ソシャゲ転生
生焼け肉
ソーシャルゲームの世界へ
彼はビルの屋上に立っていた。この街は夜も決して眠らず、外灯やビルの灯りが街を照らし続けている。そんな人工の光に包まれた都会の街を見下ろし、縁へと彼は踏み出す。
今まさに、彼は投身自殺を図ろうとしている。最早、彼の人生に残されたのは手に握られたスマホの画面に映るゲームの中と、多額の借金だけだった。
「たかがこんなゲームに俺は何を夢中になっていたのか…」
泣きながら呟く彼の手には大量の電子マネーカードが握られている。一枚二万円するカードが数十枚ほどあったが、彼が使った電子マネーの額は手の平にあるカードの金額に留まらない。彼が気付く頃には、多額の借金まで作っていた。
自分が重度の中毒者だと言う事は、彼も気付いていた。だが、意思の弱い彼に自分の欲望を抑えるほどの理性は残っていなかった。どうしようもなくなり、袋小路に行き詰った彼が選んだ道は『自殺』である。
彼は死への恐怖を抑えるようにスマホを強く握り締め、瞼をきつく閉じる。そして一歩、大きく踏み出す。無重力感に襲われ、彼は思わず恐怖による悲鳴を上げた。
浮遊感が続く中、彼は悲鳴を上げ続けたが、いつまで経っても地面へ衝突しないことに気付き瞼を開く。すると、白い光が視界を覆い、彼は地面に寝そべっていた。
上半身を起こすと、震える体を自分の腕で抱きしめて辺りを見回す。本来なら、自分は都内のアスファルトの上に衝突して肉片になっている筈なのだが、と疑問を浮かべつつ立ち上がる。体に怪我一つないし、もしかするとここが天国なのかもしれないと彼は考えた。
空には太陽が出ており、周りは低木と草が生い茂っており、道は舗装されておらず小石と土だけだった。彼は向こうに目をやると、とてつもなく巨大な一本の樹木を確認した。あまりにも遠方にあるのか、空の色に溶け込んでいるように見える。
「本当なんだここ…。もし天国だとしても三途の川すら見当たらないぞ。まるで現世みたいだ」
彼は向こうに見える樹木を目指して、一歩踏み出すと視界にゲージバーが現れた。
「なんだこれ…」
触るために手を伸ばしたが、彼の手は虚空を掴むだけだった。前にまた一歩進むと、そのゲージバーが左に縮んでいく。
「なんだこれ…」
呟き、彼が一歩進むとまた一定の量で縮む。首を傾げながら一歩一歩と進むと、突如二匹のゴブリンが近くの茂みから飛び出して彼の行く手を阻む。
「なんだこれ!?」
「いえ、ナンダではありません! こいつらはゴブリンです!」
突然声がして、彼は驚いてそちらの方を向くと小さい妖精が光に包まれながら漂っていた。
「なんだこいつ!?」
「違います。私の名前はナンダではありません! 私は貴方をナビゲートするナビゲです」
彼は可愛げのない名前だな、と思った。ナビィという名前だったら容姿と合ってて可愛かったのに。すると、突然目の前に、男の戦士と女エルフの弓使いと、初老の魔導師が現れた。
「さぁ彼らをタップして、目の前のゴブリンを倒してください」
突然ナビゲに言われて、男は困惑する。
「いや、タップってそんなソシャゲじゃあるまい…」と言い掛けて、彼はハッとする。先ほどの歩くと減るゲージといい、ナビゲートのマスコットといい、これはもしや。
「ソシャゲの世界か! そしてこれは今チュートリアルってことなのか。面倒だしスキップしたいんだけど…」
「無理です。さぁタップしてゴブリンを倒してください」
あっさりと却下され、彼は適当に虚空をタップする振りをすると突然男騎士が雄叫びを上げてゴブリンに突撃していく。チュートリアルなので戦士は勿論一撃でゴブリンを屠る。次の女エルフの弓攻撃も命中し、ゴブリンは倒れる。その間、男はずっと虚空をタップしていたが、スキップ出来ないことに気が付く。
「スキップも出来ないのか」
「無理です。じゃあ進んでください」
また足を進めていく。目の前の三人のメンバーは、男に合わせて前進する。今度は先ほどより大きいゴブリンが目の前に現れる。流石に迫力があったのか男は若干怖気づく。
「ボスですね。こいつは手ごわいですよ!」
