第1.2話「 誰にでもある秘密・今語」

高校生活の最初を彩る華やかな儀式。

言わずともわかる通り、それは入学式だ。


新品の制服を纏いながら歩く花道、長ったらしい校長の式辞、在校生の歓迎の言葉。


それら一連の流れを要す高校生活最初の行事を、人はそう呼ぶ。


だが、五か月遅れて入学した私の入学式は、なんと悪態『生徒指導室』で行われていた。


黒革調のソファが二つ、背の低いビターな木製長机を挟んで置かれている。

壁際には分厚い本が陳列された本棚がいくつも並べられ、本棚の列が途切れた先には中庭を見渡せる窓、そしてその上には無粋な時計が部屋を見渡す。


本来生徒を指導する用途として使用されるはずのその部屋は、その用途に似合わず豪勢な内装が施されていた。


「掛けろ」


淡白な声で先生が言い、私はその指示に従った。

掛けたソファは予想以上に柔らかく、私は思わず感嘆の声を小さく漏らす。

先生は慣れたように対面席に腰を下ろし、話を始めようと、手元のクリップボードに目を落とした。


「さてと、色々と聞かせてもらおうか」

「・・・・色々と、ですか」

「ああ、まずはなぜこの学校を受験しようと思ったのか、からな」


初手の質問は意外と簡単なものだった。

私はそこにある意図など知れぬまま、迷わずに質問に答える。


「学費が免除されることと、家から近いからです」

「中学時代に友達はいたか?」

「居ました」

「彼女は?」

「居ません・・・・この質問要ります?」

「口を挟むな、続けるぞ」

「・・・・・」


十分ほど質問が続いた後、先生はなるほど・・・と一言つぶやき、しばし考える素振りを見せた。

相変わらず質問の意図をくみ取ることは出来はしないが、全ての質問に通ずる共通性に気付くことはできる。


「面接の時の質問ですね、全部」

「ああその通り、全て君はさっき言った通りに答えている」

「聞いた意味あったんすか・・・・」

「なあに、少し確認したいことがあってな」


先生はクリップボードを反転させ、こちらに見せてきた。

そこには私の入試の点数と平均点、面接での返答が事細かに記載されている。


「最初の質問、志望理由だが、学費免除と家から近いからという理由で間違い無いな?」

「・・・・・・・・・」


なるほど。そういうことか。


「君の入試の点数、国語62点、数学61点、理科66点、社会65点、英語67点。学費免除の好待遇が受けられるのは入試成績上位3位だけだ。この学校に学費免除制度があることを知っているのならば、当然その条件も調べたはずだろう?」


高橋先生の目が鋭く私を見つめる。どうやら知らなかったでは済まなそうだ。

私は思考を巡らして、この場合の適当な言い訳を導き出す。


「問題が意外と難しかったんですよ。志望理由を書くアンケートは問題用紙の前に配られましたし、高を括ってただけですよ。だいたい学費免除目当てでここ受験するのは私だけじゃないと思いますがね、実際自信が無くても、学費免除目当て、つまり、もとよりトップ3に入る意気込みがあるとアピールできますし」

