第4話 戦場に咲く花

 ピィィィィ――――ッ―――……。


 途切れがちな甲高い音が鳴り響く。それはさながら雪と火の粉が入り混じる地獄の最前線に咲いた花のようだった。

 そしてそれは、進撃を合図する笛の音色だった。

 パラレイドがひしめく市街地だった地点にて、衝撃が駆け抜けた。音速に迫る速度で振るわれた長大な棍棒が、アイオーン級パラレイド数体をまとめて天高く跳ね飛ばしていた。いかに装甲が厚かろうとも、重量にして三十トンはあろうかという物体が衝突しては、関係なかった。

 鉄骨とコンクリートと重機や車のフレームを重ねた上に鉄条網を巻きつけた物体を握った歪な機体が、スラスターを数度吹かした。空中に躍り出るや否や、後付けフレームで強化された右腕を横に薙ぎ払った。

 たまらず、アカモート級がその足を半ばでへし折られ、姿勢を崩した。頭部らしき部分に据え付けられたカメラアイが赤く輝き、憎しみを放つ。あるいは、意思さえもないのかもしれない。命令に従いひたすらに人類を殺す戦闘兵器には。ぐしゃり。ナックラーの付いた左腕が弾丸のように放たれ、頭部を貫いていた。

 わずかな隙を縫い、マイクロミサイルの群れが岬機の頭上に覆いかぶさろうとしていた。


 『―――ッ゛  ぁあああっ!』


 岬満世みさきみちよ機――異型の94式星炎せいえんが腕を振り回す。棍棒の移動とともに、高速で機体が軸足ごと地面を滑った。棍棒に振り回されているようにも見えるだろうが、それは回避だった。一体のパラレイドを棍棒でひき潰しつつ、棍棒に振り回されることで射線から逃れたのだ。

 しかし、機体にかかるGたるや尋常なものではなかった。機体が慣性で振り回されるのに加え、スラスターで弾丸のように加速しているのだ。毛細血管が切れたのか、盛大に鼻血を垂れ流していた。


 『   つ、くぅぅぅ ぐるぅぅぅ!』


 鼻血が機体の振動で浮く。涙も頬を離れていた。水滴が壁面に落ちるよりも早く、操縦席ががくりと仰け反ったことで水滴があらぬ方角に吹っ飛んだ。星炎が急激な制動をかけてパラレイドの残骸を飛び越えたのだ。


 「そうら突っ込め! お気に入りの戦場だぞ!」


 北上機が前に出る。一体を速射で撃ち倒し、死体を足場に別の一体のアカモート級の甲羅の上に乗った。マズルフラッシュが花開く。たっぷりワン・マガジン分の弾丸を貰ったアカモート級が崩れ落ちるよりも早く、空中でひらりと反転し、弾をまきちらした。緊急離脱。銃を傾けマガジンを放ると、背中のマガジンを差し込む。

 怖気付いたパラレイドの群れ目掛け、殺気立った岩手校区の学生たちが襲い掛かった。ビームに飲まれ跡形もなく消え去った機体もあった。腕を失ったものも。そのはずだったが、止まる気配等なく、むしろ――。


 『おおおおおっ!』

 『突っ込め! 食い放題だぞぉぉッ!』

 『片腕損傷っ! まだやれるっ!』


 「突っ張り過ぎだ! 弾除け上等の幼年兵だからって!」


 摺木が声を上げた。言葉とは裏腹に、自らも氷蓮を駆り、至近距離から弾をばら撒き、懐に飛び込みGx超鋼ジンキ・クロムメタル製のブレードを振るっていた。どこか動きにぎこちなさがある――具体的には馬力に振り回されている――摺木機だったが、僚機たる氷蓮が短くスラスターを吹かし、接近しつつある脅威に教科書的な一撃離脱とおりま戦法を繰り出しては、パラレイドをスクラップに変えることでフォローしていた。機体への衝撃を最小限にとどめるためのやわらかい関節使い。戦技教導部エースたる操縦は、パラレイドの攻撃をかすらせもしていなかった。


 『統矢とうや! さらに増援を多数確認。このままじゃ彼らが飲まれちゃう!』

 『クソッ! 出るしかないか!』

 『前に出ます。統矢とうや! 突っ込みすぎは禁物だからねっ!』

 『わかってる。後に続けばいいんだろ』


 摺木を含む北海道区の部隊が困惑の声を上げたのも無理のないことだろう。パラレイドに対するキルレシオは、最新鋭の氷蓮をもってしても、そう高くはない。まして熟練度の低い幼年兵ではなおさらだ。

 死の群れに対し嬉々として“襲い掛かる”岩手校区の姿は異様だった。味方が撃墜されているというのに、友が死んでいるというのに、戸惑い一つ無く、銃を取り、剣を取り、攻撃していくのだから。

