20

 大穴に放り込まれてから、およそ数秒。長いような短い時間の間に、天を仰ぐ視界からあっという間に穴の入口が遠ざかった。もはや何をしても届くまい、と諦めざるを得ないのは、その視界を異形のドラゴンのシルエットが覆ってしまったから、だけではないはずだ。

 その極竜マキシマムドラゴンは遊んでいるのか、落下するエドワードらを追い抜くことはせず、その頭上を翼で風を受け、著しく落下速度を減衰しながら落ちていた。この状況で吐息ブレスでも重力魔術でも放たれれば、回避しようのない七人は終わるというのに、それもしない。

 やはり遊ばれている現状にエドワードは歯噛みしながら、同時に思考する。このままヴラディミーラが手を出さず、落下に甘んじていれば、待っているのは熱烈な大地の抱擁だ。四肢がバラバラになるのは避けられない、それを極竜が助けてくれるとは思えない。

 ならば、ひとまずやるべきは落下死から逃れること。

 空中で無理やり身体を捩じったエドワードは、すぐにマイルズとイレインに視線を投げる。ひどく混乱していたらしい二人も、視線を受けて落ち着いたのか、それとも同じ結論に至ったのか、頷きを返してそれぞれ魔術式を浮かべた。

 そしてエドワードも落下地点を見やり――力なく、笑う。嘘だろう、という言葉が思わず漏れ、遥か下方で待つ大地へと無情に響いた。

 トゥリエス直下にある空洞、そこまでの長さはおよそ五十メートル。そして空洞自体、異様な広さ・空間を誇り、そこにプラス四十メートルされる。都合九十メートルのフリーフォールだ。

 落下するだけならあっという間なのだろうが、体感としては酷く長い。落下地点に大穴からの光がそれほど差していない、ってどういうことだ。

 例え空気抵抗があるとはいえ、自分たちの落下速度はどうなるものか、と戦慄しながら、しかしエドワードは諦めることなく懐からスタミナ回復錠を三つ一斉にかみ砕き、魔術式を紡ぎ始める。その前方で、イレインの魔術が完成した。

 形成された風の結界が、全員にかかる空気抵抗をさらに大きくしてその落下速度を大きく減衰。しかし、魔力が足りないのか、これでは地面に激突するのと同時に全身複雑骨折は免れない。

 そこへ、エドワードの範囲を拡大した『重力砲グラヴィティ』が発動。下から上への重力放射が発生し――唐突な重力の変化に、内臓が一回転したかのような気持ち悪さが全員を襲った。新種の負荷に耐えきれなかったらしいハーヴィーの凄絶な呻きが響き渡る。

 しかし、それでもガクンと速度が落ちる――が、即座に『重力砲グラヴィティ』は唐突に魔術式ごと消し飛ばされた。

 何が起きた、などと驚く直後、即座に理解する。カレンが申し訳なさそうな顔で、所在なさげに黄金の大剣を見つめていた。魔術殺しマジックキラーに触れるような範囲の大きな魔術は、カレンの助けになれないのだ。

 だが、一瞬と言えど停止に近い状態にまで持って行けたのは事実。あとは、落下の瞬間にどうにかできる。

 その気概を見せるかのように、ぐんぐん迫る剥き出しの大地へ向けて、マイルズの渾身の魔術式が飛翔した。着弾し、直後に大地が海の波のように大きくうねりを見せる。魔術によって軟化され、沼のように変化したのだ。

 そこへ、エドワードは二つ分の魔術式を形成し――ついに大地と激突するその寸前、連続して発動する。

 鳴り響く二つの爆裂。発生した爆風が全員の速度を強引に押し留め、沼に落下した全員が軽症で済む程度には勢いが弱められていた。

 そんな沼もカレンの大剣に触れてしまったことで無効化されつつ、確固とした大地に全員が泥まみれになりながら即座に立つ。

 その場にいるのは、たったの一撃で一人減ってしまった、総勢七人。居なくなってしまった仲間の死を悔やむ時間もなく、その元凶は全員の前の地面に、砲弾が着弾するようにして地響きと轟音を響かせながら降り立った。

