18

 イーゴリと激突し、双剣と小剣を嚙み合わせたマイルズは、目の前の灰色の身体の表面で十の魔術式が発光するのを確認する。

 同時、マイルズもまた魔術式を発動。その刹那の後に、至近距離から放たれた剣の弾丸がマイルズの全身に突き立ち、しかし同時に甲高い音を響かせて弾き飛ばされた。

 マイルズの黒コートの前面で光る魔術式が、彼を守ったちょっとした手品のタネだ。大地系魔術は既に存在している物体に作用し、変形させる代物だ。ならば、その魔術を己の衣服に作用させ、硬化させれば即席の鎧と化してくれる。

 マイルズは一つしか魔術式を展開できない関係上、他の魔術は使えなくなるが、しかし前衛として役目を果たせるならそれでよし。その間に、部下に砲台たる後衛を任せる。

 その決意と共に、マイルズは踏み込むように前進。薙ぎ払った小剣は双剣の片割れに受け止められ、逆の手に握られているもう一本が顔面を狙って逆袈裟に振られた。

 それから逃げるように斜め後方へステップしつつ、古代魔術師の援護射撃が当たらないよう、イーゴリが射線上に来る位置取りをキープ。同時、放たれる片手の刺突をいなしながら、イーゴリの体表にさらに十の魔術が浮かぶのを確認する。

 そして、魔術が完成。しかし、それらの魔術式はまるでマイルズの魔術式のように飛翔し、あらぬ方向へ飛んでいく。そのうちの一つをイーゴリの連撃をかわしながら視界の端で追えば、周囲に散らばる無骨な剣の柄に着弾していた。

 直後、使い手も居ないのにふわりと浮かぶ十本の剣。マイルズとクリフォードが驚きに目を見開く中、一斉にマイルズに向かって四方八方から飛来した。

 咄嗟に頭部を守るように小剣を一閃させ、クリフォードが援護の水の鞭を放って弾き飛ばすも、六本がマイルズの全身に着弾。それらも結局は即席の鎧に弾かれたが、ほぼ全方位から弾丸の勢いで刺突を受けたマイルズの身体には重い衝撃が残っている。

 たまらず後退したマイルズを前に、イーゴリも仕切り直しを求めたか、静止。その周囲に、弾かれたはずの十本が集い、柄に魔術式の燐光を宿しながら宙にふわふわと浮いている。あれが、おそらくあの巨剣を操っていた魔術だろうか。

 むやみに剣弾を放つより、十二本の剣を操る連撃を選んだのだろう。その選択はマイルズの背に冷や汗が流れるほどの正解であり、さすがにそれほどの数の刃を相手にしたことはない。

 思わずたじろぐ二人だが、しかしその時間はただの隙だった。

 距離を開けたことでイーゴリを巻き込まない位置取りとなったことにより、ザカライアの容赦ない火球が放たれる。咄嗟に左右に散開する二人だが、着弾した火球が全方位に撒き散らす熱波に煽られて体勢を崩し、剥き出しの肌にひりつくような火傷が刻み込まれた。

 そんなマイルズへ向けて、イーゴリが吶喊。先行して放たれる二本の剣を辛うじて小剣の一閃で弾き飛ばすも、マイルズが剣を引き戻す空隙くうげきに挟むようにしてさらに三本が首を狙って刺突を放つ。

 無理やり身を捩って三本の攻撃を肩口と胸で受け止めるも、想像以上に重い刺突に身体を突き飛ばされ、さらに体勢を崩してたたらを踏んだ。そこへイーゴリの巨躯が体当たりを放ち、吹き飛んだマイルズの身体からは血の筋が後を追うように流れていく。

 激突の瞬間、残る七本の斬撃が、いくらか鎧に弾かれながらもマイルズの首筋と頬を深く切り裂いていた。痛みに顔を歪めながらも、どうにか致命傷を避けたマイルズは地面に叩きつけられるのと同時に受け身を取り、素早く立ち上がる。そこへ迫った追撃の八本の剣による斬撃を、決死の表情でいなすべく小剣を迸らせた。

 一閃で三本を弾き飛ばし、その隙に振り下ろされる二本の袈裟切りを剣を握らない左腕を掲げることで防御。そのまま腕を薙ぎ払って吹き飛ばしながら、後ろへ回り込もうとする残る三本を二閃目で遠くへ弾く。

