第1.3話「手配りは慎重に」
「長井くん、ちょっといいかな?」
「だめです」
「・・・・えっと・・・」
入学初日、二限目が終わった後の休憩時間。
私はクラスのリーダー的立場の人間(イケメン)、田知花 裕也に話しかけられた。
教室に入ったときの生徒たちの視線や、これまでの生徒間の会話の経路から、この男がクラスの中心人物であることは皆目見当がついていたので、なんとなくいずれ話しかけるだろうなー、と思っていたら、案の定話しかけられた。
「だめだ、忙しい、話しかけるな」
大して何も忙しくは無いのだが、正直こういう脳内フラワーガーデンの連中とは言葉を交わすこともしたくないので、ここは正直にノーと言っておいた。
適当に理由づけてもアレなので、鞄の中から素早く文庫本を取り出し、しおりの挟んであるページを開く。
「・・・・・えっと、今日放課後、皆で君の歓迎会をしようと思うんだけど、来てくれないかな?」
二度もノーを投げつけたのにまだ話しかけてきた。
ここはおとなしく相手をした方が良さそうだ。
どれどれ、お手紙拝見と行こうか。
「・・・歓迎って・・・私は転校生じゃない、追認入学生だ。入学の時期が少しズレただけで、それ以外は君たちと何ら変わらない」
「うん、まだいろいろわからないこととか多いと思うんだよ、だからその辺をカバーしてさ、できるだけ早くここに馴染めたらいいなと思って」
「分からないことって例えば?」
「校則とか、皆の名前とか!」
田知花の後ろからひょこっと顔を出して、一人の女子がハツラツとした声で言った。
明るすぎないセミロングの茶髪に、端正に整った顔立ち、白い肌、黒の瞳、まさに美少女と呼ぶに相違ないこの女子もまた、このクラスのリーダー格の一人だ。
「創府州高校校則第4条」
「・・・はい?」
「何だ、教えるって言っておいて答えられないのか?第四条、生徒は常に端正にして清潔質素を旨として生徒らしく品格を保つこと。田知花裕也、第一ボタンを外してネクタイを緩めるのは校則違反だ。石定亜貴、君もスカート丈はひざ下を超えた時点で校則違反だ。校則を守っていない人間が校則を教えるのか?」
「えっと・・・」
「入学したての私の方がよっぽど校則を理解しているようだな」
「・・・・・」
ちょっと意地悪だっただろうか。
まぁ気にしないが。
「ちょっと、その言い方は無いんじゃない?」
これまでの会話から、助け船が必要だと判断したのだろう。
田知花の後ろから、さらにもう一人女子が顔を出した。
「言い方とは?」
「その人を見下す態度よ。大体、田知花君はアンタのこと心配してあげてるのよ?少しは答ようっていう気は起らないわけ?」
――――― 愚問。
「起きないな」
「は?」
「私は本当に見下している相手にしかこんな態度はとらない、つまり君たちが私に見下されたと感じるのは、まさにその通り私が君たちを見下しているからだよ」
「あんた・・・いい加減に・・・」
今にも吹き出しそうな顔で、私を睨みつけてきた。
まぁまぁと田知花が彼女をなだめるが、彼女の怒りは収まる気配を見せない。
少々遊びすぎたかもしれないな。ここらでピリオドと行こう。
「・・・・なんて、冗談だよ」
「は?」
「悪い田知花、冗談だ。今読んでる小説の主人公の態度を真似ただけだ」
「・・・・・えっと・・・」
予想外の切り返しだったのか、三人とも口をぽかんと開けてこちらを見ている。
当然だ、今まで人を見下すような態度しかとらなかった人間が、突如としてその態度を一変させたら誰だって驚く。
変る前と後の違いがはっきりしていればするほど、その驚感は顕著に表れたりするものだ。
しばらく気まずい静寂が続いた後、最初に話を切り出したのは石定だった。
