02

「第三、王女殿下……!?」

 たった五人しかいない廃教会に、カレンの言葉が木霊する。驚愕の声は無感動に開け放たれた扉から出ていき、後には先ほどとは空気の変わった沈黙が残された。

 カレンの驚愕の意味をかみ砕き、そしてようやく理解したエドワードはポカンと口を開けて魔術師と剣士を呆然と見やった。最も近くにいた魔術師が横目でエドワードの視線を受け止め、小さく頷いて肯定。絶句するエドワードを尻目に、静かに女性に向けて膝を折り、こうべを垂れて停止した。

 それに釣られて、ようやく現実を把握したエドワードとカレンの二人が慌てて身を屈めようとしたところで、沈黙していた銀色の女性が口を開く。

「構いません、楽になさい。非公式の場です、咎める存在はいません。わたくしが、許しましょう」

 怜悧な視線と同じく冷たい凛とした声で、女性は二人の不敬を許した。上から睥睨するようなその物言いは、確かにカレンや魔術師の態度の意味を裏付けるものであり、エドワードはようやく彼女が確かに天上の人――マリア=アイリス・ガロンツァールその人であることを理解する。

 王族やら貴族やらとは縁のない人生であったため、国を治める王の顔すらよく知らないエドワードは、本当にかの王女であるのか確信が持てなかったのだ。

 だが、それゆえに更なる疑問が湧いてくる。そんな天上人がなぜこんなところに?

 問いたいところだが、たかが平民に過ぎない己が思いついただけの疑問を訊いたとして答えてもらえるわけがない。エドワードは口をつぐみ、とにかく様子を見ることを選択した。

 隣の魔術師は頭を上げることを許されたことで、渋面を顔面に刻みながら視線を王女と合わせて苦言を漏らす。

「殿下、わたくしめどもが話をつけると申したではありませんか。なにゆえ、出てこられたのです」

「簡単なこと。あなたは話を勿体ぶって話す悪癖がある。迂遠なことになりそうなのが目に見えています。故に、私から要件を話すべきだと思ったまで」

 目を細め、面白がるように口の端に笑みを湛えながら言った王女に、魔術師は頭を抱えるように右手を白髪交じりの頭髪にあてがいながらため息を吐いた。

「この二人がどんな輩かわからぬ故、きちんと精査してから会うとお約束になられたではありませんか。このリック・パーロウめとの約束はそんなにも容易く破られるものなのですかな」

「大仰ですよ、リックさんや。姫さんだって馬鹿じゃない。完全に間を制する瞬間に出てきたんだ、安全は保障されてたさ」

「黙っていたまえ、アーサー。君の楽観主義で語られては何もかもが安全になってしまうだろうに」

 リックと名乗る魔術師が嘆けば、王女の御前だというのに未だフードも外さないアーサーという剣士がケタケタと笑って、諌めようとしているのか混ぜっ返そうとしているのかわからない言葉を吐いて怒られている。

 「おお、怖い」などとおどけて肩を竦めるアーサーを絶対零度の視線で睨みつけるリックに、笑みを湛えたまま「さて、何から話そうか」と小首を傾げる王女。いよいよ収拾がつかなくなってきている場に業を煮やしたか、それとも混乱が極致に至ったか、カレンがつい王女に向けて己の疑問を投げかけた。

「ま、マリア殿下、なにゆえこのような場におられるのです? 御身おんみはコロミア帝国との和平に赴かれていたはずではないのですか?」

 カレンの言葉に、ようやくエドワードも自身の内にあった違和感に辿り着く。

 どこで聞いたかまでは思い出せないが、第三王女といえば何ヶ月も前に隣国のコロミア帝国との長きに渡る紛争解決のために和平交渉の使者としてこの国を発っていたはずなのだ。それが、なぜかこうしてガロンツァールのトゥリエスに居る。

 エドワードも疑問の視線を投げかければ、マリア王女は憮然とした表情を形作って呟くように答えた。

「それも簡単なこと。先日帝国を発ち、国境線にもっとも近いこのトゥリエスに入っただけです。……否、正確には、帝国をわれ、この街にどうにか逃げ込んだ、というべきでしょうか?」