 彼とて、崩壊の羅針盤コラプスゲートと戦ってきた歴戦の戦士だ。使い手なき剣に囲まれた程度でやられるほど軟ではないが、しかし限界はある。

 二本の剣を侍らせて迫るイーゴリ。即座に小剣を手繰り、翻った刃で振り下ろされる宙の二本を弾き飛ばした。その隙に、イーゴリ自身が握る双剣が首を絶つべく薙ぎ払われる。左から迫る剣を左腕を掲げることで防御し、右から迫る剣は肩を突っ込むようにして半身を前に移動させることで、肩口で受ける。どちらにも、巨躯に見合う剛力の一撃が衝撃となって貫き、骨身に沁みるが戦士の矜持を以て無視。

 イーゴリの懐に突っ込むことで周囲の剣による攻撃を制限しつつ、しかし同時に自分も満足に剣を振れないマイルズは、躊躇いなく虎の鼻面へと頭突きをかました。

 予想外の攻撃に、イーゴリも虎の唸りを上げてたまらず後退。それでも操られる数本の剣が、マイルズの背中へ突撃するが、鎧に守られたマイルズには青痣程度のダメージしか与えられない。

 行動を妨げられないマイルズは、即座に袈裟から小剣を一閃。イーゴリの逞しい身体に、斜め一線の裂傷が刻まれる。しかし、浅い。

 舌打ちと共にマイルズは跳ねるように後退し、彼の居た場所を五本の剣が斬撃を刻んだ。


 走るクリフォードは、細剣の切っ先から発生させた水の鞭を振るう。刹那、鞭の先端と紫電の槍が激突し、通電した雷撃が己の手元にやってくる前に式を霧散。結果、あらぬ方向へと紫電は迸った。

 その間にも、古代魔術師は風の砲弾を発射。ザカライアから見て、右から左へ走っていたクリフォードは停止を余儀なくされ、彼が一秒後に走っていた場所を砲弾が通過する。そして、その先にあった建物に激突。無数の亀裂を発生させ、建物自体が大きく凹んだ。

 相変わらず恐ろしい威力だが、しかし、人間を殺すには過剰すぎる。威力過多が制御を甘くし、回避が容易となっている。

 前回の戦闘と今回の戦闘で、目の前の古代魔術師の戦力をそう把握すると、クリフォードは止めた足を再開するように疾走。彼の居た場所を炎の砲弾が突き抜けた。

「ええい、ちょこまかと。鬱陶しい金髪野郎だなぁ!」

「そいつは結構。お礼にこいつでも、どうだいッ!?」

 ザカライアの舌打ちに、クリフォードは笑みを浮かべて疾走を停止。同時、細剣の切っ先の魔術式を差し向け、発動する。

 放たれたのは、上位魔術『迅水弾ウォーターバレット・クイック』。元より弾丸の速度で放たれる水を、より速く撃ち放つ高速の魔術に、防御が間に合わないと察したか、ザカライアはローブを翻して右へステップ。

 魔術師の身体を追うように空中を流れるローブだけを撃ち抜き、結局ダメージは与えられない。

「ハハッ、結局光より遅い上位魔術なんて当たらなきゃ――あ?」

 嘲るように笑声をあげるザカライアだが、直後に背後で聞こえたうめき声に思わず振り返る。

 そこには、濡れた背中をこちらに見せながらたたらを踏み、その隙を狙われてマイルズの小剣に切り裂かれるイーゴリの姿。咄嗟に十本の剣を操ってマイルズを遠ざけながら、イーゴリは虎の眼力でギロリとザカライアを睨み付ける。

 察するに、ザカライアの避けた水の弾丸が、イーゴリの背中に直撃したのだろう。その隙を狙われてやられた、ということか。

 偶然か、と一瞬思い、しかし違うと即座に否定する。クリフォードが今まで走っていたのは、この位置取りの為だったのだ。

 思わず舌打ちし、顔を前に戻せば、こちらへ駆け馳せている金髪の貴公子然とした男の姿。隙あらば連携を狙おうとしてくるのならば、もはやまともに相手にするだけ損である。

 仕方なくザカライアは嘆息し、式を完成させながら叫んだ。

「イーゴリ!」

 同時、放たれる巨岩の砲弾と風の砲弾。クリフォードが対処に追われている間に、即座に身体を反転させ、イーゴリの方向に走る。イーゴリもマイルズを十二本の剣で翻弄して近づけまいとしながら、後退。

