08
最も早く異常に気付いたのはマイルズの言葉通り周囲の警戒に注力していたエドワードであるが、彼がソレに気付くのも当然だった。
ふと視線をやった、己の牙城である探偵事務所。その二階部分の入口へと続く階段が血塗れであったのだ。それだけなら怪我した人が階段を駆け上ったのではないかと思えるのだが、その先の入口が粉砕されていては尋常な事態ではないことに否が応にも気づくだろう。
もしもに備え、扉には防犯設備の一環として防御魔術が刻まれている。ただの火事場泥棒ならそれを見ただけで退散するであろうに、防御魔術の魔力が切れるまで攻撃を加え続けた様子があるのがまずおかしい。
金目のものは当然あるが、こんな事務所を狙うくらいなら泥棒であればそこらの店を狙うだろう。ならば、この所業は何か別の目的があってのことかもしれない。
そんな少しの不気味さを覚えたエドワードの視界の端に、何かが入り込む。
顔を跳ね上げてその正体を探れば、デフト探偵事務所の通りに面する窓ガラスの向こうに、何者かが立っているのが見えた。
それが次の瞬間、窓ガラスが蜘蛛の巣状に罅が入る。その真下にはマイルズら二人、エドワードは警告を叫んだ。
「上だ!」
マイルズとクリフォードが顔を跳ね上げるのと同時、窓ガラスが砕け散って二人の上に降り注ぐ。咄嗟に頭を護る二人の上、割れた窓ガラスから何かが飛び出し、二人の眼前に着地した。
ガラスの破片の雨をものともせずに、軽い身のこなしで両手を地面についたその人物は、そのまま四足で大地を蹴ってマイルズに向けて突撃。直前で気づき、マイルズの構えたショートソードの刃に、その人物の右拳が叩きつけられた。
いくら奇襲とはいえ、特殊部隊として対応は百点。わずかに腰を落とし、前後に開いた両足で踏ん張って攻撃に備えたはずのマイルズは、次の瞬間には事務所向かいの呉服店のショーウィンドウに向けて吹き飛ばされていた。
マイルズの完璧な防御を、その膂力だけで突き破って殴り飛ばしたというのだ。
それを為した人物は、一見して明らかに――普通だった。
長袖長ズボンのジャージ姿という、ランニング途中の若い男性といった風体。どう見ても一般人であるというのに、為したことは王国の精鋭を殴り飛ばすという謎。敵であるのは明らかだが、その普通さがエドワードを混乱させた。
対し、クリフォードの行動は早い。マイルズがやられたと見るや否や、レイピアを最短最小の動きで男に向けて突き込んだ。ほぼ予備動作なしの突き上げる一撃に対し、男は一歩引いて半身になるだけで回避。それどころか、男が無造作に伸ばした手が、突き上げたクリフォードの右腕を掴んでいた。
完全に動きを見切られたクリフォードが驚きに目を見開く中、男は掴んだ腕を懐に引き込みながら体をクリフォードの真下に潜り込ませ、右足を薙いで彼の足を刈った。マイルズを殴り飛ばした筋力に抗うことができずに身体を宙に浮かしたクリフォードを、男はそのままエドワードに向けて背負い投げたのだ。
ぶんっ、という勢いのいい音を発してこちらに投げられるクリフォードを、受け止めるような真似はせずにしゃがみこんで回避。クリフォードが背中の上を飛んでいくのと同時に、男は大地を蹴ってエドワードに肉薄せんとしていた。
エドワードを睨む瞳。その奥で爛々と光る紫色にどこか違和感を覚えるも、それを思考して探る時間はない。瞬く間に男はエドワードの前まで接近していた。
対し、魔術式を構築していたエドワードは『
完全に捉えた、と手応えを覚えるエドワードの前で、爆風を切り裂いて男が突撃してきていた。ジャージはボロボロであれ、その下の肌色に傷がない。
馬鹿な、と目を見開く彼の眼前に躍り出た男は、右腕を薙ぎ払った。それをしゃがんで回避したエドワードは、通り過ぎていく腕の
そして起き上がりざまに、エドワードはこちらへ迫る男に向けて『
まるでまったく意に介さず男はそのままエドワードに接近。振りかぶられた拳に動揺しながらもギリギリのところで『
