13
人形師の忌々しげな舌打ちが響きわたり、その視線が部屋の最奥の扉に向けられる。そこには打撃によって頭部を打ち砕かれた男の人形が、開かれたその扉にもたれ掛かるようにして停止していた。
おそらく、あの向こうにカレンを監禁していたのであろうが、その戦闘能力を見誤ったらしい。たかが一体の人形では彼女を押し留めることなどできなかったようだ。
そんなメレディスに対し、エドワードは躊躇なく魔術式を発動。放たれた炎の槍は、しかしその進路上に飛び出した人形に着弾することで阻まれる。
爆炎をまき散らして四散する人形の破片、その下を潜り抜けて寝間着姿のカレンが大剣を構えて突貫。その進路を阻まんとする幾体もの人形に大剣を一閃すれば、人形を操る魔術が霧散し、木偶となったそれらはただ地面に崩れ落ちる。
それでも、と飛びかかってくる人形を、横合いから飛来した水色の刃が輪切りにして両断した。同時に、カレンの背後から放たれた石の槍が数体の人形を串刺しにして吹き飛ばす。
間隙を縫って放たれたクリフォードとマイルズの支援によって彼女の進む道が切り開かれ、体勢を低くしたカレンが力強く大地を蹴る。刹那、放たれた矢の如く勢いと速度で人形たちの間をすり抜けながら疾駆。
捕まえんと突き出される無数の手から逃れた先には、短くなった杖で魔術式を刻む人形師が浮遊している。唇を歪め、後退する彼女に対してカレンは再び力強く大地を蹴った。
今度は天高く跳躍。上空の魔女へと一直線に跳び上がり、断罪の一閃が全力で振り下ろされる。
メレディスは防御のために左腕を掲げたが無駄。恐るべき膂力と切れ味により、たとえその身体が人体以上の硬度を誇っていようとも無意味である。その腕ごと、黄金の閃きが身体を真っ二つに切り捨てた。
そのまま地面に落ちる魔女を置き去りにして、カレンはその背後に着地。素早く振り返り、鮮血を吹きこぼして血の海を作る人形師を睨みつける。
彼女の弛まぬ警戒とは裏腹に、大剣が人形師を切り捨てると同時に全ての人形の動作が停止していた。そして、今になってようやく時間の流れと重力を思い出したように地面に崩れ落ちていく。
その鳴り響く乾いた音たちを背景に、戦場は呆気なくも終息した。魔術を断ち切る大剣の威力が遺憾なく発揮された結果であるのは明白であり、そしてその使い手の帰還が何よりの決定打だった。
しかし、沈黙。
それでも四人は警戒を解かない。カレンがじりじりと男三人の傍へ摺り足で近づいていく中でも、誰もが剣を下ろさなかった。
それは、倒れ伏す人形と同じ姿の彼女への警戒ではない。彼女を疑っているが故の警戒ではないのだ。
歴戦の戦士たる四人の直感が、ひたすらに警戒を促している。
この広い部屋を圧迫する威圧感が、何故かそうさせた。耳鳴りがするほどの閉塞と重苦しいこの感覚は一体なんだというのだ。
その答えは、カレンが三人の前に到着した頃にようやく現れた。
不意に、何の予兆もなく――死んだはずの人形師の腕が動いた。ビクンッ、という跳ね上がる動きで右腕の杖が持ち上がり、その先に魔術式が浮かび上がる。
まだ終わっていないという四人の予感通り、魔術式を掲げながら、メレディスの上半身が未知の力によって起きあがった。そして、一筋の血を流す唇で皮肉げに呟く。
「ふ、ふふ。こうもやられるなんて、ね。私も詰めが甘いわ」
致命傷であるのに、平然とした様子でそう言うと、短くなった杖を大きく掲げる。同時に、四人に極大の悪寒が走り抜け、不死身めいたこの人形師にこれ以上何かさせてはならぬと直感が囁きかける。
しかし、それよりも早く、式が発光して発動した。
「だから、もういい。コレクションも諦めるわ。だから――死になさいな」
杖で地面を叩くと同時、魔術式から銀色の無数の閃光が放たれた。
放射状に放たれる光線、逃げ場などないほどの密度のそれらはエドワードらに身動き一つ許さなかった。が、しかし、動く必要はなかっただろう。
