01
輝く月明かりの下、エドワードは人通りの少ない夜道をのんびりと歩いていた。
頬に当たる夜風がいつもより冷たいのは、単純に気温のせいだけではなく、体を巡って顔に帯びる酒気のせいだろう。
つい先ほどまで、<アンプル通り>の居酒屋にて行われていた、ちょっとした宴会に付き合っていたのだ。そのお題目は先日終えた麻薬組織撲滅活動の打ち上げで、つまりは警察と飲んでいたのである。
あまりそういう付き合いを好まないエドワードだが、仕事がない上いつもは一緒にいるカレンもいないという、少しばかり寂しい夜を過ごすのもどうかと思われたので、ちょうどよく誘われた飲み会に参加したのだ。
ここ数か月はそれなりに警察の仕事を手伝ってきたので、気のいい警官には覚えがよく、彼を歓迎して大いに盛り上がっていた。
誘ったフェリックスも絡み酒のハーヴィーにグチグチと文句を垂れられながらも、それを嬉しそうに眺めていた。尤も、途中で何かの連絡があり、飲み会を抜けてしまっていたが。
そのあとは、抑え役のフェリックスがいないということで魔術犯罪課の面々はもうてんやわんやであり、絡み酒に一気飲み、ちゃんぽんなど、ひどい酒宴と化していた。
当然それに巻き込まれたのは普段は一緒に飲まない輩、つまりエドワードであり、どんな反応をするのかと珍獣扱いめいた絡みをされまくったのである。断ろうにも勝手に酒を注ぐし、飲まないで放置すると口にぶち込まれ、挙句の果てには「目から飲め!」などとふざけたノリを始めてぶち切れたエドワードにより投げ飛ばされるという珍事が起きてしまった。
それでも飲みすぎたのには変わりなく、あれほど狂乱の宴になったのにも流石に理由はあった。
ここ数日で、異常なほど殺人事件が相次いでいるのである。せっかく大仕事を片付けたかと思えば、今度は連続殺人事件。しかも、
せっかく大きなヤマを片付けたところに、このおぞましい事件。街の住人の平和のために尽力を惜しまない警察といえど、流石に心身に過大なストレスがかかったことだろう。
翌日にその捜査に着手することになるとあって、今夜だけは馬鹿騒ぎがしたかった、とイレインは酔いつぶれた
それを思い出して、エドワードは仕方なさげに、暗闇の路地に白い溜息を吐く。
事件の悲惨さはエドワードもラジオを通じて知っている。
撲殺した上必ず四肢を切断してその一部を持ち帰っているらしいのが三件、死因は斬殺や焼殺など様々ながら四肢以外ではあるが同じように体の一部を必ず持ち帰っているのが四件、そして刺殺した上で元の原型がわからないほど執拗に遺体を傷つけるのが十二件である。
この最後の桁違いの連続殺人事件の模倣犯が、残り二つの事件なのではないかと考えられているようで、それを重点的に捜査するらしい。
大変なことだな、と他人事のように今は考えているエドワードだが、その内手伝いに駆り出される可能性が最も高いことに気が付いていない。今では警察内ではそれなりに立派な戦力になってしまっているというのに。
ともあれ、それは今ではない。これから仕事の手伝いに駆り出されることもないだろうし、このまま酔った赤ら顔にあたる夜風を気持ちよく感じながら事務所に帰れることだろう。
エドワードはそのつもりで事務所手前に続く最後の曲がり角にさしかかったし、そのまま曲がるつもりだった。だというのに立ち止まったのは、懐で何かが動いたからだ。
足を止め、懐に手を突っ込んでその正体を目の前に引っ張り出す。それは、今朝封筒で送られてきた黄金の羅針盤。その、微塵も動いていなかったはずの針が凄まじい勢いで回転していたのだ。
質屋にでも突っ込むかと持ち歩いていたソレの異変に、思わず言葉を失っていると、高速回転していた針が唐突にぴたりと止まる。それは今まさに曲らんとしていた曲がり角の、直進方向を指していた。
闇夜に包まれたその路地の先。そちらを意識するのと同時に、鼓膜がその方向からの
