01

「――なあっ!?」

 唐突に迫り来る脅威に、驚愕の声を上げながら、エドワードはその反射神経で身体を思い切り捻り反らした。

 その彼の鼻先を、拳大の火球が大気を焦がしながら通過。背後にいたカレンの咄嗟の抜刀一閃に切り捨てられ、淡い燐光を散らして消失する。

 教会の扉を片手で掴みながら倒れ込みそうになる身体を支えつつ、もう片方の手でエドワードも混乱しながら抜刀。同時に上方へと剣を地面と平行になるように構えれば、凄まじい衝撃が手首に加わり、眼前の刀身に火花が散った。

 目の前には、白鉄の刀身と噛み合う烈火色の幅広剣ブロードソード。そしてその向こうには、鼠色のフードを目深に被った男と思しき人物が、口元に僅かな笑みを湛えてエドワードを押し込んでいた。

 なにが起きてるんだ、と未だ混乱するエドワードだが、しかし状況は彼に理解を許さない。

 ただでさえ不安定な姿勢のところに、エドワード以上の膂力で押し込まれれば、自然、彼のバランスは限界を迎える。

 そこへ追い討ちとばかりに剣を思い切り弾かれれば、エドワードが背中から大地に叩きつけられるのは自明の理であった。しかも、剣は手元から離れ、回転しながら教会内のどこかへと飛んでいってしまう。

「がっ」

 襲い来る衝撃に肺の中の空気を全て吐き出し、エドワードの意識が一瞬白んで致命的な隙を生む。それを見逃す襲撃者ではなく、トドメと言わんばかりに猛烈な勢いでブロードソードをエドワードの喉元へと突き込んだ。

 万事休す――が、しかし。

 彼は一人ではない。

 横合いからフルスイングされた黄金色の大剣が、烈火色の剣を弾き飛ばし、エドワードを窮地から救う。

 弾き飛ばした勢いそのままに大剣を旋回させ、今度は襲撃者へと叩きつけるカレンに、対する男もさる者か、結構な力で叩きつけられたであろう剣を手放すことなくそのまま迎撃。烈火と黄金がぶつかり、離れ、そしてぶつかる。

 その隙に素早く起きあがったエドワードは、手元に魔術式を構築。維持しながら教会の中へと入っていく剣戟の音を追いかけていけば、再び、音とは別の方向から火球が飛来する。

 今度は二つであるソレらに対し、エドワードは咄嗟に構築していた式を発動した。『爆裂エクスプロード』が眼前で炸裂し、火球二つを巻き込んで吹き飛ばす。

 消えゆく爆裂の向こう側、紺色のローブを羽織り、目深にフードを被った長身痩躯の男が、身長ほどはあろう杖を構えて立っていた。

 先ほどの先制攻撃はこいつの仕業か、と納得しながら、同時に疑問を覚える。

 なぜ、こいつらは俺たちエドワードらを待ちかまえていたのか、ということだ。

 初めからあの呼び出し自体が罠であったと考えれば早いのだが、それはカレンのプレートが王族によるものであると証明している。そしてその王族側が、こんな罠を仕掛ける理由は存在しないはず。であるならば、考えるべきは一つ。

 事前に手紙の内容を把握してエドワードたちの先回りをした、ということ。それはつまり、呼び出した王族関係者の身がどうなっているか、ということでもある。

 その結論に同じく到達したのか、ブロードソードを持った襲撃者と切り結んでいたカレンも厳しい表情となり、渾身の力で弾き飛ばしてエドワードの隣まで後退した。

「エド」

「ああ……こいつらから話を聞き出さなきゃならなくなったな」

 ちら、と視線を巡らせれば、エドワードの神聖金属ミスリルの長剣は魔術師の方の近くの壁に突き立っている。元より相手するべき存在はそれぞれ決まっていたようなものだが、これで完全に確定した。

「カレン、あっちは任せた。俺は魔術師をやる」

「ええ。あいつ、かなりやるみたいだから、早めにお願い」

 その言葉に少々の驚きを抱いてカレンの横顔を見やれば、彼女の顔は緊張に強張っている。それはつまり、精鋭である彼女を凌ぐ技量の持ち主だと言うことにほかならない。

 なおのこと、相手の正体に疑問が浮かぶエドワードだったが、それは後回しだ、と両手に魔術式を構築し始める。

 それを見て、祭壇の真下に居る襲撃者達も構え直し、魔術師は杖の先に二つの魔術式を描き始めた。

 同時、動き出す。

 礼拝用の椅子の間を駆け抜けるエドワードと、その横に追随するカレン。剣士の男は一瞬迷ったように剣の切っ先を左右に向け、そして口元に笑みを浮かべてカレンの方に向き直る。そして、突進。

