08
即座に合流を果たしたカレンとリック、王女の三人は、狭い路地ではなく広い<ブリンク通り>を必死の形相で走っていた。
エドワードほど街には詳しくないカレンは大通りを経由して向かうルートしか知らず、それ故人目に付きやすい場所を通らざるを得なかった。
人目に付きやすく、かつ無関係の一般人が数多くいる状況。もし仮に襲撃してきたのなら、巻き込んでしまうのも止む無いだろう。その事実に苦い表情を浮かべるも、今は走るしかない。
重武装のカレンと明らかに魔術師のリック、そして珍しい色彩の王女という奇妙な取り合わせに、周囲の人々は珍しげに眺めながら道を開けていく。
その間を駆け抜けていくも、そうは簡単にいかないのが運命の非情さだった。
突如として横合いから、ぬっ、と三人の進路に立ちふさがる巨躯。つるりとした禿頭に藍色に染まる見開いた目、口元は豪快な笑みで引き裂かれ、両腕の浅黒い肌の上には幾何学模様を描く刺青が奔っている。
その意図は明らかに邪魔せんとしており、この巨漢が先ほどの超爆発を引き起こした張本人であると護衛二人はすぐに理解した。三人の表情に極限の緊張が走り、立ち止まって身構えざるを得なくなる。
対して、巨漢もその両手に握る剣を交差させて構えた。太く肉厚な剣――グラディウスという、帝国の武器であるとリックは理解する。この男はやはり死神部隊の一人なのだ。
緊張し、動きを止める一同に、
「ムハハハ! 逃げても無駄だぞォ! ここで粉々にしてやろうッ」
言うが早いか、踏み込んで右手のグラディウスを薙ぎ払った。それを一歩前に出て剣を縦に構え、カレンは大地を踏みしめて受け止める。
見た目に違わぬ、強烈な衝撃がカレンを襲う。ビリビリと痺れる腕に構わず、無理に弾き飛ばしたところで左手のグラディウスが真上から襲来。それを再び受け止めるも、今度こそ重たい落雷の一撃に完全に動きを止められる。
痺れる両腕、踏みしめる両足は衝撃を前に動かず、更にグラディウスには上から抑えこまれ、再度横から薙ぎ払われる右のグラディウスに何もできない。そのままでは肉厚の刃に引き裂かれるであろうが、しかし、それは彼女が一人であった場合の話。
薙ぎ払うグラディウスの進路上に、突如として鋼の壁が屹立。硬質な重い音を響かせて刃が阻まれ、その隙に上から抑えてくるグラディウスを弾いてカレンは一歩後退した。
その頭上を、『
構えなおし、突進せんとする
飛来する光の槍がその刀身に激突したその瞬間、進路がねじ曲がり大地に叩きつけられ、消失した。当然ながら、ただ剣をぶつけるだけで光の槍が弾かれるわけもない。よく見れば刀身の表面にはキラキラと輝く膜が張っているではないか。
刀身に刻まれた『
結果としてフールの突進を止められず、体ごとぶつかるような右のグラディウスの振り下ろしがカレンを襲う。それを再び大剣を上段に構え、刀身に左手を添えて受け止めたカレンだが、次の瞬間には表情が苦痛に歪んだ。
グラディウスの一撃にその巨躯通りの体重と馬鹿力が加わり、力強く踏みしめるカレンの両足の下でアスファルトが蜘蛛の巣状の
それでも、カレンの体は一撃に耐え抜き、折れることなくしっかりと立つ。
その仁王立ちに、いまだ浮かべ続けていた笑みを驚きの色に変えるフール。その瞬間、一瞬身体を屈めたカレンが、鋭い裂帛の声を上げて全身のバネを跳ね上げ、思い切りグラディウスを弾き返した。
弾いた勢いのまま、刃を旋回してフールを強襲。それを構えなおした左のグラディウスで受けるも、細腕から放たれたとは思えない重い一撃に思わず後退する。
その隙を見逃さず、陥没の穴から足を引き抜きながら前進。再旋回させた大剣を反対側から下段より叩きつけるように振り上げる。それをフールは右手のグラディウスで今度こそしっかりと受け止め、弾き返して両手を振りかざした。