「ぷふっ・・・あはははは、面白い冗談だね、中々面白かったよ!」
よし、田知花はともかくとして、この石定亜貴という少女はなかなかに優秀だ。この先もお近づきになる価値があるかもしれない。
「冗談にしても、少しタチが悪いぞ長井」
「すまん、だが呼び捨てはまだ止めてくれ、少々こそばゆい」
「わかった。それで、歓迎会のことだけど・・・・」
「悪いな、本当に今日は忙しい、放課後は時間を空けられない」
「うーん、それなら仕方がないね」
「そうだな、日にちを改めて出直すことにするよ」
「了解」
「・・・・」
私の了解を最後に、会話は終了した。
どうやら、近々また田知花と話す機会がありそうだ。
その後、一回の授業時間が七十分というふざけた時間割が3、4限と過ぎて行き、やがて昼休みになった。
クラスメイト一同、各々昼食の準備をし始め、私も腹が減ったので昼食をとることにした。
生徒数が異常なくらい多いこの創府州高等学校には、購買部がなんと計14か所も存在し、私は予想される混雑を避けるため、その中でも教室から一番離れた購買部へと足を運んだ。
すると、そこにはすでに、朝いちばんで新入生に職質みたいなことしきた先生がいた。
「おっ、長井じゃないかー」
「・・・・・高橋先生」
「露骨に嫌そうな顔をするな、君も昼飯を買いに来たのか?」
「それ以外にありますか?この時間に」
「まぁそうか、だがわざわざこんな離れ小島、座ってるだけで疲れる奴が来るのは危険だぞ?」
「人混みが嫌いなだけですよ、いけませんか?」
「いいや別に、奢ろうか?」
「遠慮します」
そもそも教師が生徒になにか奢るのは合法なのか?
高橋先生は缶コーヒーをパシッと開けると、壁にもたれながらぐいっと飲みこんだ。
「クラスには慣れたか?長井」
「慣れませんな」
「・・・・だろうな」
「なんだ、わかってるんすね」
「まぁな、君より六か月も長くあいつらと付き合ってるからな」
「大丈夫ですよ、まだ『居づらい』とは思ってませんから」
「まだ、か」
「ええ」
私は短く返事をし、昼食用の小さなメロンパンを一つ買って、踵を返す。
「そういえば先生」
「なんだ?」
「うちのクラスの女子で、眼鏡をした黒髪のショートボブの奴って、名前わかりますか?」
私が田知花や石定と話しているときに、途中から割って入ってきた、あの女子のことだ。
「眼鏡をした黒髪ショートボブ・・・・・五十嵐のことか?」
「・・・・五十嵐?」
「ああ、五十嵐 茜、うちのクラス委員だ」
なんと、そんな重要人物だったとは。
マークしておいた方がいいかもしれない。
それにしても、クラス委員はてっきりあのイケメン君だと思ったんだが、意外だ。
「なんだ?恋でもしたのか?」
「まさか、あり得ないですよ」
「ははは、そうだろうな、わかってたよ」
「ひでえ・・・」
恋できない人みたいに言うのは止めてほしい。
まあ実際そうなんだが・・・
「五十嵐と何かあったのか?」
「いえ、さっきちょっと話しただけです、でも結局名乗りはしなかったので」
「なるほど」
「・・・・クラス委員か・・・」
「どうかしたか?」
「いえ、ただ中学では学級委員って言ってたんで、なんかしっくりこないなと」
「まあ確かに、中学でもクラス委員と呼んでいるところもあるが、だいたいは学級委員だからな」
「何か役職とかあるんですか?」
「そうだな・・・特にこれと言ったことは無いが・・・私の書類整理とか手伝わせるのには便利だな!」
五十嵐さん、お疲れっす。
「あんた意外と汚いんすね」
「まぁな、綺麗な人間なんてこの世にいないだろう。ちなみに今日も放課後手伝わせる予定だ」
「うわぁ・・・・」
ホント五十嵐さんお疲れっす。
「それじゃ私は行きます」
「あ、最後に一つ」
「なんでしょう」
