04
全方位から、一斉にエドワードら三人に向けて人の波が押し寄せた。それはただの雑踏にあらず、一人一人の手には武器が握られている。
最も早く接敵してきた男の振り下ろした鉄パイプを、エドワードは薙ぎ払う一撃で弾き返しつつ、同時に前蹴りを繰り出した。男の腹部に突き刺さった一撃はその体を後方に押しやり、その後ろから迫ってきていた群れへと突っ込ませることになる。
進路の邪魔になった男を迂回して迫る細身の男の、鋭い短剣の刺突を捌き、エドワードは左手の魔術式を発動。『
だが、爆風に煽られて倒れこむ人々を踏みつけ乗り越え、第二波が被害をものともせずに迫ってくる。
瞬く間に肉薄され、男から振り下ろされる長剣を弾き、脇から短剣を振りかざして追撃してくる女の脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。
爪先で骨の砕ける感触を覚えながら足を振りぬけば、反対側から迫っていた男の鉄パイプの突きがエドワードの肩口に直撃した。咄嗟に身を捻ったおかげで、ジャケットの上を鉄パイプが滑っていく。
それでも感じる痛みに耐えながら、切っ先を差し向けて魔術を発動。『
それとはまた別の方向から迫る女に反応し、振り下ろされる金槌の柄を切り飛ばしたところで、背後で同様に対処していたマシューの銅鑼声が響き渡った。
「くそっ! なんなんだこいつらはっ!?」
重い打撃音と敵の苦悶の声の合間に発したマシューの疑問の叫びに、レイピアを振り回す風切り音を背景としてクリフォードが息を切らして答えた。
「おそ、らくっ!
「してる余裕なんぞないッ!」
マシューが余裕のない声で答えながら、ウォーハンマーを振り回す。柄で男の側頭部を打ち据えながら、槌で角材をへし折りつつ女の胸を打ち抜いた。
その横で、クリフォードが片手に浮かべた魔術式『
視界の端でそれらの活躍を捉えつつ、エドワードは攻勢を必死に捌きながら迫る群れの様子を探っていた。そして、一分にも満たないながらも無数の人々による怒涛の攻撃を耐えたエドワードは、ついに人の層の薄い方向を見つけた。
そちらへ向けて、多少の攻撃を受けるのも厭わず魔術式の浮かぶ切っ先を差し向ける。角材の打撃と短剣の刺突が腕や足を傷つけるのを無視しながら、発動。
直後、『
そこへさらにダメ押しの『
「そこだ! 抜け出すぞッ!」
同時、脇目も振らずその道へ疾駆。押しつぶそうと左右から迫る人の波を、魔術式から迸る電撃の鞭と爆発によって必死に遮りながらひた走る。
後ろから駆けてくる足音が敵なのか味方なのか、判別がつかないまま包囲網をついに脱した。飛び出ると同時、振り返って式を構える。
見えたのは、今にも人の波で閉じようとしている脱出口を、豪快なハンマーの一振りで無理矢理こじ開けて転がり出てくるマシューとクリフォード。しかし、遅れて出てきたクリフォードの足を、転がっていた男が鷲掴んで引きずり倒してしまう。
咄嗟にレイピアを払って男の指を切り落としたクリフォードだが、倒れ込んだ隙を逃すはずもなく、周りの人間が一斉に飛びかかり、クリフォードの上に積み重なって抑え込んだ。
残る人間が一斉に武器を振り上げ、身動きできないクリフォードを袋叩きにせんとするのを、エドワードの放った爆裂魔術が吹き飛ばす。さらに、それでもまだクリフォードにしがみつく者どもを、マシューのフルスイングが骨を折り砕きながら引き剥がした。
立ち上がり、マシューの横まで後退したクリフォードは冷や汗を垂らしながら礼を述べる。
「助かった、ありがとう」
「ふん、だから足を引っ張るなと言ったんだ」
マシューから返された唾でも吐き捨てそうな勢いの文句に、クリフォードは頬をひきつらせながらも言い返しはしない。助けてもらった相手にすぐ悪態を吐くほど恩知らずではない。
そんなやり取りを横目で見つつ、人の群れに魔術を撃ち放つべく魔術式を展開したエドワードは、背筋を駆け落ちる寒気を感じ取る。この感覚は、そう、奇襲の可能性――!