そして、大上段からの全体重をかけた振り下ろし。
叩き潰すような一撃を、カレンは跳躍して後退し、危ないところで回避した。切り裂かれた小豆色の前髪が数本ほど宙を舞い、完全に獲物を捉えられなかった肉厚の刃がアスファルトを叩いてうず高く粉塵を巻き上げる。
叩きつけた衝撃がアスファルトを砕き、蜘蛛の巣の罅がカレンの足元まで伸びていた。その威力にカレンの背中に冷や汗が流れ落ちる。
カレンが離れたその瞬間を好機と見たか、リックの杖先の魔術式が発動。巻き上がる粉塵の中に、炎の砲弾が二発撃ち込まれた。が、悲鳴も手応えもなし、視界不良では当たらないか、とリックは臍を噛む。
そのままカレンが大剣を構え、リックが式を紡いだまま静止。敵が向かってくるか、粉塵が晴れるのを待つ。戦闘が開始した時点で既に周囲に人影は一切なく、回り込んで来てもすぐにわかるだろうという判断からだ。
そして、粉塵が晴れ、男が立っていた場所よりやや離れた向こうに立つフールの姿を確認。そして即座に二人は力強く構えなおす。何故なら、フールはその右手のグラディウスを振りかぶり、今にも投擲せんとしていたのだ。
次の瞬間、大きく振りかぶった巨漢の右腕が、その上に迸る刺青が、淡く発光。そして拳が弧を描き、グラディウスが手を離れる――瞬間、爆発音。
直後、音速を超える勢いでグラディウスがカレンに向けて高速飛来。咄嗟に反応して動かした大剣の腹に激突し、鼓膜を貫く甲高い金属音と鈍い衝突音を同時に響かせて、カレンの体が勢いよく後方に吹き飛んだ。同時にグラディウスが遥か天空へ弾き飛ばされていく。
あっという間に真横を吹き飛んでいくカレンに、リックは戦慄。目の良い彼には何が起きたのか見えていた。グラディウスを手放したその瞬間、拳が
カレンが後方に弾き飛ばされるのとほぼ同時、フールは大地を蹴り飛ばして勢いよく突進。
眼前まで一気に迫る巨漢に、既に紡いでいた『
それに対し、巨漢は右腕を振り上げ、迫る炎の槍に叩きつけた。同時、右腕が輝き、再びの爆発音。先ほど見えた爆発よりもずっと大きな爆裂が、真正面から上位魔術たる『
思わず目を剝くリックに対し、フールは豪快に笑いながら大上段から左手のグラディウスを振り下ろす。
咄嗟に『
次の瞬間、大気を震わす爆裂。罅の入ったサークルが次の瞬間には砕け散り、その向こうでグラディウスを振り上げたフールが嗤う。
再び防御の魔術を紡ぎながら杖を掲げて防御しようとするリックだが、それよりも早く肉厚の刃は彼の命を刈り取るだろう。
万事休す――が、しかし、まだ運命は彼を手放さない。
王女の真横を駆け抜ける鼠色のローブ。彼女の銀髪を巻き上げて、一瞬にしてリックの真横まで至った男の腰から鋼色の閃光が放たれ、振り下ろされるグラディウスを弾き返したのだ。
凶刃を押し返したのは
「間に合ったようで何よりだネ。エドワードの判断は正しかったわけだ」
「っ、アーサーか。助かった」
「これくらいお安い御用サ。それより、援護よろしくっ!」
挨拶もそこそこに、再び振り下ろされるグラディウスを受け、アーサーはその技巧で以て刃を受け流した。
アーサーの脇へ流れていくグラディウスと左腕。そこへ受け流した流れのまま、ブロードソードを薙ぎ払えば、フールの左腕から血飛沫が舞う。
笑みばかり浮かべていたフールの表情に苦痛が迸り、咄嗟に固めた右拳をアーサーの胴体へ打ち込まんとするも、容易く身を伏せられて回避された。輝く拳から発生した爆発も、屈んだ状態のアーサーには有効打にならず。
それどころか、屈んだ状態から飛び上がるように跳ね上げられた右足がフールの顎を直撃。強烈な蹴撃に思わず一歩ふらついて後退したところへ、腹部に追撃の回し蹴りが叩き込まれた。
その威力を前に、更に数歩後退。このままではまずいと感じたか、フールが大きく後方に跳躍して逃げた先に、天空に消えていたグラディウスがちょうどよく落ちてくる。地面を砕いて突き立ったそれを引き抜き、再び二刀を構えたフールの表情に余裕はない。
そこへ、アーサーの突撃が迫る。肩からぶつかる勢いで踏み込み、放たれる全力の刺突。捻り上げられた全身の筋力によって爆発的な加速を得た一撃に、流石に一本では対応できぬと見たか、フールは二刀を上から叩きつけた。
己の脇下へと刺突の進路を捻じ曲げるように抑え込み、そのままブロードソードの刀身を撫で上げるように二刀を
それを、再び落ちるように体を沈み込ませることで回避するアーサー。その低い姿勢から踏み込んだ勢いのまま前転し、フールの股下を転がりぬける。
立ち上がり振り返りざまに巨漢の膝裏へと剣を薙ぐが、フールも然る者。股下を抜けられたとみるや前方にステップして刃を回避していた。
しかし、振り返るのには一手遅い。
振り返りざまに薙ぎ払うフールの一撃を横へと転がって容易く回避。側面に回ったものの、そのまま追撃せずにアーサーは跳躍して後方に退避した。
一瞬、それを訝しんで動きを止めてしまったのがフールの失態。真横から熱量を感じた次の瞬間、リックから放たれた『
千を超える熱量で構成された弾丸が皮膚をめくりあげながら焼き、同時に全方位に爆発的にまき散らされる放射熱がフールの全身を炙った。
アーサーにばかり気を取られ、最も気を付けるべき魔術師の警戒を怠った末の大ダメージだった。
思わず巨漢が絶叫を挙げて転がり、火を消し散らして大きく後退する。そこへ、頭があった場所をアーサーの剣が通り過ぎた。
そのまま距離を開け、肩で大きく息をするフール。それに対し、追撃を加えずアーサーは様子を見る。
とりあえずは王女からフールを引き離したアーサーだが、相手があの超爆発を引き起こした相手であることをよく理解している。何故かその攻撃をしてこないが、いつされるとも限らない。その緊張感に、頬を冷汗が伝って流れる。
アーサーの様子見によって、休憩を挟んだ心にようやく余裕を取り戻したか。フールは再び唇を笑みに引き裂き、大笑いを上げる。
「ムハハハッ! やるな貴様らっ。だが、こいつはどうかなっ!?」
賛辞を述べると、訝しむアーサーの前でフールは二本のグラディウスを真上に投げ上げた。そして両腕を引き絞るように交差させて構え、その表面で刺青が淡い燐光に迸る。
衝撃からようやくどうにか復帰し、それを見たカレンがリックより後方から警告の声を上げる。
「気を付けて、アーサー!」
次の瞬間、落ちてきたグラディウスに向けてフールは引き絞った両腕をたたきつける。同時、爆発音。先ほどの焼き増し、爆発によって超加速を得た二本の剣が、高速回転しながらアーサーに迫った。
「――ンンッ!?」
思わず目を剝いてブロードソードを振り上げんとするアーサーだが、それよりも早く回転刃は彼を切り裂かんとする。
故に、その一瞬手前でリックの援護が放たれた。
『
しかし、一瞬でも阻んだのは事実。速度が段違いに低下し、それによって生じた猶予でアーサーは己の技巧を以てしてブロードソードを構えなおす。そして、迫るグラディウスを渾身の力を込めた二閃によって弾き飛ばした。
見事に己の自慢の技を弾き返されたフールだが、それも予想済みだったのか、彼の巨躯は既に高く跳躍していた。
その先に、偶然か否か、弾かれたグラディウスの一本が飛来。空中でそれを掴み取ったフールは両手で逆手に構え、全体重と位置エネルギーを加算した瀑布の如き落下攻撃をアーサーに敢行する。
それを、アーサーは後方へのステップで容易く回避。体ごと叩きつけられた一撃にアスファルトが割れ砕け、再び粉塵が巻き上がる。
今度は待つような真似をせず、フールは深く突き刺さったグラディウスを手放して、丸太の如く太い両腕でアーサーに殴り掛かった。それをブロードソードのカウンターで切り捨てようとするアーサーの眼前で、両腕が燐光に輝く。
しまった、と表情を歪めた瞬間、巨大な爆裂。
アーサーは咄嗟に後方へと跳び退ったものの、直撃。吹き飛ばされ、服飾店のショウウィンドウに頭から突っ込んだ。
すぐにむくりと起き上がったものの、その頭から滔々と流れ出て顎まで伝う血液。乱れた前髪から、その血液と同じどぎつい紅色の瞳が顔をのぞかせ、苦痛に歪んでいた。
「アーサーッ!」
それを見て、亜音速の衝撃で麻痺していた両腕にようやく感覚が戻ったカレンが叫ぶ。そして助けに向かわんとしたとき、彼女の背中に駆け落ちる悪寒。極寒地の冷気にも似ている、首筋に刺さるようなその感覚を、『殺気』と呼べば正しいだろうか。
本能の赴くままに、アーサーの方ではなく彼女は背後を振り返る。
そこには、胡桃色のコートを着た、ぼさぼさの黒髪の下で爛々と浅葱色の瞳を輝かせる浅黒い肌の男がこちらに向かって走ってきていた。振り返ったカレンに、僅かに驚いたような表情を浮かべている。
無人の周囲の中で、わざわざこちらに向かってくる理由。その両手に刻まれた刺青を見るまでもなく、刺客だと判断する。
一切速度を緩めずに、こちらへ驚異的な速度で向かってくる敵に対し、カレンは大剣を構える。アーサーの方はもはや彼に任せるしかない、今は第二の刺客を相手しなければ。
構えるカレンの眼前で、まっすぐこちらに向かって走る
そのまま無造作に間合いに入らんとした瞬間、鋭く上段から大剣を振り下ろす。しかし、最高速に至っていたはずの男の足は、大剣の切っ先がギリギリ届くか否かの距離で完全停止。慣性を忘れたかのような不動の直立を前に大剣は空を切り、大地を空しく叩く。
だがそれもいくつか用意していた想定の範囲内。
叩きつけた反動から大剣を跳ね上げ、その動きのまま切っ先を突き出す。結果として無拍子の突き上げる動きとなり、一直線に男の心臓を狙うが、一歩斜めに踏み出すという最小限の動きだけで回避された。
切っ先がコートのボタンを引きちぎっていくも、マーシーの動きが乱れることはない。右肘をコンパクトに構え、そしてカレンの顔面目がけて唸りを上げる右ストレートが放たれる。
それを首を振ることで回避。そのまま無理やり大剣を叩きつけんと薙ぎ払うが、甲高い音を立てて男の脇腹に当たって停止した。無理な体勢からの一撃は、コートの下の防具に容易く防がれてしまった。
脇に刃を当てたまま、男は一歩前進。それだけで、カレンの懐に入り込み、取り回しの利かない大剣は無用の長物に変わる。
故に、即座に大剣を手放して交差した両腕でボディを防御。同時にマーシーから叩き込まれた拳が、カレンの手甲に激突して固い音を奏でた。
そこからカレンは一歩後退。一瞬間合いを外し、次の瞬間踏み込んで固めた拳を顔面に向けて打ち込んだ。
鋭いストレートをマーシーは前方に踏み込むダッキングで回避。その勢いのままマーシーはカレンの背後に回る。
カレンは即座に軸足を大地に突き立て、振り返りながら後ろ回し蹴りを放った。が、空を切る。
蹴りの勢いで振り返ったカレンが見たのは、こちらに背を向けてリックと王女に向かう刺客の背中。カレンのことなどただの障害として目もくれず、まっすぐ標的に向かったのだ。