男は知っている。きっと、こいつは今いるメンバーが一回ずつ攻撃したらやっつけられるだろう。男は空を見ながら適当に虚空をタップして戦闘を進める。予想通りの展開で若干飽きが出始める。同時にもしかして、古いタイプのソシャゲではないのかと考え始めた。深いため息をつく。
その後も男はナビゲーターのナビゲの指示に従いながら、チュートリアルをこなしていく。予想通り本当に昔のタイプのソシャゲで彼は完全に飽きていた。
「あーもうつまんねぇ! これなら俺がやってたソシャゲの方が面白かったわ! あと思ったよりつまんねぇ世界だな! 帰る!」
男はナビゲに台詞を吐き捨てると、元来た道を戻ろうとした。だが、彼の体はぴくりとも動かなかった。
「なんだこれ…おい、動けよ俺の体…!」
こめかみに青筋が浮かぶほど力を入れるが、足は動こうとしない。代わりに足を前に進めようとすると何も障害はなかった。
そんな男をナビゲが呆れた表情見ている。
「ダメですよ。この世界は六ステージまで進んでボスを倒したら前のステージに戻れます。今貴方は五の二にいるのであと四つ進めてください」
「こんな作業をあと四つもだと!?」
彼の目の前に出てくるのは緑色のゴブリンばかりである。ボスとして出てくるのも色が違う大きいゴブリンだけであった。ドロップで落ちる仲間も星一つの村人か、良くて星二つの兵士か弓兵士である。使えないので男は即強化の材料にした。目の前を歩いている彼らも、星三つだとナビゲが男に教えていた。
「あーもういい、こんなクソゲー課金して終わらせてやるよ。おい羽虫! 課金ガチャやらせろ! 勿論ソシャゲの世界だからあんだろ?」
「わかりました。ではどうぞ!」
ナビゲがそう言うと、空中に金で出来たガチャポンマシンのハンドルが現れる。ゆっくりと降りてきて、男の目の前でぴたりと止まる。彼は回そうとしてハンドルに手をかけて、動きを止める。
「…なぁナビゲ。これは『課金』ガチャなんだよな?」
「そうですよ」
「俺は今一銭も金を持っていない。じゃあこれは何処から課金するんだ?」
「貴方が現世で回した回数だけ回せます。因みに分配率はこうなります!」
妖精が両手を広げると、空間にレアの確率一覧が表示される。星三つから排出され、最大のレアリティは星五つまでだった。その一覧を見ると、男は興奮した様子で力強く拳を握る。
「マジか! よっしゃ、何回回したか覚えてないぐらいガチャしたから最強メンバーで攻略してやる!」
彼は星四つ以下のキャラを全て、最高レアである星五つキャラへと合成の素材にする。そうして、男のデッキは星五つでレベルが99のキャラが五人揃った。
「よし! じゃああとは課金アイテムもあるんだろ?」
「ありますよ。これは今まで貴方が使った課金アイテムの数だけ差し上げられます」
妖精が手を翳すと、男の手の中に緑色の液体が入った瓶が現れる。
「貴方が望めば好きなだけ私が回復薬を出しますよ」
男はニヤリと笑った。
「もう何も怖くねぇ。現実で課金した甲斐があったぜ。これでこのソシャゲを終わり―――」
瞬間、彼は自分の言葉に不安を覚えた。
終わり? 何が終わるというのだ。彼は今までやってきたソシャゲを思い出してきた。次々と追加されるレアキャラを。追加される新ステージを。その割にはやることは単純でタップしているだけだ。
彼は作業みたいなことを繰り返し、飽きて、次のソシャゲへと彼は移動していた。途中でサービスが終了したゲームもある事を思い出し、男の不安はさらに大きくなる。
「おいナビゲ。あの樹を目指せばいいんだよな?」
「はい。あれが終着点ですから。大丈夫です、貴方の力と協力してくれる仲間たちと私のサポートが合わされば!」
彼はもう一度空を突き上げそうな大樹を見る。何故か一生到着しないような気がした。
男はこのソシャゲ世界がこれ以上くだらないものではないこと祈り、そして自分がやっている課金はこの世界を支えている行為だと必死に思い込ませた。
この転生した男が無事終着点へ辿り着けたかどうかは知る由もない。
ソシャゲ転生 生焼け肉 @yaginiku
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