第11話
「ねえねえ」
聞き覚えのある声と共に俺の右肩が叩かれた。
俺は驚いて、後ろを振り返った。
「……刀条」
「西寺さ、私があんたの後ろの席だったって気付いてなかったでしょ。さすがにそれは傷付くよ」
「ごめん」
俺は俯き加減に声を出した。
本当に気が付かなかった。
いや、気が付こうとしなかったんだ。
「まあ、いいけど。ところで、今日ずっと梅村君のこと気にしてたみたいだけど、なんかあったの?あの怪我のこと?確かに痛そうだけど、階段から落ちたって言ってたじゃん。あんま、ジロジロ見んのは失礼じゃないかな」
よく見てるなーと思う。そんなに俺は挙動不審だったのだろうかと少し心配になる。
確かに俺は梅村のことを気にしていた。どうしても昨日のことが思い出されてしまったからだ。
それと今朝のことも。
あの、顔面に張り付いた仮面と嫌でも目に付く腫れ。
「西寺? 聞いてる?」
「……うん。聞こえてる。ちょっと考え事してて」
くそ。なんでこんなに気にしてるんだ。
俺には関係ないじゃないか。そうだ。関係ないんだ。俺には関係ない。
さっさと忘れるんだ。
俺は一度、深呼吸する。すぅー。はぁー。
よし。
そして、俺は平静を保ったままの声を出した。
「刀条は階段から落ちたなんて話、信じるのか?」
「いや、信じてはないけど、本人がそう言っているんだから別に良いんじゃないの。人に言いたくない秘密の一つや二つ、誰にだってあるもんでしょ?昨日、西寺が言ってたことじゃん」
そうだ。刀条の言うとおりだ。昨日、人が自分の内側に入ってくるのを拒絶するセリフを吐いたのは俺なのに。なに熱くなっているんだ。
傷だらけの顔を見ただけで、偶然通りかかったところに助けを求められただけで俺が出しゃばらなくてはいけない理由はないのに。
それに梅村が俺に何も言わないのは秘密にしてくれという態度の現れなのかもしれない。案外、顔のあざは本当に階段で落ちてつくったのかもしれないな。だからあざをネタにしていたんじゃないのか。
そもそも他人事に首を突っ込むことなんて俺の信条に反するじゃないか。
今まで通りでいいじゃないか。
安全位置をキープすることのどこが悪いんだ。
俺は、ありったけの笑顔を作った。
「うん、俺が悪かったよ」
「まあ、西寺が人のことを心配できる人間だって知れただけでも良かったかな。周りのみんなは西寺は自分にしか興味がない社交性の欠片もない奴だって言ってるけどさ、そんなこと全然ないよ。私が知ってるもん」
「ありがとう」
「いえいえ。それじゃあ、友達が待っているから行くね。あ、西寺も一緒にどう?」
「いや俺はいいよ。誘ってくれてありがとう」
教室のドアの外で俺たちの方をずっと見ている女子をちらりと見て俺は言った。きっと刀条の友達なのだろう。
「果歩ちゃんなら西寺のこと嫌なんて言わないよ。むしろウェルカムだよ」
「ごめん。今日は一人で食べたい気分なんだ。また今度誘ってくれよ」
「わかった、また今度ね。まあ西寺が行きたくないなら無理強いしても仕方ないからね」
そう言うと刀条は今行くー、と叫んで教室の外で待っている果歩ちゃんとかいう友人の許に駆け出して行った。
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