 剣ごと体当たりするかのような突撃に、停止し両足を踏みしめて構えるカレン。直後、激突し、甲高い硬質な音が教会内に反響する。

 じりり、と猛烈な勢いの前に後退したカレンだが、即座に剣を弾き飛ばしながら一閃。それをブロードソードでいなし、続いて男は固めた左の拳をカレンの胴に見舞った。

 それを胸当てで受けて、しかし通り過ぎた重い衝撃に思わずカレンは一歩後退する。その一瞬を見逃さず、男は鋭い突きの一撃を顔面めがけて放った。

 突きを黄金の柄で刀身を突き上げて弾きながら、流れるような動作でカレンも負けじと剣を振り上げる――が、しかし、途中でガツンという感触と共に何かに遮られて停止。何事かと目線を下げれば、男の足裏に大剣の刀身を抑えられていた。

 靴の裏に鉄の板を打っているのだとしても、まさか足に剣を止められるとは!

 やることなすことがカレンの想像の範疇の外側ばかり。奇策と言えばそれまでだが、それを使いこなす男の技量はやはりカレンを上回っている。

 視線を下げた一瞬の隙にまたも拳を胸に叩きつけられ、カレンは後退した。

 下がった勢いと共に剣を切り返し、今度は上段からの体重を乗せた振り下ろし。鮮やかなステップで回避されるも、予想済みだ。

 大理石の床に叩きつけた勢いのまま、切っ先を大地に埋めてカレンは跳躍。同時に大剣が打ち砕いた大理石の飛礫が目の前の男に襲いかかる。

 その飛礫を男が咄嗟にブロードソードの柄と手甲でたたき落とした隙に、男の背後へと着地したカレンはそのまま肩からぶつかるようにして突進する。

 肩当てが男の背中に激突し、同時に硬質な甲高い音が布越しにカレンの耳に届いた。ローブの下にやはり何か着ているか、と男が突き飛ばされて転がっていくのを見ながら把握する。

 しかし、直後に転がる男から飛来する拳大の何か。咄嗟に首を捻って避ければ、視界の端を通り過ぎたのは飛礫だった。転がりながら拾い、投げつけたのだ。

 カレンが追撃のチャンスを潰された隙に、起きあがって剣を構え直す男。彼の表情はどこか楽しげであり、この襲撃の意図がますます分からなくなる。

 一方で、カレンのその表情には苦渋の色。やはり、一人ではこの男を攻めきれない。


 そんなカレンの苦い判断の裏で、祭壇の側では派手な魔術戦が繰り広げられていた。

 放たれた火球を回避したエドワードが薙ぎ払う二本の『電鞭エレクトロウィップ』に対し、魔術師は『鋼壁ウォール』で防御。壁に触れた電撃は大地に流されて無効化され、その壁の向こう側から『光槍レディエイトジャベリン』の光速の光の槍が射出される。

 それをエドワードはギリギリのところで発動した『障壁シールド』で弾きつつ、もう片方の手から『炎閃フレイムレイ』の紅蓮の閃光を放った。

 一条の閃光は一瞬鋼の壁に遮られながらも、次の瞬間には超高熱で鋼を貫く。しかし、その時には既に魔術師は壁の裏から脱しており、しかもその杖の先には二つの魔術式。

 そして同時に発動された二つの魔術は光と炎の砲弾。放たれた光速の砲弾を、エドワードは未だ発動していた『障壁シールド』で防いだものの、そこで時間切れ。淡いサークルは消失し、そこを狙い澄ましたかのように遅れて飛来した炎の砲弾がエドワードを襲う。

 全力で真横に飛び込んでどうにか回避するが、その時にはまたも魔術師の杖の先から光の砲弾が放たれていた。

 それをどうにか地面に勢いよく這い蹲ることで避けながら、その展開速度に歯噛みする。

 おそらく魔術師の持つ杖は『神樹』と呼ばれる樹の枝から作られた特別製だろう、と推測する。薄い鳶色はその証拠であり、そこらの適当な『加速アクセラレート』を施した杖よりも遙かに速く魔力を伝達、操作できる性質を持つ代物だ。当然、『加速アクセラレート』をさらに施せば、恐ろしい速度で魔力を操ることができ、魔術式の構築も速くなる。