超高熱の刃が男の下腕に激突。焼け焦げる音を発した直後、拳の勢いとエドワードの膂力によって男の腕は切断される。同時、その断面から大量の出血。それを見て、エドワードは二度目の
目を見開くエドワードとは対照的に、腕を切断されたというのに表情一つ変えない男の追撃。左の回し蹴りが放たれんとして、しかし襲った衝撃に動きを止めた。
男を襲ったのは、地面から伸びて右脇腹に突き刺さる石の槍。体内を貫いて左の肩甲骨あたりから槍の穂先が顔をのぞかせている。さすがにそこまでされては生命活動を続けられないのか、無理やり動こうとしていた男はついにがくりと首を項垂れさせて死んだように動かなくなった。
事実、死んだのであろうが、エドワードには信じられない。なぜなら、見たからだ。
男のボロボロの袖から見える腕の関節が、球状関節であることを。つまり、人形の腕だということをだ。
しかし、そのくせ切断した腕からは今も血がぼたぼたと落ちている。貫かれた傷口からも滔々と血を流していた。
エドワードは油断なく構えながら、ショーウィンドウから魔術式を放り投げたマイルズが出てくるのを横目で確認する。
今も貫かれたまま立ちすくんでいる人形男の傍にやってくるマイルズに、エドワードは顎をしゃくって球状関節の存在を見せた。それを見てやや驚いた様子のマイルズだが、同時に納得したように頷いた。
「あれほどのパワーも、人形であるならわかります。王都には傀儡を操る魔術師もいることですし、こういった遠隔操作の魔術もないことはないでしょう。ですが、血が流れている上に、ここまで精巧な人形はみたことがありませんね……」
慎重に人形男の傷口に触れ、生暖かい血であることを確認したマイルズは、表情を歪める。エドワードが覗き込む顔も、生気は失われているものの端正な顔立ちだ。探せば本当に居そうなほどに。
投げ飛ばされたクリフォードもやってきて、窓ガラスの割れた探偵事務所を見上げる。
「あそこ、君の事務所だろう? あんなところに人形を遣わせるなんて、なんのつもりだったんだろうね」
「さあな。なんにせよ、今は<ユグリー通り>の騒動を終わらせるのが先だ。人はもう大方逃げたみたいだが、式は残ってる。とにかく破壊して――」
クリフォードの疑問に首を振り、気を取り直すように残り半分の通りの先を見やったエドワードは、そこで言葉を失う。先ほどまでの光景とは一変していたのだ。
<ユグリー通り>に
誰も彼もが無表情でエドワードら三人を眺めている。その目は虚ろではないが、瞳の奥に紫の燐光が輝いていた。腕や膝が露わとなっている者には、球状関節までが見て取れる。そう、いつの間にか、通りにあふれる人々は人形にすり替わっていた。
人形達はぞろぞろと
紫のローブを羽織った、長身の女。先日の襲撃の際にも居た、幹部らしき女だ。
手には銀色の三日月を頂点に掲げた
唯一見える口元、ローブと同じ色の紅が引かれた唇が開き、言葉を紡ぐ。
「あら、ごきげんよう。来るのが少し早かったわね。もう少し遅ければ、面白いものが見れたのに」
「なんだと……?」
「相手の言葉など気にする必要はありませんよ、エドワードさん。尤も、そちらが会話に興じるつもりなら、こちらも聞きたいことがあります。この街で、何をするつもりで?」
くすくす、と嗤いながら呟いた言葉にエドワードが訝しげに眉根を寄せるも、マイルズが前に出てそれを遮る。そして、彼がそのまま問いかければ、女の口元が嘲るように三日月を描いた。
「この間の言葉、聞いてなかったのかしら? それとも難しくて理解できなかった? まあ、
「この――っ」
散々に馬鹿にするような言葉に、クリフォードが前に出ようとするのを、マイルズの腕が留める。
そのまま先を促すように沈黙するマイルズに、女はつまらなげに嘆息してから「親切な私だから答えてあげる」と続けた。
「簡単なことよ。刃で裂けば鮮血は舞う。脅威を見せつければ悲鳴は飛び交う。そして――殺せば、魂は哭くでしょう?」