「一人称変えた方がいいぞ、『私』なんて一人称使う高校生は普通いない」
「すでに皆のなかには定着しつつありますし、別にいいでしょう。大体一人称なんてそう簡単に変えられませんよ」
「口ぶりと一人称が一致してなさ過ぎて違和感があるんだよ。」
「その辺は慣れてください」
「はぁ・・・・」
「もういいっすか?」
「・・・・・ああ、行ってよし」
なぜ離脱に許可が必要なんだ。
そんなことを思いながら、私は購買部を後にした。
その後、また七十分という長大な授業時間が二コマも続いた。
やはり昼食を食べたあとの五限はついつい睡眠学習に走ってしまうもので、皆コックリコックリと机に首を落としていた。
ちなみに、私は堂々と机に突っ伏して寝ていたため、六限は五限にたっぷりと寝た分、だいぶ授業に集中することができた。
やはり授業は、眠いのを我慢して集中力を欠いた状態で受けるより、いっそ盛大に寝てしまって、その後の授業に集中できるようにした方が効率がいい。
六限後、ホームルームを終えた生徒一同は、友達同士でそのまま下校する者と、その後もまだ教室に残る者とに分かれた。
下校する者たちのほとんどは、大体、田知花か石定を中心に下校グループを作っているようだった。
私は後者に渡り、机の上にノートと教科書を広げ、課題でもしながら教室から生徒が減るのを待った。
そして一時間後。
「・・・・そろそろいい時間かな」
現在時刻5時半。窓外の空はすでに薄暗くなっていた。
教室にはもう誰もおらず、私一人がぽつんと取り残されている。
私は教科書とノート、ペンケースを鞄にしまい、教室の電気を消して、そのまま生徒用玄関口へと向かった。
相変わらず校舎は入り組んでいるが、教室と出口までのルートはだいたい覚えたので、迷うことなくたどり着くことができた。
上履きから外靴に履き替え、そのまま外へ出る。
「寒い・・・・」
やはりこの時期は夜になると寒い。
鞄の中に手を突っ込み、朝使ったきりの手編み感あふれる白いマフラーを取り出し、首に巻き付けた。
校門を出たところで立ち止まり、側の壁にもたれながら、ある人物を待つ。
いつ来るかもわからないので、先にやるべきことをやっておこう。
スマートフォンを取り出し、メールアプリを起動する。
本文を短めにして、宛先を設定。
―――― 送信。
「はぁ・・・・」
ため息をつくと、息は大気に白く残り、すぐ消える。
「・・・・・なにしてるのよ」
数分後、目当ての人物がやって来た。
黒髪のショートボブに、赤い眼鏡の下から覗く黒い瞳。
これだけ寒いというのに、相変わらずスカートはひざ上まで折られていた。
「先生の手伝いか? 五十嵐」
「なんでもいいでしょ・・・・」
「・・・・・久しぶり、と言えばいいか?」
私の一言に、五十嵐の肩がピクリと反応する。
「・・・・・なんでこの学校に来たの」
「なんでもいいでしょ、って言わせてもらう」
「・・・・・相変わらずね」
どこか空々しさの感じられる、少なくとも呆れの色は感じられない声で五十嵐が言った。
もう茶番は必要ないようだ。
「どうしてあの時何も言わなかった?」
私が田知花や石定と話している時、私が態度を変えるきっかけになったのは五十嵐の一言だった。
私が『あの時』と口に出した瞬間、五十嵐の目が一瞬泳いだのを私は見逃さなかった。
心当たりがあるのだろう。
「・・・・別に、ただあなたが失礼な態度を取っていたから注意しただけよ、それを直してくれたら、もうそれでいいと思っただけ」
「・・・・そうか」
彼女はまっすぐ私の目を見ながら理由を語った。
その態度を見れば、誰もが疑う余地を抱けないだろう。だがこの五十嵐と言う人間に限って言うならば、故に虚言だと判断できる。
「ていうか、貴方忙しいって言って歓迎会断った割には、こんな時間まで残ってたのね」
「宿題をやっていた」
「寮でもできるじゃない、せっかく誘ってくれたんだから行けばよかったのに・・・」
「随分優しいな。でも心配するな、もとよりあいつらは本気で私を歓迎しようとは思っていない。だいたい直接誘ってきた田知花は、ホームルームを終えた後私が机にノートを広げるところを見ていた。それでも何も言わないってことは、そんなに本気じゃなかったってことだろ」
ふと、田知花が教室から出るほんの一瞬、奴と目が合ったのを思い出す。
「お前は歓迎会にはお呼ばれされてないみたいだな」
「・・・・興味無いだけよ」
「興味無いならあの時なんで口を挟んだんだ?」
「・・・・・目的は何?」
突如、五十嵐の目つきが変わった。
真剣に話す気になったようだ。
「大人しくしてろ、ただそれだけだ。入学したばかりなのに退学は嫌だろう?」
軽い脅迫をし、スマートフォンの画面を見せる。
そこに映し出されていたのは一枚の写真。
血まみれになって倒れている紫がかった髪の少女を、側で不敵な笑みを浮かべながら見つめている黒髪の少女の写真。
五十嵐は鞄を持つ手を強く握りしめ、鋭く私を睨む。
やはりこいつはあの時から何も変わっていないようだ。
「それじゃあな」
私は壁から離れ、背後からの彼女の視線を感じながら、夜道を進んだ。
一人バスに揺られ約十分。
まるで高級ホテルのような立ち振る舞いの『学生寮第四号館』にたどり着いた。
エントランスでカギを受け取り、エレベータを使って最上階の15階へと上る。
赤基調のカーペットが敷かれた廊下を進み、ルームプレートに『1507』と刻まれた部屋の前で立ち止まる。
中に入ると、すでに荷物は届いていた。
とはいってもシーツだけ敷かれたベッドの上に、段ボールが一つ置かれているだけだが。
私はベッドの上からダンボールを退かし、そのままそこに崩れ込んだ。
「疲れた・・・・」
一息漏らし、今日を振り返る。
まず一つの授業が七十分と言うのは慣れなければ仕方がない。
だがこの先このハードスケジュールが毎日続くのは憂鬱だ、しかも金曜日に至っては授業時間はそのままで7限まであるという。
考えるだけで憂鬱だ。
ごろごろと体を転がし、シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩ます。
もうこのまま寝てしまおうか、そう思ったその時、ブレザーのポケットに入っていたスマートフォンが、ぶるぶるとバイブレーションを鳴らした。
着信音を設定していないので、私の携帯は着信が入るとバイブレーションがなるようになっている。
私は重い体をよっと起こし、ポケットからケータイを取り出す。
画面を見るまでもなく相手は誰だかわかっているので、そのまま電話に出た。
「もしもし」
「長井か?遅くにすまんな」
聞きなれた女性の声だった。
「高橋先生・・・」
「寮名簿の件だがな、やはりこっちの手違いだったようだ、すまなかったな」
「いえ大丈夫です。それだけですか?」
「ああ、もう寝るのか?」
「ええ、もう疲れました、ご飯食べて風呂入ってすぐ寝ます」
「そうか、入学初日で六限だったからな、疲れたろうに」
「ええ、そりゃもちろん。・・・あの、もういいですか?」
「ああ、お休み」
「おやすみなさい」
ポチっと画面の赤いボタンをタップし、通話を切る。
とりあえずシャワーだけ先に浴びて、適当に腹ごしらえをした後すぐ寝てしまおう。
「はぁ・・・・・一日がハードだなぁ・・・・」
虚しいため息が、一人の部屋に響いた。
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