「私も最初はそう思ったさ、この手の高いハードルを志望理由にする輩は大体そうだからな。だが君の場合はほかの連中とは一味違う」

先生はクリップボードを自分の方に向け、目を細める。

見ているのはボードの下の方。私の入試の点数と平均点が書かれている部分だ。

「今回の平均点、国語62点、数学61点、理科66点、社会65点、英語67点。どこかで見た数列だと思ってな、合格者全員の入試成績を調べた」

「大変っすね」

「そして驚愕、君の点数はこれのどれとも一致している」


一瞬背中がピクリと反応した。やはり高橋先生はその違和感に気づいたようだった。


数秒ほどの静寂の後、私は言うに困らない、かつ簡単な言い訳をして見せた。


「・・・・・・面白い偶然ですね」

「偶然?正答率97パーセントの問題を解答欄白紙にして、正答率4パーセントの問題を正解することが偶然か?むしろそれが偶然である確率の方が低い」

「・・・・・・どんな答えを期待してるのか知りませんが、十分あり得ることです。偶然ですよ」


私が言うと、先生はクリップボードから二枚紙を取り出して机に並べた。

二枚とも見覚えのある紙だった。


「・・・・これは?」

「見ての通り、君の理科の答案用紙だ」

「・・・・何が言いたいんですか?」

「理科生物分野の最終問題、これは実験から推察する論述形式の問題だ。

この問題は様々な回答が予想されるため、解答用紙をそれ用に別で作っておいた」

「それで?」

「この問題の配点は50点。どれだけ頑張って論述したところで中学生で満点を取るのは非常に難しい、普通は部分点を狙う問題だ」

「でしょうね」

「だが君の答えは完璧だ。どこにも減点する余地はない。まるで大学の論文を読んでいる気分だったよ」

まるで『完璧すぎる』と言っているようだった。

「・・・・・」


私は二枚目の答案用紙に目を移す。

図付で丁寧に書かれた論文には、どこにも添削された形跡は無く、ただ一つ大きな赤い丸だけが付けられていた。

答案用紙の隅を見ると、そこには小さく赤ペンで、『50』と書かれている。


確かに、論文は満点のようだ。


「しかも前半の基本問題は白紙全滅。後半の一問4点の物理の問題を4問だけ書いて、その4問はすべて正解している・・・・・私はこんな答案用紙は初めて見たよ」


先生は関心と呆れを混同させたような声で言った。

声に表れていた感情の変動に、私は動揺することなく口を動かす。


「偶然ってこんなことまでするんですね」

「・・・・・・・あくまで偶然だと?」

「時計は壊れても二回は正確な時間を刻みます。偶然ですよ」

「・・・・・」


『偶然』の一点張りは、納得させることよりも、これ以上の詮索を諦めさせる方に作用したようだった。

先生は足を組みなおして小さくため息をつく。


はぁと気の抜けた吐息を吐くと、クリップボードを机に置いて、話を続けた。


「他にもある。君は志望理由として『家から近いから』と言うのも上げていたな」

「ええ」

「君の家はここからバスで一時間はかかるだろう、それが近いのか?」

「ええ近いですね、一時間なんてすぐじゃないっすか?それに一時間かかるのは家から登校した場合でしょ?学生寮からはだいたい十分くらいですよ」


私は道化じみた態度でそう言い、軽く流そうとした。

だが高橋先生は逃がす気はないらしい。


「君は寮住まいだったか?ここから十分圏内の寮と言ったら3号寮と4号寮くらいだが、どちらの寮名簿にも君の名前は無い」

どうやらもう調査済みのようだった。高橋先生は私を睨みつける。

ここは話から逃げるよりも、虚実で無理やりにでもつじつまを合わせた方が良さそうだ。

「そちらのミスじゃないですか?昨日寮に入ったばかりですし、手続きが間に合ってないだけだと思いますよ?」


多少強引だが、話が終わりそうもないので、こちらから話を折りに行った。

さてどうなるか。


「・・・・なるほど、これについては後で確認しておこう」


どうやらこの場だけは乗り切ることができたようだ。

寮名簿に関しては早いうちにどうにかしておいた方がいいだろう。

高橋先生は足を振り下ろして勢い良くソファから立ち上がり、近くにあった低い本棚に手をついた。

少し目をつむった後、再び見開いた瞳は私を見ていた。


「・・・・君は中学に入学したときもそうやって何かを隠すような態度をとった。私には今の君も、何かを隠しているように見える」

「・・・・・・」


すでに質問にすらなっていなかった。

打つ手がなくなって言葉を後付けしたようにも聞こえる。

私はわざとらしく壁に飾ってある時計に目を向け、疲れたように体の力を抜いて息を吐いた。

ここらで終わらせよう。


「・・・・・あの、何も隠してないんで、もういいですか?生徒のプライバシーは尊重してほしいですし、あと六限もあるんで体力を温存しておきたいんですが」


正直これ以上の詮索は言い訳も破たんしてくる恐れがある。

ボロが出ないうちにこの話し合いを終わらしておいた方がいいだろう。


「今日は体育の授業はないんだがな、君はそんなに体力を使う勉強をするのかい?」

「椅子に座っているだけで疲れるんですよ、今も正直疲れています」

「・・・・・・まあいい、話は以上だ」


話を折ることに成功したようだ。

高橋先生は本棚から手を放し、扉に向かう。

戸を開けると、先生は上半身だけで振り返り、私に言った。


「いつまで座ってるつもりだ?行くぞ」

「・・・・は?どこに?」

「君の教室に決まってるだろう」


ああ、なるほど。


職員室から出ると、すでに人気は無くなっていた。職員室の中からは聞こえなかったが、すでに予鈴はなっているようで、皆もう教室に入っているのだという。


かつかつと床を鳴らす先生の背中を追って廊下を進む。やはり校舎内は複雑で、しばらくはこうして案内をしてくれる人間が必要になってきそうだ。


無言のまま時は過ぎ、程無くして教室の前に着いた。

クラスプレートには『一年C組』と書かれており、扉の向こうからは賑やかな声が聞こえてくる。


高橋先生が扉に手をかけようとしたところで、私は言っておかなければならないことを思い出し、先生にそっと耳打ちをした。


「高橋清羅先生、学校ではあくまで私を生徒として扱ってください。私と先生がいとこ同士であることは、他言無用でお願いします」


「・・・ああ」


そう短く返事をして、先生は扉を開ける。

その後に続いて私も教室に足を踏み入れた。

見えたのは、高橋先生の登場に伴って慌てて席に着く少年少女の姿。


皆席に着くと、口々に動揺の声を発した。


「あれ誰?転入生?」

「この学校に?ありえんだろ・・・」

「あれじゃない?昨日先生が言ってた、追いつき入学生じゃない?」

「ああ、なるほど・・・」


どうやらもう情報はあらかた回っているようだった。

私は教卓の横に立たされる。


「皆おはよう、今日は昨日言った通り、新しいクラスメイトを紹介する。とは言っても、皆も六か月前に知り合ったばかりだから、あまり変わらないと思うが」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・なんすか?」

「自己紹介」


先生は私の脇腹を肘でつんつんした後、一言で指示を出してきた。

私はとりあえず軽くしてみることにした。


「長井竜美、よろしく」


皆食い入るように私を見ていた。

注目を集めていたのは、『追いつき入学生』という肩書よりも、私の白い頭髪と瞳の色、つまりは外見のように思える。

生徒たちは手を口に添えてヒソヒソと話していた。

ああいうのはバレないと思ってやっているのか、それとも認識されているのが分かっていやっているのか疑問だ。


前者ならあしからず、後者ならば性格が悪い。


だが予想していたとおり、こうして教壇の上に立たされるというのは、何が理由であれやはり緊張するものだ。

教壇、転入生、もとい追認生、大人数の生徒という条件が整ったとき、教室はそのような魔力を発揮するのだろう。

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