 一方で、エドワードの持つ神聖金属ミスリルの剣も神樹ほどではないものの、同様の性質を持っている。しかし、手元にはない。

 それが両者の決定的な違いであり、エドワードを不利にたらしめる要因だった。

 ならば、どうにかして距離を詰めるまで。剣を取り戻し、魔術戦における不利を埋め、その上で有利な戦場にするべきだ。相手は魔術師で、近接戦を得手とはしないはずである。

 そう判断した直後、飛来する光の砲弾に、タイミングを合わせて眼前に『鋼壁ウォール』を展開。鋼の表面が光熱に悲鳴を上げるのを聞きながら、さらに式を紡いで展開、発動。

 既に展開した鋼の壁の左右の前方に一つずつ同じものを生み出し、続けてさらにその前方に適当な位置に二つ壁を展開する。

 謎の行動に一瞬魔術砲撃の手を止めて訝しむ魔術師だが、次の瞬間には意図に気づいて表情を強張らせる。

 次々と展開する壁から壁へ移動して、魔術師との距離を詰める腹積もりなのだと、理解したのだ。これでは壁に遮られ、エドワードが左右のどちらから出てくるのかわからない上、タイミングも掴めない。

 しかし、それは左右どちらかのみしか攻撃できない場合の不利だ。攻撃する側の魔術師は二つの魔術式を展開できる。つまり、左右どちらにも攻撃できるように準備しておいて、飛び出した一瞬に左右どちらもを貫けばいい。

 即座にそう判断を下し、『光閃レディエイトレイ』の魔術式を準備し――次の瞬間、目を見開いて驚くことになる。

「な――っ」

 エドワードが飛び出たのは右でも左でもなく、

 密かに足元に引き寄せていた長椅子を足場に、一気に駆け上がって鋼の壁を飛び越えたのだ。即座に壁を貫かなかったが為に、それだけのことを為す時間を与えてしまったと言える。

 慌てて式の照準を上空に向けるも、魔術師の度肝を抜いた行動はそれだけではなかった。

 空中でエドワードの右手の魔術式が発動。それは目の前の魔術師に対して向けられたものではなく、その逆。彼の背後の空間で、爆風を撒き散らす『爆裂エクスプロード』が炸裂し、空中のエドワードを勢いよく吹き飛ばす。

 彼が居た空間を二つの光線が貫いたが、そんな不発には目もくれずに魔術師は吹き飛んだエドワードに何とか向き直った。

 そこには、壁に突き立っていた長剣を引き抜くエドワードの姿が。口元には、爆裂の痛みにひきつらせながらも笑みを浮かべている。

 彼我の距離は、魔術剣士の身体能力にとってみればほんの僅か。一回魔術式を紡げばそれで距離が詰められてしまう程度である。

 故に、エドワードの笑みは必勝の笑み。魔術戦では劣るが、近接戦では剣士でもあるエドワードに軍配が上がる。

 駆け出すエドワードに対し、式を構築せざるを得ない魔術師。

 大地を蹴り、一瞬にして距離を埋めたエドワードは、しかし、次の瞬間には驚愕に表情を歪めることになる。

「なにっ!?」

 どんな魔術を放たれても対応できるよう、『爆裂エクスプロード』と『障壁シールド』の式を描いていたエドワードに対し、魔術師がしたことは至極単純だった。

 否、単純どころの話ではない。

 何もしなかった・・・・・・・のだ。

 式を杖の上に描いておきながら、発動せず、エドワードの薙ぎ払った刃を受け入れたのだ。

 結果、鋭利な白刃は弧を描き、紺色のローブに吸い込まれ――そして、硬質な音を立てて阻まれた。

 二度、驚愕。

 続いて、理解すると同時にエドワードの顔は青ざめる。

 白刃を阻んだのは、ローブの表面に淡く縦横無尽に浮かぶ幾何学模様。ローブに刻み込まれた『硬化ハードネス』が効果を発揮し、鋼の硬度をローブに与えて刃を防いだのだ。

 剣を受け止められ、停止したエドワードと、ソレを見越して魔術式を紡いでいた魔術師。どちらがこの距離で有利か、語るまでもない。

 全力で大地を蹴り飛ばしながら後退しつつ『障壁シールド』を展開しようとするエドワードに先んじて、魔術師の魔術が炸裂する。

 杖の先から放たれる二つの閃光。

 光の速さでエドワードに殺到した二条の光は、エドワードを貫――かない。

 彼の胸に激突する寸前、軌道を急激に変更。ねじ曲がり、折れ曲がり、エドワードの周囲を二周したかと思えば、次の瞬間には収縮してエドワードの手足に巻き付き、拘束。バランスを崩したエドワードの身体が大理石の床に叩きつけられる。

