第3話

「さっきから小難しい顔してどうしたんですか?まさか、恋の悩み?」

 デリケートな年頃の男子高校生に不用意にかける言葉ではない。

 俺は「一たす一は?」「二!」と答える小学一年生並みの反射神経で間髪入れず言った。

「そんな訳ねえだろ!」

「ですよねぇ。西寺君が恋なんてあと三百年は早い」

 灰島が知った顔で語る。

「それは長過ぎだ。せめて十年だろ」

「いいじゃないですか。大した違いはないでしょ?」

「三十倍が大したことない訳ないだろ!というか二百九十年も差があったら普通なら孫の孫の孫の孫の孫ぐらい違う!」

「よく計算出来ましたね。はなまるあげましょう」

「いらねえよ!はなまるなんて小学生で卒業したわ」

 ……バカにされている気しかしない。

「大した差――普通ならそうでしょうね」

 思わせぶりなセリフを吐いて、灰島が空を見上げた。晴れだか曇りだかどちらとも言い難い空を。

「……ああ、普通ならな」

「辛気臭い話は、なしにして。さあ今日も仕事に出かけますか」

 灰島が太陽に背を向けて歩きだす。ミミーも灰島の後ろにぴったりとついて行く。

「ああ」

 返事をして、俺もミミーに続いた。

 俺と灰島の仕事。それは怪異を探し見つけ出し次第、あるべき場所に戻す――還すこと。

 といっても基本やることはただのパトロールと変わらないんだけど。


 俺と灰島は、駅に向かって歩いていた。ミミーは、俺たちに付き合わず単独行動をしている。つれない奴だ。

 稲庭高校から駅までは四キロある。歩こうと思えば歩けるが、積極的に歩きたい距離じゃない。行って帰ってくるだけで二時間かかるのだ。

「灰島、いつも思うんだけどさ。どうして俺たちの交通手段は徒歩なんだ?非効率だろ。車は無理にしても自転車とかあるだろ」

 歩きから自転車に変えてほしいと、この町に来てから何度も言っているのだが。

「嫌だね。僕らは今まで徒歩でやってきたのだから、なんでやり方を今さら変える必要があるんだ。それこそ非効率だね」

 いや、別に非効率ではないだろ。

 ダイエットだって、歩くよりも自転車の方が効果があると言われているぐらいなんだし。

「確かに俺らはこれまで徒歩でやってきたけど、それは今まで来た町はたくさん人がいたから歩きでも十分な人を確認出来たからだろ。でもこの町は人があまりいないじゃないか。自転車を使う方がたくさんの人と出会うのに、はるかに効率がいいと思うんだけど。時に変化も大事なことだと俺は思うよ」

「まあ理屈では西寺君の言っていることは正しいよ。でも自転車導入はあきらめてくれないかな。疲れるから。僕と西寺君での二人乗りなら話は別だけど。もちろん漕ぐのが西寺君だ。僕は君の後ろで風に揺られながら、徒然草でもつれづれなるままに開いているよ」

 うわっ!

 灰島と二人乗りなんて想像するだけでいやだ。

 胡散臭いおっさんに騙されて罰ゲームを受けている高校生になってしまう。

 ――それに。

「おいおい、どうして俺が漕ぐことが前提なんだ。見た目はともかくとして本来は俺が主人みたいなものだろ。俺がいないと灰島は生きていられないんだし。灰島は俺の忠実な僕として、僕にふさわしい行いをしたらどうなんだ。それに不安定な自転車の荷台で本なんて読めるのか?」

「勘違いしているみたいだけどさ。西寺君は僕の協力者であって、主人じゃないだろ。そして、自分よりも年を取っている人は労わるべきだ。僕は四十過ぎのおじさんなんだから、高校生の西寺君が自転車を漕ぐのは当然だろう?あと、僕が本を読めるかどうかは西寺君の腕次第だ。なるべく揺れないように頼むよ」

「わかったわかった。自転車導入は撤回だ」

「残念だねえ。僕はラク出来るから賛成だったんだけど」

 自分のためかよ。

 まあ、俺も人のことをいえるもんじゃないが。

 そう思い、自転車導入など二度と考えまいと決心しかけた時。

 ――ん?二人別々に乗ればいいじゃないか。

「なあ、一人一台ずつ自転車に乗るという選択肢はないのか?」

「……」

「灰島、聞いてるのか?」

「……」

「おい、灰島!」

「ああ、悪いね西寺君。僕はいま突発性の難聴に罹っていてね。時々、会話していても聞き取りにくいことがあるんだ。年はとるもんじゃないねえ」

「嘘つけ!さっきまで、普通に聞こえていたじゃないか」

「大きな声は出さないでくれ、西寺君。ここは公共の場所なんだから」

「ああ、すまん」

 道路の向かい側でおしゃべりをしていたらしいおばさん二人が、眉をひそめて俺たちの方を見ていたのに気づき、バツが悪くなって謝る。

 俺が黙るとおばさんたちは、また話をし始めた。

 灰島は澄ました顔をして、俺の三歩先を歩いている。

 くそ。自転車導入の話はしばらく後回しだ。

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