「結局は、そういうことかよ」
酷薄な笑みを浮かべて放たれた言葉に、エドワードは胸糞悪さと共に言葉を吐き捨てる。
何も深く考えることはない。ただ、ひたすら殺し回るぞ、と宣告していただけなのだ。
緊張のままに武器を構える三人に、女は杖を少しだけ上に掲げた。
「まあ、私にとっては『祭』なんて興味ないわ。『刻印』も他の連中が勝手にやればいい。私は私の興味のあることを――コレクションを増やすだけよ」
そう呟き、杖先に魔術式が展開。式が発光して発動され、女の体が宙に浮く。そのまま隊列の後ろの方へ飛翔せんとする女に向けてエドワードは『
そして、高く掲げられた杖先に再び魔術式。次の瞬間、発動された式から無数の光弾が放たれ、それらはエドワード達ではなくその前で隊列を組む人形達の頭部に激突、吸収された。
それが合図か否か、微塵も動きを見せなかった人形達が各々に構え出す。武器を持つ者、無手の者、魔力鎖を握る者、それぞれがそれぞれの動きをしながら、しかし全員がエドワード達に向かって動き出していた。
女が人形使いか、と判明するも、その人形達の後ろに逃げられては仕方ない。目の前の人形達を蹴散らして進まなければならない。
しかし、その尖兵たる人形は恐ろしく強靭だ。爆裂に対し無傷で、痛みを感じず、しかも全てとは限らないが恐らく体術の心得もあろう。人形をどうやってそのように操れているのかは不明だが、できると考えて行動すべきだ。
エドワードらに向けて進軍する二十数体の人形達との接敵は間もなくであり、そして開戦の火蓋はマイルズによって切り落とされた。
マイルズのショートソードの先から飛翔する魔術式。人形の群れの眼前に着弾し、次の瞬間には無数の石槍が群れに向けて殺到する。
それを左右に割れることで回避した隊列に向けて、エドワードの炎の投槍とクリフォードの水の鞭刃が迫った。
二つの炎の槍が二体の人形の頭部と心臓を刺し貫いた横で、レイピアの先から伸びて縦横無尽にしなり狂う水の鞭が回避しようとした人形の右腕を通り過ぎる。
直後、鋭利な断面を見せて右腕が切断された。高速流動する『
血が噴き出し、バランスを崩したその人形に向けて、翻った鞭の刃が再度襲来。今度は首元を撫でていき、その鞭の動きに遅れてパックリと喉を切り裂かれた人形から鮮血が噴水のように噴き出た。もがくように首をひっかいた人形は、そんな人間的な動きを見せてついに停止。
頭に心臓、首といい、急所は人間と変わらぬようだが、それが尚妙に思える。
人間かと思うほどの共通項の多さであるが、一方で関節や体の硬さは人形だ。
謎は多いが、今は打ち倒すしかない。覚悟を決めるエドワードの眼前に、ついに疾走する人形がマイルズの前に躍り出た。
人形の両手に握られた短剣が空を駆け、およそ達人といえる動きで高速の二連撃がマイルズに放たれた。
上段から迫る一撃目をショートソードで受け、間を空けずに迫る中段の突きを急降下させた刃で叩き落とす。しかし、その瞬間には三撃目の下段突きがマイルズの腹を狙って放たれていた。
それを、跳ね上げた右足で受け止める。脛当てと刃が火花を散らし、その状態から無理やり放たれた前蹴りが人形男の胸に激突した。
後方に蹴り飛ばされるも、姿勢を立て直した男は華麗に着地。そこへ、クリフォードの薙ぎ払う水の鞭が一瞬で通り過ぎた。
刹那、ころりと転がり落ちる人形の頭。切断面から血を噴出させて倒れ込むその人形を飛び越え、長剣を握る少女の人形が三体迫った。どれも顔の造形や背格好がよく似ているのはわざとだろうか。
マイルズ一人で対応できないと見て、クリフォードも前進。レイピアを振り回して自身の周囲に水の刃の檻を生みながら、そのまま突撃する。
真ん中の一人がそのままクリフォードに立ち向かい、左右の二人は散開して彼を回避しながらマイルズに迫った。
少女が懐から短刀を取り出し、投擲。クリフォードに飛来する刃は次の瞬間には水の刃に切り捨てられるも、分かたれた短刀の一部がレイピアに激突、わずかに軌道がそれる。
そのそれた一瞬、刃の檻に隙間が生まれ、少女人形はそこに己の体をねじこんだ。結果、クリフォードの懐に滑り込む
驚くクリフォードに向けて、突き上げられる長剣。それを首を捻ってよけながら、クリフォードは一度大きくレイピアを振ってから『
その間に、少女はクリフォードの懐で彼の水月に向けて肘打ちを放つ。それを折り畳んだ左腕で受け、軋む骨にクリフォードはその膂力の強さを実感した。
そのまま後方に跳躍して間合いを広げながら、着地と同時レイピアを構えて鋭く突き出す。
音すら貫く超速の刺突を、肉薄していた少女人形は左腕を差し出すことで防御。手のひらから肘までを一瞬にして貫くも、そのまま根本まで突き立ったレイピアは動きを停止させられる。
痛みを度外視した防御方法は驚きだが、クリフォードには想定内だった。レイピアの切っ先で発動した魔術『
結果、左半身を水に吹き飛ばされた少女人形は、そのまま倒れて動かなくなった。
その後方で、マイルズとエドワードは二体のよく似た少女人形と刃を交える。
息のあった連携で連綿と左右から刃を放つ二体に、お互いを防御しながら中々攻勢に踏み出せない二人。ちら、とクリフォードを見るも、少女人形を倒した彼は直後に
助けはこない、なら無理やり突破するしかない。
エドワードが切っ先に生んだ式を発動。『
そのまま即座に体勢を立て直すエドワードに対し、予告ゼロで吹き飛ばされたマイルズはもたつきながら文句を言いたげな表情で立ち上がる。
そこへ、一体が勢いよく大地を蹴りながら突進。慌ててショートソードで受けるマイルズへ、二体目が強襲を仕掛けようとして、エドワードの爆裂魔術がそれを吹き飛ばした。
エドワードの前に転がっていく二体目の少女人形に、二発の『
マイルズを攻め立てていた一体目は、真横から飛来した光の弾丸に貫かれて体勢を崩す。そこへマイルズの鋭い斬撃が首を断ち、行動を停止させた。
その横では、エドワードの怒濤の光の弾丸の連射に、避けきれなかった少女人形がついに被弾して行動を停止する。
そのまま一息つきたいところだが、今のは恐らく人形の本隊が来るまでに魔術爆撃をさせない時間稼ぎといったところだろう。エドワードが振り返れば、その予想通り、クリフォードの目の前に全ての人形と
クリフォードに向けて一斉に飛びかかる異形達に向けて、エドワードの咄嗟の爆裂魔術が炸裂。吹き飛ぶ
マイルズとエドワードも前に出て、クリフォードに振り下ろされる刃を自分たちの刃で防ぐ。そのまま戦闘にもつれこんだ。
しかし、数度刃を交えたマイルズが、突如絶叫するように呻いた。
「そんな、馬鹿な!」
目の前の人形を前蹴りで蹴飛ばしたエドワードが慌ててそちらを見やれば、マイルズは防戦一方ながらも無事だった。しかし、相手の人形の顔を凝視し、鍔迫り合いに集中していない。
結果、横合いから突き出される別の人形の短剣に反応できず、左腕を切り裂かれて思わず後退。そこへ、目の前の黒髪の男人形が握る大剣が振り下ろされた。
その刃を、エドワードの発動した『
「どうした、何をぼーっとしている!?」
「っ、彼が、まさか、そんな……」
叱責を受けても、まだあの黒髪の男人形を凝視するマイルズに、エドワードは肘を水月に叩き込んだ。
「う゛っ」と悶えるマイルズをさらに後ろ足に蹴りながら、正面にもう一枚『
その半透明のサークルに叩きつけられる大剣にひやひやしていると、マイルズがようやく呻くように答えた。
「彼は、彼は、数ヶ月前に行方不明になった、部隊の隊員です!」
「似せただけの人形じゃないのかッ?」
「ありえない! あの大剣は彼しか持っていないものだし、右手の黒子や首の古傷まで似せられるわけがない!」
絶叫する彼に、エドワードも思わず停止する。確かに、見れば首には裂傷の痕と思しき古傷があった。しかし、それは服の下にほとんど隠れている。普段もそうであっただろう傷を、そこまで精巧に再現できるものだろうか?
そもそも、マイルズの知己の人物の人形である必要はあるのか。ただの戦力がほしいなら、適当な人形でもいいだろうに、どの人形もどこかの誰かを模したかのようにリアルなのだ。
半透明のサークルを避けて迫る人形達と
それを把握したのか、それともマイルズの叫びを耳にしたのか。遠くから紫ローブの女の声が耳に届く。
「ふふ、ふふふ。気づいたのかしら。ようやく気づいたのかしら! 私の
「――――冗談じゃないッ!」
エドワードの考えを裏付けるように、女はそのまま言葉にしてしまった。
マイルズが目を見開いて停止し、クリフォードが今にも心臓を一突きしようとしていた手を止めて後退してしまう。
今まで相手にしてきた人形は、元は人間だった。
その事実に、人を殺す覚悟をしていた二人も停止してしまう。
そんな三人の様子を見透かしたか、くすくすと笑って女は続ける。
「さてさて、真実を知って、どうするのかしらね? 正義の味方のみなさんは。さっきの短剣の男はかつて『二閃のリッキー』とまで謳われていたわね。三人姉妹の少女達は『咬牙の三刃』なんて呼び名もあったかしら」
「……ッ」
嘲るように謡う女の言葉に、クリフォードは聞き覚えがあるのか顔を青ざめさせる。勇名を轟かせていたような人物達を、わざと仕向けたのだ、この女は。
動きを止めた人形達に、同様に停止した三人に、女は言う。
「ふふ、ふふふ。『
嘲笑が響きわたり、動けないエドワード達とは対照的に、人形達は再び三人に襲いかかる。
元同僚だという人形が振るう大剣を受け止めるマイルズの顔は苦く、短剣を振り回す女の一撃を避けるエドワードもどうしたらいいのかわからない。クリフォードも、反撃の隙はあっても何もできなかった。
拘束しようにも、人形化した人々の膂力は人間のソレを遙かに越える。魔術での拘束は、単純に人形の数に対して式の数が足りない。三人居て、四つしか式が展開できないのだから、いくら一度に多くを捕らえても、二十体弱の人形全てを拘束できないだろう。
その覚悟をするには、あまりにも、解決への可能性がありすぎる。
そうして腹を決めようとしていた三人の耳に、その破砕音が届いたのは、そんな時だった。
人形達が停止し、それを機と見て距離をあけた三人は、破砕音の音源を見上げる。
そこは、どこにでもあるようなアパートの二階の窓ガラスだった。そこに立つ影が一つ。
そのアパートに見覚えのあるエドワードは、まさか、と肌を粟立たせた。
やがて窓枠に足をかけて姿を現したのは、いかにも人形とわかるマネキン人形。その腕には、ぐったりとした人間が抱かれていた。
淡い水色の寝間着を纏い、豊かな小豆色の髪は力なく重力に引かれて垂れている。薔薇色の瞳は閉じられ、手には黄金色の大剣が握られていた。
カレンが、人形の腕の中にあった。
その人形が今にも跳躍せんと足をたわめたところで、エドワードの中の何かが爆発した。
「待てェ――――ッ!!!」
同時、放とうとした光の弾丸は、軌道上に飛び出した別の人形に激突。即座に貫くも、その瞬間にはカレンを抱えたマネキン人形は建物の屋根から屋根へ跳躍していた。
追いすがろうとするエドワードの前に、人形達が阻むように躍り出る。怒りのままに剣を振ろうとして、その行為の意味に腕が止まった。
そんな彼に、浮遊する女が懐から丸い宝石を取り出して言う。
「あらあら、そんなに怒るなんて、あなたにとって大切なのかしら、カレン・ブリストルは。でも、残念ね。あの娘も、私の
「――ふざけるなッ!」
勝手なことをのたまう女に、エドワードの激昂が突き刺さるも、どこ吹く風とあざ笑う。
「ふふ、それじゃ、さようなら」
女の手の中で、丸い宝石が無数の魔術式を浮かべて発光。
そのまま『
女も、人形も、そしてカレンも。
その場から姿を消してしまっていた。
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