 マイルズが薄暗いこの地下世界を危惧したのか、懐から筒型の魔具を取り出し、小さな取っ手を引っ張ると、先端の穴から光の玉が天に向けて射出される。光の玉はおよそ五メートル上空のところで静止し、周囲に光と影を生み出した。

 それによってはっきりと見えるようになった極竜の出で立ちは、やはり醜悪の一言に過ぎる。洗練されてはいるものの、その方向性は芸術的感性に真っ向から殴りかかるような醜さだ。

 そんな、女の姿の時とは真逆の美醜となった竜は、しっかりと立っている七人に感心したように鼻を鳴らすと、威嚇するようにして背中の翼を大きく広げる。

『落ちた程度では死なんか、戦士どもよ。それでいい、かの君による大偉業の第一歩を見届けずして死ぬなどあまりに口惜しいだろうからな』

「わざわざこんなところに連れてきて、何があるってんだテメエ。かの君、とやらが俺らを歓迎してパーティーでも開いてくれるってのか?」

 ヴラディミーラの言葉に、ハーヴィーがいら立ったように噛みつく。竜の行動は何をしたいのかがまったくわからない。

 その目的と意図を探る彼の言葉に、極竜は四つの瞳を細め、嘲笑うように喉の奥で音を鳴らした。

『よかろう、無知な貴様らに、『かの君』の素晴らしさを教えてくれる』

 瞬間、竜の四本の腕のうち二本に、二つの魔術式が高速展開。全員が構えるのと同時に、重力放射が放たれた。

 前に出ようと動くカレンを狙い撃ちにした『重力弾グラヴィティバレット』が、咄嗟に防御した彼女を跳ね飛ばし、結果としてその後に放たれる『重力放射グラヴィティブラスト』をどうすることもできない六人が彼女のあとを追うようにして吹き飛ばされる。

 そうして吹き飛ばされ、空中にありながらも、イレインとハーヴィーが『風刃ウィンドカッター』を発射。カマイタチが放たれるが、極竜の翼の一振りで発生した強風にそれらはかき消されてしまった。

 その隙に、エドワードの『極光槍レディエイトジャベリン・マキシマム』が胸の裂傷に向けて飛来する。光速のそれに、さしもの竜も四本の腕で防御態勢を作り、そして鋭い光の槍は腕の鱗を浅く傷つけて飛散した。

 そこへマシューとフェリックス、マイルズが迫らんとするのをまたも『重力放射グラヴィティブラスト』で弾き飛ばしながら、悠然と歩き始める。そしてヴラディミーラは語り出した。

『かの君こそは、八百年前、忌まわしきガロン王にこの地に封印されてしまった最後の『魔人』である』

「っ、魔人、ですって?」

 再び『重力弾グラヴィティバレット』で狙い撃ちにされるのを飛び込むようなステップで回避しつつ、カレンが疑問の声を上げる。まったく聞いたこともない単語だった。

 それに、竜は再び『重力放射グラヴィティブラスト』を放ちながら吐き捨てるように答えた。

『それすらも知らぬか、愚か者どもめ! ……『魔人』とは、かの時代にのみ生まれることができていた、全ての生命体の頂点たる種族よ。その肉体は頑健なりて、その頭脳はあらゆる知識をため込み、そしてその身には世の条理を逸する特異な能力を宿していたという。その力は魔人によって異なり、その異能は多岐に渡っていた』

 語りながら、竜は打ちかかるマイルズの魔術の槍を腕の一振りで砕き、雷撃の弾丸を翼で受け流す。接近しようとする戦士には『重力放射グラヴィティブラスト』を放って弾き飛ばして、それを抑えんとするカレンには『重力弾グラヴィティバレット』で遠ざけた。

