第12話
俺は黒板の方を向いて弁当と水筒を机の上に置いた。
刀条は本当にいい奴だな。偏見や色眼鏡なしに、自然体で俺と会話してくれるなんて。きっと誰とでも分け隔てなく明るく接することが出来るんだろう。一緒にいる人が自然に元気になれるような雰囲気を彼女は持っている。昨日と今日しか話していないけれどそう思うには十分だった。俺は弁当箱を開けた。
今日も昼食は、たらこの入ったおにぎり二つ。十年間、ほとんどメニューは変わっていない。
おにぎりを機械的な動作で口に入れる。素気のない味だ。
果歩ちゃんか……悪いけど、興味ないな。
基本的に俺は周りの人間にさして興味がないのだ。かといって自分にも興味がある訳でもない。人間という存在自体が好きになれなくなってしまった。正真正銘の人でなし。
目的も好きなこともないのに皆と同じだけ酸素を貪って、他の命を喰らう。生きているだけで世界に迷惑をかける存在。
俺みたいな人でなしは、ただの人の形をした肉のかたまりとして永遠に近い年月を生き、そして朽ちる。そういう運命がお似合いだ。
誰かと付き合ったり、誰かを憎んだりすることなく、教室の埃として生きていく。
俺は自分の運命をそういうものだと思っているし、それがあるべき姿だと思っている。
――怪異と人は交わるべきものではないのだから。
そもそも高校に通っていることだっておかしい。怪異である存在が人と共に共同生活を送る。正体をひたすら隠し、呑気な顔で人間世界に溶け込む。このことだけでも詐欺行為だし、あるべき姿とは程遠いと思う。
俺のやってることは立派な犯罪だ。
こんなことは即刻やめるべきだ。人里離れた場所で隠居するのがよっぽど怪異らしいじゃないか。
それなのに。
それなのに、灰島は俺が高校に通わないことを決して許さなかった。台風の日も大雪の日も俺を学校まで通わせた。遅刻も早退も認めなかった。早退しようとするといつも決まって校門のところで待ち構えたように灰島がいて、有無も言わさずに俺を学校に戻した。
どうして俺を学校に通わせるのかキレ気味に灰島に問いただしたこともある。だけど灰島は、どうしてもだ、の一点張りでろくに説明もしなかった。何度訊いても答えは変わらなかった。
灰島、お前は俺にどうさせたいんだ。
心の中で灰島に尋ねても、自分で考えろよ、と馬鹿にしたように言う灰島の顔が浮かぶだけ。疑問と嘲笑の無限のループが繰り返される。俺にはループから抜け出せる方法が全く思いつかない。
だから仕方なく学校に通っている。単純な作業を繰り返すみたいに学校に通っている。最近は灰島に学校に通わせる理由を尋ねることもしていない。
こうして俺は朽ちてゆくのだろう。
枯れた風を顔の正面で受けながら、俺は口をひたすら動かしていた。
一個目のおにぎりを食べ終え、水筒に手をかけた時、昨日梅村を殴っていた先輩の後ろをついて教室から出ようとする梅村の姿が見えた。梅村は何かを諦めたような表情をしていた。
その表情が俺を無性に苛立たせた。結論から言えば、俺はその表情を絶対に見るべきではなかったのだ。そうすれば、今まで通りの日常を送ることができていた。けれども、俺は見てしまった。見て、その幽霊のような表情に憑りつかれてしまった。
なに大人しくついていっているんだ。どうして抵抗しない? 昨日の光景がただのリンチだったのなら行きたくないという意思を示すべきだろ。
ここで先輩が殴るようなことがあればクラスメイトみんなが助けてくれるだろうに。殴られっぱなしなんて目には絶対あわないのに。俺の苛立ちは止まることなく沸騰し、渦を巻いていた。
だけれども、その渦を大きくしているのは、俺自身だった。
俺は知っていた。その苛立ちの原因は梅村だけではないことを。俺も梅村と変わらない。現状に甘んじて、何かを変えようなんて決して思わない人間。
何もかも諦めた目。その瞳は俺自身だ。
表裏一体。
ドッペルゲンガー。
同族嫌悪。
「……胸くそ悪い」
俺は二個目のおにぎりを一分もかからすに食べ、寝たふりをするために机に突っ伏した。そして、暗闇の中で息を潜め、何を考えるでもなくじっとしていた。
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