咄嗟に顔をあげれば、向かいの住宅の屋根に立つ古代魔術師の姿を認める。そして、掲げられた両手の上には、二つの大玉の火球が今にも発射せんと燃え盛っていた。
エドワードは即座に魔術式を破棄。二つの『
直撃と同時に一枚目のサークルが一瞬で砕け割れ、後に発生した爆風に二枚目が軋む。明らかに威力が上がっていることに驚く暇もなく、間髪入れずに後からやって来たもう一発の大玉火球が二枚目を砕いてエドワードらの眼前で爆発を巻き起こした。
熱波が全身を煽って剥き出しの顔面に火傷を焼き付け、叩きつけられる爆風が三人をボールのように吹き飛ばす。
内蔵が浮くような独特の浮遊感の後、即座にエドワードの体は背後にあった住居の外壁に激突。重い音をたて、何事かと住民がカーテンを開いて外の様子を見ようと顔を覗かせた。そして、無数の人々の姿と爆風に荒れた庭の惨状をみてギョッとして固まる主婦に、エドワードは体を起こしながら叫ぶ。
「顔、を出すな! 隠れ、てろ!」
外壁に叩きつけられた衝撃にくらくらしながらも警告すれば、主婦はすぐにカーテンを閉め切って姿を消した。
それを横目で確認しつつ顔をあげれば、先程の場所に古代魔術師の姿はない。首を巡らせて探そうとして、視界の端にはためく濃緑のローブを捉えた。距離は、至近。
右足で踏み込み、体を捻りながら振り返って長剣を鋭く薙ぎ払った。正面に捉えた古代魔術師に吸い込まれるように迫る刃は、しかし直前で発生した半透明の六角形に激突し、停止させられる。
それを右手の感触で確かめると同時に、大地を蹴って大きく後退。式を紡ぎあげ、至近距離から『
光速の一撃は避ける暇を与えずにサークルに激突。上位魔術の一撃は、下位魔術でしかない『
これも強力な古代魔術だったか、と歯噛みするエドワードだが、少しでも時間を稼ぐべく間髪入れずに叫ぶ。
「お前ら、何が狙いだ! なんのつもりでトゥリエスに来た!?」
「おやおや、何をいってるんだか。君はもう知ってるはずだよ」
どういうことだ、とさらに疑問を口にしようとしたところで、古代魔術師の手に浮かぶ魔術式。反対の手の小瓶の中にある、動物の爪と思しき何かが粒子となってその式に消え、即座に古代魔術が発動される。
弾ける紫電。ほぼ反射で、エドワードは用意していた『
同時、男の手から放たれた雷撃が空気を焼く破裂音を響かせ、一瞬で半透明のサークルを貫通。砕き割った破片を背にしてエドワードの胸に直撃し、彼の体を後方に吹き飛ばした。
胸を貫いた衝撃に、一瞬息が詰まって心臓の鼓動が止まったのを理解する。が、『
そこへ、追撃せんとさらに式を展開した古代魔術師は、口元に浮かべていた笑みを消失。咄嗟に後退すると、彼の居た場所を水の槍が貫き、横の住居の壁に突き立った。クリフォードの援護が間に合ったが、すぐに彼は背後から襲ってくる下部組織の人間の攻撃に対応することになる。
そちらへと浮かべていた式を差し向けた魔術師は、しかし視界の端に彼へと迫る巨漢を捉えた。すぐに身を反転し、マシューへと式を向ける。そして、左手に握る小瓶の中の小さな目玉が粒子となって式に消え、古代魔術が発動。
『
普通ならあまりの大きさに驚くところだが、対するマシューの顔には笑み。古代魔術師はここで魔術の選択を間違えていたのだ。
マシューの胸の前で、式が展開。回転し、彼の得意な強化魔術が発動される。効果を発揮したのは『
もはや別の強化魔術といって差し支えないそれに支援を受けたマシューのウォーハンマーのフルスイングは、巨岩を一撃の下に殴り壊す。
人智を逸したありえない光景に古代魔術師が口をポカンと開ける前で、砕け散って魔力になっていく破片を吹き飛ばしながらマシューが前進。