 それをひたすら繰り返すうちにどんどんエドワードらは後退させられ、おそらくは街の北の方へと追いやられている。

 何か狙いがあるのだろうが、しかし足掻く以外にできることはない。

 そうして必死で反撃する七人を嘲笑うようにいたぶりながら、竜は言葉を続けた。

『ある者は腕の一振りで大地を隆起せしめ、ある者は号令一つで海を立ち昇らせた。そんな強力な魔人の中でも、かの君は特別素晴らしかった。何せ、生まれてすぐに同族を残らず殺しせしめ、その力を奪っていったのだからな。そうして手に入れ、総括した異能は、世界に干渉する力と化していたのだ。そう、戯れに放った力で、我ら竜が生まれる機構に、不出来な魔物も生まれるようにするくらいにはな』

「っ、魔物の発生現象を創った、ってのか!?」

 何度も吹き飛ばされ、それでも立ち上がるマシューが驚きの声をあげる。竜の言葉を信じるなら、まさにその通りであり、自然の摂理を創造したというのだ。

 あまりに理解の一線を飛び越える力に、全員が信じられないでいると、ヴラディミーラはその様子につまらなげに鼻を鳴らす。

『貴様らが疑おうとどうであろうと、事実は事実よ。当然、かの君は強かった。暴虐を尽くし、心の赴くままに行動し、当時存在していた国の半数はかの君の気まぐれで滅んだものよ。そんなかの君が、唯一気にかけてくださったのが――この我だ』

 竜が放ったその言葉には、溢れ出る自信と、そして滲み出る優越感がありありと浮かんでいた。

 己が選ばれしものであるという自負が、細められた黄金の瞳から簡単に感じ取れる。

『かの君は獣同然であった我に知性を与え、この圧倒的な力を与え、人の女の形と内臓はらわたを与え、そして――我とまぐわい、子を授けてくださったのだ』

 竜が、恍惚と呟く。攻撃の手すら止め、ここではないどこかを見つめて夢想にふけってさえいた。

 その異様な様子と、衝撃的な言葉に思わず手を止めたエドワードが、馬鹿な、と叫ぶ。

「お前ら竜も、魔物も、所詮は魔力で構成された変異生物だ。お前らに生殖機能がないのは既にわかっていることだし、子なんて生まれるはずが――」

『貴様の語るその常識とやらを歪め、曲げるのがかの君の『力』よ。それに、貴様らガロンツァールの人間であれば、我のこの話をすぐ理解できると思ったのだがな、ええ? 特に――竜殺しと相棒の女、貴様らはな』

 エドワードの言葉を遮り、竜は憤怒に満ちた声色で問い詰める。同時に『重力放射グラヴィティブラスト』の大威力で全員を吹き飛ばした。

 即座に受け身を取りながら、それでも強かに打った背中の痛みを無視してエドワードは思考する。自分とカレンに関係すること、そして竜の子供――子供?

 それはまるで、初代ガロン王の伝説のようではないか。いや、そもそもこの竜は最初に言っていた、『八百年前の忌まわしきガロン王』、と。年代を計算すれば、ちょうどその時代はガロンツァール建国期だ。

 ならば、ならば、それはまさか。

「お前が、あの、『竜人』の母親だって言うのか――!?」

『ふん、漸く思い出したか。あの計画さえ成っていれば、我は息子に今一度会えたものを――まあいい。あのような木っ端に任せたのが我の失策よ。ともあれ、生まれ育てた竜人むすこは忌まわしきガロン王に討たれた。我を伴侶と選んでくださったかの君も、ガロン王を殺しに向かい、そして容易く、その一歩手前まで迫られたのだ』

 忌々しげに吐き捨てた竜は、諦めずに迫る巨躯二人とマイルズを再び弾き飛ばし、飛来する光と雷の槍を翼の一振りで粉砕。間隙を縫って接近に成功したイレインを、尻尾の鞭で打ち据え殴り飛ばした。

