第1.7話「そして物語は動き出す」

授業一時限目が始まる前、ホームルームの時間。


私達のクラス、一年C組の空気は張り詰めていた。


「・・・・さてみんな、今日はすこし悲しい話がある」


教壇に立った高橋先生が、真剣な表情で言った。

机の両縁に手をかけて教室全体を見渡す高橋先生の目つき、そこからは狙った獲物を逃さない捕食者の如き眼光がうかがえる。


「今日休みの笛口の財布が、何者かに盗まれた」


高橋先生がその言葉を発した瞬間、クラス内の空気は一変、硬直した。


「ここ当たりのある生徒はこの後私のもとに来い、以上だ」


笛口と言う生徒に対しての同情は見られない、ただ起こったことを報告するかのような口ぶりで高橋先生は言い、教室から出て行った。

後に残された生徒たちは、すぐさまそれぞれ仲間内で集まり、先ほどの先生の話について語り合う。

私は机に突っ伏して狸寝入りを決め込むと、近くに集まった女子のグループの話に耳を傾けた。


「ねえ・・・さっきのって・・・」

「完全に、いじめだよね・・・」

「えっ・・やばくない?それ」

「でも誰も出ていかないね」

「わざわざ自分から名乗り出る奴とかいないでしょ、普通」

「確かにね」


他のグループでも同じような結論が出たようだった。

それは教室の後ろのドア付近で話している女子グループ、すなはち五十嵐や、あのギャルっ子たちのいるグループも同じ。


「いったい誰がやったんだろうねえ、あんなこと」

「ほんとほんと、いじめとか最っ低~」

「私も・・・いじめはよくないと思うな・・・・」

「・・・・」


ギャルっ子とポニテが、ケータイの画面を見つめる五十嵐を横目に見ながらそう言うと、それに合わせるようにふわふわ系女子がうつむいて言った。

五十嵐はケータイの画面から目線を外さず、ただただ黙っていた。


「― 誰がこんなことしたんだろうね」


右目で教室内を観察している私に、ふと誰かの澄んだ声が投げかけられた。


「・・・・ん?」


机に伏せたまま顔をそちらに向けると、そこには沈んだ表情でたたずむ石定がいた。


「・・・・こういうの、長井くんが来る前にも一回あってね、そのせいで一人不登校になっちゃったんだ・・・」


屋上でギャルっ子とポニテが話していた、靴を隠した、とかいう一件のことだろうか。


「今回も同じ人間がやったと?」

「たぶんね・・・・でもわからないの、前被害にあった子にも聞いたりしたんだけど、口止めされてるみたいで話してくれなかったんだ・・・・」

「・・・そうか」


窓枠にもたれ、うつむきながら淡々と話す石定。

その話し方には自責の念が込められているように思えた。


やはりクラス内ヒエラルキー上位の者となれば、こういったクラスのマイナスイベントには責任を感じざるを得ないのだろうか。


しかし聞いてもいないのにここまで情報が引き出せるとは予想外。

やはり石定はいい具合に優秀だ。


私は、石定が話し終えると、しばらくして彼女の最初の質問に答えた。


「だれか、の前に、なんで、を考えた方がいいんじゃないか?」

「・・・どういうこと?」

「問題が起きる理由を考えれば、その理由に合致する奴、つまり、この問題を起こす理由のある奴がおのずと浮き彫りになってくる。あとは状況と証拠をもとに消去法をしていけば・・・」

