第1.5話「勘違いと虚無感・B」
四限が終了し、昼放課。
私は一人になれる場所を求めて、屋上へと向かった。
最近はいろいろなタイプの人間とあっているせいか、時々こうして独りの時間が恋しくなる。
屋上の扉を開けると、最初に目に飛び込んできたのは空だ。
どこまでも澄み渡る蒼穹の青空。
秋色失せた、冬らしい冷たい風。
何処行く当てもなく、されどやらなくてはいけないことも無い私にとっては、一人でこうして空を眺めているときが一番落ち着く。
屋上から突き出た給水塔へは梯子が掛かっており、それを登れば、先ほど以上の大きな空が見える。
とてつもない開放感だ。
私は給水タンクに背中を預け、朝登校中に買ったメロンパンの袋を開ける。
どうやらこの学校付近の店では、どこも同じパッケージのメロンパンを売っているらしく、コンビニで買ったメロンパンの袋は、昨日校内の購買部で買ったメロンパンの袋と同じものだった。
まあたぶんメロンパンだけじゃないと思うが、恐らくあの遊歩道に広がる商店街の商品は、校内の購買部のものとまとめて学校が購入しているのだろう。
となると、商店街の店はすべて学校が運営しているのかもしれない。
さすがはリッチな学校だ。
私が昼食のメロンパン一つでそんなどうでもいい妄想を繰り広げていると、ふと屋上に通じる扉が開いた。
「おお、誰もいないじゃん」
「いいね、ここで食べよ!」
「賛成!」
「・・・・」
現れたのは四人組の女子。
最初に出てきたのは、いかにもギャルっぽい金髪にふわっとウェーブが掛かった女子、それに、おっとりと目じりの垂れたふわふわした女子と、吊り上がった猫目が特徴なポニーテールの女子が後に続く。
そして最後に扉から出てきたのは、赤い眼鏡が特徴な黒髪ショートボブの女子。
五十嵐だ。
四人は私の存在には気づかず、それぞれお弁当やらお菓子やらを床に広げ、うるすさいぐらいの談笑を始めた。
「あー疲れた、ほんっとまじ陣内最悪」
「分かるー、さっきの授業五分も延長されたしね」
「七十分もあるんだから時間内に授業まとめとけっつの」
ギャルっぽい女子が先陣を切り、一斉に教師の愚痴を始めた。
陣内というのは、物理基礎担当の陣内 豊先生のことだろう。
私の教室では、四時限目の時まさに物理基礎の授業が行われ、昼放課に入ったというのに、これで最後だからと五分授業を延長していた。
と言うことは、あいつら全員Cクラスの生徒だろうか。
だがそれ以前に、こんなリッチ層しか集まってない学校に、あんなギャルっぽいのがいるなんて驚きだ。
「陣内もそうだけどさー、笛口もウザくない?」
「分かる分かる、あいつ何がしたいんだろうね」
笛口と言うのはCクラスの女子生徒、席は先生によくターゲティングされる一番前。
そいつはその立場を利用し、毎授業ひつように先生に対し質問を投げかけは、先生のご機嫌取りをしている、いわばポイント稼ぎ勢だ。
「ねえー、ちょっとあいつに立場分からせてあげない?」
「ちょっとー、止めときなよ、前もそれで一人不登校になっちゃったしさー」
おっと、いじめの作戦会議かな?
