。平和な時代ならば教会で奉仕をしていたことだろう。故に、自分が抱いている感情がよからぬことと知っている。主命にそぐわぬことを知っている。二つの影がコックピット・ハッチで一つになるのを見て、胸元で燃える感情を発散できぬまま、悶々とするしかなかった。

 北上は意識が飛んでいる。何をされたのか理解できないだろうが、綾瀬本人はこの上なく幸せそうだった。子供が戦場に赴くこの時代。思いを告げるどころか触れ合う機会もないまま死ぬものも少なくない。綾瀬は幸運の部類にいると言えた。

 作業用型星炎が、北上ら第57師団岩手校区幼年兵部隊 第六小隊機に補給を完了していた。作業完了を意味するサムズアップ。岬が手を振って応えた。

 遅れて、北海道区幼年兵部隊が到着した。状態は似たようなものだ。腕を失ったもの。足が無いもの。武器を使い尽くしたのかパラレイドの足をグリップにした即席武器を抱えている機体さえあった。

 北海道区戦技教導部“ヴァナルガンドは、いまやその数を半数にまで減らしてしまっていた。

 先頭を行くのは、火災に晒されて煤まみれの御巫重工みかなぎじゅうこう製の97式氷蓮ひょうれんだった。ビームの擦過傷。打撃の痕跡。三次装甲サードアーマーは剥がれ、二次装甲セカンドアーマーもえぐれている部位があった。ツインアイはその右側がへしゃげていた。その隣を行く氷蓮は損傷こそ少なかったが、関節部の油圧装置とラジカルシリンダーから白煙を噴いていた。戦神の腕を噛み千切る犬のエンブレム。エースを示す星のマーク。更紗りんな機だった。

 二機を含む教導部が、北上ら第六小隊の隣の補給所で止まった。

 更紗機にかばわれるように立っていた摺木統矢するぎとうやの機体が、膝を付いた。ハッチが開くと、汗で顔をびっしょりにした摺木が姿を見せた。


 「……くそっ! くそッ!!」


 摺木がハッチから出てくると、降車搭乗用のワイヤに掴まって地上に降りた。悪態を付きながらヘルメットを地面に叩きつけると補給物資のコンテナに腰を下ろし頭を抱える。


 「大勢死んだ……! 氷蓮ならやれるはずだった!」


 味方を守る。市民を守る。そのために新型に乗ることを許されていながら、得られた戦果はものの数時間相手を遅延させたことのみだ。実力が伴っていればいいのだろう。だが、現在の摺木には、それが無い。経験も無ければ死闘の末に何者にも負けない特技を編み出すことも、できていなかった。高性能装甲による優れた耐熱防御の実現。より高い反応性。新型のスラスターと軽量化によって得られた身軽さで、類まれなる推力重量比を得た新型機。

 同じく機体を降りてきたりんなが傍に寄り添った。疲労困憊の北海道区部隊員が出てくると、補給所に設けられた焚き火に当たっていた。


 「統矢、落ち着いて」

 「落ち着いていられるかよ! 何人死んだ!? 十人か? 二十人か? 何のために俺たちがいるんだ!? 弾除け? 弾除けにすらなってない、これじゃただの使い捨てにすらなってない!」


 摺木が絶叫した。立ち上がり補給物資の乗ったコンテナを蹴り飛ばす。

 

 北海道校区の同級生らはしかし驚くでもなかった。反応する気力さえ残されていなかった。焚き火に当たって転寝をしているものもいた。


 「まあまあ。コーヒーでも飲めば?」


 岬が機体から降りて焚き火に当たりに来ていた。明らかに支給品ではないコーヒー缶を放ってよこす。かろうじて反応した摺木は、しかし缶を再び投げて返した。

 次の瞬間摺木が動いた。地を駆けていくと、岬の襟首を掴んで持ち上げたのだ。


 「ふざけるな落ち着けだって? 俺は冷静だ」

 「冷静じゃないから当り散らしてるんじゃないの。みんなが君みたいなことを考えてないって思ってる? 大勢死んだよ。私たちも死ぬかもしれない。でも――」


 岬が摺木の冷たい手を掴む。たじろぎさえせずに、空を指差した。

 今まさにジェット旅客機が暗闇にヴァイパーを翼端から曳きながら昇っていく最中だった。少なくとも二百名の市民が脱出している最中だった。


 「命を守った。ご不満?」

 「………」


 摺木が押し黙る。旅客機がエンジンを唸らせ高度を上げていく音と、戦闘の音、そして焚き火の乾いた音だけが響いていた。

 摺木が手を放すと、岬からコーヒーを受け取った。プルタブを開けると中身を一息に飲み干す。長時間の戦闘で乾ききった体が歓喜に震えた。


 「悪かった。頭を冷やしてくる」

 「彼女さんとご一緒にその辺散歩してくれば? 補給終わるまで時間かかるしね。剣一本推進剤無しで突っ込めるならドーゾ」

 「彼女じゃない!」


 にししと笑う岬に摺木が手を振り歩き始めた。心配そうに控えていた更紗が眉を吊り上げる。

 岬はいやらしい笑みを浮かべて二人を見送った。摺木の言葉に思うことがあるらしい更紗が怒涛の勢いで詰問し始めるのを見つめていたが、飽きたのか視線を外した。

 暫しの休息に浸る巨人たちからは、発熱による揺らめきが昇っていた。

 幼年兵達が戦場に戻るまで、あと少し。


 しばらくの間だけ、安らぎを。







 「諸君らの犠牲があの巨人を打ち倒すことを願っている」


 寒冷地仕様の灰色と白の塗装を受けた最新式の氷蓮が、三小隊並んでいた。正規軍を意味するマーキングを帯びた機体がずらりと直立不動をとっていた。

 通常ありえない装備が氷蓮の背面と肩に装着されている。パラレイド戦において運搬手段を失った航空用の爆弾であった。

 暗闇を切り裂く光の幕の下に戦士たちが集っていた。男もいれば女もいる。いずれも年齢は若く―――頬の白さと赤さが目立っていた。

 皆が一斉に水杯を掲げた。

 司令官たる男は深々と頭を下げた。


 「愚かしい行いと笑うなら笑って欲しい。兵士を無駄に浪費するなどと笑って欲しい。承知の上の行動だ。しかし―――あの巨人を斃さない限り、日本は北海道どころか、領土を全て喪失することになる。いや、いつの日か人類全てが駆逐されることになるだろう」


 沈黙が満ちていた。

 男が顔を上げると敬礼をする。


 「辞退するならばいまだ。許可する」


 誰も首を振らなかった。

 男が言った。


 「出撃。目標セラフ級ゼラキエル」

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