07

 例え仇を殺したとして、失われたものが戻るはずもない。

 死神部隊デッドマンズの一人と思しきサドを撃破した後、全ての後処理をリックに任せたエドワードは、カレンと王女の二人と合流。例の王族専用の再生魔術式で傷を癒した後、急いで次の隠れ家に移動した。

 そこに、楚々としていながら笑顔のよく似合う従者の姿はもうない。

 この二日で陰ることのなかった王女の顔はその事実だけで暗くなり、しばし口を噤んで手の中にある従者の衣服の切れ端を眺めていた。

 リックとアーサーが帰ってきた頃には日は完全に沈み、再びの警戒態勢で夜を明かすことになる。

 その手慰みで交わした会話の内容は、戦闘現場の惨状を如何にして警察に説明したか、というものだが、そこはもう時間をかけていられないと判断したらしい。

 宮廷魔術師の紋を掲げて「王都に問い直せ」の一点張りで誤魔化したようだ。無論、王都に問うてもまともな返事があるわけもなく、隙を見て二人は取り調べを脱したらしい。

 尚、サドの手先と化していた人々は、全てサドの死と同時に不意に息を引き取ったのだという。やはり、首に短剣を刺さった状態で生きながらえることができることもなく、サドの魔力だけでどうにか生きていたのだろう、とリックは語った。

 私が現場にいれば、とカレンは唇を噛んでいたが、恐らく結果は同じ。魔術を散らせばその場で即死していただけだろう。

 おぞましい相手だった、というのがサドの評価だった。既に倒した相手のことは最早考えなくてもよいが、死神部隊デッドマンズ自体には、少なくともあのレベルの連中がいるということだ。

 気を引き締めねばならない、と従者の死を前にして、護衛の四人は静かに決意を新たにするのだった。









 再び隠れ家を移動し、場所はトゥリエス南東にある、最も外側の通り――<ブリンク通り>の廃ビルの一部屋。

 時刻は何事もなく日をまたぎ、正午を迎えていた。

 今は全員起きていて、王女共々、緊張の面持ちで窓から外を眺めていた。視線の先は、街の外側の荒涼たる大地に一本すらりと伸びるツァール=トゥリエス街道だ。

 その理由は、一時間前にリックの懐を揺らした通信魔具にある。

 王都から出発した王国騎士団――王女護送部隊から、「まもなく到着する故準備されたし」という連絡があったのだ。

 つまり、間もなくのエドワードたちの任務終了を意味する。それは同時に、暗殺者達からの攻撃を最も警戒しなければならないということ。

 なぜなら、兎にも角にも、王女を守るためにやってくる騎士達は目立つ。トゥリエスの手前までやって来て、街道を覆い尽くす銀の煌めきがその証拠であり、向かってくる数多の軍用貨物自動魔力車トラックの上には百人は居るであろうことが見て取れるのだ。

 当然、それはトゥリエスを噂として駆けめぐり、何事かと野次馬が少しずつ集まってきているのだ。暗殺者達がその情報を手に入れていないとは考えにくい。

 間違いなく、何らかの行動を起こされるだろう。

 少数精鋭など、少しは考えて編成してくれないのか、と舌打ちしたくなるエドワードだが、もう来てしまったものは仕方ない。

 リックがやおら立ち上がり、口を開く。

「さあ、そろそろ向かいましょう、殿下」

「ですが、まだ少し遠いのでは?」

「いえ、もう騎士団かれらの支援を受けられる距離です。何より、むやみに時間をかけてしまって、奴らに罠を張らせるわけにはいきません」

「わかりました、行きましょう」

 眼下に広がる甲冑群を見ながら、王女は頷いて立ち上がる。

 エドワードも同じく銀の群れを見て、あれら全てに魔術減衰効果を底上げする『退魔術アンチマジック』がこれでもかと刻まれているのだと理解し、ぞっとする。

 並大抵の魔術では、甲冑に触れた瞬間消し飛ばされるだろう。ある意味、カレンの大剣を力業で再現したようなものだ。

 それが百人。確かに心強い、と小さくため息を吐き、立ち上がったところで、エドワードは妙なものを目にする。

 向かってくる銀の群れ。

 それに向かって、トゥリエスからのしのしと歩いていく巨躯が見えたのだ。しかも、何故か半裸。

 今、街道を占拠して行進する騎士団に畏れを為して、ほぼ全ての街道送迎車タクシーや商業車は脇道に寄ったり、トゥリエスに退避している状況だ。

 だというのに、その半裸の大男は悠然と、目の前の騎士団を気にした様子もなく歩き続けている。

 準備を進める王女達を置いて、その光景を知らず眺め続けるエドワード。彼の背筋には、ぴりぴりと何か嫌なものが迸っていた。

 そして、眼下の光景は両者の停止という形で変化を迎える。

 街道に仁王立ちする男を前に、停止せざるを得なかったトラックの群れから警告を告げる拡声魔術が放たれた。

『そこの男、そこから退け! 我々はガロンツァール王国騎士団である』

 それに対し、この距離では男が何を言っているのかわからないものの、大男は胸を反らして上下させていることから笑っているようにも見えた。

 そして、更なる警告を告げようとする騎士団に、大男はゆっくりと両腕を向けた。

 直後、その腕が淡い色に輝く。

 咄嗟に視力強化の魔術を行ったエドワードの目には、男の両腕を輝く刺青が這い回っているのが映った。それが、あまりにも転移魔術使いのソレやサドの短剣に刻まれたものに似通っている、と認識した直後。

 閃光が、視界を灼いた。

「――っ!?」

 思わず強化魔術を解除し、目を覆うエドワード。

 それとほとんど同時、部屋全体を揺るがす強烈な爆音が鳴り響く。立っていられない横揺れに膝を突いた直後、窓の外で発生した衝撃波に窓ガラスが割れ砕け、部屋の中の机や椅子が転がった。

 何事か、と咄嗟に王女を守った三人が窓の外に目をやり、絶句。遅れて視界の回復したエドワードが同じく爆音の音源と思われる窓の外を見て、同じように言葉を失った。

 先ほどまでなかったはずのもの。街道を穿ち、途切れさせる――大穴クレーターが、眼下に広がっていた。

 その範囲はトゥリエスの最南東部といえるエドワード達の居る廃ビルの一歩手前まで及んでおり、その直径の反対側は街道上の騎士団の最後列まで在った。

 当然、最後列まで穴が及んでいるということは、騎士団は巻き込まれたということであり、同時に明らかに魔術と思われる攻撃を完全無効化できなかったということである。

 穴の中心に立つは、先ほどの大男。そしてその前方には、ひしゃげたトラックの残骸の上に積み重なる、甲冑姿の群れ。誰もが倒れているものの、原形を留め、起き上がろうとまでしている様子は凄まじかった。

 あれほどの規模の、何かの攻撃・・・・・を受けて無事とはさすがの騎士団か、とエドワードが驚く中、またしても大男は胸を反らし上げて笑う様子を見せた。

 そして、両腕を前に掲げる。

 同時、耳をつんざく爆音。再び衝撃波が廃ビルを襲い、強烈な横揺れに全員が膝を突く。

 そして今度こそ、廃ビルにいた五人はその攻撃の正体を目にした。

 ソレは、『大爆裂エクスプロード・マキシマム』など可愛く見えるほどの強大で強烈な、超規模の爆発だった。クレーターに覆い被さるように半球状の閃光と膨大な熱量が発生していたのだ。

 しかし、それに一同が驚く暇はなかった。

 爆音。

 爆音。

 爆音。

 大地を揺るがすおぞましい規模の爆発が、執拗なまでに立て続けに三度。

 思わず、言葉を失う全員の前で、ついに閃光は収まる。

 そして目にするのは、何もない大地。

 そう、何もない・・・・

 トラックも、銀の甲冑も、人間の姿も、何もない。

 否、唯一、これを引き起こしたと見える大男のみが無傷で上体を反らし上げて立っていた。

 たった一人。たった一人に、王女を守るためにやってきた精鋭の騎士団が、塵にされて消し飛ばされたというのだ。

 それを理解し、把握し、エドワードは喉が干上がるのを止められなかった。

 背後で物音。振り返れば、王女が崩れ落ちて白い両手を床についている。

「そん、な……」

 漏れ出たか細い声に、どれほどの絶望が込められていたか。

 数多くの犠牲を払いながら、ようやく王都に帰れるとなった矢先に、この絶望の権化とも言える超爆発。それによって迎えの騎士団は消え失せ、そしてあの爆発に怯えながらまた逃げなければならなくなったのだ。

