第1.8話「これだからリア充は・・・」
生徒の出入りに用いられる生徒用玄関口、そこを通り過ぎて保健室と対になるようにしてあるのが職員室だ。
職員室の目の前には『相談室』と名を打った部屋が存在するが、通常この学校では生徒の相談は職員室内の生徒指導室で行われる。あの『相談室』は基本的に保健室の管轄下にあるらしく、教師が生徒の指導や相談を受け付けるために使用する部屋ではないらしい。
生徒指導室は相変わらず豪勢で、その広さを持て余していた。いつも持っているように思えるクリップボードに手を置いて、指をかつかつ鳴らしながら、高橋先生は黒いソファに並んで座っている私達を流し見て、小さくため息を漏らす。
「・・・それで?」
「石定に心当たりがあるそうです、な?」
「・・・・・え?、あ、はい」
私がボールをパスすると、石定は背筋をピンと伸ばし、そろえたひざに両手を置きながらしどろもどろに返事をした。来慣れない生徒指導室で緊張しているようだった。高橋先生もそれを察したらしく、私と一瞬目を合わせた後聞こえない程度に小さくため息を漏らす。
「石定、それで心当たりとは?」
「えっと・・・その・・・犯人って言うのはアレ何ですけど・・・・」
「構わん、別に言葉は選ぶ必要はない」
鋭い目つきは今だ健在のまま、高橋先生がそう言うと、石定は「わかりました」と小さく言って、真剣な表情を作る。
「木下さん達だと・・・・思うんです」
「なるほど、木下か・・・・」
「木下?」
木下という聞きなれない名字を耳にして、反射的に私は二人に問いた。
「五十嵐さんと一緒にいた子だよ?、ほら、私が話しかけた子のなかで一際煌びやかだった・・・」
「ああ、あのギャルっ子か」
まさかあいつが木下だったとは、それにしても名前と顔があってねえ・・・
「根拠は?」
「先生、藤林さんのこと、覚えてますか?」
石定は確かめるような声色でそう言うと、それを受けた高橋先生は目を泳がせ、視線を窓外の空へと向けた。心当たりがあり、尚且つそれが自分にとって不都合だった場合に、人は大体こんな仕草を見せるものだ。
「藤林か・・・・」
読み通り、高橋先生は思い出すように、ため息交じりにその藤林という生徒の名前を口にした。
「藤林?」
またしても私の知らない名前が会話に上がり、私は再び疑問符を浮かべる。それに答えたのはやっぱり石定だった。
「さっき教室で言った、前に被害にあった子のことだよ・・・」
悲壮感あふれる石定の声に、私は今朝石定と交わした教室での会話を思い出した。
それは、私が追いつき入学する前、具体的にどれくらい前なのかは知らないが、その藤林という生徒に対するいじめが起こっており、結局彼女はそのいじめに耐えかね、現在は学校を休学している、という内容だった。
私が「ああ、なるほど」と一言漏らすと、その後話し始めたのは高橋先生だった。
「二か月前のことだ、うちのクラスの女子生徒、藤林 初子(ふじばやし ういこ)に対するいじめが発覚した。その詳細はひどいもので、無理やり髪を切られたり、靴を隠されたり、服を燃やされたりしたそうだ・・・・・」
高橋先生がことのあらすじを説明する。次いで先生は窓外を見据えていた瞳を石定に向けた。
「・・・・それがどうかしたのか?」
「私、クラスの皆のことなら大体何でもわかるんです。自信あります。みんなといっぱい話して、みんなといっぱい一緒にいるうちに、皆のことが分かるようになりました。木下さんともいっぱいお話ししました。」
分かるようになった、か・・・・。
「それで?」
「私見たんです。木下さんが藤林さんの成績個票をびりびりに破いてる、その現場を・・・」
石定は真剣な表情で言う。
だったら ――――
「どうしてその時言わなかったんだ?」
高橋先生が、私が内心思っていたことを代弁してくれた。
「藤林さんの望んだことなんです、誰にも言わないでほしい、秘密にしておいてほしいって・・・」
石定は泣きそうな表情で語る。当の本人がそういえば、石定の性格上守らざるを得なかったんだろう。
だがまあ・・・
「典型だな」
「典型?」
「いじめにあっている奴っていうのは、なかなか自分の受けちるのがいじめだと認めないんだよ。」
「そう・・・なの?」
「ああ、自分の弱さを認めてしまうことになるし、自分の弱さによって引きおこる不利益が容易に想像できるからな。いじめがなくならない理由としてよく上げられる」
「・・・なるほど、たしかに」
「石定から見てどうだったんだ?、藤林は当時、自分がいじめにあっていることを認めていたか?」
「うーん、どうだろう・・・・あ、でも、『嫌だったら言ってね?』って聞いた時、『木下さんたちには悪気は無いんだ』って言ってた・・・・」