身体を固める彼らの脇をわざわざ通り越して、銀色の光は床に着弾する。避けるような動きをする光線すらあり、どういうことだと疑問に思ったときには既に回答が動き出していた。
がさり、という乾いた音。ハッとしてエドワードが視線を床に落とせば、そこにはちぎれた人形の手がのたうっているではないか。
周囲を見渡せば、床を埋め尽くす全ての人形が再起動し、まるで地面がさざ波を起こしているかのように微弱な振動を起こしている。
ざわざわと動き出す人形達は、そのまま四人を避ける動きで床を這い回り、一斉に人形師のもとへと向かっていく。カレンが数体に思わず大剣を薙ぎ払ったが、それで動きが止まったのは一瞬。直後に再起動してメレディスに向かっていくのだ。
反射的にエドワードやマイルズ、クリフォードの放った魔術も、さざ波の表面を削るだけで動きを止めるには至らない。人形師に直接放った一撃は展開された『
そうして、僅か数秒で人形師のもとに集まった人形達は、バラバラになりながらその上半身を駆け上がっていく。あっという間に人形の山にメレディスは埋もれ、それでも尚全ての人形達はその山を駆け上がっていった。
山は徐々に背を高くし、やがて弓なりに天頂部を四人の側へと反らしていく。山の中程からは四つの枝分かれが形成され、それは牛の胴体ほどはありそうな腕を形作った。その四つの腕は、コンクリートの床を破砕しながら三本指で地面を鷲掴む。
そして、四人の方へ伸びる天頂部もまた、何かの形を生み出していた。
上下に二股に分かれ、その内側に無数の牙めいた鋭い短剣達が生えていく。その突き出した口、鼻面の辺りから女の上半身が人形で形成されていっていた。裸身を作ったそれは、どこかメレディスに似ている。
やがて、出来上がったのは人形のパーツでできた巨大な擬似竜。腹から上が地面から生えて四本の腕が床を掴んで身体を支え、突き出した口には本物の鋭さに勝るとも劣らぬ牙が羅列する。眉間の辺りから生える巨大な人形女は、高い位置から哄笑をまき散らした。
『うふ、ふふふ、あはははは! さあ! 私の最高傑作よ、とくと味わって死になさい!』
同時、その下の竜の口が大きく開かれ、大気を振るわす轟音のような咆哮を放った。
その威容は、本物の竜に勝るとも劣らない。しかし、怖じ気づいて逃げ出す愚か者はこの場に一人もいるはずがない。
クリフォードは真っ先に魔術式を発動し、そのレイピアの先端に水の鞭刃を形成した。
「所詮はガラクタの寄せ集めだろうッ!」
レイピアを鋭く突き出し、その動きに伴って水の鞭が音速を超えて人形竜に放たれた。炸裂音を響かせて迫る、大凡あらゆる物質を砕き貫く一撃は――しかし、継ぎ接ぎの鱗に激突すると同時にあらぬ方向に弾かれる。
目を剥くクリフォードの横で、マイルズは確かに、鱗を形成する人形の破片達の表面に無数の魔術式が浮かぶのを見ていた。
恐ろしいことに、人形の破片一つ一つに硬度か魔術耐性を向上させる式が刻まれているのだ。このときのために用意されたのだとしたら、文字通り切り札なのだろう。
そんな彼と同じ結論に至ったエドワードは、即座に現在の魔術式を破棄して新たな魔術を構築し始める。同時にカレンに目配せし、その大剣の力を遺憾なく発揮すべしと彼女は首肯した。
マイルズと息を合わせ、兄妹は擬似竜に肉薄する。
そんな愚か者達に、メレディスを形作る人形女は哄笑をあげて真下の竜を操った。
身体を支える腕の一本が持ち上がり、三本指が大きく開かれて鋭い爪をぎらつかせる。そして、その先をマイルズに差し向けたかと思えば、凄まじい勢いで腕が
グオッという風を貫く音を響かせ、明らかに最初見たときより全長を長くしながら竜の腕がマイルズに迫る。恐らく人形のパーツを継ぎ足すことで伸ばしているのだろうが、それを判じる余裕はマイルズにはない。