 そしてまたも『重力放射グラヴィティブラスト』で全員が北へと吹き飛ばされれば、いつの間にか、空気の違う広間に放り込まれていることに気付く。

 咄嗟に構えながらも、竜を警戒しながら油断なく周囲を確認すれば、どうやら淡く光る鉱石のようなものが緩い弧を描く壁面に埋まっているのが分かる。空間の形状は円を描く大広間のようなっており、そして、エドワードらの背後、最北端には、明らかに人工物と思われるものが鎮座していた。

 整然と切り揃えられ、組み立てられた石の台座。まるで棺のようなそれは壁に斜めに立てかけられており、その表面には掠れていてもわかるほどおどろおどろしい画が描かれていた。

 そして、その脇には、なんと姿を消していたはずの濃緑のローブを頭から被る古代魔術師が、膨大な魔術式を展開していたのだ。

 思わず警戒する後方の二人、エドワードとハーヴィーを無視し、ザカライアは楽し気な口調で竜に話しかけた。

「おや、来たんだね。ちょうどいいじゃん」

『ふん、続けろ、ザカライア。――さて、話の続きだ。我は忌まわしきガロン王に及ばず、切り捨てられたことで見ているしかなかった。しかしそんなガロン王をかの君は僅か一撃で瀕死に至らしめたのだ。だが、そう、あのガロン王は、敵わぬとわかった瞬間、無様にも、かの君に命乞いをしたのだ。かの君は当然お許しになるはずもなかったが、しかし――しかしだ! やつは卑怯にも、構えを解き、語りかけるかの君を――クヴェトスラフ・・・・・・・様の不意を打ったのだ! そしてクヴェトスラフ様をおぞましい封印魔術で封印し――そして、我もまた、どことも知れぬ大地に封印された。しかし、我は諦めなかった。我の封印を解いた愚か者ザカライアのおかげでこうして現代に至り、かの君を探し続け――そして今! ここで! かの君、クヴェトスラフ様を、見つけたのだ!』

 絶叫し、全ての顛末を吐き出した竜は跳び上がって飛翔。ザカライアと七人の間に降り立ち、見せつけるように両翼を広げる。

『さあ、そこで座して見届けるがいい、かの君の復活を! 世界蹂躙の偉業の、第一歩を!』

 同時に、ザカライアの展開する巨大な魔術式がひときわ強く発光する。

 大空洞を満たすほどの光量が網膜を焼きながら、それでもエドワードが決死の覚悟で魔術式を組み立てつつ、魔術式を見上げた。

 直後、ザカライアのローブから、五つの光球が浮かび上がった。鮮烈な閃光を放ちながら魔術式に向かって飛翔するのは、よく見てみれば黄金の羅針盤。

 そしてほぼ同時に、エドワードとフェリックスの懐にあったそれらも、咄嗟に伸ばした手をすり抜けて飛んでいき、魔術式に着弾した。

 さらに、ザカライアの足元で魔術式が展開。発光し、次の瞬間現れたのは、灰色の骸――イーゴリの死体だった。その死体もまた浮かび上がり、そして粒子と化して頭上の魔術式へと吸い込まれていった。

 それを仰ぎながら、ザカライアが哄笑する。そのローブはいつの間にかはだけ、若々しい少年のような声とは裏腹に、顔はしわだらけで老人のようだった。

「は、は、ハハハハハハハハッ! やった! ついに完成したぞ! こんな偉大な大魔術、他の誰にもできないだろうさ! ありがとう、エドワード! ありがとう、諸君おろかものども! お前たちが派手に魔術で戦ってくれたおかげで、盛大に魔力を撒き散らしてくれたおかげで、この羅針盤に必要な魔力がきっちり吸収されている! ハハハハハハッ! 最高だ、お前に贈って正解だったよ!」

