02

 最悪の結果を想像する二人だが、そうと決めつけるには早計だ。

 まだ、写真とそれに近い魔術式が見つかっただけ。少女の末路を考えるにはまだ早い。

 とりあえず、如何にしてでも、このサークルの人間にエリナのことについて聞かねばなるまい。現状では唯一の確実な手掛かりだ。

 そうと決まれば、と二人は大学で聞き込みすべく、部屋を出ようと扉に手を伸ばす。が、二人が開ける前に扉がひとりでに開いた。否、扉の向こうに、二人と同じく驚いた表情の青年が居たのだ。

 青年はこの部屋に用があったようで、「生体魔術研究サークル」のタグが付いた鍵を手にしている。開けてみたら、まったく見知らぬ二人がいたのだから、当然「誰ですか?」と尋ねようと口を開き――視線が、落ちた。

 視線の先には、カレンが手にしたままの写真。少女との集合写真と化け物の写真だ。

 次いで、彼の視線が部屋の奥に伸び、置きっぱなしの開いた箱に焦点が合わせられる。

 そうして色々と状況を悟った青年が次にとった行動は、二人に対しての誰何すいかの言葉ではなく――脱兎の如き逃走だった。

 鍵も手荷物も思い切り二人に叩き付けるように放り出し、すさまじい速度で階段にダッシュする。思わず反射で荷物を受け取ってしまった二人が追いかけるのに出遅れている間に、外階段に青年が到着。そこから、三階の高さだというのに思い切って地面に飛び降りてしまった。

 慌てて追いかけて外階段から見下ろせば、火事場の馬鹿力か、綺麗な受け身をとって無傷の青年が。そのまま走り出してしまう彼に、一々階段を下りていられない、と判断したカレンが同じように勢いよく宙へと身を躍らせる。

 止めようとしたエドワードの手をすり抜けて、カレンが風に髪を躍らせながら落下。大地に叩き付けられるかと思いきや、軍隊仕込みの華麗な受け身で衝撃を全て逃し、彼女もまた無傷で着地する。

 そして走って行ってしまう彼女に、エドワードも呆然としている場合ではない、と覚悟を決める。

「ええい、くそっ!」

 悪態を吐きながら、エドワードは外階段の手すりを飛び越えて宙に身を投げ出した。一瞬の浮遊感の後、落下。体の芯から凍えるような恐怖感が体を硬直させるも、無理やり心を奮い立たせて式を構築する。残念ながら、高所から飛び降りて無事で済むような訓練は受けていないので、自力の手札でどうにかするしかない。

 風系の魔術で唯一覚えている魔術『風衝ウィンドストライク』を発動。足の下で展開した式から風の塊が飛び出し、大地に向けて射出。着弾と同時に全方位に猛烈な風圧が叩き付けられ、発生した乱気流に揉まれながらもエドワードの落下の勢いを緩和する。

 そのまま背中から無様に叩き付けられるエドワードだが、慌てて体勢を立て直すと、立ち上がって全力で前を行く二人を追いかけた。

 追いかける二人と逃げる一人。当然ながら、多くの戦いを経験して日ごろの鍛錬を欠かさない剣士二人の健脚に、ただの大学生の逃げ足が敵うはずもなく、すぐさまその差が縮まっていく。特にカレンの速度は目を見張るもので、既にあと少しで青年の背中に手が届きそうですらあった。

 それに気づいた青年が、なんと魔術式を展開。よもや攻撃か、と一瞬警戒し、カレンが速度を緩めて剣に手をかけた瞬間、魔術を発動。

 先ほどまで縮まっていた距離が、次の瞬間には十数メートルも開けられる。

 強化魔術『敏速脚スピーディーレッグ』が青年の脚を歴戦の戦士もかくやという健脚へと強化し、一気にその速度を上げたのだ。

 そして、既に大学の領域を超え、構内の追走劇が街中でのソレに移り変わる。

 どんどん遠ざかっていく背に焦りを覚えたカレンが、さらにギアを上げて追いかければ、今度は青年は建物を利用して次々と曲がっていった。

 どう見ても土地勘があるそれに焦りを覚えながらも、どうにか背中を捉えたまま追いかけるカレン。視線の先でまたも曲がろうとする青年が、しかし次の瞬間にはあわてて進路を変えて直進していく。直後、青年が入り込もうとした路地からエドワードが飛び出した。アタリをつけて回り込んでいたのだ。