「犯人が見つかる?」

「そういうことだ」


私はちらりと、五十嵐たちのいるグループを見やる。

そのアイサインを、やはり石定は見逃さなかった。


「・・・・・彼女たちだと思うの?」

「内誰かであることは間違いないだろうな」

「そう・・・・」


石定は落ち着いた様子で短く返事をすると、窓枠から背を放し、まっすぐ五十嵐たちのグループに向けて足を進めていく。

突然の石定の登場に、ギャルっ子たちは一斉に会話を止め、来訪者である石定に目線が集まった。

ポニテが、どうしたの?石定さん、と石定に問うと、石定は間を開けずに、思いがけない台詞を放った。


「 ―――――――― どうしていじめなんてしたの?」


私は驚きのあまり、突っ伏していた机から顔を放し、目を丸くした。

目線を引かれたのは私だけではない、教室内の誰もが、聞き間違いかと疑うようにそちらに目を向けていた。


石定の唐突な問いに、ギャルっ子はもちろん、それまで携帯から目を放さなかった五十嵐でさえも、驚きの表情を隠しきれないでいる。


気まずい空気が場を支配し、しばらく静寂が流れた。


そんな中、ギャルっ子が先陣を切ってそれを壊しにかかる。


「えっと・・・・石定さん、どうしたの? 私たちなわけないじゃん」

「そうだよ、どうして私達が疑われなきゃいけないの?私たちなにもしてないよ?」

「え、えっと・・・」


あたふたしながら口々に言う三人、だが五十嵐だけは一人何も言わず、疑心に満ちた目線で石定を凝視していた。


「ねえ、どうして?」

「・・・どうして私達なのかな?」

「どうしてかな?」


尚も問い詰めていく石定。

そこに私の知っている皆の人気者としての石定の姿はない。

さながら警察の取り調べのようだ。


「どうしてこんなことしたの?」


こえー


後姿を見るだけでも、今の石定は正直怖い。

普段とのギャップが大きい分、感じる恐怖は何倍にもなるのだろう。


石定は無表情のまま、まさに取り調べでもするような感じで無機質な声で再度問う。


「ねえ、答えてよ」

「・・・・・」

「ねえ」

「・・・・・」


そこはもう石定の独壇場、誰も何も言うことはできなかった。というより、許されなかった。


異論反論はさることながら、弁解なんて不要。すでにギャルっ子たちが犯人であることが前提。


石定の口ぶりは、そんな決めつけの要素が多いような感じが聞いて取れた。


「――証拠はあるわけ?」

「え?」


石定の迫力に気圧されて誰も口を開くことができなかった状況で、ただ一人、五十嵐が落ち着いた様子で声を発した。


どうやら石定の登場に私が関与していると思ったのだろう、五十嵐は一瞬こちらを見ると、鋭い目つきで私を睨む。


いや、別に「君に決めた!」とか言ったわけじゃない、私の話を聞いた石定が勝手に動いたのだ。


私のせいじゃない、たぶん。


五十嵐はこちらにめんどくさそうな顔を見せつけると、再び携帯の画面に目を戻す。

石定の目線は五十嵐に向いていた。


「証拠もないのに人を疑うのは失礼じゃない? 石定さん」

「・・・・・」

「せめて根拠を示してよ、じゃないと納得できない」


五十嵐は石定の態度にうろたえることなく、右手で持った携帯の画面に目を止めている。

この状況で唯一石定に反論した五十嵐に、ギャルっ子やポニテ、ふわふわ女子は目が釘付けになっていた。


石定が行動に出たということは、私の話を聞いて、自分のなかで一つの答えを導き出したのだろう。

だがそれを人に理解させるのには、もう一押し、ではなく、引きが足りない。


いろいろややこしくなる前に助け船を出した方がいいだろう。


私は静まり返った教室のなか一人立ち上がり、教室の前の扉の前まで来て、扉を開ける。

外に出ようと足を踏み出したその時に、私は五十嵐たちのいる方向を見て。


「石定」

「・・・・長井君?」

「ちょっと来い」

「・・・・・・はい」


私の呼びかけで我に返ったのだろう、石定は申し訳なさそうに速足でこちらに歩いてきた。

その後姿を、ギャルっ子とポニテはにやりと笑いながら見送る。


私と石定は教室の外に出て、私は後ろ手で扉を閉めた。

すると曇りガラスの向こうの教室内は、再びざわめき始める。


たぶん話題はさっきの石定になっていることだろう。


私は扉の前の壁にもたれて、はあ、吐息を吐くと、石定の目を見ずに言った。


「何してるんだ」

「・・・・・」

「根拠もなしに初手で疑いにかかったら、返り討ちに合うのは当然だろう」

「・・・・でもあの子たちなんでしょ?」

「その結論に至るまでの私の考えを、お前は理解しているのか?」

「・・・・・」

「他人の意見をちゃんと理解しないまま鵜呑みにするな、もうちょっと慎重になれ」

「・・・・はい」


今にも泣きだしそうな石定がしみじみ返事をする。

私は深くため息をし、壁から離れると、そのまま足を進めた。


「・・・どこ行くの?」

「職員室に決まってるだろう」

「え?」

「心当たりのある生徒はこの後私のもとに来い、先生がさっき言ってたろ?」


私がそう言うと、石定は


「待って!私も行く!」


と言いながら、こちらに駆け寄ってきた。


その石定に、先ほどまでの怖いオーラは感じられない。


まだ知り合って一週間と立っていないが、ここで石定のもう一つの意外な一面を垣間見た気がする。

これからの石定の扱いには、少し気を使った方がいいだろう。


私は石定を連れて、そのまま職員室へと向かった。



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