第18話

「ねえ、西寺」

 俺の顔を上げたのは刀条の声だった。

 刀条と目が合う。その目はここにいる誰よりも真剣だった。その眼差しで刀条は言った。

「西寺、お願い。梅村君を助けてあげて」

 俺はすぐに断れなかった。

 彼女の瞳の裏にある強さは俺が逃げ出すことを何が何でも許さないという意志がはっきりと込められていて、俺はその強さに怯んでしまった。

「ねえ、西寺。お願い」

「くっ」

 唇をきつく噛みしめる。

 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。

 深く深く深呼吸する。心を落ち着かせる。

「西寺」

「わかった。俺に任せて」

 刀条の目がぱっと輝く。けれども、道場の方を向くとすぐに表情を引き締めた。

「西寺。無理しないでね」

 黙って頷く。

 梅村を見る。

 梅村は何もかも諦めた顔をしていた。目に生気はなく、何の助けも期待していなかった。

 怪異になったばかりの自分を思い出させる顔だった。

 ――そんな顔するなよ。

 お願いだから。

 俺に助けを求めろよ!

 怪異のことなど知ったことか!

 俺は怪異である前に、人間である前に、俺でしかないんだ!

 俺はさっきまでの鬱状態からは完全に頭を切り替えていた。不思議と力がみなぎっていた。

 やるしかないんだ。

「行くよ、刀条」

「う、うん」

 ギィという音とともに道場の扉を開け、俺は駆け出した。そして、声も出さずに馬場先輩に殴りかかった。

 しかし、馬場先輩の後頭部目がけて放たれた俺の渾身の右ストレートは、馬場先輩の右の掌に受け止められた。俺は勢い余って体勢を崩し、コケそうになる。

「何だ、お前?」

 馬場先輩はそう言って、俺をギロリとにらんだ。

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