 一気に急接近したエドワードだが、それでも魔術で強化された脚には一歩及ばず、青年へと伸ばした手が空を切る。

 思わず舌打ちを漏らして、そのまま追跡を続行。蜘蛛の巣のように入り組んだ路地裏を駆けていく青年を必死で追いかける。

 逃げるからには理由があり、それは彼が、きっとサークルの一員だからだ。そうでなければ、写真を見て箱を見て、それから逃げる理由がない。

 なんとしてでも捕まえる、と息巻く二人の怒気にてられたのか、青年が「くそっ!」と叫んでさらに入り組んだ路地へ。

 次々と曲がり角に消える背中をぎりぎりのところで視界に捉えて追いかけていれば、ついには青年の姿が建物の一つに入って消えた。

 そこは、トゥリエス西側にある、一か月前の騒ぎで利用者が撤退したらしき真新しい廃ビル。いつの間にか西の端まで来ていたのだ。

 急いで廃ビルの中に飛び込めば、裏口が開いた形跡はなし。上階へと駆け上がっていく足音が聞こえる。どうやら、ここで観念したようだ。よもや、武装した二人に挑むわけでもなかろう。

 そう思いながらも、一応は警戒しながら二人は二階に上ってみる。しかし、そこに青年の姿はなく、さらに上階へと逃げていく足音が聞こえた。

 そして、青年の代わりに数多くの檻が置いてある。どれも中型犬や小型の動物が入るようなケージで、実際にその中には犬や猫、小鳥などが入っていた。それらはエドワードらの姿を認めて、一斉に吠え出す。

 野犬でも捕まえて売っているのか、と思いつつ、ケージの間を通り抜けて階段へと向かう。が、しかし、不意に視界の端に映った野犬を見て、エドワードは足を止めた。妙な違和感がつきまとい、思わず屈み込んでケージの中身をみる。

 そこには、エドワードに向けて元気に吠え猛る中型犬。間違いなく犬であるはずなのだが――その背中には、何故か小鳥サイズの両翼が生えていた。

 まるで魔物のようだ、と思ったが、体色は灰色でないし、仮に魔物ならこんなペットを収める程度のケージで捕らえられるはずがない。弱っているようにも見えないし、間違いなく、魔物ではない。

 よくよく周囲を見回してみれば、その他の野犬や猫も、実に奇妙な状態だった。頭が二つあったり、前足が一対増えていたり、犬の尾と猫の尾があったり。奇形児かとも思ったが、それにしてはどれも元気な成体だ。

 なんだこれは、と思わず口に出して困惑していると、肩をカレンにつつかれる。

 「いきましょう」と彼女も周囲の獣の異様に困惑しながらも、少女の情報が先だ、と階段を指さした。

 これはあとで通報かな、と調査を諦めつつエドワードはカレンを伴って三階へと上がる。

 階段の突き当たりにあった扉を開け、中に入った瞬間、視界の隅で何かが勢いよく振りかぶられた。

 思わず剣を抜き放ってそちらへと一閃。硬質な音が一瞬響き、次の瞬間には剣と激突した鉄パイプが両断されて宙を舞い、エドワードの真横に甲高い音を立てて落ちた。

 剣をそのまま突きつけ、相手を動けなくさせてから誰がやったのかをようやく確認する。

 そこにへたりこんでいたのは、年端も行かない少女だ。目の前に突きつけられている刃物の鈍い光に、完全に足が竦んで震えている。

 その顔にどこか見覚えがあるような気がして、エドワードはすぐに思いだした。目的の少女、エリナではないか。

 見たところ、特に怪我も異常も見あたらない。強いて言うなら目の前の剣に全力で怯えているが、そこはご愛敬。とにかく、無事なようだ。

 依頼の目的人物に剣を向けてしまうという内心の焦りを隠すように勿体ぶって剣を鞘に収めると、少女に手を差し伸べる。

「その、なんだ。大丈夫か?」

 少女エリナは目を白黒させて剣と手を交互に見ていたが、やがて気の強そうな光を目に宿して、きっ、とエドワードを睨みつけると、手を振り払って立ち上がり、走って部屋の奥に行ってしまう。

 そこには、数人の青年とエドワードらから逃げていた青年、そしてエリナが警戒するように二人を見つめていた。彼らにも見覚えがあり、それはあの集合写真の一団だ。つまり、サークルのメンバーだということだ。

