第7話

「あれ? 西寺君じゃん」

 観察に飽きてぼんやりと人の群れを眺めていた俺は、後ろから聞こえて来た、どこかで聞いたことのあるような女子の声に意識を引き戻された。

 後ろを振り返って確認した声の正体は、俺と同じ稲庭高校の制服を着ていた。

 髪はいかにもスポーツをやっていそうな黒いショートカットで、瞳が大きく、彼女の睫毛は鉛筆を上に乗せられるんじゃないかと思うくらいに長い。

 俺はざっと特徴を把握して、目の前の女子が同じクラスの人間であることにようやく気づいた。

「おーい、西寺君だよね?」

 その女子は俺の方につかつかと歩いてきた。

 名前は……ええっと――まただ、思い出せない。

 でもクラスメイトであることは分かる。返事しなきゃ。

「やあ」

「なんだか腑抜けた返事ね。何してるの?」

 困ったな。

 この場合なんて答えればいいのだろう。

 まさか人に仇なす怪異がいないか見張っているなんて答えられないし、かといって適当な言い訳もとっさのことで思い浮かばない。

「何してるんだろうね」

 仕方がないから、質問に質問を返した。

 自分で言っておいてなんだけど、自分で何をしているのかわからない人間なんているのか?

 彼女もそう思ったのだろう。怪訝な顔を浮かべた後、言った。

「何もしないでベンチに座っていたの?とんだ暇人なのね」

「うん」

「一週間ずっと?」

「え?」

 一週間?

 彼女と会うのは教室以外では初めてのはずだけど。

「私、隣の市から来てるから電車通学なの。それで学校の帰りにここを通るんだけど。通るたびに西寺がアロハシャツの怪しいおじさんと同じベンチに座って、駅の方を二人して眺めているのを見かけてさ」

 ああ、これでまた変な奴確定だ。

 もう慣れたけど。

 いや、変な奴だと思われたほうが得か。

「あんた変わり者だと思っていたけど変わり者過ぎるでしょ」

「やっぱり、そう思う?」

「自覚あるんだ?」

「そりゃそうだよ。俺だって逆の立場だったら、変な奴だと思うよ」

「でも私、変わった人の方が好きだよ。少なくとも普通のパッとしない人よりは全然いい」

「ありがとう」

 俺は普通になりたいんだけどな。

 怪異とか、アブノーマル過ぎて、変わっているというより、もはや変態の領域だ。

「ねえねえ西寺君、いつも君の隣にいるアロハシャツのおじさんって何者なの?」

 刀条は好奇心いっぱいという顔で話しかけてきた。

 こういうタイプの人間はどこにでも少なからずいる。

 好奇心旺盛で自分の興味あるものには何であれ突っ込んでくるタイプ。

 そして好奇心が満たされるとあっという間に去っていく。

 稲庭高校に通うようになってから、俺が始めてまともに会話をしているクラスメイトだけど、仲良くなったりは絶対にしないだろう。影のように高校生活を送る俺に興味を持つ訳なんてないんだから。

 それに俺は誰とも仲良くなるつもりはない。

 灰島に対する好奇心を満たしてやれば、この女子と言葉を交わすことなんて、すぐになくなるだろう。

「あのおっさんは、この町のホームレスでさ。何度か同じベンチに座るうちに友達になったんだ」

 よし。これで大概のクラスメイトはドン引きして、俺と口を利かなくなる。ホームレスとか、乞食とかいうものを人は理性的に――本能的に避ける傾向にある。

 でも目の前の彼女は、より好奇心が刺激されたらしい。

「知らない人同士がただ同じベンチに座っただけで仲良くなるなんて素敵ね。奇跡みたい。っていうか、クラスでは喋らないのに知らない人とは数回同じ場所にいただけで仲良くなれるほど話せるんだ。意外」

 そうか。そうくるか。

 もっと毒のあること言わないと引いてもらえないかも。

「ごめん、いまのは嘘」

「えっ、そうなの。本当は?」

「――実は俺と灰島は恋人同士なんだ」

「うそ⁉」

 彼女は、思い切り体をのけ反った。

 分かりやすいくらい引いている。作戦成功か?

「ホント。あ、俺が同性愛者であることは秘密にしてくれよ。じゃあね」

 さっさと彼女から離れるために手を振ってトイレに向かう。

 これでもう追っては来ないだろう。大抵の人間は同性愛という言葉にも弱いのだ。悪気はなくとも、本能がそれを拒否してしまう。

 さて灰島は何してんだ?

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