「それは、どういう――」

「まあ、待ちなさい。このような無粋な場で長話するのも異な話。この奥にちょうどよい場所があります、そこで詳しいお話を聞かせましょう」

 カレンの疑問を遮り、王女は一方的にそう言って身を翻して扉の奥へと歩いていってしまう。

 口を噤んでエドワードと顔を見合わせ、お互いにどうすべきが判じかねていることを把握し合うと、カレンは魔術師に視線を転じる。

 それを受け止め、魔術師リックは王女の方向を一度見やって諦めたようにため息を吐くと、「ついてこい。お前たちを呼び出した理由を王女自ら説明なさる」と疲れたように言い、杖をつきながら王女の後を追って歩き始めた。

 その後ろを、やはりフードを外さぬまま唯一見える口元に胡散臭い笑みを浮かべた剣士アーサーが手招きして歩いていく。

 剣を納め、どうする? と目線で一瞬会話を交わした二人。しかし、とにもかくにもついて行かねばならないだろう、という判断が即座に下されて王女らの後を追った。

 狭い通路に通じる扉を通りながら、エドワードは小さくため息を吐く。

 やはり面倒なことになった、と。









 王女の案内により、ほどなくして到着したのは、神父らが客を迎え入れていたであろう応接室だった。向かい合わせのソファとその間に挟まれたテーブル、そしてちょっとした調度品があるだけの簡素な部屋だ。

 長らく部屋を掃除する存在が居なかったにも関わらず、埃一つなく清潔な印象があるのは、既に面識のある王女と襲撃者二人の他に、もう一人、質素な給仕服に身を包んだ小柄な女性が仕事をしたおかげだろうか。

 王女の座るソファの後ろにリックとアーサーが立ち、そのさらに後ろの部屋の隅にお付きの従者らしいその女性が楚々として立っている。

 その正面のソファに緊張の面持ちで座った二人に、王女は「まずは自己紹介としましょうか」と緊張感のない一言で話を始めた。

「先ほどのやり取りで既に知っているでしょうが、私がこの国の第三王女であるマリア=アイリス・ガロンツァールです。そうですね、信じられないでしょうし、証拠をお見せしましょうか?」

「い、いえ、結構です。私は、その、お目通りしたことが一度だけですが、ありますので」

 意地悪く笑いかけた王女に、カレンは首を大きく横に振りながらガチガチに凝り固まった声で答えた。

 「あら、そうだったかしら」と首を傾げる彼女に、カレンは「ずいぶん前のことですので……」と恐縮したように返答する。

 そう、とあまり興味のなさそうに答えると、王女は背後の二人に軽く視線をやってから紹介を再開する。

「この魔術師は、リック・パーロウ。我が王国の宮廷魔術師をしていて、私の幼少の頃からの教育係を担当している者よ」

 王女の言葉を受けて二人に軽い目礼だけするリックに、「こんな風に、少々頭と心持ちが固いのが難点の男ね」と澄ました顔で王女は言う。

 遙か目上の人間の何とも反応しづらい冗句に愛想笑いを浮かべるしかないエドワードに、実につまらなそうな視線をくれると、王女は続いてその隣の男の紹介を始める。

「そして、こっちの男はアーサー・プロデリック。ただの傭兵ね」

「な、傭兵!?」

 軍属でも騎士でもない、王族とは一切関係ないはずの男が王女のすぐ後ろに立っている事実に、カレンが驚きの声を上げる。すぐに己の不敬を恥じて縮こまるが、「構わないわ」と彼女の驚きを見越していたかのように王女は笑みを浮かべた。

「個人的な縁のある男でね。特別にリックに雇わせているの。まあ、深い事情があるから、あまり詮索しないことよ」

「へえ、まあ、そういうわけで、分不相応にも王女付きをやらせてもらっているアーサーだ。よろしくネ」

 釘を差す王女の後ろで、リックとは対照的に気安く片手をあげて口元に笑みを浮かべるアーサー。態度の軟派な若い男のようだが、王女の護衛を任されるだけあって実力は侮れないのをカレンはよくわかっている。しかし、それ以上にどこか記憶に引っかかる部分があることに彼女は疑問を覚えていた。