 その心境を理解するまでもなく、エドワード自身も震え上がる恐怖に囚われる。間違いなく、あんなもの、防げない。カレンの大剣も信じ切れるかどうか。

 絶句し、固まる護衛三人に、恐怖から意識を切り替えるべく、エドワードは叫ぶように言い放つ。

「もう、四の五の言ってられないぞ! 警察に行くべきだっ!」

「いや、しかし……」

「しかしもへったくれもない! 今すぐ、警察でも何でも味方を増やして王都に向かわないと、トゥリエスを更地にされて殺されるっ」

 当初の見立て自体が甘かったのだ。あんな戦略級の超爆発を使う連中に対してどうにかなるはずもない。

「スパイが居るとしても、そんなの関係ない信頼できる警察官たちが知り合いに居る。そいつらを頼るぞ!」

「う、うむ。わかった」

 最初からこうするべきだった、と後悔しながらエドワードが叫べば、気圧されたのか、未だ呆然としているのか、護衛の中核であるリックがついに頷く。

 カレンとアーサーもそれを聞いて頷き、ぼんやりとしたままの王女を無理矢理立たせて部屋の外へ。

 全力で廃ビルを脱し、北にある警察署へ向かわんと、エドワードは裏路地を利用して行けるルートを脳内で計算する。

 そして、急いで路地を駆け抜けんとした瞬間。

「――みぃつけたぁ」

 路地を走る全員に降り注ぐ、粘ついた声。

 アーサーとエドワードが反射で剣を振り上げた直後、両者の刃に落下してきた短剣が激突。弾かれて宙を舞い、短剣は空中で爆発を巻き起こした。

 その爆風の向こう側、エドワードらの真上で、ニタニタと笑う全身刺青の男がビルの壁面に上半身を生やしていた。

 しまった、とエドワードは歯噛みする。既に罠は張られていた。行動が一手、明らかに遅かったのだ。

 そんな心情など知らず、獲物をついに見つけた暗殺者カワードは、ずぶずぶと壁面に潜り込むと今度はエドワードらの進路に現れ立ちふさがる。

「クックック、見ただろぉ? うちのフールの爆発をよぉ。騎士団だってあんな風に微塵も残さねぇ。助けを呼んでも無駄、逃げたって無駄。そう、何をしたって無駄なんだよ、王女様ァ」

「……っ」

 嫌らしい笑みを浮かべながら、カワードは王女の無力を詰る。未だ恐怖に囚われたままの彼女は一際大きく震え、肩を抱いて支えるリックに縋りついた。

 それを見て、なおのこと笑みを深くするカワード。そして、再び転移を行わんと足が沈み始めた一瞬をエドワードは見逃さなかった。

 紡いでいた魔術式が発光。淡い光を放ち、魔術を成す。

 薄暗い路地を真昼間の太陽の明るさに変える『閃光フラッシュ』が、その場の全ての影を剝ぎ取った。真正面からそれを受けたカワードが咄嗟に目を腕で覆った瞬間、エドワードは叫ぶ。

「行け! とにかく警察本部だ!」

 その言葉を受けて、閃光の中、弾かれるようにカレンがカワード目掛けて突撃。上段から全力で振り下ろした一撃を、暗殺者は交差させた二本の短剣で防御せんとする。

 しかし、振り下ろした一撃は当たらず。カワードの目前の大地に叩きつけられ、切っ先を埋めた反発の勢いでカレンは跳躍。カワードの頭上を飛び越えて背後に降り立つ。

 そこへ振り返りざまの一撃を加えんとするカワードに、同じく突撃していたアーサーの鋭い突きが放たれた。

 それを今度こそ両手の短剣でいなしたところで、魔術の閃光が失せる。

 鍔迫り合いをしながらちらりと見やったカワードの視界に、既に王女とリックの姿はない。それどころかカレンも走り去っていた。

 居るのは、エドワードとアーサーのみ。その事実にカワードは大きな舌打ちを打つと、ブロードソードを抑え込んだ姿勢から大きく後ろに向かって跳躍。その背中にはビルの壁面があり、そこに吸い込まれるように消えた。

 そして次の瞬間には、エドワードの頭上の壁面から出現。落下による位置エネルギーと己の筋力を掛け合わせた落雷の如き一撃を、咄嗟に頭上に剣を構えたエドワードに向けて叩きつけた。

