第16話

「大変だ! 西寺!」

 お見舞いから三日後の放課後、刀条が息を切らした様子で教室掃除をしていた俺のところにやって来た。刀条の顔は、ひどく焦っているようで前髪が汗で少し固まっていた。

「刀条、どうしたんだ?」

 俺は箒を持ったまま、窓越しに刀条に言った。

「梅村君がっ、いいから早く来て!」

「うわっ」

 刀条は、俺の手を乱暴に掴んで窓から僕を引っ張り出そうとした。もちろん、いくら刀条がバスケ部に属するバリバリのスポーツ少女だとしても男子高校生の体を抱えられる訳がない。

 俺は、ドアから出るからと言って無理やり刀条の手を撥ねのけ、箒を教室に置いたまま刀条の傍に駆け寄った。同じ掃除班のクラスメイトには、後で怒られるだろうな……

「おい、どうしたんだ?そんなに慌てて」

「話は後で。今はとにかく私について来て」

 有無を言わせない口調で、そう言って刀条は駆けだす。俺は遅れないようについて行くのが精一杯だった。

 梅村ということは、馬場先輩絡みに決まっている。

 刀条は何も言わないけど、梅村が馬場先輩に殴られる光景を直接に見たのだろうか。

 多分、見たのだろう。だから、あんなに焦っていたんだ。本来なら先生に報告するのが筋だけれど、俺に助けを求めたのは大人のやり方ではなく、高校生同士の決着のつけ方を望んだのかもしれない。

 ああ、本当ならこれ以上関わりたくなかった。

 あのお見舞いで梅村は俺の助けを拒絶したし、俺もそれを積極的に受け入れた。男同士の暗黙の約束のはずだった――。

 ――だったのだけれども、俺は刀条に連れられて梅村の個人的な事情に首を突っ込もうとしている。頭とは真逆に俺の足は梅村の許に向かっている。一歩一歩、俺は刀条について行くがまま道場に向かっていた。

 俺はどうしたらいいんだ?

 今さら――今さら、会ったところで何をしたらいいって言うんだ?

 汗が額からしたり落ち、息をするのが苦しくなる。体が熱を出したかのように暑くて、口の中がパサパサに乾いている。

 走る。

 心と頭がぐちゃぐちゃで、何が正しくて何が間違ってるのか、この行動が正しいのかなんてことは全然わからなくて。

 けれども――走る。

 俺は刀条の後を追ってただ足を動かすしかなかった。

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