 岬の機体は、パラレイドの真っ只中に飛び込んでいた。敵の射線をかいくぐる最善の策。それは、射線を合わせることさえままならぬ超至近距離に肉薄することだ。もはや後方から岬の機体は視認できなかった。無線に獣染みたうなり声が響き、時折、戦場の真っ只中に衝撃とともにパラレイドだったものが巻き上がることだけが生存を証明していた。


 『よし騎兵隊の到着だな。引くぞ第六小隊。千歳空港防衛線まで後退する。北海道区、聞こえてようが聞こえてまいが知らんが俺たちはいくぞ』


 北上は言うなり、弾幕を形成していた綾瀬機の隣に降り立ち肩を叩いた。

 第57師団隷下岩手校区幼年兵部隊が一糸乱れぬ動きを見せた。武器を放り、マガジンも捨てて損傷機を抱えて離脱にかかるもの。対地ロケットランチャーを撃ちまくり、すぐに武器を放り逃げ出すものもいた。


 『第五小隊、第三小隊到着。装備、アサルト・プリセット。各機最大推力で当たれ。食って食って食いまくれ!』


 後退の意思を見せた岩手校区に対し、パラレイドがなだれ込もうとした。その後方横合いから殴りつけるように大型のプロペラントタンクを背面にぶら下げた部隊が、一気呵成に襲い掛かったのだった。

 両腕に大口径回転式機関砲を備え、両肩に対地多連装ロケットランチャーを備えたそれは、地上を滑走する隕石のような勢いをもってして、軍団に楔を打った。たちまち間延びしたパラレイド群の後方に区切りが生まれ、かすかな動揺が走った。

 パラレイドは奇妙なことに、機械でありながら、時折人間のような行動をとることが報告されている。動揺、それはパラレイドがとる行動のなかでもポピュラーなものだ。


 『撤退するぞ、後に続け』


 Gx超鋼ジンキ・クロムメタル製の日本刀型ブレードを両手に握った一機が、速度を維持したまま鋭角でターンした。踊るように雑兵たるアイオーン級の脚部を刈り取っていく。足を止めず、相手の撃破を確認するよりも早く次の敵に襲い掛かるやり方はまさしく騎兵隊のあだ名にふさわしいやり方だった。

 戦場に現れた嵐の出現にざわめいたパラレイドは、明らかに精細を欠いていた。事前に作戦を練っていた岩手校区はしかし、この内容を北海道区に伝えてはいなかった。そのためかいくらか動きに混乱が生じていた。

 疾風が駆けた。困惑し、うろたえる北海道区を率いる戦技教導部の長たる更紗りんな機が、腕部備え付けのランチャーを射出した。鮮やかな赤い煙がパラレイドの先頭集団目掛け落下した。


 『こちら北海道区戦技教導部“ヴァナルガンド”! 本部へ、支援砲撃を要請します!』

 『りんな! 撤退ってどういうことなんだ!』


 防衛線を抜かれれば千歳空港と苫小牧から脱出しようとしている民間人が殺戮される。というのに、岩手校区は今までの勢いが嘘だったかのように撤退を始めていた。


 『持ちこたえられない。消耗率が高すぎるの。これ以上ここにとどまって戦闘を続ければ――』


 全滅することになる。

 更紗りんなが言いよどんだ言葉に、摺木統矢するぎ とうやは電子装置を操作した。戦術マップ上で敵と交戦していた味方機の数が明らかに減少していた。KIAの文字列がひたすら墓標のように点滅している。さらに悪いことに、夕張郊外に別の反応が検出されたサインが光っていた。

 摺木機が足を止める。マガジンを捨てると、新しいものを差し込んだ。


 『ここで引いたら大勢死ぬぞ! まともに輸送手段も確保されてないんだ! 数十km陸路で歩いて避難は不可能だ!』


 千歳、苫小牧の退路を失えば数万の市民たちは凍える氷点下の陸路を歩いて逃げる羽目になる。逃げるための手段の一つは現在札幌で炎上している。あてにはならない。

 機体を翻す。通信がつながった。


 『殿しんがりならあの死にたがりに任せればいい。あとはこいつがやってくれる』


 片膝を付いた大神晶おおがみあきら機が、120mm狙撃砲を構えていた。既に最前線で円舞ワルツを踏んでいる岬機含む数機に狙いを定めていたアカモート級の頭部から腹部にかけてを一撃の元に貫通し、黙らせていた。