 刃と刃が激突し、火花を散らし、降り注ぐ猛烈な衝撃を前にエドワードは膝を落とす。

 同時、カワードは体を捻って真横の壁面を蹴り、頭からその反対側の壁面に飛び込んで姿を消した。

 そして、今度はエドワードの背後の地面から出現し、不意打ちの一撃を突きこむ。が、それは予め展開されていた魔術式が発動され、半透明のサークルが一撃を阻んだ。

 それを確認して、魔術を破棄。消え失せた『障壁シールド』の向こうにいたカワード目掛けて中段の突きを打ち込んだ。

 鋭い一撃を辛うじて短剣で受けたカワードの紺色の瞳を睨みつけながら、エドワードは叫ぶ。

「行け、アーサー!」

「オイオイ、一人でやる気かい!?」

「手はあるッ! 俺よりも王女を守れ!」

 二対一の状況を放棄してまで護衛を務めろというエドワードの言葉に困惑するアーサーに、それでも、と叫んで一瞬視線を彼に向ける。

 互いに視線が一瞬絡み、エドワードが本気だと悟ったのだろう。「死ぬんじゃないゼ」と零してアーサーは脇目も降らずに走り出した。

 それを見送りながら、カワードに剣を弾かれてエドワードは咄嗟に後退。首のあった場所を刃が弧を描いて通り過ぎる。

 剣を構えなおせば、その正面で悠然と佇む暗殺者は瞳に呆れとも怒りともつかない色を宿してエドワードを睨んでいた。

「手はある、ねぇ。エドワード・デフトさんよぉ、俺様のことナメてんの? 一人で勝てるってかぁ?」

「ああ。お前みたいな雑魚は、俺一人で十分だ」

「言ってくれる、ねぇッ!」

 苛立ち混じりに吐かれた言葉に、エドワードが余裕の笑みを浮かべて返せば、眉間に深い峡谷を刻んでカワードが突撃。

 右手の短剣を薙ぎ払う一撃を、一歩下がってよけたエドワードの前で、唐突にカワードは進路を変更。鮮やかなステップで真横の壁に突撃し、転移魔術によって姿を消した次の瞬間にはエドワードの真横の壁から突っ込んでくる。

 それをギリギリのところで短剣を弾くも、抑え込むことはできずにカワードは彼の真横を通り過ぎた。そのまま壁に入り込んで姿を消し、今度はエドワードの背後から強襲。

 咄嗟に前方に転がって回避したエドワードが、体を起こして振り返った時には既に暗殺者の姿はない。

 どこから来る、と油断なく剣を構えて周囲の気配を探るも、どこにいるのか掴めない。

 式を紡ぎ、もしもに備えるも、その隙を狙ってくるようなこともなく静寂が路地を包み込んでいた。

 十秒、二十秒。

 緊張に包まれる中、体感では一分以上かと感じられるほどの間、身構えていたが、それでもカワードは来ない。

 何故来ない、隙を窺っているのか? 出現場所を選べる暗殺者ならいくらでもエドワードの不意をつけるはずだろうに。

 まさか王女を追いに行ったのでは、と危機感がアラートを鳴らし、思考が一瞬戦場から離れたその瞬間。

 ヒュッ、という風切り音。

 真上からだった。

 考えるよりも先に、咄嗟に真横へステップした直後、風切り音の正体が視界の端に映る。

 それは、体の在った場所を通り過ぎる、短剣。そしてその表面に浮かぶ、無数の幾何学模様――!

 準備していた『障壁シールド』が発動されるよりも先に、短剣に刻印された魔術が猛威を振るう。

「ぐう――――ッ!?」

 鼓膜を破り、全身に衝撃の雨を叩きつける小規模の爆裂。

 ほぼ至近距離で浴びたソレに、勢いよく吹き飛ばされて路地を転がる。咄嗟に吹き飛ぶ方向に跳んだおかげで衝撃波によるダメージは少しだけ抑えられたものの、足元がふらつくほどの一撃だったのには変わりない。