 そんなカレンの内心を見透かしたか、男は不適な笑みを浮かべて続ける。

「いんや、久しぶり・・・・というべきかな? お嬢さん?」

 そう言って、男はフードを取り去った。

 現れたのは、目元を遮る鬱陶しそうな黒髪と口元の胡散臭い笑み。

 一瞬わからなかったカレンだが、すぐに思い出す。一ヶ月ほど前に、少しだけ言葉を交わした男。妙に印象に残る胡散臭さに合致するのは目の前のアーサーしか居なかった。

「あの時の……」

「知り合いか?」

「まあ、少しだけね」

 思い出した風なカレンに、エドワードが問えば、何とも言えない返答が返ってきた。少し印象に残るすれ違いをした程度の顔見知りなので、そんな答えになるのも仕方ないが。

 そんな彼女に、アーサーは笑みを浮かべて言う。

「また会えて嬉しいネ。……まあ、そのつもりで君たちのこと探らせてもらったんだけど」

「それは、どういうこと?」

 アーサーの不穏な言葉に、視線をやや鋭くするカレンだが、目の前の王女が「まあ、待ちなさい。それも含めてこれから説明するのよ」と片手をあげて諌める。

 「その前に」と前置きし、王女は部屋の隅に静かに立つ小柄な女性を指して言う。

「ジェイミィ、飲み物を。話が長くなるから、喉が渇いてはいけないわ」

「承知しました」

 深く腰を折り、ジェイミィと呼ばれた従者は音も立てずに部屋から出ていく。その際、静かにエドワードらに目礼するのも忘れなかった。

 できた従者だ、とエドワードは感心しつつ、「さて」と仕切り直す王女に視線を戻す。

 居住まいを正す二人に、マリア王女は静かに語り出した。

「私たちは、カレン・ブリストル、あなたの言うとおり、二ヶ月前までコロミア帝国にて和平交渉の場にいました。三ヶ月に渡る話し合いの結果、双方ともに利害の一致する内容となり、いよいよ和平の締結となる段にまで到達していました」

 思い出すように遠くを見る王女だが、しかし、次の瞬間には銀の瞳に刃の鋭さを宿して眉間に渓谷を生む。

「しかし、その時になって、何故か帝国側は全てを白紙になげうつかのように我々使節団へと襲いかかったのです」

「そんな――っ!?」

 王女の厳しい表情と共に言い放たれた言葉に、カレン共々エドワードは絶句する。和平の使節団を襲うなど、正気の沙汰ではない。政治に疎いエドワードでもそれくらいのことは分かる。

 言葉を失う二人に、王女は言葉を続ける。

「最初は、向こうの強硬派閥の暴走かとも思いました。しかし、先日まで穏やかに和平の議論を交わしていたはずの将軍が指揮に立っている姿を見てしまえば、そんな淡い期待も砕かれてしまった。帝国全てが、突如として態度を翻し、我々を殺しにかかったのです」

 厳しい表情から一転、目を伏せて感情の殺した声色で語る王女。その胸中で、どれほどの驚きや失望があったか。

 しかし、その話を前に、想像以上の内容に黙り込むカレンに代わり、エドワードが疑問を口にする。

「ですが、現在もあなたはコロミア帝国内で和平に勤しんでいると聞いています。そんなことがあったなら、既に戦争になっていてもおかしくはないはず……いや、そもそも二ヶ月も前にそんなことがあったなら、無事生き延びているあなたは既に王都にいてもおかしくないはずです。なぜ、未だトゥリエスなどに?」

 王女の言によれば、帝国の裏切りは二ヶ月も前の話。今も和平がどうこうなどとラジオが報じるはずもないし、それどころか裏切りの報復のための戦争の準備をしていてもおかしくはない。国境線に近いこのトゥリエスにおいて、それらの情報は必ず公共電波に流されてしかるべきだ。