咄嗟に追いかけるも、スタートダッシュの出遅れと足の速さで、マーシーが到達するほうが早い。
アーサーとカレンの両方の戦況を見守っていたため、リックはすぐにマーシーに対応せんと式を発動した。
二つの魔術式から二条の光線が発射。それに対し、マーシーはさらに速度を上げた上で姿勢を大きく低くすることで、光速の二閃を真下に回避する。
その速度のまま、次の式を紡がせる暇を与えずに肉薄。一気に拳の間合いに突っ込み、貫手をリックの顔面に放った。
それを、跳ね上げた杖で打ち据え、軌道をずらして回避。リックはそのまま杖を旋回させ、杖の反対側で側頭部を狙って叩きつける。
薙ぎ払う一撃をマーシーは屈みこみながら回避し、左腕を跳ね上げて杖を持つ右腕の肘を軽く小突きあげた。それだけで腕が跳ね上がり、リックのボディががら空きに。そこへ右フックが突き刺さり、リックは思わず息を吐きだした。
そこへ間髪入れずにマーシーの左手が伸び、首をつかんで片手でリックの痩躯を持ち上げた。
「リックッ!」
カレンが叫ぶ目の前で、マーシーの左手の刺青が燐光に輝く。
何かされる、しかも首に。
どう考えても間に合わない距離にカレンが絶望した瞬間、唐突にマーシーの真横で大気が収縮。次の瞬間、爆裂が巻き起こり、彼の体を勢いよく吹き飛ばした。投げ出されたリックが咳き込む中、カレンの背後から頼りになる足音が聞こえてくる。
振り返ったカレンと視線を合わせて走ってきたのは、全身を煤で汚したエドワードだった。
「すまない、遅れた! リック、大丈夫か?」
心配の声を上げるエドワードに、先ほどの爆裂は彼の仕業か、とカレンはほっと胸をなでおろす。多少怪我をしているようだが、それでも一人で来たということはあの転移使いを無事倒したということだろう。
リックも喉を擦りながら手を挙げて無事を二人に伝える。そして取り落とした杖を掴んで立ち上がり、同じように立ち上がるマーシーを鋭く見据えた。
至近距離で爆裂をもらった男だが、コートの内側に着込んでいた防具のおかげでそれほどダメージを負っていないようで、しっかりと立って構えている。その口元には不敵な笑み。
エドワードとカレンも彼に向けて構え、結果として三対一になるも、マーシーは余裕を崩さない。その姿に異様さを感じたのか、思わずエドワードは口を開いた。
「多勢に無勢だ、引いたらどうだ?」
「さて、そいつはどうかね。
「何――?」
不可解な言葉にエドワードが疑問を感じた次の瞬間、異常が起きた。
彼とカレンの視界の端で、崩れ落ちるローブ姿。リックが突如として倒れたのだ。
「お、ご、があ、あああ……っ!?」
「リック!?」
杖を放り出して地面に両手をつき、激痛に呻いて喘ぐように呼吸する。今、彼の胸には冷たい刃に切り裂かれたかのようなおぞましい痛みが奔っていた。
やがて、彼の目から血涙が流れ、鼻血が流れ、ポタポタと地面に赤い点を描く。耳からも口からも血が流れだし、心臓が暴れ狂って視界が霞んでいく。
それでも力を振り絞り、リックは震えながら王女に向けて振り返った。血塗れのリックの顔に王女が目を見開いて呆然とする中、彼はただ一言、呟いた。
「まり、あ、でん、か」
そして、上体を支えていた腕から力が抜け、リックは崩れ落ちる。そのまま、二度と、動くことはなかった。
王女が思わず駆け寄って彼を助け起こすも、見開いた眼はもう何も映してはいない。心臓も完全に停止し、命の脈動は永久に失われていた。
無慈悲に彼の命が奪われたのだと理解してしまった王女は、放心したように固まる。
また一人、彼女の友は死んでしまったのだ。
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