第5話 自己紹介。正直者は信用される
「ごちそうさまでした」
皿に積まれていた数々の果物はいま、僕の胃袋に無事収まっている。
どれもすごくおいしくて涙が止まらなかった。
「お粗末様でした。喜んでもらえたならよかったわ」
そういって笑ってくれる彼女はどうやらこの家の主にして命の恩人らしい。食事中に少し話してくれたのだが、どうやら草原で生き倒れているところを偶然発見し、保護してくれたらしい。
「それじゃ、食事も済んだみたいだしお互い自己紹介といきましょうか」
そういって椅子に座り、僕の目をまっすぐと見つめてくる。よくみると左右の目の色が違う。右目が赤で左目が黄色だ。珍しいというか初めてオッドアイの人を見た。
「私の名前はセリカ。ただのセリカ。元冒険者、現『無限の草原』管理者をしているわ。よろしくね」
僕の命の恩人はセリカさんというらしい。見たところ僕と同じくらいの年かもしくは少し上に見えるが、女性に年齢を聞くのはタブーだ。余計なことを聞いて痛い目を見るのは、バイト先で懲りた。
「よろしくお願いします、セリカさん。それと改めて僕を助けてくれてありがとう。本当に果物、どれもおいしかったです」
「ありがとう、そういってもらえると育てていた甲斐があったわ」
にっこりとほほ笑んでくれ、本当にうれしそうだ。いい人そうだ。…というか、普通に言葉が通じてる…なぜだろう?
「それで?あなたの名前は?なんで『無限の草原』にいたのかも聞きたいのだけど、いいかしら?」
「あ、そうだよね。僕も自己紹介を…」
言いかけて言葉に詰まった。待て、そもそも僕は名前がわからない。それになぜ草原にいたのかも自分でもよくわかっていない。異世界から来たといってもいいのだろうか?というか、いまさらだが本当にここは異世界だろうか?実は日本のどこか秘境なんて可能性もまだある。
どう言おう…
「…僕の名前は」
悩んだ末出した結論は…
「僕は自分の名前が思いだせないんだ。それと僕はおそらく異世界人だ」
正直に答えることだった。彼女は見ず知らずの僕を助けてくれた上に食事まで面倒をみてくれた。そんな命の恩人に隠し事をするのは気が引ける。というかやりたくない。
「……異世界人…」
僕の自己紹介を聞いたセリカさんはというとあまり驚いた様子はなく、むしろ納得がいったという感じだった。
「あれ?驚かないんですか…?自分でいうのもなんですけどかなり胡散臭いことを言ったと思うんですが…っていうかもしかして異世界じゃないとか!?ここ日本ですか!?」
そうだとしたらすごく恥ずかしい。穴があったら埋まりたいくらいだ
「いや、二ホンなんてところは知らないわ。たぶん、ここはあなたのいう『異世界』で正しいわ。…なんとなくそんな気はしてたわ。だって、この世界にはこんな音の出る板ないし…」
そういってどこからかスマホを取り出して、僕に渡してくれた。
「君を見つけたのは、そもそもその板のおかげでね。ちょっと不思議に思って預かってたの。返すね」
返されたスマホの充電はなぜかまだ99%と表示されている。あれ…なんでだ。
「それよりもそっか。君は『名無し』なのね」
「『名無し』って?」
「『名無し』っていうのはこの世界における呪い…みたいなものよ。ある日突然自分の名前だけがわからなくなるの。それ以外のことは覚えているのにね」
呪い…なのか?説明を聞いて自分の状態がわかった気がするがどうも釈然としない。のどに小骨が刺さってるような妙な感覚だ。
「それよりも異世界人なら色々とこの世界のこと知りたいわよね?」
それはもちろんだ。色々と考えないといけないことが山積みだが、この世界についてのことはいま一番気になることだ。
「教えてくれますか?」
不安げに尋ねてみると彼女はまぶしいくらいの笑顔で快諾してくれた。
「ただし!」
「?」
「あなたの世界のことも教えてくれる?」
これに対して、僕も同じように笑って快諾した。
「そんなことでいいのなら…」
「ありがとう!!」
その時の彼女の顔はまるで長年の夢がかなった子供のような笑顔だなと思った。
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