 その魔術師の背中へ向けて、二種の砲弾を多少の手傷を負いながらやりすごしたクリフォードが水の鞭を放った。

 しかし、チラリと振り返ったザカライアが防御の魔術を発動し、出現した半透明の巨大な六角形に激突した水の鞭が弾き飛ばされる。

 その間に、合流を果たしたイーゴリとザカライアは迫るマイルズに向けて剣と火球を放った。剣ごと巻き込むのも厭わない一撃に、さしものマイルズも全力で左へ飛び込むように転がってどうにか回避するも、撒き散らされる熱波に足を止めざるを得ない。

 イーゴリの後ろへ回ったザカライアは、そのままマイルズとクリフォードを同時に見られる位置取りをし、イーゴリもまた同じく。

 これでは分散させることはできないか、と判断し、マイルズとクリフォードは、左右から挟んでいる現状のまま、じりじりと距離を詰める。

 クリフォードは火傷や数か所の打撲程度の負傷だが、マイルズは全身を鎧の上から何度も突かれ、叩かれており、特に何度も防御のためにかざした左腕には骨に罅が入っている。早くに決着をつけたいところだが、相手は仮にも幹部で、しかも古代魔術師と魔物だ。

 奇策と連携で攻撃を叩きこむことに成功はしたものの、恐るべきは生命力か、傷口から血を滴らせながらもイーゴリの動きに衰えはない。

 これでは戦闘の長期化も避けられないか――と妹とエドワードの身を案じた、その直後だった。

 戦況が、動く。

 それはマイルズらによる動きではなく、しかし幹部二人による動きでもない。この戦場へ突撃する、第三者によるものだった。

 イーゴリの正面、そこにも存在する暗い路地裏から、一本の鋼が飛来する。

 左右を警戒していたイーゴリは、完全に虚を突かれながらも獣の反射神経で反応。しかし、驚きのあまり過剰に動き、両手の剣と周囲の五本の剣を用いて防御せんとした。それが、彼にとっては幸いにも最善手だったのだが。

 高速回転しながら飛来した斧槍ハルバードが檻のように構えられた七本の剣に激突。凄まじい勢いに宙の五本が一瞬にして吹き飛び、イーゴリの握る双剣が軋みの悲鳴を上げる。たまらず数歩分吹き飛ばされながらも、即座に地面に足を突き立てて制動をかけ、獣の咆哮と共に斧槍を吹き飛ばした。

 しかし、その瞬間に目の前の路地裏から疾走する影が迫る。風の魔術によって加速した小柄な体は一瞬にしてイーゴリの懐に飛び込み、その短槍を薙ぎ払った。

 それも辛うじて残る五本の剣が防御し、今度は弾かれずに宙で静止する。しかし、それで止まる槍の使い手ではない。一瞬後退し、そこからさらに脇を駆け抜けるようにしてステップしながら、槍を二度閃かせれば、速度に追いつけない剣を置き去りにして灰色の身体に深い裂傷を二つ刻む。

 唸るイーゴリが十本の剣を呼び戻して身を守るように回転させれば、槍使いの女もたまらず大きく後退した。

 そうして後退した槍使い――イレインの横を、斧槍を回収したフェリックスが疾走する。

 ようやく反応したザカライアが慌てて巨岩の砲弾を撃ち放ったが、こちらは悪手を選んでしまっていた。

 弾丸の速度で迫る大質量を前に、フェリックスは咆哮。魔術式が背中で回転し、完成した『剛力腕ストレングスアーム』によって強化された膂力で斧槍が薙ぎ払われる。

 激突。そして岩が拮抗すらできずに、一撃で砕け散った。

 フェリックスを邪魔するどころか、砕け散り飛散した岩の欠片がイーゴリを襲い、その対応に追われた魔物に隙を作ってしまうこととなる。

 乱入者に驚きながらも、その隙を見逃すマイルズとクリフォードではない。

 鎧の魔術を解除し、新たな魔術式を構築したマイルズは、クリフォードと同時に疾走。

 迫る拳大の岩を十の剣で弾くイーゴリに、地を這う蛇のようにして低空から迫る水の鞭がその左脚を深く切り裂いた。

 体勢を崩すイーゴリにマイルズの体当たりするような小剣の刺突が、間髪入れず突き刺さる。直後、飛翔していた魔術式がイーゴリの握る双剣の一本に着弾。同時、発動した大地系魔術によって剣の柄が爆発し、イーゴリの右手が肉片を散らして飛散した。