横に転がって槍の如き一撃を回避するも、間髪を入れずその腕が彼に向けて薙ぎ払われる。槍が今度は鞭の一撃になり、床に這い蹲ることで辛うじて回避した。
そうして足の止まったマイルズに代わり、妹が全力の突貫。そんな彼女にも腕の一本が伸びるが、それに対してカレンは大剣を突き出した。
爪と黄金の切っ先が激突した瞬間、爪が形を崩して崩壊。それどころか竜の腕の中程までが一気にガラガラと音を立てて崩れ落ち、そのパーツを踏みつけてカレンはさらに進む。見立て通り、竜は魔術で構築されているのだ。
ならば、大剣を本体に突き立てれば仕舞いだ。活路を見出したカレンがますますの勢いを以て接近するが、そうは容易くいきはしない。
「っ、後ろだカレン!」
異常を察知したエドワードの絶叫。それに反射で反応して、カレンが真横に転がった瞬間、彼女の身体のあった場所を何かが高速で通り過ぎる。
首を傾けてその何かを確認すれば、それは小さな人形の手。その表面に刻まれた魔術式が発光しており、ハッとして背後を見れば、先ほど崩れ落ちた竜の腕のパーツ達が発光して宙に浮かび上がっていた。
黄金の大剣『
故に、刻まれた魔術によって動き出したパーツを切りつけても、発動中の魔術が失せるだけで、またその魔術は発動できる。起動できる手段さえあれば、黄金の大剣は一時的な凌ぎにしかならない。
そういう対策をしてきたか、と歯噛みするカレンの前をそのパーツ達は高速で通り過ぎ、先ほど崩壊した腕の中程に殺到する。そして、瞬く間に腕が再生されてしまった。
『ふふ、ふふふ! 無駄よ、無駄なのよ! あなた達の魔術は痛くも痒くもないもの! さあ、諦めて死になさい!』
人形となった人形師は哄笑して叫び、その下の顎が大きく開かれる。
その顎の内側には、無数のパーツ達が発光しており、その表面には同数の魔術式が浮かび上がっている。
それらすべてが単純な攻撃魔術――『
カレンが大剣を自身の前に盾にして構えるも、それは味方達の盾となるには位置どりが悪かった。彼女の立つ位置では誰も守れない。
故に、エドワードとマイルズの前に、クリフォードが躍り出る。
「畜生めッ!」
レイピアの切っ先に魔術式を高速展開。それと同時に、無数の炎の弾丸が擬似竜の口腔から一斉に放たれた。
それはまるで、狭い廃ビルのワンフロアに咲いた大輪の紅華。視界いっぱいを覆い尽くす無数の紅い輝きに、クリフォードの抵抗が花開く。
突き出したレイピアから発生したのは、巨大な流水の膜。『
次の瞬間、分厚い水の膜に無数の炎が突き刺さる。一斉に蒸発していく水の膜に、これでもかと言わんばかりに更に炎の弾丸が殺到した。
炎の弾幕を前に、僅か数秒で水膜が薄紙ほどの薄さになる。それでも炎の弾丸達は勢いを衰える様子はなく、クリフォードの表情が絶望に歪んだが、しかし、彼の行為は無駄ではなかった。
水膜の前に巨大なコンクリートの壁が突如として屹立する。次の瞬間から発生する炎弾による掘削音を背景にクリフォードが振り返れば、マイルズが魔術式を展開して笑みを浮かべていた。
「よくやりました、クリフォード。あなたのおかげで式を構築する時間ができました」
「……はは、肝が潰れるかと思いましたよ」
本当に死を覚悟したのか、まだ顔の青いクリフォードの肩を優しく叩き、同時その場から退くように誘導する。どういうことかと問うクリフォードに、マイルズは無言で背後を指した。
そこには、長剣をこちら――クリフォードの背後の壁に差し向けるエドワードの姿がある。その切っ先には、恐ろしいほど攻撃的な数の記号が詰まった魔術式が構築されていた。
「これならッ、どうだッ!」
刹那、飛び退いたクリフォードの眼前を目も眩む極光が通り過ぎた。
水膜を突き破り、コンクリートの壁を粉砕し、迫る無数の弾丸をかき消して、大きく開かれた擬似竜の口腔に直撃する。
