第42話

 その後、馬場先輩は灰島と神棚のことでいろいろと打ち合わせがあるらしく、二人だけで話し込んでいた。刀条はバスケ部の練習に参加してくると言って、体育館に向かった。

 田中君は、空手部員が待っていると言って一足先に帰っていった。俺は梅村と一緒に校門前で馬場先輩が来るのを待っていた。

「西寺君、君には今回助けられっぱなしだ」

「そんなことないよ。梅村だって、馬場先輩相手に堂々としてたじゃないか。次期部長は確実だな」

「あれは、たまたまだよ。実際、緊張して泣きそうだったし」

「泣いた姿も見てみたかったな」

「よしてくれ、西寺君」

「梅村、君づけはよしてくれ。なんか君付けされると、二人目の灰島と話しているみたいで嫌だからさ。西寺でいいよ。俺たち、もう友達じゃないか」

 俺はもう梅村と友達になっているような気持ちになっていた。それは友達を欲していたあまりの感情だったのかもしれない。そうだとしても、梅村なら俺の秘密をいつか打ち明けられるような気がした。

 多分、こいつなら大丈夫だっていう勘。

「じゃあ、西寺。これから友達としてよろしく」

「ああ、よろしく」

 梅村がにかっと笑って僕も笑い返した。

「西寺、あの灰島さんって何者なんだ?」

 詳しく説明するのは面倒だったので、俺は事実の一部だけを伝えることにした。

 まだ、俺の秘密を打ち明けるほど梅村のことは信頼できない。

 この一回だけで完全に人を信用できるほど俺は強くないのだ。

 でも、きっといつか――。

「――俺の保護者だよ」

「保護者?」

 自然と言葉に出したようにそう言って、梅村は口にするべきでないことを口にしてしまったといった気まりの悪い顔をした。

「……ごめん。いまのは取り消して」

「謝れても僕が困るよ。隠すことでもないし。実は俺ちょっとした事情で両親と一緒に暮らしていないんだ。その事情には触れないで欲しいけど。ともかく、それであいつが、灰島が俺を引きとってくれたんだ。俺はいま灰島と同じ家に住んでるんだよ」

「そうなんだ」

 これ以上、灰島の話を続けるとどんどん空気が重くなりそうだったので、梅村のことを訊くことにした。

「梅村は何人家族なの?弟とか妹とかいる?」

「僕の家は、四人家族。親父とお袋と二歳離れた妹が一人いるんだ」

「へえー。じゃあお兄さんか。そういう雰囲気あるもんな。……妹か。俺はさ、一人っ子だったから、きょうだいがいるっていう感覚がなかなかわかんないんだよ。きょうだい喧嘩とかするの?」

 梅村は苦笑した。

「昔はしたんだけどさ。いまはしないしない。僕、空手やってるから下手に喧嘩はできないよ。だから多少ムカつくことがあっても、我慢してる」

「しっかりお兄ちゃんしてんじゃん。えらいえらい」

「その言い方、なんかバカにされてる気がする」

「うん。バカにしてる」

「西寺!」

 梅村が俺に殴りかかろうとする振りをする。もちろん本気で殴るつもりはないから、顔は笑顔のままだけど。

「我慢は大切だろ。我慢は」

「くっ」

 急に醒めたように、梅村は掲げた手を下ろした。

「西寺ってさ。結構、悪い奴だったんだな」

「俺が? そうかな? 普通だと思うけど」

「聞いたよ。馬場先輩を脅したそうじゃないか。それもわざわざ呼びつけてまで」

 そういえばそんなこともしたな。けれど、あれは仕方なくしたことだし。あんなふうに脅したのは他に選択肢がなかったからで。俺自身に脅したとか、そういう感情は残っていないんだよな。まあ、脅したっていう事実は変わりないけど。

「うん。脅したよ」

「本当だったのか。西寺、度胸あるなあ。馬場先輩が空手がものすごく強いってことを知ったうえで脅したんじゃないよね?」

「知ってたよ」

「知ってたよって。そんな平然とした顔で。ますます度胸のある男だよ」

「いや、俺はそんな大した男じゃないよ。過大評価しすぎだ」

「いいや、西寺は大した男だよ。馬場先輩を脅したのも、馬場先輩と決闘したの全部僕たちのためだったんだろ?」

 俺の顔を覗き込んだ梅村の顔からは、笑みが消えていた。代わりに、強い光を瞳の奥に宿していた。

 俺は素直に「うん」と頷けなかった。俺が体を張ったのは梅村のためでもあった。けれども、それは一部でしかない。体を張ったのは俺が還怪師の協力者であるからで、なにより俺自身が灰島の協力者として、認められたかったため、格好つけたかったためだと知っていたからだ。

 結果的には、馬場先輩、梅村や空手部の全員を救うことになったかもしれないけど。もし失敗していたらと考えると、胸を張ることはできない。俺の取った行動はあまりにも直線的で子供っぽくて、単純なもので、とても誇れるようなものではないのだ。

 俺の事情を知らない梅村は不思議そうな顔をした。

「……どうしたの、西寺。話聞いてた?それとも、言うのが恥ずかしいの?」

「――恥ずかしいんだよ」

 結局俺はそう答えるしかなかった。

「ふうん。恥ずかしがりやなんだね。僕は、西寺はいいことをしたんだからもっと誇っていいと思うんだけどな」

「そうかなあ」

 俺は曖昧に笑った。

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