「――クッ、そういうことでしたか……!」

 ザカライアの暴露に、マイルズが苦い顔をして小剣を握りしめる。幹部探しに大いに役立った代物だが、結局のところ利用されていた。もとよりそんなことは明らかだったのに、簡単に相手の思惑に乗ってしまったことにマイルズは歯噛みする。

 同時に、竜の意図も把握した。羅針盤に魔力をダメ押しで貯めさせつつ、ここへ持ってきたかったのだ。

 次々と変転する展開。やるべきことが様々ある中、エドワードはとにかく長剣の切っ先を――古代魔術師ザカライアに向けた。

「やるべきことは簡単だ。お前を殺せば、魔術式は砕ける、クヴェトスラフとやらも復活しない、それで終わりだ! 無防備に出てきたんなら――覚悟はできてるんだろうっ!?」

「――っ! 先生!」

『させると思うか、竜殺し!』

 怯んだザカライアが叫ぶのと同時、ヴラディミーラが射線を遮るように飛翔する。

 そこへ、エドワードの放った光槍が着弾。翼に弾き飛ばされるのと同時、マイルズの魔術式がその脇を飛翔して天井に着弾した。直後、爆音と共に大量の土砂が極竜にむけて落下する。

 咄嗟にヴラディミーラが二本の腕を掲げ、重力魔術でそれら全てを爆発させるように吹き飛ばすのと同時、ハーヴィーとイレインの稲妻と風の槍が飛来。残る二本の腕で傷口を庇い、鱗に激突した槍は無惨に散った。

 そこへ、強化魔術を施した巨躯二人の投擲。颶風を唸らせ、戦槌が庇った二本の腕を馬鹿力の威力で弾き、無理やりこじ開ける。その隙間を、一直線に迫った斧槍が胸の裂傷に突き立った。

 痛みに絶叫し、怒りのまま見下ろす竜の足元を――カレンが駆け抜ける。狙うは古代魔術師、投擲の構えを取り、魔術殺しマジックキラーを直撃させて全てを終わらせるつもりだった。

 咄嗟に狙いを変更、極竜は重力魔術を放ち、カレンを彼方に吹き飛ばす。そして、再び残る六人に視線を戻した瞬間――四の目を見開いた。

 大地に膝を突き、両手で構えた長剣の切っ先は極竜に向けられている。そしてそこには、莫大かつ膨大な情報量を誇る魔術式が浮かんでいた。味方が生み出した隙を最大限利用した、エドワードの究極魔術が、放たれる。

「ぶ、ち、抜、けェェェッ!」

 刹那、エドワードの全身からすべての魔力を喰らいつくし、第三級禁止魔術級第二級禁止魔術『極光神閃レディエイト・オーバー』が放たれた。

 咄嗟に極竜は息を吸い、胸郭を大きく膨らませていた。回避は容易いが、そうすれば背後のザカライアが死ぬ。ならば、ここで正面から打ち砕くしかない――!

 同時、放たれる竜の吐息ドラゴンブレス。光すら捉える重力の檻の放射と、全てを撃ち貫く極光が、真正面から激突した。

 光をのみ込まんとする重力の檻を極光が更なる光で押し潰さんとし、その光をまたのみ込んで蹂躙せんとする。奇妙なことに、この二つは拮抗を見せていた。エドワードの魔力不足故か、それとも竜の吐息ドラゴンブレスの用意に刹那しかなかったせいかわからないが、しかし、確実なのはザカライアを止める一手が阻まれたこと。

 吐息ブレスと究極魔術のせめぎあいが果たされる中――その頭上、展開される大魔術式が完成の色彩を見せる。

 淡い式の色が鮮やかな赤色に変貌し、直後、魔術式に繋がっていた七つの羅針盤が分離。同時に赤い閃光を放ちながら飛翔し、最奥にあった石棺を七角形に囲んだ。

 それに合わせるようにして、石棺の表面に青い六角形の方陣が浮かび上がり、その内側に六芒星が描かれる。その中心へ、七角形を描く羅針盤全てから一斉に赤い閃光が発射。青と赤が凄まじい激突を見せ、虹色の火花を散らしていた。しかし、徐々に青色が赤色に浸食されていく。