 その上、コロミア帝国の帝都ミアニールとトゥリエスの距離は、最短でも一ヶ月かからない距離である。全力で逃げていれば、とっくの昔に王女はトゥリエスを通り過ぎているはずだ。

 そんな彼の疑問に、王女は緩く首を振った。

「残念ながら、私たちが帝国に襲われた事実を王都に伝えられたのも、私たちがこのトゥリエスに到着したのも、つい先刻のことです」

「そ、それはなぜ?」

「簡単なことです。帝国が、私たちに王都への連絡も逃亡も許さぬほどの全力で以てして潰しにかかっただけ。しかし、たったそれだけのことで私たちは帝国中を二ヶ月間逃げ回ることを余儀なくされました」

 眉間の渓谷をなお深くして、王女はぽつりとこぼす。「このような事態を一切考慮しなかった我々にも甘さがあったのでしょうが、それだけ信じていたのです」、と。

 そのまま、面を上げて続ける。

「通信手段は魔術によって断たれ、護衛は最初の襲撃で軒並み全滅。定時連絡の欠如を理由に王都側から気づいてくれるのを期待していましたが、先刻の王城との連絡では初めて襲撃に気づいた様子でした。恐らく、偽装していたのでしょう。そのため、私たちは孤立無援のまま帝国中を逃げ回る他なかった。国境線付近は完全に包囲、検問を敷かれてしまっていましたから。そうして、ただ逃げ潜んでいる内に、次々と使節団の者たちは倒れてしまい」

 あげたかんばせには、悲しみの色が強く表れていた。辛さ、悲しさ、哀れみを抑え込んで、喉が無為に震えることのないように、と意識を高く保っていることが、エドワードにもよくわかった。

「百三十一名居た我が国の使節団は、私とリック、そしてジェイミィの三名を残して全滅しました」

 その言葉を最後に、応接室に重たい沈黙が落ちる。

 百を越える人間が、王女の前で、王女の為に、死んでいった。

 その事実を誰よりも正しく理解するその女性は、銀の瞳に一欠片の涙すらも浮かべない。それが死した者たちのすべきことであったことだと理解しているからだ。故に、彼らに対して果たすべき義務は涙ではなく仇の血に塗れた刃であり、それを成し遂げるために心を折ることはあり得ない。

 王女のその気高い精神の一端に触れ、ただ言葉を失うエドワードらを正気に戻したのは、扉が静かに開く音。思わず振り返れば、ジェイミィが茶器を手に入室してきたところであった。

 視線が集まったことに恐縮するように身体を小さくする彼女に、王女が気を取り直すように「話を続けましょうか」と取りなす。

「どうしようもない我々が、どうにかして帝国を脱することができたのは、そこのアーサーのおかげです」

 差し出されたカップを受け取って、王女はちらとアーサーを見やる。視線を受けて、黒髪の男は口を開いた。

「王城とは別途、俺っちにも定期連絡するように極秘に決めててネ。そしたらまあ、連絡がぷっつり途切れたんで、俺も慌てちゃってさ。王都に連絡しにいくか、それともすぐに助けにいくか迷った挙げ句、ちょいと足止め食らってネ。そのついでに、あんたらのことを少し調べさせてもらったのさ」

「足止め?」

「お嬢さんらが有名になった例のアレだよ、二ヶ月前の」

 アーサーに示唆するように言われ、ようやく思い出す。確かに、二ヶ月前といえば、トゥリエス全体を巻き込んでの大騒動となった事件があった。

 「実はあのクライマックスの場面に俺っちも居合わせてたんだよネ」と言って、助太刀しようかそれとも無視しようか迷っただの、いや最後の閃光魔術は見事だっただの、感動したようにペラペラ喋り出そうとするのをリックが脇を小突いて黙らせた。

 そんな彼に苦笑を浮かべながら、王女は話を続ける。

「結局、アーサーは私たちの救出を優先してくれました。そのおかげで、いろいろと困難はありましたが、どうにか先日ここトゥリエスに辿り着きました」

 と、アーサーの非凡さを言葉少なながらも雄弁に証明しつつ、王女は一度話を区切ってカップに口を付ける。

 やたらと軽薄な雰囲気を振りまくこの男が、と少々の驚きを以てカレンが彼を見やれば、自信満々な表情――口元しか見えないのにやたらと腹の立つ――を見てしまって思わず視線を外した。

 「さて」と本題に入るべく、王女は再び口を開く。

「話はここから。少し前置きは長くなってしまいましたが、まあ、状況の理解にはよかったでしょう。何故あなた方を呼びだしたのかという話になります」

 少しばかり雰囲気を切り替えた王女に、改めて二人は居住まいを正す。

「先刻の連絡で、急いで護衛部隊を編成してここトゥリエスに送り込むとの連絡がありました。最短でも二日、何か不慮の出来事があれば三日はかかるとのことです。その期間中、私たちはこのトゥリエスに潜んでいなければならないのですが、少しでも守る盾が欲しい。故に、あなた方には私の護衛を命じます。拒否することは、許されません」

 王女の護衛。それが、二人に課せられた使命だった。

 なるほど、と最早拒絶することもなく理解する二人に、王女は当然とばかりに言葉を続ける。

「あなた方を選んだのは、他でもない二ヶ月前の功績と。カレン、あなたの優秀さを顕す肩書きに期待してのことです。この意味、わかりますね?」

「はい、承知しております。このカレン・ブリストル、全力を以て使命を果たしましょう」

 承伏し、頭を垂れるカレンの横で、エドワードは先ほどの襲撃は実力を把握するためか、と内心で理解する。そして後ろの二人から待ったがかからないということは、お眼鏡にかなったということだろう。

 それに関しては理解したが、エドワードの中にはまだいくつかの疑問がある。

 ちら、とリックに視線をやれば、それに気づいた彼が「言って見ろ」と許可を出した。それに「お言葉に甘えて」と前置きしてからエドワードは口を開く。

「何故、警察ではなく我々を? あちらは規模も戦力も十二分であると思いますが」

「ここの官憲組織は、人種民族を問わず、実力に応じて採用していると聞く。実力主義と言えば聞こえはいいが、今の我々からすれば、スパイの存在を第一に疑わざるを得ない組織となっている。故に、頼ることはありえないな」

 エドワードの疑問に、リックが憮然として答える。実力至上主義のトゥリエス警察のプラス面が裏目に出たか、と苦い顔をして「それなら仕方ないか」と呟いて次の疑問を口にする。

「では、もう一つ。何故、いますぐ王都に発たないので? トゥリエスは帝国ともっとも近い都市です、すぐに追っ手は来るものと思われますが」

「いや、もう来ちまってるんだな、これが」

 今度はアーサーがそれに答え、困ったように首をゆるゆると左右に振った。

 どういうことか、と視線で問うと、「どうしたもこうしたも」とため息を吐く。

「この街に入った瞬間に襲われちまってネ。街の出入りは完全に抑えられているとみて間違いないんだよネェ。下手に出ようとすれば、街中の帝国の手先が王都への道中で超襲ってくるワケ。それなら、隠れるところの多いこの街で増援を待って、安全性を高めて脱したいじゃん?」

「なるほど。それで、二日間護衛しろ、という話になるわけか」

 納得の言葉を吐きつつも、既に捕捉されてる事実にエドワードは内心げんなりとなる。十中八九、襲撃があるというわけだ。

 隠れるところの多い、とはアーサーの言だが、残念ながら宿泊施設はそれほど多いわけではない。少しでも隙を見せた偽装を行えば、即座に捕捉されてしまうことだろう。帝国側にはそれぐらいの手腕があると思っておいて損はない。

 さて、困ったことになった、と頭を回転させるエドワードを見て、王女は笑みを浮かべる。

「仕事に熱心なようで何よりです。では――」


「――そんなに深く考えなくてもいいぜぇ? 仕事はもう終わりなんだからよぉ」


 不意に、室内に響く誰の者でもない声。

 どこか粘着質を思わせるねちっこい嫌らしいその声に、誰もが一瞬驚愕し、思考が漂白された。

 その刹那を縫って、その男は現れた。

 エドワードの、足下から。

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