第3話 燃え狂う最前線へ
セラフ級パラレイドの頭部が割れる。膨大な白煙が噴出した。かろうじて残っていた溶解したビルだったものが、
刹那、隕石でも落着したかのような衝撃波が同心円状に拡散した。ビルだったものが崩落して塵と化し、巻き上がった岩石さえも砂に分断されて吹き飛ぶ。
遥か遠方。大気の存在さえ希薄な高度から自由落下を開始した物体があった。地球の引力に引かれ、その軌道に沿って落下していく。地球の自転。大気摩擦。大気の層で減速がかかったタングステンや鉛やセラミックで構成された突入体が、無数に加速を始めた。スラスタを瞬かせつつ、目標であるセラフ級ゼラキエルへの突撃を敢行した。
まったくの同時、海面を舐めるように飛翔していた米国海軍所属高高度巡航輸送艦イオー・ジマ級から放たれたトマホーク巡航ミサイルがゼラキエルに迫りつつあった。絶対的な対空防御を突破するための手段はいくつかあるが、トマホークミサイルは度重なる改修によって地形という盾を自ら選択し、敵に悟られぬ最短距離を選択するように迫ることができるようになっていた。
星炎を主軸とした皇国軍の頭上をトマホークが群れを成して通過した。ある機体は指を指し、ある機体は呆然と見上げていた。
ゼラキエルの瞳が煌く。
一陣の風が吹いた。
真紅の光線がゼラキエルの上半身の振りに連動して空中をなぎ払うや、トマホークミサイルを空中で無害な花火に変えてしまった。光線は途切れることなく継続照射されていた。岩盤が熱したチーズにナイフを差し込むような抵抗のなさで引き裂かれ、順を追い火柱となった。
トマホークミサイル程度では通常のパラレイドを攻め落とすことさえかなわない。これは敵の目を外に向かせるための布石だった。
実に12km/s超という速度で突入体がゼラキエル目掛け十数発降り注いだ。
そして人類は見た。
ゼラキエルがその全身を白熱させ、頭部から膨大な白煙を噴出した刹那、天を貫く神々しいまでの熱線を放ったのを。
熱線が突入体を文字通り蒸発させた。それだけにとどまらない。衛星軌道上で次弾装填中のウリエル目掛け、熱線が到達していた。防御性や回避などそもそも設計や運用に存在しない脆弱な機体は無残にも熱線によって中央を抜かれていた。熱線が振りぬかれる。北の大地へと熱線が回帰するや、ゼラキエルが狂ったように頭部を振り回した。
地殻が破壊され、マントルが捲れあがる。粉々になった岩が宙を舞う。さらに、ゼラキエルが吼えた。
光の剣が振り回された。北海道の山系の先端が瞬時に橙色の線状を宿したかと思えば、遅れて山の中腹から上が炸裂した。それはさながらケルト神話のカラドボルグのようだった。悪いことに、英雄が担う剣などではなかった。それは殺戮機械が担ぐ大量破壊兵器だった。
『逃げろ!』
『う、う、うわああああっ!? 山が落ちてくる! 本部! 山が! 山が落ちて……』
97式
一切塗装のない銀色の氷蓮に搭乗していたパイロットは、少なく見積もっても数百トンはあろうかという岩石が雨あられと降ってくるさまを見て、操縦席の中で目を閉じた。
「馬鹿な……冗談だろ!?」
札幌付近。ヴァナルガンドの名を冠された北海道区幼年兵部隊が展開していた。北海道区は言わばエースの塊が集められた地区だった。その証拠だろうか。北海道で試験を受けている最中の新鋭機97式
最精鋭とは言っても幼年兵が中心の部隊だった。白神級一番艦による空輸で札幌郊外に展開し、住民が船に避難するのを護衛している最中だった。
空に閃光が迸った次の瞬間、札幌上空で市民の避難に当たっていた白神級ネームシップ“白神”の上部構造物が吹き飛んだ。遅れて紅蓮の火炎が花咲いた。
絶対元素Gxの恩恵の一つに不燃性超軽量ガスがある。発想を冷戦時代の核動力飛行機にまでさかのぼるという、全長800mにも及ぶ装甲化された空中
空中船には当然の設計として、水上艦のように隔壁が設けられている。多少の損傷ではガス全てが抜けてしまうことはないが、上部を丸ごと吹き飛ばされては、もはや落ちるしかなかった。
『こちら白神! 第一艦橋大破! 艦長以下二十数名戦死!』
艦橋があったはずの部分は、白熱した断面をさらしていた。超高温のビームによって艦橋どころか上部がくりぬかれていた。
『機関部損傷! 一番から十二番、気密隔壁損傷! 高度を維持できない!』
『油圧装置主系統ダウン! 副系統……だめだ、舵が利かない!