ぐちゃり、ぐちゃり、と。
水分たっぷりの生肉をこねくり回すような、そんな音。どこか咀嚼している音にも似ていた。
眼前の路地に差し始めた月明かりに浮かび上がるのは、地面に横たわったまま天を見上げて笑う女の姿。
口をぽっかりと開いたまま、唇の両端を耳まで裂かれたその姿は確かに笑っているようにも見えることだろう。しかし、その喉は笑い声を震わせることができないほど、横一文字に切り裂かれていた。
滔々と流れ出て、エドワードの足元にまで広がってくる鮮血の海が、先ほどまで確かに生きていたであろう証拠だった。
その前で屈みこんで、逆手に握った鉄の棒を何度も振り下ろしている男がいる。振り下ろすたびに咀嚼音に似た嫌な水っぽい音がしていた。
その非現実的な、おぞましい光景にエドワードは思わず一歩下がる。
何かを蹴飛ばした。
音がした。
男が、振り返る。
血でべったりと汚れたもごもごと動く口元。隈に縁どられた、病的なまでに昏い黒曜石の瞳と、脂でべったりと後ろに撫でつけられた暗い色の茶髪が、月明かりの下に照らし出された。
何を食っていたのだろうか、想像したくないと思うエドワードの前で、男が口の中の物を飲み込んで喉仏が上下する。
そして、その唇が、三日月を形作った。
さっきまで気持ちよく体内を巡っていた酔いが闇夜の中に吹き飛んだ。脳髄が警鐘を打ち鳴らし、ほとんど本能で腰の長剣を引き抜く。
それほどまでに、目の前の男の表情には狂気しかなかった。
話が通じることを見込めないほどに、オカシイ。声をかける勇気すら湧かない。黒曜石はこちらを見ていながら、エドワードを見てなどいなかった。
こちらを見ながら立ち上がった男は、先端が血に塗れたただの鉄の棒を適当に放り捨てる。そして、背中と腰にじゃらじゃらと差しているいくつもの剣から一本を引き抜いた。
何を思ったか、剣を顔の近くまで持ち上げると、べろりと真っ赤な舌をまろび出してその刀身をいやらしく舐めあげた。
唾液が月明かりにてらてらと輝き、そこでようやく、刀身が血まみれであることをエドワードは理解した。
魔術式を展開し、油断なく構えるエドワードに、男は唐突に沈黙を破って口を開く。
「楽しいなぁ、ひひひっ、楽しいなぁ」
「…………」
心底愉快そうに笑う男に、三か月前の嗜虐者を思い出すが、目の前の
思わず眉間に渓谷を生むエドワードに、男はだらりと剣を下ろす。
「ひひひっ。また、ぐちゃぐちゃにできるなんて――楽しいなぁッ!」
「――っ!」
叫ぶと同時、男は落ちるように前傾姿勢を取り、次の瞬間跳躍した。跳びかかる先は当然、目の前の
跳び上がった勢いで空中で縦に一回転したかと思えば、剣を上半身がねじ切れるほど捻って振りかぶり、放物線を描く軌道でエドワードに落下していく。
その手前でエドワードの魔術式が輝き、発動。『
回避する術のない男は爆裂に吹き飛ばされながらも、なんと空中で獣のように体勢を立て直し、両足をコンパクトに畳んで回転。そして両手足を広げたかと思えば、すぐそばの建物の窓枠を指先で掴んで強引に制動した。
結果、壁にへばりついてエドワードを舌なめずりながら見下ろす形となる。そこへエドワードの『
次いでその壁面にへばりついたかと思えば、さらにまたも壁を蹴って地面へ移り、そこからさらに向かいの壁へ。まるで跳ね回るボールのような軌道で狭い路地を跳び回り、狙いが定まらず魔術を撃てないエドワードの眼前の地面についに着地した。
咄嗟に長剣を突き出すエドワードの一撃を、男は地面に這いつくばるように体を伏せて回避する。そして男は四肢をバネの様に使い、またも横方向へと跳ねた。即座に壁に足からぶつかり、そして蹴りだして斜め前方に飛び出して一瞬にしてエドワードの背後へ。
片足を地面に突き立ててブレーキを掛けながら、男は血塗れの剣を無防備なエドワードの背中へ突き出した。
刹那、展開される半透明のサークル。それに激突した剣が停止せしめられ、有り余った運動エネルギーが男の腕をたわめた。
あらかじめ用意していた防御魔術で強襲を防いだエドワードは、その魔術を破棄しつつ振り返って長剣を薙ぎ払う。横一閃の斬撃を後方へ跳ね飛ぶことで回避し、四肢を地面について着地した男は心底楽しそうな表情でべろりと舌を出した。
「れへへへっ、へへ、へへへっ」
「……何が楽しい」
笑い続ける男に、薄気味悪さを堪えきれずにエドワードは思わず言葉を投げかける。
対する男は左手でもう一本剣を抜くと、それもまた刀身を舐め上げながら狂気の孕んだ瞳をゆっくりと細めた。
「しろいあたま、あおいめ。ひひひっ、どっちも真っ赤にしたいなぁ。でも、まずは、前後から串刺しにしようねぇ」
「話の通じないやつだ、なっ!」
答える気のない、明らかに自己完結している狂人に顔を歪めるエドワードは、問答の意味もなしと切っ先の魔術を発動。
再びの『
爆風を切り裂いて迫る存在を見て、エドワードが思わず目を剝いて驚き、一瞬停止したのも無理はない。
前方から疾駆してくるは、二人の人間。一人は当然、交戦中の狂人であるが、ならばもう一人は誰か。
脂で撫でつけた暗い茶髪に、昏い黒曜石の瞳、まろび出ている真っ赤な舌。
そう、隣を走る男と瓜二つの男が現れていたのだ。唯一の違いといえば、剣を持つ手が左右逆なことと、片方の男は剣を一本も差していないことくらいか。
驚きに身を固めるエドワードに素早く肉薄した二人の同一人物は、同じタイミングで左右から斬撃を薙ぎ払った。
それをほとんど反射で後方に転がることで避けながら、魔力で式を構築。エドワードの右手側の男が追撃すべく迫るのを見て、そちらに『
しゃがみ込んで炎の弾丸を避けた男の脇を通り、左手側の男が鋭く大地を蹴って急加速しながらエドワードに接近。素早い刺突が放たれるのを、エドワードは立てた長剣で火花を散らしながら横へと逸らす。
長身の男の一撃にしては、少し軽い。手首にかかる負荷に少し奇妙さを感じながらも、誤差の範囲かと思って無視。
男の剣を弾いたところで、その後方の右手側にいた男がまた剣を抜き、そして何かの魔術式を構築している様子を視界に捉えた。
止める間もなく式は完成、発動。何かの強化魔術なのか、淡い光が男の全身を包み――次の瞬間、二つに
べりり、と男の顔から同じ男の顔が真横に剥がれる。次いで首、右腕、胴体、左腕と続き、右足左足も分離すると、ついにはまったく同じ人間が狂人の横に立っていた。
目の前の男の斬撃を受け止めながら、その光景を目の当たりにして絶句するエドワード。唯一の違いは、剣を差しているかどうかだけ、それ以外は何もかもが同じなのだ。そして今、狂人の持つ二本の剣のうち一本が新たに現れた狂人に手渡された。
幻影かとも思ったが、そうではない。なにしろ、今剣戟を繰り広げている狂人も同じようにして生まれたはずで、そして剣を打ち合わせて感じる重さは本物。至近距離で男の荒い呼気が顔にかかる感覚まで幻覚なのだとしたら、世界でも二人といない魔術師レベルだ。
つまり、狂人は己の完全な分身を生み出しているということになる。
「――ッ、冗談じゃないっ」
膂力に任せて剣を無理やり弾き飛ばし、前蹴りで目の前の狂人を蹴り飛ばした。
その後方から向かってくる二人の狂人を見て、現状のまずさを即座に理解する。狭い路地で、一対三。分が悪いにもほどがあろう。
迷わずエドワードは背中を向け、先刻曲がろうとしていた曲がり角に飛び込む。そして疾走し、先ほどの路地よりは遥かに広い<ユグリー通り>に飛び出した。
通りの中ほどまで走り、振り返れば、路地から出てくる
それに対し、路地から完全に出てしまって散開する前に『
狭いところに居たために、まとめて爆風を受けることになる狂人達。三人が防御姿勢をとりながら<ユグリー通り>の左右に吹き飛ぶ中、一人だけがやや範囲外であったのか、そのまま爆風を突き抜けて突っ込んでくる。