 激痛に咆哮を上げるイーゴリに、再突撃したイレインの刺突が、ついにその心臓を捉える。

 真正面から放たれた短槍を避けることもできず、左胸を貫かれたイーゴリの咆哮はピタリと止まった。

 短槍から伝わる鼓動が止まるのを感じながら、イレインは確かに仕留めたのを確信する。そして、短槍を引き抜き、古代魔術師に向かおうとした、その瞬間。

「うそでしょ――ッ!?」

 イレインの驚愕の声と共に、虎の灰色の瞳がひときわ大きく見開かれる。それを至近距離で目撃したマイルズが、急いで離れるのと同時、仕留めるべくクリフォードが肉薄。しかし、それよりも早く、イーゴリの全身で十の巨大な魔術式が高速で構築され、完成してしまった。

 刹那、魔術式から飛び出したのは、巨大な剣。流石に警察署を真っ二つにした大きさではないが、それでも振り回せばこの場に居る全員を巻き込むの容易い。

「まずい、伏せろォ!」

 フェリックスが全力で指示を出すのと同時、死に瀕した最後の足掻きか、ザカライアを巻き込むのも厭わない軌道で、巨大な十本の剣が<アンプル通り>を蹂躙した。









 差し向けられる黒い手袋に包まれた手掌を前に、エドワードは全力で横へ転がる。同時、彼の居た場所の背後にあった看板が圧壊され、巨人に握りしめられたかのように小さい塊と化して甲高い金属の悲鳴を上げた。

 そのままエドワードが咄嗟に放った『炎槍フレイムジャベリン』は確かに女の豊かな胸に直撃したが、ドレスに焦げ跡すら残せず消失。まったく意に介さない女は、そのままエドワードが足を止めず駆け出した瞬間に再び手を向ける。同時、走るエドワードの足元の地面に次々と小さなクレーターが生まれていっていた。

 そのまま逃げるエドワードを片手で追う女だが、もう片方の手はカレンを追っている。こちらはより激しく破壊があり、その威力は大きかった。

 疾走するカレンの後ろを追うように、建物が次々粉砕。咄嗟に跳びあがったカレンの居た場所を大きなクレーターが覆いつくし、同時にカレンは傍の建物から伸びる看板を掴んで、さらに壁を蹴って方向転換。直後、看板は小さな塊へと圧し潰されて地面に転がった。

 全力で回避しながらカレンは女を観察するが、わかったのは周囲に破壊が刻まれるたびに女の手のひらが金色に光っていること。あれは果たしてどういう意味を持つのか。

 必死に走りながら考えるカレンだが、あまりにも金色の光が現れるのも消えるのも早すぎて正体が掴めない。

 そうしている間にもひときわ手の平が大きく光り、その瞬間にカレンは地面に足を突き立て蹴り飛ばし、方向転換。彼女が進んでいたであろう場所に巨大なクレーターが生まれた直後、女に向けて接近しようとして、しかし断念。すぐに横へ飛び込むように転がり、同時に彼女の背後にあった建物が大穴を開けて崩れた。

 攻めようにも、攻撃の間隔が短すぎて攻められない。比較的余裕のあるエドワードも動き回りながら魔術を叩きこんでいるが、それでも一切通じた様子は見られないのだ。

 今も、エドワードが走り抜けながら二本の『極光槍レディエイトジャベリン・マキシマム』を放つも、一本は腹部のドレスに小さな穴を開けるだけで終わり、もう一本は左手が光るのと同時に空中で飛散した。

 咄嗟に這いつくばるようにして身を伏せたエドワードの頭上を、何かが大気を唸らせながら通り過ぎる。即座に真横へ転がり、立ち上がりながら走り出すエドワードを次々と大穴が追いかけていった。

 それから必死に逃げながら、エドワードは思考する。見えない攻撃、風系の魔術かと考えたが、それにしては式も見えないし、破壊の痕跡もおかしい。

 ちらりと見やった周囲の惨状の多くは、巨人に握りつぶされたかのように圧縮された惨状であり、ただ風を放つだけではああはならない。同じ理由で、光系の魔術も違う。

 まったくの未知の技術だろうか、と歯噛みしながら、それでも諦めず光の弾丸を射出。着弾を受けても涼しい顔をしている女に、果たしてどうすればいい、と思考が巡る。

 謎の攻撃を勘と動き続ける脚で回避しながら、それでもカレンは接近を試みていた。元より大剣しか攻撃手段を持たないせいだが、それ以上に己の戦士の勘が「近づけ」と訴えているからだ。