「な?、まあ休学したってことは、今はもう認めてるんだろうがな」
私が言うと、石定は懸念の表情を浮かべて下を向く。連れて吐息交じりに「そ
う・・・なのかな・・」と小さく漏らした。
私は背もたれにだらーっと背中を預け、目をつむりながらそれに答える。
「そうだろ、もしそうでなくて休学してるなら、それはそれで矛盾する」
「・・・・どういうこと?」
石定が顔を上げて怪訝な表情を浮かべる。だらーっと背もたれにもたれて超くつろいでいる私は、態度を変えずにめんどくさにじみ出る声で答えた。
「すべてがその藤林という少女の手の内ということになるからだ」
「手の内?」
「ああ、いじめを受けるようにわざと木下に接触して、結果いじめられているところをお前に目撃させ同情を煽る。しばらくして休学すれば、それだけ事が大事になるし、それだけ多くの人から心配される。こうして第二の事件が起こればその度に掘り起こされてまた心配される・・・要するにただ人からかわいそうに思ってほしいだけなんだよ」
「そんなこと!」
ばさっとソファの生地が擦れる音とともに、石定は勢いよく立ち上がり大声で怒鳴った。
びっくりした。
高橋先生も目を丸くしている。
その表情には怒りの色がうかがえた。普段とのギャップ、今朝と似たような圧迫感を私は感じていた。なにか癇に障ることを言ってしまっただろうか・・・?、と、私は自分に問う。答えは当然ノーだ。
「ういっ・・・藤林さんはそんな子じゃないよ」
何か言いかけた様子の石定だったが、すぐさま軌道修正し、藤林の名前が出てきた。
言葉が言い終わるにつれて、だんだんとその気勢が薄れていく。
どうやら今の石定はすぐさま我に還ったようで、自分の言っていることに気恥ずかしさを感じたのだろうか、石定はもじもじと胸の前で両手を握っていた。
私は今だその迫力に気圧されながらも、しぶしぶ口を動かす。
「・・・・・最初に言ったろ?、矛盾が生じると、つまりそうじゃないってことだ」
「・・・あの・・・えっと・・・そうだった・・・よね・・・ごめんなさい、大きな声出して」
石定はたじたじと落ち着かない様子で謝罪すると、そのままゆっくりとソファに腰を落とした。
このまま説明を続けてもいいものだろうかと少し迷ったが、次いで私は説明を続ける。
「・・・・・まあ話を聞いてると、そもそもそんなに機転の利く奴なら、同情を煽るなんて効率の悪いことに無駄な労力を割かないだろうし、その・・・なんだ」
「・・・・・・?」
「そんな子じゃないんだろ?」
「・・・・・うん、藤林さんはそんな子じゃないよ、断言できる」
力ない声で石定が言った。
私は石定の言ったことを肯定するように言葉を作ったのだが、それに対し石定が出した答えは、「断言できる」という言葉で締めくくったものだった。分からない。
人は人のことを完全に理解することはできない。理由は簡単、人はそれぞれ『個』であるからだ。
私が石定を理解しようとしたところで、私が石定でないのなら、私は石定を完全には理解できない。それと同じように、石定亜貴という少女が、藤林初子という少女でない限り、石定もまた藤林を完全には理解できていないはずだ。人はやろうと思えばどこまででも自分を隠せる。それを自分でも気づかない程にも、それは可能だ。当然私も。
石定は断言できるといったが、他人の内情を断言するのに、いったいその人をどれだけ理解すればいいのだろうか。石定は藤林をどれだけ理解したうえで、断言できるといったのだろうか。
私にはそれがわからない。
「・・・長井くんはすごいよね」
石定は天井を見上げている私に向けて、意味不明なことを言い出す。私はそれに
「はあ?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「まだ入学して一週間も経ってないのに、クラスのいろんなことがわるなんて、凄
いよ」
いや、クラスのことに関しては一言も言ってない、あくまで世の高校生の一般礼を提示したまでなんだが・・・まあそういうことにしておこう。
「・・・・・私は経験と知識から推察しただけだ、なにもすごいことなんぞしていない」
「普通はそんなことできないよ、やっぱり凄いね」
「・・・・・」
まあ自分にできないことができる人間を凄いというは自然なことだが、恐らく嫉妬の感情が少なからずあるだろう。矛先をこちら向けないようにしてほしいものだ。でないと次は私がいじめのターゲティングをもらうことになる。クラスの中心人物を相手にするのは嫌だぞ・・・マジで。
「おい、話がそれてないか?」
一時会話が静止したとたん、高橋先生がぴしゃっと会話に終止符を入れた。
そういえば何の話だっけか・・・?