「ひひゃァっ!」
奇声を上げて振り下ろされる剣を受け、十分受けられる威力であるとエドワードは悟ると即座に弾き返す。抵抗は少なく、狂人が体勢を崩したことから筋力はあまりないように見えた。
追撃しようとするも、その隙も魔術式を紡ぐ暇もなく、二人目の狂人の刺突が迫り、受け流す。この一撃も、軽い。しかし、いくら軽くとも刃は刃であり、首と心臓に当たれば死ぬ。しかも数を揃えられれば、無双の剣士でもないエドワードでは相手するのはあまりにも厳しい。
弾き返したところで、間髪入れず横合いから迫る三人目の薙ぎ払い。それを横へとステップすることでぎりぎりのところで回避したが、そこへ体勢を立て直した一人目と追いついた四人目による、同時上段振り降ろしが迫った。
長剣を掲げてそれらを受けたところへ、二人目と三人目の追撃。左右から放たれる突きを、受けている二つの剣を無理やり弾き飛ばしながら後ろへ転がることでどうにか回避した。エドワードが居た空間で、狂人達の剣が交差する。
転がりながら、必死の思いで式を構築。起き上がると同時に魔術を発動、光の砲弾が放たれ、一人の胸に着弾した。
光熱が肉と骨と心臓を溶かし、後ろに突き抜けて消失。血をまき散らして倒れたその狂人は、次の瞬間には淡い燐光の塊に変じ、そして空気中に溶けて消えていった。
やはり魔術・魔力によって生まれた分身なのだ。しかし、それがわかったところで状況は好転しない。カレンの
苦い顔をしながらエドワードは剣を掲げる。同時、己の分身の死に微塵も感情を抱かない狂人の一撃を受け止め、弾くと同時に回し蹴りを繰り出す。
腹部に一撃を受けてもんどりうって倒れる狂人の一人を飛び越えて、二人目が上空から全体重を乗せて体当たりのような斬撃を放つ。それをしゃがみこむことで回避し、次いで仕掛けてくる三人目に備えた。
三人目はどうやら大量の剣を差す、いわばオリジナルのようで、両手に剣を握っている。その両手の剣による刺突を、エドワードは刀身の腹に薙ぎ払う一撃を叩き込んで軌道を大幅にねじ曲げ、直撃を避ける。
そのまま体勢の崩れた目の前のオリジナルに向けて、断頭の袈裟切り。しかしその一撃は、男がさらに大地を蹴って前転することで髪の毛数本を断つに留まる。
オリジナルを追いかけて振り返ったところで、迫る銀光に気づいた。
後ろに回っていた二人目の突きが、目と鼻の先まで迫っている。
咄嗟に身を捻るも、回避には間に合わない。結果、胸を狙った一撃がエドワードの肩口にぶち当たって貫いた。
破裂する激痛と冷たい刃の感触に、思わず絶叫しそうになる喉を押し留め、背中に向けて元々展開していた魔術式を発動。半透明のサークルが背中側に展開し、復帰し起き上がっていた一人目による奇襲を阻んだ。
それを確認している暇はなく、防御できていると信じてエドワードは、突き立った刃を左手で無理やり掴んで抜けないようにする。滑り止めのついたグローブが僅かに切り裂かれ、その下の皮膚が裂けて一筋の血が流れた。
ここで初めて、目の前の狂人の瞳に不可解の色が宿る。
そこにようやくまともな感性を見た気がして、エドワードの頬がつり上がった。
そのまま右手の長剣を差し向け、ギョッとする男に向けてその切っ先に構築されている魔術式を発動する。
刹那、爆発。全方位に放たれる暴力の嵐が、エドワード諸共狂人を吹き飛ばした。
自分の方向への爆風の威力を絞っていたエドワードは、後方の狂人を巻き込みながらも少ししか吹き飛ばされない。が、威力を最大限発揮するように方向をある程度定められていた狂人の方はそうはいかない。
上半身を消し飛ばされ、下半身が無惨に膝を突く。そのまま魔力になり、空気に溶けていった。
それを見ながら、エドワードは起き上がりざまに一緒に転がっていた男に長剣を突き立てていた。眼窩に刃を突き込まれ、そのまま脳髄を破壊された狂人は死亡したのだろう、これも魔力になって消える。
残ったのは、それでも尚、不気味な笑みを浮かべているオリジナルの狂人。
「ひひ、ひひひひひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひっひっひひひ」
肩を揺らし、呼吸ができているのか疑問に思うほど、天を仰いでけたけたと笑い始める。
すぐにもその笑いが、不意にピタリと止まる。顔を下ろし、エドワードをみる表情には、やはり狂気。
それでも、纏う雰囲気は明らかに変わっていた。
「しろいあたま、強いなぁ。困ったなぁ。ぐちゃぐちゃにできないなぁ。なら、仕方ないよなぁ。もっと、もっともっと、もっともっともっと、もっともっともっともっともっともっともっと、
男が、懐に手を突っ込む。
そして取り出したのは――黄金色の、羅針盤。エドワードの物と、瓜二つのものだった。
どういうことだ、とエドワードが目を見開く中、男はそれを力一杯握りしめる。
直後、その羅針盤から放たれる莫大な量の魔力の奔流。淡い燐光の柱がそこら中に放たれ、しなり、うねり、地面を叩く。それらはやがて男の胸に集中し、その内側に入り込んでいくのだ。魔力が、男に取り込まれている。
まずい、と思ったときにはもう遅い。魔力の奔流に紛れ、男は魔術式を紡いでいた。それは、先ほど見た分身の魔術。
己の内側に得たその莫大な魔力で、分身の魔術を行使する。それによって何がどうなるか、想像できないがそれに対して行動を起こさないほどエドワードの危機感は貧弱ではない。
咄嗟に魔術を放とうとするも、それよりも男の魔術の完成が早かった。
式が光を放ち、そして男の姿がブレる――その一瞬、手前で。
狂人の横合いから、黒い何かが彼に向けて放たれていた。
勢いよくしなり、破裂音を響かせたそれは一瞬にして男に巻き付き、両手を胴体に拘束。ブレていた身体はその瞬間に動きを止め、ただの一人の男に戻る。その瞬間、式が霧散した。
当然、それに驚愕したのは狂人本人である。エドワードに至っては何が起こったかわからず固まっていた。
驚きのままに、狂人が何か行動を為そうとしたところで、エドワードは彼の背後に立つ巨漢に気づく。
次の瞬間、振り抜かれる巨漢の両腕。その先に握られた
そのまま建物の壁に激突し、ぐったりとして動かなくなる。凹んだ壁が、その威力の凄まじさを物語っていた。
それを見て、そしてもう一度巨漢を見て、エドワードは肩に入っていた力を抜いてため息を吐いた。
「もっと早く来てくれよ……」
「ははは、無茶言うなエドワード。わしも案内人が居なければ気づかなかったんだからな」
エドワードが愚痴を漏らした相手は、途中まで一緒に飲んでいた警察官のフェリックス・ウィルキンズだった。
恐ろしい一撃を見舞った後だというのに、それを微塵も感じさせず朗らかに笑ってそう答える彼の言葉に、エドワードは首を傾げる。
「案内人?」
「おうとも」
フェリックスは疑問に頷き、先ほど黒い何かが飛んできた横合いを見やる。そこには暗い路地があり、そこから誰かの向かってくる足音が聞こえてきていた。
やがて、月明かりの届く通りまでやってきて、姿を現したその人物に、一瞬だけエドワードは強い既視感を感じて記憶を探る。
小豆色の短髪、優しげな翡翠色の瞳。身に纏うは黒いコートで、その胸には紋章が刺繍されている。
交差する剣を背景とした、大木の紋章。それを見て、エドワードの頭に一人の人物が思い浮かんだ。
相棒たる少女の、その兄。
「マイルズ!」
「ええ、お久しぶりです。エドワードさん」
そう穏やかに答えるマイルズの顔には、同じくらい穏やかな笑みが浮かんでいた。
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