 『整備部に任せるべきじゃないと思うがね。君らがいなくなると氷蓮が見られなくなるだろ』


 大神機が、熱っぽい視線をカメラアイに乗せて振り返る。


 『あのな』


 北上といい、岬といい、なんといい、まるで戦場ではなく競技会場かなにかのような雰囲気だった。

 呆れた摺木が抗議の言葉を上げんとしたが、発煙筒の赤い印を戦場を旋回しつつ監視していた無人機が見つめているのに気がつくと、すぐさま機体を走らせた。既に片腕に握られた40mmは弾切れを起こしており、ブレードのみが武装だった。大多数を相手取るに中距離遠距離兵装が無い中で戦うのはつらいものがある。


 『ごめんね……北上君説明が苦手みたいで……無人戦車部隊を含む迎撃線が整ってるの。空港近くに敵を引き寄せて迎撃する手はずだったの』

 『そうかい。最初から言えってんだ』

 『指揮系統が区ごとに異なるからな。場合によっては師団ごとでも違う。おまけに幼年兵は責任も曖昧だ。俺らに文句を言われても困るな』


 申し訳なさそうに無線越しに声を萎縮させる綾瀬と、いきり立つ摺木の無線通話に異なる通話が割り込んできた。北上機だった。弾をばら撒きすぎたのか全身にくくりつけていたマガジンは綺麗さっぱりなくなっており、両腕の40mmカービンの銃身は橙色に輝いて白煙を噴いていた。

 北海道区を含む一団が、岩手校区のあとに続いて撤退を開始した。


 『そうだよ、それでいいんだ』


 なんて嫌味な奴なんだろうと摺木は思った。

 撤退を開始した千歳・苫小牧防衛戦線の頭上にて、無人機が凍える電子の瞳で見つめていた。


 『支援要請を受諾。千歳・苫小牧防衛戦線。座標送信。経由、スターゲイザー。矢臼別やうすべつ駐屯地より長射程地対地ミサイル発射。“ヤタガラス”の視界を確認。発煙筒及びビーコン確認。待て、幼年兵部隊機の敵味方識別装置IFFが確認できる。本部、可否を問う』

 『既に通達している。支援開始。連中の目を上に向けさせろ』


 本部からの許可を得た自走式多連装ロケットランチャーが、発射装置を油圧装置で持ち上げて、仰角を取った。雪のちらつく駐屯地。白と灰色のロービジ塗装を纏った89式幻雷げんらいがあたりを警戒していた。

 自走砲が、一斉にミサイルを空中に放った。


 『本部より幼年兵部隊。聞こえるか。遠距離ミサイル発射。迎撃率を考慮すれば着弾はしないと思われる。ビーム砲の目を上に向けさせる。その間に撤退せよ。至近攻撃に注意しろデンジャークローズ、アウト』

 『りょうかいりょうかーい本部さん!』


 岬は、アカモート級の甲羅をマイクロミサイル発射装置もろとも叩き潰していた。悲鳴をあげて倒れ掛かる巨体から飛び降りるや、右手に抱えた長大な棍棒を振りかぶった。次の瞬間、数体の雑兵がスクラップと化していた。

 長時間の戦闘は言うまでも無く疲労がたまっていく。集中力が落ち、反応速度が低下していくのだ。超高速のビームの投射を可能とする敵相手に隙を見せれば、それは死を意味する。


 『っとお』


 一瞬、意識が混濁した。長時間の戦闘が、岬の意識を睡眠という彼岸に手招きしたのだ。わずかな隙を狙いアイオーン級がビームを照準した。

 刹那、空間を切り裂きAPFSDSが運動エネルギーによってアイオーン級を串刺しにしていた。内蔵部品をミンチにされたアイオーン級が膝を付き静止した。


 『迂闊だ。集中を切らすなんぞお前らしくもない』

 『眠くってさあ!』


 大神機がツインアイを光らせ、狙撃砲を構えていた。喋りながらも次のアカモート級に狙いを定め頭部パーツを粉砕していた。注目を引いたことを確認すると、すぐさま踵を返し距離をとり、徐々に徐々に遠ざかっていた。


 『夜なべで恋文でも書いてたのか?』


 茶化すような言い方にしかし岬はにんまりと口元を緩めていた。

 岬機が駆ける。鉄屑とオイルの返り血で茶とも銀とも付かぬ戦化粧をした戦鬼が、いままさに数体の敵を天高く跳ね上げた。


 『脈無しっぽいけどね――――というか鈍いだけ? まぁ、書いてみるのもいいかな。洗濯紐にぶら下げて送ってみるのも―――』


 世間話をしながらも、戦鬼はひたすらに殺しの術を行使し続けていた。

 総勢数千体のパラレイド達は、ものの数機の幼年兵によって釘付けにされていた。彼らがするりと撤退し始めたころに頭上にミサイルが到達した。ことごとくは撃ち落とされてしまったが、殿しんがりを勤めた幼年兵達は撤退することに成功したのだった。

 戦場は、千歳空港の防衛線に移ることになる。

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