 しばし二人と一団で無言のにらみ合いが続いたが、やがて眼鏡をかけた陰気な青年が、意を決したように叫ぶ。

「な、なんなんだアンタ達! ぶ、武器なんか持ち出して、どういうつもりだっ!?」

 その言葉に二人は目を見合わせると、得物の柄から手を離してカレンが前に出る。そしてポケットから事務所の名刺を取り出すと、青年らの足下に投げて言った。

「私たちは探偵よ。そこのエリナちゃんを探すよう、依頼されてここまできたの。あなたたちこそ、未成年の女の子を一週間も連れ回してなんのつもり?」

 華麗な顔を軽蔑に歪めながら、カレンはギロリと青年らを睨みつけた。

 最悪の事態は所詮想像でしかないことが証明されたわけだが、こうして仲良く居るということは、彼らはエリナと一週間、行動を共にしていたという証拠でもある。

 だからこそ、怒りを露わにして睨みつけるカレン。さらに言葉を重ねて、青年達に叩きつける。

「親御さんはとても心配してらしたわ。そんなことくらい、いい年したあなた達ならわかって当然でしょう? なのに連絡もさせずにこんなところで秘密基地ごっこかしら? 信じられないわ」

「う、うるせえな! あたしが自分で一緒に行動したいって言ってずっと一緒にいたんだ、文句言われる筋合いはねえよ!」

 カレンの言葉に顔を青くしていく青年達を見かねたのか、少女がそんなことをのたまう。が、それはなおのことカレンを苛つかせるだけだった。

「文句言われる筋合いはない? 馬鹿じゃないの、あなた。あなたのその身勝手な行動でどれだけの人を心配させているか、わかっていってるの? どんなにあなたが自由に振る舞おうとね、あなたにはどうしたって親が居るし、親戚がいる。彼らはあなたの身勝手な行動のために必要のない心配をして、必要のない怒りを覚えるのよ!」

 普段の彼女には見られない、苛立つ表情で叱りつけるように実感を込めて叫ぶ。身体の芯まで貫くような怒声に、エリナはびくりと肩を揺らして縮こまった。

「後悔してからじゃ遅いのよ! こうしている間にもね、もしかしたら――」

「ストップだ、カレン」

 尚も言い募ろうとするカレンを、後ろから肩をつかんでエドワードは止める。それ以上はただの八つ当たりだと感じたからだ。彼女個人の事情に由来する怒りに取って代わっては、叱りつけることに意味はない。

 振り返ってエドワードを一瞬強く睨んだ彼女だが、すぐに怒りの炎を鎮静させて後ろに下がる。ようやく冷静になった彼女を後ろに置きながら、エドワードはエリナに問うた。

「さっき、自分でついていってる、って言ってたよな? 何故だ?」

「それ、は……」

 その問いに、言いよどむ少女。視線が青年たちに向けられ、そして一瞬だけあらぬ方向を見る。

 つられてそちらを見やれば、そこには開いた扉があり、向こうの部屋が見えていた。床一面に刻まれた魔術式があるだけの、妙な部屋だ。

「べ、別になんでもいいだろっ。あんたたち、あたしを探しに来たんだろ? 帰ってやるから、ほら、行こう」

 エドワードが部屋をみたのに気づいた少女が、妙に慌てて動き出し、エドワードの手を引いて部屋から出ようとする。

 彼女をカレンに任せて動かずに式を観察すると、それがまたも見覚えのある――サークルの部屋の机の上にあった式とよく似ていることに気づいた。

 それと、階下の奇妙な動物達。考えればすぐに思い至った。最悪の想像を、少しずらして考えればわかることだった。

「生き物を合成、合体していたのか」

 ぽつりと呟けば、青年達が気の毒なほど顔を青ざめさせる。何故そこまで恐怖しているのか、とエドワードが疑問に思えば、背後のカレンがそれに答えた。

「生物の合成、って、合成獣キメラじゃない! 第一級禁止魔術よ、それは」

「なんだって?」

 第一級禁止魔術で合成獣キメラを生み出す、つまり違法行為を青年達は働いていたことになる。なるほど、青年達がこんな人の寄りつかない廃ビルでこそこそとするのもよくわかるというものだ。

 そこでようやく、エドワードも合点がいく。エリナの部屋にあった古代魔術学や生物魔術学などは、合成獣キメラに関する知識を欲しがったからだ。彼女も、そうした方面に興味があって、彼らと行動を共にしていたのだろう。背後で俯く姿が何よりの証拠だ。

 歴とした犯罪行為だ、と突きつけられて、青年達は互いに目を合わせて震えていた。やってしまったことをもはやどうこうできるはずもなく、命を弄ぶ魔術を行使した罪はそれなり以上に重い。

