chapter1-3
サラリーマンや学生が行き交う交差点。
それを覆いそびえるビル群。
コンクリの壁にはひびが入り、テナントには零細企業やいかがわし店舗が並び、形だけの看板もネオンが切れてしまっている。
少し道を逸れると怪しい薬売りが死んだ目で道に座り込み、その角にある質屋ではけばけばしい女がイミテーションダイヤを必死に売りつけようとあがいている。
そして、その繁華街を見渡せるビルの屋上に、二人の男女が立っていた。
女はブロンドの髪と全身黒ずくめのゴシック調の服を風になびかせながら、どこか物憂げな眼で空を見つめている。
「汚い街だとは思いませんか」
「だから、この街を壊そうと言うのかい」
男はロングコートに身を包みサングラスをかけていて、かろうじて覗く口元では意地の悪そうな笑みをニヤニヤと浮かべている。
「……頭の悪い冗談ですね。私の目的は常に一つです、そのための方法論に感情的な理由などありません」
女の淡々とした口調には、温度というものが感じられない。
しかし、その気味悪さの中に一種の美しさえ感じてしまう。
「ところで、まだ騒ぎにはなっていないようですが、兵は放ったのでしょう?」
「まあ待て、私とてまだ実験段階なのだ。放たれた途端に暴れだすバーサーカーのような者もおれば、エンジンのかかりが遅い者もいる」
「それでは困ります。兵というからにはもっと――」
「いいから黙っておけ小娘、私は私で楽しみ、そしてその力を君が運用する。それだけの関係であって、私は君の従者になった覚えはない」
その言葉に女が黙るのを確認すると、また口元を緩ませながら路地裏を指差す。
そこには人型ではあるが、およそ人のものとは思えない『何か』が蠢いていた。
「生物が他生物を攻撃する理由のほとんどが本能によるものだ。しかし、そんなものでは私の求める兵には程遠い……真の怪物とは、爆発的な欲望と激しい劣等感を以て初めて完成するのだ。彼には壊れそうなほどの飽食とそれが無ければ保てない自我を与えておいた。そうれ、始まるぞ」
路地裏に蠢く怪物は、嗚咽のような奇声を上げながら何かを貪っていた。
ぐちゃり、ばきりと音を立てるそれは肉塊と化した人間。
血の肉片をぼたぼたと撒き散らしながら喚き叫ぶその姿はまるで、泣いているようにも見えた。そして食事を終えた怪物は、次の獲物を求めて路地裏の外へと視線を移す。
「足リナイ……イイイイイイイイイイ」
鳴き声なのか音なのか、判別がつかないノイズのような声を上げながら路地裏を抜けた先に居た人間に跳びつき食いかかる。
何が起こったのかを理解出来ない人達の一瞬の静寂。
そしてはじけるように叫び声が響き渡る。
逃げ惑い、泣きながら助けを請うが一人、また一人と怪物は跳びかかり、その肉を紙のように引き裂く。
近くに居た警官が駆け付けたが、その異様な光景に気が狂い、腰を抜かして怪物に向けた拳銃を乱射し、弾が切れたままトリガーを何度も引いている。
動くものは全てその怪物の餌であるかのように、その一帯に居た人間は次々と食い散らかされていった。
周りに人間がいなくなると、次は周りにあるオブジェクトまでその怪力で破壊し始めた。
落ちている肉を貪り食い、それでも足りず、禁断症状は秒刻みでやってきて、暴れ狂う。
破壊された車から火が出始め、遠くからはサイレンが聞こえてきた。
「ははは、数分も経たない内にパトカーの群れが来たぞ。日本の警察は優秀じゃないか」
「……一つ、訂正しなければいけませんね」
女は細かく体を震わせながら呟いた。
「訂正? 何だい」
「この様を見て、私は興奮している。憎き相手が力なく蹂躙されていく事に私は今、感情的になっている」
「……楽しいかい?」
「ええ、とても」
女は、笑っていた。
「……君達はいつだって、悪魔よりずっと悪魔的だ」
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