第10話

 翌日の朝、教室に入ると刀条と目が合った。

「おはよう、西寺」

「おはよう」

 馴れ馴れしくつもりはないけれど、無視するのも悪いので挨拶を返した。

 いつの間にか西寺と呼び捨てにされている。これは彼女なりの友好の証なんだろう。

 刀条は俺が挨拶を返したのに満足したのか近くの女子と話を始めた。

 俺は教室の左端前から四番目、後ろから二番目の席に着いた。

 そして、誰とも話さずに教室の窓から外を眺めていた。

 ――どうしたの⁉梅村君⁉

 ――うわ、イタソー。

 ――お前、大丈夫?

 梅村と呼ばれる男子が教室に入った途端、教室が騒がしくなり始めた。

 釣られたように俺も教室のドアを振り返る。

「あっ」

 梅村を見て思わず声が出た。

 なぜなら梅村と呼ばれている男子は、昨日俺が助けなかったクラスメイト当人だったからだ。

 梅村はひどいやられようだった。目の周りにあざができていて、左の頬は青く腫れ上がっていた。

 制服を着ているから見た目にはわからないけど、体は顔以上に殴られ蹴られているのかもしれない。

 視線を合わせたくなくて、俺はざっと梅村の状態を見ると、再び外を眺め始めた。

「全然大したことないよ。昨日、階段で転んでしまっただけなんだ」

 先輩を庇うためか、自分が殴られたことを隠したいのか、嘘をつく梅村の声が聞こえる。

 しばらく経って梅村が俺の方に向かってきた。

 何か言われるのだろうか?

 気のせいか背中が汗ばんでいる。

 肩を叩かれて、俺は梅村をちらりと見遣った。

「――昨日はごめん」

「えっ⁉」

 梅村は思いもよらない言葉を俺にかけると返事も聞かずに俺の三つ前の先頭の席に座った。

 俺は後ろを見て座席表を確認した。梅村友和というのか、あいつ。

 想定外だ。まさか、梅村から謝られるなんて。

 てっきり、責めてくると思っていた。

 どうして助けてくれなかったんだって。君はなんてひどい人間なんだって。

 だけど、梅村は違った。俺に助けを求めたこと自体が間違っていることのように申し訳なさそうに謝った。

 いっそ、責めてくれた方が楽なのに。

 本来は俺が謝るべきなのだから。

 謝ろうと思ったけど、朝のホームルームが始まって、梅村に何の言葉もかけることは出来なかった。その後も謝るチャンスはあったけど俺は謝る勇気がなかった。

 結局はそういうことなのだ。

 俺の意気地なし。

 意気地なし。

 意気地なし。

 梅村は俺の感情の乱高下とは対照的だった。淡々と一時間目から四時間目の授業を受けていた。何事も起こらなかったかのように。顔の傷も日常の一部であるかのように。

 それどころか顔の傷をネタにしてクラスメイトと笑いあっていた。いつもなら羨ましいと思うそんな光景も今日の俺には、なんだか気持ちの悪いものに見えた。

 痛々しくて見てられなかった。梅村をちらちらと見る度に、胸がムカムカしていた。その度に俺はトイレに行ったり、寝た振りをしたりして休み時間を過ごした。

 そして昼休みになった。

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