 それでも意識を確固として保ちながら立ち上がれば、真上に気配。

 首をひねれば、頭のあった場所を短剣が通り過ぎる。返事に長剣を振り上げれば、鋼同士のぶつかる硬質な音が鳴り響いた。

 遅れて顔を上げれば、壁面に垂直に立つ暗殺者の姿を認める。その体勢のまま、カワードは再び両手の短剣を交互に薙ぎ払った。

 受け、弾き、振り上げ、弾かれる。

 大地に立つ者と壁に立つ者による異様な剣戟が一瞬繰り広げられ、次の瞬間、カワードの手から短剣がすっぽ抜けたことでそれは終わりを迎える。

 しめた、と言わんばかりに追撃の突きを放とうとしたところで、壁に立つカワードが粘着質な笑みを浮かべていることに気が付き、悪寒。

 手放され、宙を舞い、自由落下した短剣はエドワードの足元に突き立つ。その表面には輝く幾何学模様。

 追撃を強引に中断し、後方に跳んだところで、再び短剣の爆発がエドワードを吹き飛ばした。

 今度はもっと回避に余裕がなかった。先ほど以上に重たい衝撃を体の芯に受けながら、吹き飛び転がるエドワードの眼前に、タンッ、と軽い音を立てて何かが着弾する。

 顔を上げて見やれば、それはまたしても輝く短剣だった。

「っ、ふざけ――」

 思わず叫びそうになるが、それは爆発によって遮られる。またしても嬲るように吹き飛ばされて、今度は傍で口を開けていた廃ビルの中に転がり込んだ。

 光を取り入れる窓が一つしかない、暗くて狭い廃ビルの一階。立ち上がるエドワードの前に、床からずるりと生えて暗殺者が姿を曝しだす。

 小規模ながらも、三度も爆裂に転がされたエドワードはフラフラで満身創痍の有様。対するカワードは、傷らしい傷もほとんどなく、前回の戦いの怪我も癒えている様子だった。

 絶体絶命。しかも、四方に壁がある室内での戦闘は、カワードの転移に選択肢が増えたということを意味する。

 圧倒的優位性を認識したカワードは、ニタリと笑みを浮かべて大仰に両腕を広げた。

「さぁさぁ、処刑の時間だぜぇ? 安心しなぁ、あんたの首は王女様にちゃぁんと見せつけてやっからよぉ」

 既に勝った気でいるその言葉に、息を整えながらエドワードは笑みを浮かべて言い返す。

「ハッ、ここで死ぬのはお前だよ」

「なーに言ってんだか。俺様の秘術を見破れもしねぇで、カワイソーな奴だぁ。俺はサドのアホとは違うのさ。そら、嬲って殺してやるよぉ」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らし、カワードは両手の短剣を構えて後方へ跳躍する。

 そのまま壁に吸い込まれようとした、次の瞬間。

 エドワードが今の今まで温存していた、一つの魔術式が発動された。

「残念だったな、もう見破ってるんだ。その影を渡る・・・・転移をなッ!」

 瞬間、廃ビルの一階を白く染める、太陽のごとき発光。『閃光フラッシュ』の魔術が、二度ふたたび全ての影を消失させた。

 閃光によって生み出されたその白い世界の中、壁にもたれたまま驚きのあまり呆然と立ち尽くすカワード。

 転移は、出来ていなかった。

 そこへ全力の踏み込みで突撃したエドワードの長剣が、突きこまれる。

 直前で気づいたカワードが必死の形相で回避せんとするも、遅し。切っ先は確かにカワードの左腕を捉え、貫通。背後の壁に暗殺者を縫い付けた。

「が――ァァッ!?」

 痛みに絶叫するカワードを前に、左手に式を紡ぎながらエドワードは己の考えが正しかったことを悟った。

「さっきの路地で、お前がカレンの攻撃の前に転移しなかったのには理由があると思った。視界が完全には潰れていなかったのはカレンの攻撃を受けようとしたから分かっていた。それなのに転移をしなかったのは、できなかったから。これまでの戦闘状況とあの時の状況、違っていたのは『閃光フラッシュ』で消失した影だけ、つまり、この魔術でお前の転移は封じることができる!」

 カワードの魔術を完全に看破し、その上で影が絶対に存在しない状況を作るため、エドワードはこの狭い空間に入ることを狙っていた。目論見通り、転移する影を失ったカワードは何もできなかったのである。

 自由自在な転移にも、影にしか転移できないという制約をつければ不可能ではないかもしれないと思ったから、ここまで思い切ったことができたのだ。

 勝ったつもりが、一瞬のうちに完全に追い詰められたことを悟ったカワード。表情を屈辱に染め、それでも抗わんと無事な右腕の短剣を振りかぶる。

「クソッタレがァッ!」

 しかし、魔術式が完成するほうが早い。

 短剣を回避するために剣を手放して一歩後退し、左手を差し向けて魔術を発動。

 発射された『巨光閃レディエイトレイ・マキシマム』の極光が、暗殺者を飲み込んで貫いた。

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