 無様に転がって何が起きたのか把握しきれないエドワードを、魔術師は襟をひっつかんで無理矢理立たせると、未だに切り結ぶカレンと剣士に声を張り上げる。

「おい、やめたまえ。もう終わりだ」

「おおん? マジで? 早いんじゃネ?」

「な、エド!」

 魔術師の言葉にピタリと動きを止めた男が首を傾げて不思議そうに問いかけ、エドワードの姿に気づいたカレンが焦りの声を上げる。

 見事にしてやられたエドワードは、どうにかして抜け出す算段を立てようとして――不意に、襲撃者二人の様子がおかしいことに気づく。

 まるで一仕事終えて、もうやることは何もない、といったかのような雰囲気。エドワードの脱出計画など考えもしていないかのような、そんな違和感があった。

 好機と言えば好機なのだが、あれほど巧い・・戦い方をする頭脳派の魔術師までそんな雰囲気をする意味が分からなかった。

 混乱するエドワードと焦りながらも動けないカレンを尻目に、剣士の男は腰に吊った鞘に剣を納めると、口笛でも吹きそうな足取りの軽さで祭壇まで行き、背中を預けて魔術師に目配せする。

 それを受けて、魔術師は杖をそっと近くの椅子に立てかけると、懐から一枚のプレートを取り出す。どこかカレンの持つ物にそっくりなソレには、盾と獅子を象った紋章が彫り込まれているのが見えた。

 まさか、と思う。

 しかし、魔術師が静かに淡い魔力光を迸らせてプレートに流し込めば、その紋章は緩やかに赤く光り始めた。

「我々の正体は、こういうことだよ、アカシャ特殊殲滅部隊のカレン・ブリストル」

「な、でも、そんな、それは確かに、宮廷魔術師しか持たないプレート……」

 何が起きているのか、この状況はどういうことなのか。

 把握できず、混乱したまま剣を握るカレンを見かねて、エドワードは捕まった現状のまま横から口を挟む。

「それだけでアンタらの身元証明になるとは思えないな。先に本物の宮廷魔術師からプレートを奪っておけば、カレンに対して身元を騙ることができると思うが?」

 不信感をそのまま表したエドワードの言葉に、魔術師は鼻を鳴らすと、カレンに説明しろと言わんばかりに視線を投げる。

 それを受けて、カレンは混乱したまま口を開いた。

「それは、無理よ。さっきも見せたように、宮廷魔術師のプレートには、所持者が魔力を流すと光る、本人証明の魔術が刻み込まれているの。ああして見せたということは、偽物のはずがないわ」

「なるほど、な」

 カレンの言うことが本当であれば、エドワードを捕らえたこの魔術師は、正にカレンらを呼び出した王族関係者その人ということになる。

 つまり、呼び出した本人らが罠を仕掛けたということだ。その可能性を考えなかったわけではないが、あり得ないと真っ先に切り捨てていた。

 まったく訳が分からない。妙な能力の高さには納得したが、王族関係者らに拘束される謂われがないというのに、この現状。

 どういうことだ、と傍らの魔術師に視線を向ければ、馬鹿にしたように鼻を鳴らされた後で、エドワードを拘束する光の輪が霧散した。

 これ以上拘束する意味がない、ということの現れであり、説明すると言うことだ。

 そうして、魔術師の男がフードを脱ぎ捨て、白髪混じりの茶髪と鳶色の瞳を露わにして口を開こうとしたところで。

 突然、祭壇横の扉が開かれる。

 それに対し、驚くエドワードら以上に仰天する魔術師と剣士。それどころか、どこか焦った様子の魔術師に疑問を浮かべていれば、開いた扉の向こうから女性が歩み出てきた。

 肩口で切りそろえられた煌めく銀髪。白磁の肌は恐ろしいほど透き通り、身に纏うドレスは同じく白く豪奢で、教会内の僅かな光を受けて、全身が光り輝くようであった。

 ガロンツァールには珍しい色彩の持ち主に、知らず気圧されて息を呑むエドワード。怜悧な銀色の視線が教会内の人間を射抜き、動きを完全に止めていた。その女性が持つ不明の威圧感に、誰もが動けないでいる。

 しかし、それ以上に、驚嘆で動けないのが、カレンだった。

 驚きのあまり、干上がる喉を鳴らして、ようやく彼女は言葉を紡ぐ。

「第三、王女殿下……!?」

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