 左右にステップしながら、照準を狂わせつつ大地を蹴って一気に肉薄。同時、スライディングするように地面を滑り、遅れて流れる髪の毛の先端を謎の攻撃で散らされながら女の目の前まで移動する。

 しかし、即座にその脇を通り過ぎるように飛び込み前転。同時、女が手を振り下ろす動きに合わせ、カレンの居た場所の直上から巨大な槌が振り下ろされたかのようにして地面が爆散した。

 すぐに体勢を立て直し、振り返り様の斬撃を一閃。渾身の力を込めた回転切りは、しかし脇腹に激突して停止させられる。やはりドレスに浅く突き立つだけ。

 顔を歪めるカレンに、女はゆっくりと左手を差し向けた。

 即座に転がるカレンの背後で放置されていた誰かのスクーターが圧壊され、爆発。それを無視してカレンが更に横へステップで回避すれば、その背後で煙が突然渦を巻いてから穴を開けた。

 それを見たエドワードはやはりあれが風の魔術ではないと完全に確信するのと同時に、その現象が記憶のどこかでひっかかるのを感じる。

 カレンに照準を定めたのか、両手を差し向ける女の背中へエドワードは思考しながら『極光閃レディエイトレイ・マキシマム』は叩きこむが、しかし穴さえも開けられずその背中だけで閃光が押しとどめられてしまう。

 結果、エドワードを完全無視した女は両手を次々と光らせて謎の攻撃を連続してカレンに叩きつけた。

 走り、跳び、方向転換し、伏せ――全ての体技を尽くして逃げるカレンであってもすぐに限界が訪れる。ついに、そこら中に開いた穴に足を取られて動きを止めたカレンに向けて、両手が光を放った。

 咄嗟に黄金の宝剣を振り上げるも、それで防げるとは思えない。エドワードが絶叫と共に彼女の前に『鋼壁ウォール』は打ち立てるも、次の瞬間には粉砕、圧壊。障害物をものともせず砕いた謎の力は、一瞬にしてカレンに迫り――甲高い音を立てて、彼女の矮躯が後方に吹き飛んだ。

 トラックに跳ねられたかのように大きく吹き飛ぶ彼女だが、すぐに空中で体勢を立て直し、着地。大剣を盾にしたまま、カレンが呆然と目を見開く。それは、エドワードも同じ。

 建物に大穴を開けるような威力や、コンクリートを圧縮するような破壊力を喰らって、ああも無傷でいられるはずがない。例え、あの大剣魔術殺しマジックキラーが頑丈な代物だとしても、耐えきれるとは思えなかった。

 ならば、どういうことかとエドワードが思わず停止していれば、女が「面白い」と小さく呟き、再び両手をカレンに差し向けた。反応し、彼女が咄嗟に大剣を地面に突き立てその陰に隠れた瞬間、手掌がチカッと発光する。

 直後、甲高い音を響かせ、突き立てた大剣が大きくかしいだ。しかし、それだけ。カレンの小豆色の髪が何かの余波を受けて吹き荒び、ある事実に気付いた彼女は薔薇色の瞳に新たな闘志を燃やす。

「あなたのソレ――魔術だったのね!」

「魔術式飛散型の干渉魔剣、か。我の魔術にも耐えるとは、よほど古い時代のもののようだな」

 カレンの看破にも動じず、女はぶつぶつと呟いて自分で何かに納得している。

 彼女は恐らく、普段の自分が感じる魔術殺しからの手応えから、あの謎の攻撃を魔術と看破したのだろう。それでもカレンが吹き飛ばされているのは、女の魔術が強力すぎる故だ。

 かつて彼女がエドワードに雑談の一つとして話したところによれば、魔術との接触時、打ち消し時に相応の反作用・・・があるのだという。上位魔術であってもその反作用は腕に力を込めれば問題にもならない程度だと話していた。あの巨剣を消し飛ばす時も、ほんの一瞬だけ拮抗した時間があったことだし。

 しかし彼女が跳ね飛ばされるほどの反作用を引き起こす魔術とは、どれほど強力なのか。

 展開速度も発動速度も威力も桁違い、同時展開できる数が二つしかないようなのが唯一の救いだが、しかし正体がわからないうちは脅威性はまったく減じていない。辛うじて、カレンの防御に意味があるとわかったくらいだ。