『くそ市街地への墜落は避けろ! 姿勢制御用スラスターを全部使え』
『脱出装置へ市民を……』
『人数が多すぎる! 格納庫から移動させなくては!』
矢継ぎ早に脱出カプセルが作動。しかし、本来であればPMRや空挺戦車を格納しておく場所に市民を詰め込んでいたのだ。全員分の装置があるはずがなかった。
船体が燃える。札幌沖に停泊していた船体が、不気味なまでの速度で札幌市街地へと滑り始めた。北国に降り積もった雪を引き裂き、船体だったものが落ちていく。札幌の規則的な町並みを覆いつくす量の金属部品が雨となって落ちていく。
幼年兵を含む地上の各員にもその悲痛な叫びが電波を通じて聞こえていた。
『メーデーメーデーメーデー! こちら白神級一番艦! 高度維持不能! 船体角度を維持できない!』
破損した船体から意を決した市民が飛び降りていく。高度数百m地点。飛び降りて―――生きていられる人類など、存在しない。地面にたたきつけられるもの。建物の屋根を突き破るもの。人命が、自らの手で終焉を迎えていた。
船が落ちる。その悲劇的な場面を前に、高々7mの金属製の兵器に乗った戦士たちはあまりに無力だった。ただ、センサー越しに見守ることしかできなかった。
札幌市街地へ船が落ちる。落ちるはずのない船体が。
戦士たちは、その光景を最後まで見守ることはできなかった。無線通信。誰もが無意識にその言葉に耳を傾ける。
『夕張市街地に
『うっしゃー……出番かなーっていいたいけどものすごいことになってんね。大勢死ぬんじゃない?』
岩手校区幼年兵部隊所属、
防衛に当たっては岩手校区ももちろん駆りだされていた。頭数はいくらあってもいい。そんな思惑があったのだろう。
唖然とする幼年兵部隊の目の前で札幌の街に白神級が墜落した。北国特有のレンガ造りの建物も、近代的なビルも、一切が火の海に沈んでいた。サイレンが響き渡っていた。逃げ惑う市民を救出するべく救急車と消防車が這いずり回っていた。
岬の言葉はオープンチャンネルによって周辺の機体に拾われていたらしい。一機の氷蓮が、ツインアイを光らせた。
『おい、人事じゃないぞ。これから俺たちが壁になるんだからな』
『いいじゃないのどうせ私たちにゃあ救助なんてできやしないんだから。それともなに? 一人一人抱えちゃう?』
岬の機体をよく知っている岩手校区の幼年兵は落ち着き払ったものだが、北海道区を含む他の校区の部隊は、岬の機体を凝視していた。
右腕に鉄骨とコンクリートや重機のフレームの複合体が握られている。それは人類が手に入れたもっとも原始的な武器――棍棒だった。鉄骨の上にコンクリートをかぶせ、重機や車の破片を巻きつけ、その上に鉄条網を引いたような全長にして7mはあろうかという長大な武器であり、星炎のフレームは後付けのフレームによって補強されていた。さらに、銃がなかった。近接格闘こそが現状パラレイドに立ち向かう数少ない術とはいえ、ここまで特化した機体は他にないと言えるだろう。
岬の機体だけではない。どうみても船の
『ねぇ~
『ひえぇっ、岬ちゃんだめだよ喧嘩しちゃ』
無線越しにむっとしたような声が割り込んだ。摺木機が脅すかのように銃口を光らせていた。
『あわわ!?』
個性派の中でも普通すぎていっそ目立っている星炎が、大仰な身振りで仰け反った。
『誰が坊やだって?』
『
摺木機の肩を掴んだ機体があった。右手にカービン。単分子結晶ナイフを仕込んだシールドを左手に備えたトルーパー・プリセットの氷蓮機だった。北海道章。幼年兵を意味するマーキング。戦技教導部のエンブレム。
更紗の言葉に冷静さを取り戻したのか、摺木機が手をひらりと振った。
『悪かったよ。けどこれだけは言わせてくれ。お前長生きしないぞ』
『えへへーよく言われるけどさー原始時代だと平均寿命がだいたい二十くらいだからもう私たちきっと寿命使い切ってるんだよ。ちなみに私は岬。お前じゃないよ。んで、こっちの狙撃砲構えてるのが大神。あっちのダンサーみたいな機体が北上ね』
岬の謎の理論にもはや何も言うまいと思ったのか、摺木は押し黙った。
戦車砲を改造したらしき遠距離用狙撃砲を備えた星炎が控えていた。整備部でもあり、前線においては狙撃を担当する
『どうも。最新鋭機の乗り心地はどうだい。後で機関部を見せてほしい』
『あ、あぁ、時間があればな』
大神の意思に反応したか、星炎のカメラアイがぎらりと輝く。摺木が若干引きつった声を返した。
そして、両手に40mmカービンを抱え、マガジンを花のように背中に据え付けた独特な星炎が暇そうに地面を穿り返していた。北上の機体だった。ロングバレルのカービンを両腕に抱え、発情期のインコやオウムが羽を翼に挿すかのようにマガジンを背中や腕にくくり付けた機体だった。多くの岩手校区の機体と同様に、資材が不足しているからこその工夫が随所に見られる。
『お前ら仲いいな。移動するぞ。先陣を切るのはどうやら俺たちらしい』
言うなり、幼年兵部隊各員が一斉に動き始めた。徒歩で、スラスターで。周囲の流れに飲み込まれるが如く、北海道区と岩手校区の混成部隊が動き始めた。
北上が続けて言った言葉が場の皆の表情を引き締めさせた。
『地獄が待ってる』
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