それを目にしながら、魔術師は慌てて後退しつつ魔術式を紡ぐ。そして、小瓶の中身の粒子を吸収して半透明の六角形が展開し、即座にそこへマシューの槌が激突。しかし、巨岩を砕いた一撃でも古代魔術の障壁は砕けない。だが数を重ねればどうだ、とマシューは槌を次々と叩きつける。
その光景を見ながら、エドワードはようやく動き出した体に鞭打って立ち上がった。
古代魔術はあまりにも強力すぎる。発動条件に必要な物がなければ使えないデメリットはあれど、逆に言えば物さえあれば行使できるのだ。
式の展開速度は下位魔術程度の癖に、威力は上位魔術と同等かそれ以上。『
分析を進めつつ未だ痺れる指先に魔力を通し、正常に行使できるのを確認していると、目の前の攻防の状況が動いた。
古代魔術を避けながら半透明の六角形に攻撃を加えていたマシューに、業を煮やした古代魔術師は新たな式を構築。それが先程の紫電の雷撃魔術であることを見抜いたエドワードが警告の声をあげる前に、魔術が完成する。そして、破裂音と共に雷撃が発射された。
雷速のそれを、ほぼ至近距離に居たマシューが避ける術もなし、彼の厚い胸板に直撃する――直前。
横合いから飛来した水の鞭が、雷撃に激突。雷撃は通電して軌道がねじ曲がり、マシューを避けて後方に消えていく。
水の鞭を放ったのはクリフォード。次々とやってくる下部組織の連中を抑えながら、絶妙のタイミングで支援して見せたのだ。
「借りは返しただろう?」と言わんばかりの笑みを浮かべる彼に、マシューは鼻を鳴らして大きく後退する。一向に壊れる様子を見せない防御魔術に、攻撃を諦めたのだ。
それを見て、古代魔術師は式を構築。しかし、次は撃たせない、とエドワードも魔術を構築し、即座に電撃の鞭を放った。
獲物を仕留めんとする蛇のごとく、雷速でしなって迫る電気の鞭が古代魔術師の足を絡めとったその瞬間、その姿が一瞬にして掻き消えた。転移魔術――攻撃のためではなく転移のために魔術式を構築していたのだ、と把握しながら、即座に周囲に視線を巡らせる。
そして、マシューの遥か後方に、膝をつく魔術師の姿を見つけた。電撃の一撃はしっかり届いていたようで、荒い息を吐いて肩を上下させているのが見える。
ああして、一々逃げられては敵わない。どうにかしてあの自由な転移を封じなければならないが、影を利用していたりといった明確な弱点は見当たらない。純粋な転移であるのだから、式を紡がせる前にどうにかするしかないだろう。
そのためには、対応しきれない飽和攻撃を、あの堅牢な防御魔術を突き抜けて食らわせるしかないが、さてどうすればいいのか。
考えを巡らせるエドワードの視線の先で、不意に古代魔術師が顔を上げる。そして、僅かに露わになっている口元が、不穏な笑みを形作った。
切り裂かれたような笑みに、エドワードが背筋に悪寒を感じたその直後、足元に影が落ちていることに気が付いた。
それが、真横の住宅の影から伸びる人型の影であると気づいた瞬間、その影が跳躍。慌てて空を見上げれば、エドワードに向けて振り下ろされる鋼の切っ先が迫っていた。その向こうに、まろび出る赤い舌と、爛々と狂気色に揺れる黒曜石の瞳。
ほとんど反射で地面を蹴り出して後方に転がれば、刃がふくらはぎを掠めていくも直撃は避けられた。回転の終わりに立ち上がってさらに跳び退り、襲撃者の正体を確認して愕然とする。
体中には剣が携えられ、頭髪は脂で後ろになでつけられた茶髪。こちらへとゆっくりと振り返る顔には狂気が浮かび、赤い舌のまろび出る口は三日月の笑みが形作られている。
逮捕されたはずのヴァレンタイン・フォーブスが、そこに居た。
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