 魔術だとわかったことで、エドワードの頭の中でさらに何かが引っかかる。思い出そうと思考を巡らしたいが、女はその時間を与えてくれない。

 女はカレンにもう一発魔術を叩きこみ、彼女を引き離すと今度は今まで無視していたエドワードに向き直る。

 咄嗟にエドワードは『障壁シールド』を発動するも、半透明のサークルは拮抗すら見せずに粉微塵に粉砕。その後ろから転がるように逃げていたエドワードのブーツ裏が削られ、更に後ろにあった建物に大穴が開く。

 防御は不可能。炎の弾丸でも光の槍でも、一方的に飛散させられて抵抗レジストできない。

 思考を巡らせながらも全力でカレンの方に走りながら魔術攻撃を回避していき、こちらへと駆けるカレンの背後に滑り込む。それと同時に『鋼壁ウォール』を背後に展開した。

 その直後に女の手が閃き、大剣を盾としたカレンの眼前で甲高い音が弾ける。同時に吹き飛ぶカレンの小さな体を背後から抱え、エドワードは背中の鋼の壁に激突して停止した。

 悶絶したくなるような胸部の痛みを押さえながら、エドワードは長剣を前に伸ばして魔術を発動。『爆裂エクスプロード』が女の足元を爆破し、粉塵を巻き上げて視界を遮った。

 その隙に、カレンと共に回り込むべく動こうとするが、同時に二人の脇をすり抜けて走る人影を目にした。

「よくもやってくれたなこのアマァ!」

 怒号と共に、巻き上がる粉塵の中へ突撃するのは、双剣を携えた若き警官ハーヴィーだった。あの女の警察署を破壊した攻撃に巻き込まれなかったのは僥倖だが、しかしそれはまずい。

 制止の言葉を叫ぶよりも早く、更に脇の路地裏から戦槌ウォーハンマーを振り上げた巨躯マシューが吶喊していた。

「合わせろマシューッ!」

「おうよ!」

 ハーヴィーの叫びに、マシューが応える。同時、駆け馳せるハーヴィーの双剣の二つの切っ先から稲妻の槍が放たれる。狙い過たず、晴れた粉塵の中で変わらぬ位置で立っていた女を、二本の雷槍が貫いた。

 電撃で痺れたのか、動かない女に横合いから強化魔術を発動させたマシューが、横殴りの一撃を放つ。超強化された一撃が、女の肩口を捉え――しかし、女の上体が僅かに揺るいだだけだった。

 返ってきた重すぎる手応えに、マシューが目を見開く中、恐れずハーヴィーも突撃。『帯電刃チャージブレード』を展開した刺突を首筋に突き立てるも、突き刺さりすらせず首筋を刃が滑っていく。

 驚くハーヴィーとマシューを前に、女は痺れを感じさせない動きで両手を二人の眼前に添えた。

 まずいと判断する前にエドワードは魔術を発動。女の顔面、マシューやハーヴィーとの間で炸裂した爆発が無理やり二人を女から引きはがした。同時、爆炎に穴を開けて謎の魔術が二人の頭上を貫き、その背後にあった建造物に破壊痕を刻む。

 生まれた大穴に警官二人が顔を青くする中、エドワードの「さがれ!」という叫びに反応して後退。女は追撃せず、両手を下ろして停止していた。

 それどころか視線を後方の大穴の向こうに向け、静止した別の戦場を眺めている。そこには、倒れ伏した灰色の異形の死骸があった。そして、その戦場からやってきた四人を見つめ、感心したように鼻を鳴らす。

「イーゴリを下したか」

「っ、兄さん!」

「大丈夫ですか!?」

 カレンの呼びかけに、マイルズは色々なところから血を滴らせながら応え、油断なく武器を構えながらフェリックスとイレイン、クリフォードを伴ってやってくる。

 クリフォードもまた、ひときわ大きな裂傷を胸に抱えて顔を青くしているが、しっかりと立っているので大丈夫だろう。

「向こうはどうなった?」

「一人は仕留められましたが、古代魔術師には逃げられてしまいました」

「イーゴリの最後っ屁にちょいとやられちゃったけどね」

 エドワードの問いに、マイルズが答えてクリフォードが毒づいた。しかし、それでも誰一人欠けることなく女を囲めるようになったのは朗報だ。

 しかし、こうして都合八人に囲まれても、女は顔色一つ変えずにゆったりと彼らを眺めている。

 その余裕に比例するようにエドワードの胸の中で不安が大きくなっていた。数の差というのは確かに強力だが、この女にどこまで通用するものか。

 それを見抜いたかのように、女はゆっくりと口の端を吊り上げ、言い放つ。

「来るがいい」

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