一瞬、パーツに刻まれた抵抗魔術が効果を発揮したようだが、無駄。それでも刹那の間すら押し留めることができず、『
同時、炎の弾幕が止んで静寂が訪れる。
大剣によってどうにか身を守ったカレンが恐る恐る顔を出せば、そこには開いた口に大穴をあけてうなだれる擬似竜が居た。その頭の上の人形女も仰け反って動きを止めており、不気味なほど静かな空間に巨大な物体が鎮座しているようにも見える。
一気に魔力を失ったエドワードが膝を突いて肩で息をし、大魔術が確実に効果をもたらしたことを認識する。
誰もが、大穴のあいた擬似竜の死を期待したが――次の瞬間、仰け反っていた人形女が勢いよく身を起こした。
同時、うなだれた竜も再起動を果たし、穴を別のパーツで塞ぎながら吼え猛る。
『ふふふふ! 少しびっくりしたけれど、そんな攻撃では私は殺しきれないわ! 私は私の魔力が続く限り、永遠に再生を続けるのよ! どれだけ強力な攻撃をしようと、どれだけ形を崩そうと、無駄なのよ!』
笑いをまき散らしながら、メレディスはエドワードの無駄骨を詰る。
彼が思わず舌打ちと共に魔術式を構築、発動。笑い続ける人形女の頭を、爆裂が吹き飛ばした。しかし、それも無駄。数秒と経たずに再生を果たし、笑いながら人形の目がエドワードをにらみつける。
『さあ、どんな殺し方をしてあげようかしら? 圧死がいい? それとも串刺し刑? 丸焼きにして食べてあげてもいいわねェ、今の私は最強の竜――――ッ!?』
狂ったように笑い続けていたメレディスだが、言葉の途中で不意にその声をピタリと止めた。
まるで焦りを見せるかのように、急激な動きでその竜の巨躯を大きく振り返らせる。
それを不可思議に思った四人だが、直後に全身を襲う強烈な威圧感を感じ取ることで思考する余裕を失った。心胆から震え上がらせるような、立つこともままならない重圧感。
これをエドワードは知っている。僅か数日前のこと、ろくな抵抗もままならずに一方的にやられたあの瞬間のことだ。
自然と、全員の視線が、振り返った竜の正面の扉に吸い寄せられる。
そこに立つのは、黒いドレスを纏った、黄金の瞳を爛々と輝かせる黒髪の女。その柳眉は不快げに歪められ、黄金の視線は人形女に向けられていた。
明らかに、その女の登場にメレディスは怯んでいた。竜の腹の下、地面との接着面を蠢かせて小さく後退しながら、問う。
『せ、『先生』、何故ここに――』
「――メレディスよ」
その言葉を遮るように、ドレスの女、『先生』は小さく息を吐く。
「刻印せよと言ったはずだというのに、何を遊んでいるかと思えば……その姿とはな」
『こ、これは、その』
しどろもどろに何かを言おうとする彼女に対し、その『先生』は無視して躊躇なくその右手を差し向けた。
瞬間、反応したメレディスが顔を厳しくさせて真下の擬似竜を操る。
『――このッ』
「あまり、我を何度も愚弄するものではないな」
竜の四本の腕を一斉にドレスの女に殺到させ、口腔に無数の魔術式を構築した。四本の腕が彼女を拘束し、そこに腕ごと消し飛ばすつもりの無数の魔術を放つ必殺だが――
――しかし。
次の瞬間。
擬似竜の身体は、中心から全方位に向けて砕け散った。
それこそ、パーツの一つ一つの結合を吹き飛ばすような、恐ろしいほど丁寧な分解。
全てのパーツが壁や天井、床に突き刺さり、擬似竜の中心のあった場所から地面にぼとりと赤い塊が落ちる。
それは、人間の大脳と心臓だった。今も脈打つそれは、まるで逃げようともがいているようにすら見える。
しかし、それに対して女は直立不動のまま、同じように右腕を差し向けた。すると、その大脳と心臓はふわりと浮かび上がり、ぶるぶると震え出す。
「我の前で竜の姿を取ったのが、メレディス、貴様の愚かさの極致よ。生かす価値もなし、疾く――死ね」
刹那、女は右手を握り込んだ。同時、大脳と心臓は真っ赤な華を咲かせて破裂する。
ボタボタボタッ、と多量の血液が床にこぼれ、それを見届けながらドレスの女は静かに腕を下ろす。
その一連の、一方的な展開を、四人はただ見ているしかできなかった。何が起きたのかもわからない。なにをどうしたら、メレディスという強力な人形師が一方的に死ぬのか。
残ったのは、ドレス姿の女。思わず構える四人を尻目に、『先生』は壁に向けてゆっくりと歩き出す。
そして、壁にめりこんだ黄金の羅針盤を静かに抜き取り、その手の中に収めた。先ほど竜が四散したときに、一緒に吹き飛んだものなのだろうか。
そこまでして、女はようやく気づいたように四人に視線を向けた。
瞬間、全員が凍り付いたように動けなくなる。何もされていない。ただ、その視線への恐怖で身体が動くことを拒否している。
それでも、エドワードは喉を振り絞り、唇を動かして問うた。
「……な、仲間、じゃ、なか、ったのか?」
「くだらぬ。我が
エドワードの問いを、女は無感情に切り捨てた。嫌悪の情すらない。殺したことすらも既に忘れているかのようだった。
そうして答えた後、女は手の中の羅針盤に目を落とすと、再びエドワードに向けて黄金の視線を向けた。
「貴様らをここで弑するのは容易い。しかし、仮にもかの君の『前夜祭』に招待された客だ。再び、見逃すこととする」
そう一方的に言い放つと、女はくるりと背中を向けた。
その背に何か問いかけたい気持ちでいっぱいだったが、しかし、誰もが言葉を発せない。
故に、四人はドレス姿が扉の向こうに消えるのを見守るしかなかった。
*
完全に音がなくなった。同時に、全身を圧縮する強烈な圧迫感も消え去り、全員が思わず大きく息を吐く。
ドレスの女は居なくなった。もう、ここに脅威はない。
それを認識するのと同時に、カレンは大きく肩を上下させてから思わず大剣を取り落とした。廃ビルのそのフロアに甲高い金属音が鳴り響き、平穏の襲来をようやく自覚させる。
何が起きているのか、全くわからないがとにかく無事乗り切れた。
そんな感想を抱いたカレンは、説明を求めるべく他三人に向き直ろうとして。
全身を襲った衝撃に、思わず身を固めた。
前方から身体を押しつけられ、後ろに回された両腕がカレンの小さな身体を固定する。ガッチリと固められた身体に、思わず抵抗しかけたカレンは下手人を即座に理解して別の意味でまた固まった。
エドワードだった。彼が、カレンの身体を掻き抱いている。
そこにあることを、しかと確かめるように。もう手放すまい、という子供の駄々のような力強さでその柔らかな身体を己の腕の中に収めていたのだ。
これにはさしものカレンも酷く混乱する。エドワードの腕の中で、その匂いに包まれながら何が起きているのかまったく理解できずに目を白黒とさせていた。
そんな彼女の耳に、エドワードの押し殺すような呟きが飛び込んでくる。
「あぁ、くそっ。よかった……!」
嗚咽すら漏らしそうな、そんな悲痛な呟き。腕の中の暖かい体温を確かに感じて、エドワードは涙を流していた。
一度目は目の前で砕け散り。
二度目は腕の中で冷たくなっていく体温と脈動を感じてしまって。
例えそれらが敵の悪辣な罠であるとわかった後でも、心に刻まれた傷が癒えるわけではない。
大切な存在が、愛しい存在が二度も死ぬ場面に立ち会うことになったエドワードの心はボロボロであり、今こうして真に生きていることを実感しなければ耐えられなかった。
無論、そんな事情はカレンの知るところではない。
しかし、それでも彼の力強い抱擁からその心情を垣間見たのだろう。
表情に照れくささを残しながらも、それでもその両腕を躊躇なく彼の背中に回し、抱き締め返した。
声もなく、男は涙を流し続ける。
女はそれを、言葉もなく受け止め続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます