06
「流石、ですね。魔術の手札の多さに関しては、王国一を名乗ってもいいレベルですよ」
「あまり持ち上げないでくれ。それに、もう魔力がすっからかんなんだ」
息絶えたヴァレンタインを見ながら、心底感服したように呟くマイルズに、肩で息するエドワードは苦笑いで応える。
そして懐からスタミナ増強剤を取り出し、口に放り込んで嚙み砕いた。まだ戦いは終わっていない。幹部はこの戦場にもう一人いる。
体を起こす二人の視線の先には、数を大きく減らしながらも未だ戦闘を繰り広げる下部組織の群れ。その中心では、古代魔術師とその手下達を相手取ってマシューとクリフォードが戦い続けていた。
流石にフェリックスの選んだ警官と王国の精鋭というべきか、あの数と魔術師を相手にして掠り傷しか負っていない。事前にエドワードの苦戦を見ていたおかげもあろう。
しかし、攻め手にも欠けるようで、魔術師には一切の手傷を負わせられていないようだ。
ならば、ここで加勢して一気に畳みかけるのみ。
エドワードがヴァレンタインの長剣を拾い上げるのと同時、マイルズがショートソードの切っ先に魔術式を構築しながら前方へと疾走。
距離があるうちからショートソードを薙ぎ払えば、切っ先から魔術式が飛翔し、下部組織の連中が群れを為す手前のアスファルトに着弾する。
そして地面に貼り付いた式が発光して発動の予兆を見せたかと思えば、アスファルトが不自然に
アスファルトの槍は無防備な背中を次々と穿ち、仲間がやられたことに気づいた連中が慌てて振り返る。
既に存在する物に魔力で影響を与えて形を作らせる大地系統の魔術『
それだけ習得難度も高い物を、容易く行使するマイルズも流石は精鋭部隊の隊長か。
その活躍を目にすることなかったエドワードは、流石はカレンの兄だ、と感心しつつ、己も両手に剣を携えて前進。
着弾点を正確に計算されて放たれた魔術は、一切の誤差を生むことなく魔力力場に従って下部組織に直撃した。巨岩に叩き潰され下半身を挽き肉に変えられた男がいれば、地面にぶつかって砕け散った巨岩の破片に顔面を貫かれて死んだ女もいる。
マイルズの真正面でそんな光景を作り、侵入口を生んだエドワードは、そのまま突貫するマイルズに続いて群れの中に飛び込んだ。
眼前でマイルズが巧みに小剣を体中の周囲に巡らせ、迫る刃や鈍器を弾き飛ばしつつ、返す刃で式を地面に落として発動。足下から発生する石槍に為す術なく足を貫かれて倒れ込む者共を踏みつけながら、マイルズは進んでいく。
その後ろを、両手の長剣を振り回してエドワードが追従。マイルズに傷つけられた者や、新手の首や胸を切り裂いて進みつつ、時折両手の剣の切っ先から雷撃の槍を発射して被害を伝播させていった。
放たれ突き進む矢の如く、人の群れを一本筋に切り開きながら進む二人は、ついに古代魔術師の背後を捉えた。その向こうには、二人の出現に驚くマシューとクリフォードの姿がある。
その二人の視線に気づいたか、それとも気配を察知したか。古代魔術師が振り返り、両手の上に紡いでいた式をエドワードらに差し向ける。両手は拳が作られていて、その握り拳の中には小瓶が存在していた。
刹那、それを見たマイルズが前方へと転がるのと同時、紫電が弾けた。
放たれた雷撃がマイルズの真上を通り抜け、その後ろに立っていたエドワードに殺到。既に構築していた二つの『
一枚目が一瞬にして砕かれ、二枚目に間髪入れずに直撃。サークルに蜘蛛の巣状の罅を刻んだものの、そこで力を失って消失した。
それを見てほっと胸をなで下ろしている間に、眼前では見事雷撃を回避したマイルズによる反撃が放たれていた。
転がり、低い姿勢から打ち上げられる逆袈裟切り。それを必死の様子で後退して回避する古代魔術師だが、遅れて流れるローブが大きく切り裂かれた。
そのローブに、剣から貼り付く魔術式。古代魔術師がそれに気づく前に、発動された式から伸びる布の槍が魔術師の足を貫いた。
「ぐぅ――ッ!?」
意識外の痛みに思わず膝を突く魔術師に、その背中から迫る巨漢の影。
それに気づくのと同時、恐ろしい速度で古代魔術師は式を紡ぎ上げ、それと同時にマシューが振りかぶったウォーハンマーを薙ぎ払った。
刹那、魔術師の真横に発動された半透明の六角形へとウォーハンマーが直撃。まるで交通事故でも起きたかのような重低音を響かせて、それでも堅固な六角形は砕けない。
なんとか攻撃を阻んだ古代魔術師に、更なる追撃が迫る。マシューの脇から飛び出したクリフォードが、六角形のない方向から音の壁すら貫くような鋭すぎる刺突を放った。
音速に比肩する一撃に反応できず、レイピアの切っ先は古代魔術師の肩口を貫通。細い刀身の根本まで深々と突き刺さる。
激痛か驚きか、大気に縫い止められたかのように古代魔術師の動きが停止し、次の瞬間には絶叫。
痛みへの辛さ、怒り、悲壮が入り交じった叫びに、反応した下部組織の連中が古代魔術師の下へと殺到しようとするのを、エドワードの爆裂魔術が阻んで吹き飛ばした。
突き刺されたまま暴れようとする古代魔術師に対し、冷たい視線を向けるマイルズは、静かに魔術式を地面に落とす。式が発光し、地面からアスファルトの縄が飛び出て、古代魔術師の周囲を三周。同時、地面に縫い止めるように収縮し、古代魔術師は地面に叩きつけられた。
そこへ間髪入れずにマシューが特殊手錠を取り出し、古代魔術師の足首にかける。魔力表出を封じる警察独自の道具であり、これで完全に魔術師は無力化された。
仰向けになってもがく魔術師からレイピアを抜き、クリフォードは構え直す。まだ終わりではない、あとは下部組織の連中を無力化するだけだ。
エドワードも気を抜かずに式を構築し始めた、その瞬間だった。
いつの間にか、エドワードの真横に、女が肩を並べて立っていた。
黒いドレスにウェーブのかかった豊かな黒髪を無造作に流し、黄金の瞳でエドワードを横目で見つめている。
その視線を受けて、エドワードの背中に雷撃のような衝撃の悪寒が駆け落ちた。
そこらにいる下部組織の女とは明らかに違うと断言できる。ただの視線だけで、指一本さえ動かせる気がしなくなっていた。
それでも、と左手の長剣を薙ぎ払おうとした瞬間、ドレス姿の女は、ゆったりと、腕を、エドワードに向けて、払った。
長剣が砕け散る。
女の腕がエドワードの左腕にぶつかる。
筋肉がつぶれ、骨が砕け、何かが断裂する音がする。
そして、それらを認識したときには既に、エドワードは遙か右方に建っていた住宅の壁に、叩きつけられ崩れ落ちていた。
壁との激突の衝撃で右肩が粉砕されているのに遅れて気づき、その瞬間にエドワードの喉は絶叫を奏でる。
無理やり下ろした視線の先で、左腕は上腕の半ばから先が失われていた。女の無造作な腕の一振りで、左腕が引きちぎられてしまったのだ。
エドワードの絶叫で、ようやく事態の変化に全員が気づく。
クリフォードがそちらへと振り返った瞬間、真正面に立つ長身痩躯の男が居ることに気づいた。奇妙なキモノという装束を身に纏った男は、いつの間にか構えていた長刀を無造作に薙ぎ払う。
それをレイピアで受け止めた瞬間、なぜかクリフォードは胴体を袈裟に切り裂かれていた。
「は……?」
理解できない、という感情を言葉にした瞬間、目の前の男から回し蹴りを喰らい、痩躯からは考えられない脚力でクリフォードは宙へと蹴り飛ばされる。
そのまま住宅の庭の藪に頭から突っ込んだクリフォードに、マシューの絶叫が届いたか否か。
「貴様ァッ!」
痩躯の男へ向けて、強化魔術で超強化された膂力によるウォーハンマーの振り下ろしが放たれた。
直撃の直前、間に割り込む影。その人物の頭部に、鋼を砕く威力のハンマーが叩きつけられ、鈍い衝突音を響かせた。
普通の人間なら頭蓋骨陥没で即死、いいところで即気絶のはずが、それを真正面から喰らった男は、両の足でしっかりと地面を踏みしめ、琥珀色の目でマシューを挑戦的に睨んでいた。
真鍮色の髪の毛を血に染めるその半裸の男は、口元まで流れる血をぺろりと舐め上げると、その唇を笑みに歪める。
「いい一撃じゃねえか、警官。そうら、お返しくれてやるよォ!」
言うが早いか、振りかぶった右腕を、マシューの胸板に勢いよく叩きつけた。
刹那、マシューの胸板が拳の形に凹み、口から血反吐を吐き出して地面と水平に巨躯が吹き飛ぶ。下部組織の者共を薙ぎ倒し、そして彼もまた住宅の壁に叩きつけられて沈黙した。
一瞬にして味方が全滅したことにマイルズが気づいたときには、やはりいつの間にか彼の正面に黒いローブを頭からすっぽり被った巨躯が立ちはだかっていた。
直後、黒ローブから黒い手袋に覆われた拳が、マイルズに向けて放たれる。
咄嗟に後方に跳び退った瞬間、マイルズは驚愕に目を見開いた。
黒ローブの表面に浮かぶ、十の魔術式。その式から、鋼の輝き――鍔のない長剣が出現していたのだ。
それを認識するのと同時、黒ローブがまるで指揮者のように腕を振るう。直後、それにあわせて、十の式から十の剣が弾丸の如き勢いで射出された。
ほぼ至近距離で放たれた刃の群れに、マイルズは絶叫してショートソードを振るう。一息に放たれた二閃によって半数を弾き飛ばすも、残りは三閃目が間に合わずに直撃。肩、足、太股、腹、腕に長剣が突き刺さり、勢いのままマイルズは吹き飛ばされる。
五本の剣に串刺しにされながらも、それでも両足を踏みしめてブレーキをかけて停止。マイルズが息も絶え絶えになりながら顔を上げれば、折角捕らえた古代魔術師が拘束から解放されて立っており、その横には紫のローブを羽織った女らしき人物が、唯一見える口元に笑みを浮かべていた。
その周囲に並び立つ、突然の襲撃者達。いつの間にか、下部組織の連中の姿は消えていた。
ドレス姿の女、キモノを羽織る剣士、頭から血を流したままの半裸の怪力男、黒ローブ、紫ローブの女、そして古代魔術師。
その内の二人、剣士と怪力男の姿に見覚えがある。
ということは、つまり、残る者達も幹部かそれに連なる人物。それが、集合しているのだ。
絶望的状況に言葉もでないマイルズを無視し、紫ローブの女があざ笑うように言葉を放った。
「ザカライア、油断しすぎじゃないかしら。所詮は魔術師なんだもの、一人で何でもできると思わないことね」
「助けてくれたことには礼を言うがね。さっきまでヴァレンタインが居たんだ、どうにかなるかと思ったんだよ」
「あら、あの痴呆ならもう死んでるわよ」
「やっぱり……」
ザカライア、それは資料にもあった名前。古代魔術師も幹部の一人か、と判明するものの、それは今の状況では何の役にも立たない。
そして、同じ幹部であろう男の死にも、ローブの二人は頓着していないようだった。それどころか、馬鹿にしたような雰囲気さえある。
そんな中、ドレス姿の女だけは、立ちすくむマイルズを黄金の視線で射抜いていた。マイルズが動けないのも、この女の威圧感に気圧されているからだ。
その女が、ゆったりと、右腕を持ち上げる。右手を開いてマイルズに差し向け、そして、言葉を呟いた。
「我らを追いし男よ、聞くがいい」
美しい声に聞きほれたのも束の間、マイルズは気づく。
身体が、動かない。指先一本とて、何かに固められているかのように微塵も動かないのだ。
目を見開くことすらできない彼に、女は続ける。
「此より、この人の里にて、かの君の為の『祭』を催す」
「……っ」
「『前夜祭』である。存分に、愉しむが良い。鮮血が舞い、悲鳴が交錯し、魂が哭くであろう。我らは刻印を遺し、かの君の為の宴としよう」
言い終えたか否か。
女は僅かに右手を前に突き出した。
刹那、マイルズの身体は後方に勢いよく吹き飛び、遙か遠くの壁に激突して意識を失った。
それを為した女は、己の行為の結果に微塵も興味を見せず、倒れ伏したまま呻くことしかできないエドワードに視線を向ける。
そして、何も浮かんでいなかった表情に、初めて、笑みが浮かんだ。口の端を僅かに持ち上げる程度のものだったが、それは確かに、嗤いだった。
「弑するのは簡単だが、特別に赦す。生きながらえるが良い、竜殺しよ」
それだけを呟くと、女は振り返って古代魔術師を見やる。
黄金の視線に射竦められた男は、びくりと肩を震わせて式を展開した。
そして、転移魔術が発動し、その場から無事な人間全てが消え失せる。
残ったのは、無惨な敗北を喫した者達だけ。
先ほどまでの喧噪から一転、沈黙を取り戻した住宅街だが、しかし、そこには言いようのない不吉さを孕んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます