第2話

「いいですか、航一郎さん、ちゃんと聞いて下さいね。」

先程から野上穂乃果の祖父が所有している企業等の説明が続いていた。

どうやら、明日学校に行く前に全てを教え込みたいらしいが・・・。

正直、聞いているがつらい。

寝たい。

一人になりたい。

「そもそもですね、四井グループの前進は江戸の昔の色町を管理していた博徒に遡ります・・・」

「明治に航一郎様の曽祖父である、真太郎様が現在の四井グループの前身である、四井紡績株式会社を起こしました・・・・・」

「その後、鉱山、製鉄、郵船、商社、銀行、機械、重工業等に事業を拡大し・・・・・」「戦後、財閥解体によって支配力は落ちましたが・・・」

「現在も四井銀行下、直下に23社、孫、ひ孫を含めると数百社への影響力が・・」

「水曜会という12名の理事による・・」

「で、この度航一郎様は・・・会の理事長に・・・」

「けいさつ・・・、こうあん・・・けいさつちょう・・」

「それで、聞いてますか?」

「重要な話です。良いですか・・・・」

三時間前

「ただいま」

父が家のドアを開けた。

懐かしい我が家、それ程離れてなくても。

「おかえりなさい、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。えっとぉその人は?」

「ただいま、美沙子、藤原さんもご苦労様です」

「おかえりなさいませ、美沙子お嬢様、良かったですね」

お手伝いの藤原さんと妹の美沙子が玄関に迎えに出てくれた。

藤原さんと美沙子の視線が野上穂乃果に集まる。

「初めまして、野上穂乃果と言います。よろしくお願いします」

野上はペコリと頭を下げた。

しかし、なんか偉そうだ・・・。

「えーーーとな、ここじゃ何だな、リビングで話すよ」

「うん、それがいいわ」

父と母が美沙子の疑問の視線をはぐらかすように言う。

ため息が聞こえてきそうだ。

俺は、実際にため息を深くつくと。

「ごめん、疲れたから部屋に行って横になるから」

父と母は頷き、美沙子の顔は疑問形、野上は澄ました顔で俺を見送った。

部屋に入ると。

荷物を置き、ベッドに倒れこむ。フーーとため息が出る。

そして、左手の時計を見る。

これに意味がある・・・・。

なんの・・・。

頭、目の裏側に祖父の家での出来事が様々な断片として流れていく。

俺は自覚しないうちに寝ていた。

「こちらでございます」

藤原さんの声が聞こえた。

「はい、では、後は私が・・・」

野上の声か・・。

コンコン

「どうぞ」

自室のドア開け、野上穂乃果が入ってくる。

恰好は先ほどと変わりなく、着替えた形跡はない。

この女は疲れてないのだろうか?

俺は疲れている。

「失礼します」

野上は部屋に入ると遠慮なく部屋中を見まわした。

「えーーーと、なに?野上さん」

「少しお話ししておかなければなりません」

「え、あ、そう」

「この椅子良いですか?」

「・・どうぞ」

野上は勉強机の前の椅子に座ると姿勢を正して俺を見た。

「まず、このお手紙をお渡しします」

野上は数枚の和紙の手紙らしきものを俺に渡して来る。

和紙は古く、文字が流暢過ぎて、つまり崩してあるので読めない・・・・読めないよ?

「読めませんか?」

「悪かったね」

「これは航一郎様の曽祖父様が書いた、時計の手引書のようなものです」

「ふーーーん」

「それから、航一郎様が守るべき注意事項や家訓のようなものが書いてありますが・・」

「なるほど・・・・・」

「困りましたね・・」

野上穂乃果は困ったというよりも、馬鹿にした顔をしているように俺には見えたけど・・しょうがないか・・。

「じゃ、まず、時計の事を教えてくれよ・・」

「・・・・・・はい」

「・・・どうしたの?」

「い、いえ・・・。その時計は非常に危険なものであると、ご認識下さい」

「あ、ああ、了解」

「では・・、その時計は巻時計です。あ、まだ、触らないで!」

「え、あ、ご、ごめん」

「気を付けて下さい」

野上穂乃果は本気で何か怯えているように見えた。手で髪を弄り、腕を摩ったり忙しない。

「では、その竜頭を右手で触ってください」

「わかった・・」

「はぃ・・・・・・・・・・・・・」

俺が腕時計の竜頭に触ると同時に野上穂乃果が停止した。

「えっ」

俺は周りを見回す。音がしない。時計・・時計・・・壁時計・・・秒針が止まっている・・・。

俺は起ち上ると、カーテンを開けた。

なんの音も聞こえてこない。動いているものが何もない。月に照らされた雲が動いていない。なんなんだ、これは、俺はどうした?時間を止めたのか?

俺はベッドに座ると・・・・竜頭から手を離した。

「ぃい、良いですか、本当に注意して下さいね」

「時間が止まった」

「・・・・・・・・はい、それがまず第一のその時計の能力です」

「本当に?」

「はい、外に出てみますか?」

「ああ」

俺は野上穂乃果と共にリビングに下りた。

家族がこちらを向いて、微笑んでいる。

「穂乃果さんには、今日から家に住んでもらうから、なんだ、顔が青いぞ航一郎」

父が言う。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

妹が近づいて来る。

俺は竜頭を触った。

家族全員、野上も含めた全てが停止した。

俺はそれを確認すると、玄関から外に出た。

近くのコンビニに向かう。

車が停止している。

人も動物も全てが停止している。

それらを確認して行った。

全てが停止する。そんなことが・・・在り得るのか?

これがあれば何でもできるじゃないか・・・。

犯罪でもなんでも、何もかも出来る・・・かも知れない。

なるほど、価値が無限か・・・爺さんの話は・・ある意味本当だったんだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

コンビニに着いたが、自動ドアが動かない。

まぁ当たり前か。

停止を一瞬解くか?

野上が居ないところで勝手な事をして大丈夫か・・・。

どうする?

どうする?

「・・・・・・・」

一呼吸して竜頭から手を離す。

音が一瞬にして戻り、風や空気が五感が刺激された。臭いがある、圧迫感がある。

自動ドアが開いた。

俺は竜頭に手を添える。

また全てが停止した。

俺はコンビニを見て回った。

飽きるまで、男、女、全てが無警戒に止まっている。

なんか、酷く滑稽だ。笑いが・・・堪えられない。

結局、それだけで、家に帰ると先ほどまで居た場所に立って。

竜頭から手を離した。

「あれ!!」

美沙子が驚きの声を上げる。

「あれ、今、お兄ちゃん・・・」

「え?どうした?」

「あれぇ・・・・」

「俺は大丈夫、美沙子こそ疲れてるんじゃないか?」

「うーーん、そんなこと・・」

俺は、冷蔵庫からコーラを取り出すと自分の部屋に戻った。

そして、冒頭に戻る。

野上穂乃果の注意事項、色々な知識、お勉強会?兎に角、野上穂乃果は誰かに脅迫されているようにしゃべり続けた。

本当に恐怖か?それとも・・・・。なんなんだろう?

俺は再び重くなってきた瞼を閉じた。

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