chapter1-4

到着した警官隊はパトカーでバリケードを作り、必死に応戦するも弾丸は怪物の固い皮膚に弾かれ全くダメージを与えていない。

バリケードを乗り越えた怪物に警官達は無残にも千切られ、薙ぎ倒され、喰われていく。

しかし次の瞬間、金属で金属を叩いたような音と同時に怪物が大きくのけぞった。


「俺が応戦します! 避難を急いでください!」


そこにある姿は片手に鉄パイプ、もう片手に警棒を握り構える白石だった。


「何を言っているんだ! 君も早く逃げろ!」

「俺は国定剣術の師範代、白石裕也です! それより早く市民の避難を!」


手はさっきの衝撃で痺れてしまっている。

仕留めるつもりの一撃だったが、怪物はびくともせず鉄パイプが曲がってしまった。

自分の腕とこんなものではこの怪物を倒す事は出来ないだろう、しかし時間稼ぎくらいなら出来るはずだ。

特殊部隊や日本軍がもうすぐ来てくれる、それまでどうにか引きつけながら逃げ延びる。

そう思い巡らせていた、微かな時間。風を切る音が響く。

反射的に身をよじらせ後ろへ跳ぶが肩に激痛が走った。

肉が抉られている。この怪物のただの腕の一振りで、吹き飛んだように削がれている。


「あ、あの少年を援護しろ! 増援が来るまで持ちこたえるんだ!」


号令と共に怪物に浴びせられる無数の銃弾。

しかしそれを蚊ほども気にせず、怪物は空を仰ぎ、啼いた。鼓膜を破りそうなほどの音。

殺意を持った咆哮がその場にいる全ての人間をすくませ、何故猛獣は咆えるのか、それを理解させる。

確実に相手を殺せる力を持った生物の威嚇がこれほどまでに恐怖を抱かせた。

死を悟らせた。そして、絶望させた。

その瞬間からもうその場には先ほどまでの勇ましく怪物に立ち向かう者達の姿はなく、絶望がために逃げ出すか、攻撃を加えるかの二種類の人間しかいなくなっていた。

裕也もその例外ではなく、恐怖と痛みで全く戦意喪失してしまっていたが、戦う理由が、彼の足を今一歩進めさせた。

怪物の後ろに横たわる身体を半分以上失った二つの死体。

この惨事が起こるまでは笑いあっていたのに、変わり果てた川崎と田中の姿。二人のために、彼は戦わなければいけなかった。


「ほう、あの人間は面白いな」


サングラスをくいと直しながら高みの見物を決め込んでいた男が呟く。


「……ここから私がする事に口出しはしないでもらおうか。何、強い兵を作るための実験の一つに過ぎない」


どうせ何を言っても聞かないだろうと女はその言葉を無視した。

男はビルから飛び降り、肩で息をしながらも必死で怪物に立ち向かう裕也の元へと近づいて行った。


一方裕也は多くの血を失い飛びそうになる意識を痛みと気力で保ちながら、死にもの狂いで怪物から逃げ回っていた。

左手はもうまともに動かせず、両手に握られているのは折れ曲がった鉄の棒。

警察はもう逃げ出したか食われたか気が狂ってしまっている者だけで援護もない。

汗なのか涙なのかわからない体液が口の中に入り気持ちの悪い味を舌で感じる。

不満や嘆きを叫んでしまいたいのを抑え込んで、彼は前へ進むために声を張り上げる。


「うわあああああぁ!」


低く低く、まるで滑空するかのごとく跳び鉄パイプを振るう。

半ばやけくそながら生き残るための一手。しかし、それは届かない。

――ぐちゃり

味わった事のない感触と地面に叩きつけられた実感。

裕也の背中には怪物の爪が突き立てられて、彼は痛みを感じる事もないまま自分は死ぬのだと理解した。

何も守れなかった、何も成せなかった。

十八年という短い時間だが、その人生の全てを賭して培ってきた力は、結局何の役にも立たなかった。


(――悔しいか?)


薄れゆく意識の中、遠くで声が聞こえた。


(――目の前の仇が憎いか?)


悔しい、憎い。そんなものは当たり前だ。何よりも情けない。

もっと自分に力があれば、樹や師範のような力があれば、こんなにも多くの人が死ぬ事もなかった。自分には、それが出来なかった。


(――求めるならば与えよう。その強大な精神にふさわしい肉体を)


欲しい。手遅れであっても構わない。友人たちを守れる力か、目の前の敵を倒せる力か。

いや、そんな建前ももう必要ない。

彼は渇望した。

弱い自分を覆せる力を。


(――そう、貴様はもう求めるしかない。たとえそれが)


「悪しき力であっても」

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