「現に今吐露しているようだが、それは君が藤林の願いを裏切った。と言うことでいいんだな?」
「・・・・・」
石定は黙り込む。
高橋先生の言っていることは正しい。石定がどれだけ藤林おことを思っていたとしても、本質的には藤林の願いを裏切ったことになる。それをどう思うかは藤林次第だが、それを予測できるほど、今の私は『藤林初子』についての情報が足りない。
だから今いえることはただ一つ。
「まあそういうことでしょうね、対価がない限り、その約束には絶対の保証はありませんから」
私が言うと、石定の反応をうかがっていた高橋先生の目は私を向いた。
「まあ確かにな、石定はそういうことでいいのか?」
「・・・・言い訳はできませんね、そういうことです」
石定はあきらめた様子で目を閉じる。
するとしばらく沈黙が流れた。え?、なんで?
「それで? どうしてそれが証拠になるんだ?」
「・・・・え?」
「え?」
高橋先生の問いに、どうして?というような目線で石定が頭の上に疑問符を浮かべた。その後間をおかずに私も「え?」と声をあげてしまったが、それは高橋先生への疑問符ではなく、準備が足らなすぎる石定に対するものだった。
え?、それが証拠なの?、それはちょっと・・・
「足らなすぎるぞ・・・・」
「え?、何が!?」
「石定・・・・」
高橋先生も片手で目を隠しながら中二病みたいなポーズをとって呆れた表情をとった。
行動に移すぐらいだから、それ相応に理路整然とした答えを自分の中で出したかと思っていたのだが・・・・・そうでもなかったのかようだ。
優秀だと思った私の誤算だったか・・・・・。
「過去の例をだしたところで、今回との因果関係がなければどうにもならんだろ・・・」
「しかもそうしたところで分かるのは、前の事例と今回の事例の犯人が一緒だということだけで、木下達が犯人だという証拠にはならんしな」
「あっ・・・・・確かに・・・・・」
「おいおい・・・・・」
なんでだよおい、ちょっと考えればわかることだろ?。これだと石定がただのお馬鹿さんになってしまうじゃないか!、そんなやつに期待はかけたくないし、期待掛けた自分が哀れ過ぎるぞ・・・。
はあ、リア充はこれだから嫌いだ、本当にこいつらは考えるということをしない。
次からは味方につける奴をしっかりと吟味する必要がありそうだ。
「話が終わりなら部屋を開けたいんだが?、それに君らは次授業だろ?」
高橋先生は聞く価値なしと判断したのか、話を終わらしにかかっている。
うん、私ももう教室に戻りたい。だが。
「数学かあ・・・くそ、寝れねえ・・・」
「おい・・・・」
高橋先生の眼光がレーザービームのごとく突き刺さる、ひくっと口角が吊り上がった。
「いいか?石定」
高橋先生はもうさっさと終わらしてしまいたいのか、うつむき黙っている石定に言葉を投げかける。
石定は顔を上げず、そろえたひざの上に置いた手を見て。
「・・・・はい」
と一言返事をした。
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