私は下の方でまさに今繰り広げられている会話の重要性に気付き、すぐさま手に持っていたスマートフォンで録音を開始する。
『前も』と言うことは、まさに、前もそんなことがあったのだろう。
「いいんだって、ああいう奴は一回くらい自分の立場思い知らないと引っ込まないからさー」
「えー、じゃあどうするの? 前みたいに靴隠す?」
「うーん、それじゃあなんか物足りないっしょ」
「ねぇねぇ何の相談?また面白いことするの?」
ギャルっ子(命名)とポニーテール(命名)の話に割って入ったのは、垂れ目のふわふわした女子だ。
どうやら目の前で行われているのが、いじめの作戦会議だとわかっていない様子。
「そうだよー、またすごいことするんだよー」
「すごいことするの!?」
「うん、皆を不幸にする悪い奴を退治するんだよー」
「そうそう、悪い奴は追っ払わないとねー」
「わあ!すごい!やっぱりきーちゃん達は正義の味方だね!」
うん、明らかにいじめの作戦会議だけどね。
どうやらこのふわふわ女子は、本当の意味での脳内フラワーガーデンらしい。
恐らく二人は内心「ちょろい・・・」と思っているんだろう、二人の口元には、にやりと不敵な笑みが浮かぶ。
「ねえ五十嵐、あんたも協力しなよ」
今まで二人で話していたギャルっ子とポニテ(略)が、突如矛先を五十嵐に向けた。
五十嵐は口に入れかけていたお弁当のプチトマトを制止させ、小さな声でそれに応える。
「・・・・・私はいいよ」
「はぁ?あんた何言ってるの?悪い奴は退治しないといけないでしょ」
「そうだよ茜ちゃん! みんなのためにも悪者は退治しないとだよ!」
「・・・・・・」
断る五十嵐に対し、意味不明な切り返しをするギャルっ子、そこに本質を理解してないふわふわ女子が援護に回った。
五十嵐はそこで黙り込んでしまう。
「・・・・・・・・」
「ねえ、五十嵐、私達友達でしょう? 協力してくれるよね?」
「・・・・・・・・」
「茜ちゃん、一緒に悪い奴を退治しよ!」
「・・・・・・分かった・・・・」
五十嵐はそう短く言い、制止させていたプチトマトを口の中へと運ぶ。
うつろな表情で箸をがじがじ噛み、次にから揚げを拾おうとお弁当に箸を伸ばすが、そこでギャルっ子が五十嵐に話しかけ、またもそこで箸が止まる。
「んじゃ五十嵐、放課後女子トイレ来いな? 作戦会議するから」
「・・・・・分かった」
「なになに!私も行きたい!」
何も理解してないふわふわ女子が、ポニテに迫る。
「亜美はだめ、危ないから今回も見学ね」
「えーそんなー、さっちゃん水臭いよー」
「亜美のことが心配なの、今回は見学、ね?」
ふわふわ女子の肩に手を置いて、あたかも本当に心配しているかのような口ぶりでポニテが言った。
当然、単純な脳内フラワーガーデンのふわふわ女子が、自分を守ろうとしてくれている親友の頼みを断れるはずがない。
「うーん・・・・わかったよぉ・・・」
弱々しく了承するふわふわ女子。
五十嵐はそれをただ見ているだけだった。
その後、それぞれが昼食を食べ終え、四人とも屋上から去っていった。
後には塵一つ残すことなく、ただ静寂だけがそこにある。
まさに立つ鳥後を濁さずといった具合だ。
その通り、飛び立った後を濁さないのは、鳥だ。
そしてあいつらも、四人そろって変わらない、ただの鳥だ。
自身より高く飛んでいるように見える人間を見つけると、すぐにそれを羨み、妬み、僻み、嫉妬し、そして地面に突き落とす。
そうすることでしか、自分の飛んでいることの意義を見出せない、哀れな鳥。
人とはおおよそ、そんな弱い生き物だ。
私はそこで思考を遮断し、一緒にスマートフォンの録音も切って、飛行機雲が霞む空を見上げる。
「あ、次英語じゃん・・・・さぼりは無理か・・・」
鬼の形相でグーをキメる高橋先生が想像できた。
あの人は華奢なくせして繰り出すパンチは意外と痛い。かなり痛い。
早いとこ教室に戻った方がいいだろう。
私は梯子を下りて、屋上の風にさよならを告げると、舎内への扉を開く。
扉を閉じた後に残ったのは、私が鳥だと罵った彼女たちと同じく、ただ一つ。
それは虚無感にも似た、『静寂』だった。 ――――――――
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