 その様子を間近で見つめるザカライアの目には狂気的な熱がこもっており、興奮抑えきれずと言わんばかりに叫んだ。

「ハハハッ! やはり僕は天才なんだっ! たとえどんな封印術式だろうが、僕と先生が十年かけて築き上げた『封門崩壊コラプスゲート』には勝てない! さあ、来るぞ、偉大なる魔人王がッ! 全知全能を誇る、魔術師・・・がッ!」

 古代魔術師の猛りに合わせるかのように、青かった六角形は真っ赤に染まり、同時に粉々に砕け散る。

 その瞬間、弾け飛ぶようにして七つの羅針盤は吹き飛び、その中心にあった石棺が、その扉が、ゆっくりと――開き始めた。

 同時、その場にいた全員に、冷たい刃で全身を刺し貫かれたような幻痛が迸った。否、これは、危機意識が全力で逃げろと言っている。この場に留まってはいけないと。

 それを感じ、開いていく扉を見やるのと同時、エドワードは賭けに出た。己を突き動かす恐怖に乗じ、長剣を――薙ぎ払う。

 当然、吐息ブレスと激突していた極光は切っ先の動きに合わせて矛先を変転。それに気づいた極竜が口を閉じて慌てて己の身を盾にせんと翼をはばたかせるも、光はそれよりも速かった。

 結果、巨大な光の斬撃と化した究極魔術は、光の残滓の軌跡を描きながら石棺へと襲来。背後の状況の変動に気付けなかったザカライアの上半身を一瞬で消し飛ばし、そして開きかけの石棺を袈裟に薙ぎ払った。

 ヴラディミーラの絶叫が鳴り響く。

 極光に切り裂かれた石棺は消滅し、その場には何も残っていない。

 魔術を保てなくなったエドワードは式を霧散させながら、極光が切り裂いた北の壁を睨み付ける。斜めに迸る斬撃の爪痕は確かに石棺を粉砕した証拠だ。

 竜さえも打ち砕く威力、例え話に聞く魔人とやらといえど、生きてはいないはず。

 しかし、しかし――どうしてこうも、嫌な予感は消えてくれないのか。

 極竜がおぼつかない軌道で、石棺のあった場所に降り立つ。そして――硬直した。

 否、彼女だけではない。

 その場にいた全員が――指一本とて動かせなくなっていた。

 かつてヴラディミーラに、初めて相対した時のような感覚――とは違う。ただ、己の本能が動くことを拒否しているのではなく、まるでセメントの中に埋められたかのような外部からの強引な圧力が身体を動けなくしているのだ。

 息をすることさえも苦しい。何が起きている、と混乱する中、極竜が弱々しい声を上げた。

『あぁ、あぁ――』

 それと同時、極竜の足元で、何かが立ち上がる。

 それは、それは、まるで人間と変わらなかった。

 エドワードより少し高い身長と、引き締まった肉体。黄金比を保つ均整の取れた肉体はただそれだけで一級の芸術品のようであり、その相貌もまた、世間一般的に知られる彫刻のような美貌だった。ただ、それでもその人物を同じ人間とは思えない。

 まず、その肌は醒めるような海色であった。頭部を覆う黒髪は後ろに撫でつけられているのに、その毛先はなぜかひとりでにうねり、うごめいている。切れ長の瞳は、傍の極竜と同じ黄金色であるが、その瞳孔は山羊のように横に細長い。

 一見して、人のようであるが、しかし人ではない。

 そんな人物のことを、この場の誰もが直感的に理解した。

 それを代弁するかのように、ヴラディミーラが恍惚とその名を口にする。

『――クヴェトスラフ様』

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