chapter1-5

地を打つ雷鳴のような轟音。


そして先ほどまで暴れていた怪物さえ立ちすくみ、静寂が広がる。

空気が震え、強者が生まれたことをその場の全てが理解した。

甲冑を思わせる外殻と、腕には手がなく、代わりに剣のような刃が光っている。


「ほう、素晴らしい。それが貴様の力の具現化か。もうあいつのような歩兵とは比べ物にならない。私は君をエクティスと名付けよう」


裕也、いやエクティスは黙りこくったままその場にたたずんでいる。

未だ自分に起こったことが理解できていないのか、それとも理解する意識さえ失ってしまっているのか。

それに対し、怪物は先ほどとうってかわってこの新たに現れた脅威に恐れ戦いていた。

しかし、怪物の持つ攻撃本能が臨戦態勢を崩させない。

じりじりと、獣が狩りをするように距離を詰め、一気に襲いかかる。

「ウオオオオオオオオ!」

虚勢を張った鳴き声が響いた頃には事はすでに決していた。

それは勝負とさえ言えない一方的な力の行使でしかなく、怪物の固い皮膚は何ともあっさり貫かれ、地に落ちる時にはいくつかの欠片と化していた。

刃についた体液を振り払うと、エクティスはまた機械のように沈黙した。


「素晴らしい、素晴らしい。今日の実験は予想外の収穫が得られたな」


一見隙だらけに見える男だったが、この時男はすでに数百メートル先で反射するスコープの光に気付いていた。

そして突如撃ち込まれた銃弾がエクティスに命中したが、先ほどと同様ダメージはなく、跳弾が虚しく地面に突き刺さるだけだった。

それに対して怒り暴れる事もなく彼は不気味なまでに沈黙を守っている。


「目標、狙撃成功。しかしダメージ確認できず。第二班の攻撃行動に移ります」


「まったく、また人間か……数だけはゴブリンのように多いらしい……うん?」


男の視線の先に、三人の人間の姿が映る。


「原平、目標は一匹じゃなかったのか? それに報告があったものと怪物の形態が違う」

「前線というものは刻一刻と戦況が変化するものですよォ。ボケてしまったのですかァ士郎サン」


死屍累々のこの状況の中、落ち着いた様子で現れたのは黒岩道場師範である黒岩士郎と、原平と呼ばれたスーツの女性。

そしてその後ろに隠れるようにして黒岩樹の姿があった。


「父さんこれは何? 今日は父さんの仕事を見せてくれるって……」

「ああ、これが私の今の戦場だ。よく見ておけ樹」

「樹クンは私と一緒に後ろで見てるんですよォ。アブないですからねェ」


原平は緊張感など微塵もなく、樹に抱きつきながら物陰に隠れた。

樹は何もわからないまま連れてこられたようで、状況をいまいち掴めていないようだった。


「原平、二班三班を下げさせろ。ありゃあ対物ライフルでもキツそうだ」

「もうやってますよォ。士郎サンこそ死なないでくださいねェ」


ニヤニヤと作り物臭い笑みを浮かべながら大破した車の陰から顔を出す。

しかし原平は余裕を見せながらも報告にないコートの男の存在が気にかかっていた。


(あの男は一体……? 怪物もあの男に敵意を見せていないようだし、もしかしたら親玉かしらねェ)


男は視線に気付いたのか原平をちらと見、彼女は顔を引っ込めた。


「エクティスの力試しくらいは出来そうか。いいだろう、エクティス、あいつを殺せ」


その命令にエクティスは言われるがまま士郎をその目に捉え、両腕の剣を体を開き、構えた。

かと思えば瞬時に驚異的な跳躍力で数メートルの間合いを一気に詰め、上下同時に斬りかかる。

しかし士郎は眉一つ動かさず上は逆手に抜いた刀で止め、下は刀の側面を掌で叩き止めた。


「もっと腰を入れんと私から一本は取れんぞ小僧」


容赦なく打ち込まれる斬撃にも士郎は焦る事もなく一手一手を軽くいなし躱す。

相手の力を利用し避ける様は正に柔の剣、そして文字通り一撃必殺の彼の打ち込みは紛れもなく剛の剣。

剛柔一体の太刀筋には敵意も殺意もなく、その研ぎ澄まされた精神は達人の域と形容するにふさわしい完成された動きであった。

しかし実力差が目に見える状況で、彼がとどめの一撃を放たないのは、彼の構えや打ち込みに、既視感を覚えていたからだ。


「黒岩流……二刀?」

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