第41話

「はいはーい。そろそろ一つ目の本題に入ってもいいかな?」

「灰島さん、本題って何ですか?」

 刀条が首をひねる。

「介時君、修悟君。ここで神棚を見たことない?」

「神棚?僕にはわからないです」

 梅村が答える。

「おいっ、お前たち。道場でもしくは部室で神棚を見たことあるやついないか?」

 未だ入り口付近で固まっていた部員たちに馬場先輩が尋ねると、何人かの部員が手を上げて前に出てきた。馬場先輩はその中から二人を選んで言った。

「田中、ちょっと手伝って欲しいことがある。他の部員は帰っていいぞ。今日の部活は休みだ」

 田中と呼ばれた部員だけが道場に残り、他の部員らは「ありがとうございました!」と一礼して去っていった。

 田中はおどおどしていた。当然だろう。馬場先輩と梅村以外に知らない人間が三人もいるのだ。その中の一人にしては、ピンクのアロハシャツを着た怪しいおっさんだからな。

 そんな田中の不安を和らげるように梅村は言った。

「この人たちは俺の友達に恩人だ。そんなに身構えることないよ」

 梅村の言葉によって、田中がほっと息をついたのが見えた。

「僕たちは何を手伝えばいいんでしょう?」

「神棚を見たって言ってたよな。どこで見たか教えて欲しいんだ」

 馬場先輩が頼むと、田中が言った。

「ええ、ついて来てもらってもいいですか?」

 僕らは田中の後を追った。

 田中は道場の壁についている引き戸に近づいていった。そして引き戸を開けた。開けた先は空手部の部室になっていた。部室には夕日が射し、ロッカーの影が伸び、汗の匂いがした。

「たしか、ここに入っていました」

 田中はガムテープで巻かれたロッカーの一つを開けた。

 開けたロッカーの中には、確かに木でできた神棚らしきものが入っていた。

「えっと、こんなものに何の用があるんですか?」

 田中の疑問はもっともだ。その神棚は埃が積もっていて、ところどころ黒ずんでいた。おまけに一部のパーツが折れていた。

「俺も気になるところだ。灰島さん、これに何の用があるんだ?」

「神様ってのは祀られるもんだろ。なーに。元に戻すだけのことさ。神棚を道場に置いて、これから祀るようにしてくれ」

「でも、これ壊れていますよね?」

 梅村が指摘したことは一番の問題を表していた。たしか、壊れた神棚を祀ることってよくないんじゃないっけ?

「どれどれ、ちょっと見せてくれるかな。えっと――」

「――田中です」

 田中は手に抱えていた神棚を灰島に手渡した。

 灰島はよく検分するように、神棚を眺めた。

「うーん。これはもうだめかもなあ」

 二、三分眺めて灰島はつぶやいた。

「だめって。じゃあ、どうすればいいんだ?」

「西寺君、それくらいのことわかるだろう?新しいものを買うしかないよ」

「簡単に買うっていっても誰が買うんだ?神棚って結構高いんだろう?」

 神棚って二千円くらいのものから一千万くらいになるものまであるんだよな。まあ、ここは大人の灰島が買うことになるんだろうけど、灰島にお金があるとは思えないから、高くても数万円のものになるのだろうか。

「俺が払おう」

 反射的に手を上げたのは馬場先輩だった。

 予想出来てはいたことだけど、ほとんど考えることなく手を上げたから面食らってしまった。あろうことか、大人の灰島が賛同したことにもさらに面食らってしまった。

「うん、それがいいだろうね。修悟君、ここは君の漢気に甘えることにするよ」

 ああ、灰島には漢気なんて全くなかった。灰島にあるのは大人らしい打算だけだ。

 ここでお金を出そうというのは部員をひどい目に遭わせたことに対しての先輩なりのけじめなんだろう。部活を辞めることを許されなかった先輩の。

 神棚に自腹を切ることで馬場先輩の償いたいという気持ちが少しでも報われるならいいのかもしれない。

 でも、ここはやっぱり大人の灰島が丸く収めるべきだと思うんだけど……。

「おいおい、灰島。ここは大人が払うべきなんじゃないのか? そもそも神棚を祀るのだって灰島が言い出したことだし。空手部が神棚を新しく買わないといけない道理もないだろう?」

「いや、西寺。俺にも薄々わかっているんだ。神棚を祀らわなかったせいで、俺が過ちを犯してしまったことに。最近、神棚を祀れとやたらうるさく訴えてくる蜘蛛が夢に現れていたんだ。だけど、ただの夢だと思って無視していた。でも、夢に出てきた蜘蛛ってのが、もしかしたら祀らわれていた神様で、俺が自分の感情を抑えられなかったのは神様のお願いを無視した罰なのかもしれない。だから、これは俺の問題なんだと思う。灰島さんは関係ない」

 ……朱目蜘蛛の願いか。

或いは呪いか。

「……でも――」

「――西寺。ここは先輩の顔を立てておこう」

 さっきまで、俺たちのやり取りを見守っていた刀条が僕の耳元で囁いた。

 俺はそれで冷静になった。確かに、これ以上僕が先輩のけじめを邪魔しようってのも無粋というもんだ。

「――じゃあ、お願いします」

「ああ」

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