「悪いけど、これは警察に通報させてもらうわ。『合成生誕キメラバース』なんて禁止魔術を看過することはできない」

 カレンの宣告に、がくりと肩を落とす青年達。もはや逃げ場がないことを悟ったのだろう。

 だが、一人だけ、そうでない青年がいた。

 最初に言葉を発していた陰気な眼鏡の青年が、震えながらも両目に怪しい光を宿して叫ぶ。

「い、嫌だっ! た、逮捕されるなんて、そんな、俺の人生どうなるんだっ!? ちょ、ちょっと魔術の研究をしただけじゃないか、そう、ヴァレントのように! ヴァレントがよくてどうして俺たちが悪いんだ!」

「おい、何いって――」

 仲間の青年が眼鏡の青年を止めようと肩をつかんだ瞬間、それを振り払って彼は右手を突き出す。

 発生する燐光。回転し、式を描く。

「そ、そうだ、あんたらさえいなくなっちまえば、これを知る奴なんていなくなるっ」

「おい! やめ――」

 制止の声も空しく、式の燐光が消失。『炎弾フレイムバレット』の炎の弾丸が、エドワードたちに撃ち放たれた。

 それに対し、前に出ていたエドワードは何もせずに一歩横に移動する。そして、その空いた空間を炎の弾丸が通り過ぎ、振り下ろされた黄金の大剣にかき消された。

 魔術が消される。そんな、青年にとって不可解な現象を前にして、彼は「ひぃっ」と悲鳴を上げて後ずさる。

「おい、もうやめておけ。これ以上は傷害罪に問われるぞ」

「う、うるさいうるさいうるさいっ!」

 エドワードの忠告も、錯乱している彼には届かない。

 眼鏡の青年は式のある部屋に駆け込み、その奥の扉にすがりついた。それを見て仲間達が「馬鹿! やめろ!」と叫ぶも遅い。

 魔術式を展開した彼が扉を開くと、勢いよく飛び出してくる黒い大きな塊。否、生物だった。

 全身を覆う黒い体毛に、突きだした口と獰猛な牙、爪。体長二メートルほどの熊がそこには居た。

 その熊の首に、青年の発動した魔術式から飛び出す淡い燐光の鎖が絡みつく。すると、熊は突然おとなしくなり、青年のそばに寄り添った。

 魔術『隷従スレイヴ』によって、青年の意のままに動くようになってしまったのだ。

「へ、へへ、へへへ。やれ、やってしまえ! 食い殺せェ!」

 完全に錯乱した青年は、魔力を操って熊をけしかけんとする。

 それに対し、仕方なしと剣を構えた二人は――驚愕に目を見張った。

 青年でも熊でもなく、その、足下。

 魔力を流されていないはずのソレが、なんと燐光を放っていたのだ。

 それは発動の兆候であり、その真上には青年と熊が――生物が、二種類居た。

「馬鹿! 離れ――」

 エドワードの血相を変えた叫びも空しく、青年と熊の足から粒子になって崩れていく。その粒子は古代魔術式に消えていき、異常に気づいた青年が悲鳴を上げるももう遅い。

「ひ、あ、た、助――」

 断末魔の如き悲鳴を上げ、崩れていく青年。カレンが飛び出して大剣を式に突き立てようとするが、時既に遅し。

 式が目映いばかりに発光し、魔術は為され、そして――合成獣キメラが生誕した。

 光が消えた先、どすん、と重量感を感じさせる音を響かせて、黒い獣の脚が床に叩きつけられる。

 現れたのは、先ほどと変わらぬように見える熊。

 しかし、明確に違う部位があった。

 立ち上がり、二足歩行になった熊の胸には――青年の、泣き叫ぶ顔面が貼り付いていた。

 あの、『化け物』と同じように。化け物は、合成獣キメラであったのだ。

 おぞましい光景に、少女と青年達が息を呑んで震え上がる。

 そして、その青年の顔が、唇が、震えて動く。

「――た、す、け、て」

 か細く、僅かに空気を震わせて、助けを求めていた。

 彼の意識はまだあるというのか。ならば、どうすればいい、と一瞬停止し、思考する二人。

 その隙を、獣が逃すわけがなかった。

 明らかな強者である二人へと攻撃、するわけもなく、その間をすり抜けて後方にいるか弱い少女に狙いを定め、飛びかかる。

「え――」

「っ、くそったれが!」

 ぽかん、と口を開けて呆然とするエリナに、獣の凶悪な爪が振るわれんとした寸前で、エドワードが魔術を展開。

 方向を調整した『爆裂エクスプロード』が合成獣キメラを思い切り吹き飛ばした。

 が、その程度は通じないというのか、空中でくるりと身体を反転させて見事に着地。そのまま、再び少女へと襲いかかる。

 エドワードは再び式を展開、発動。動きを封じんと『電鞭エレクトロウィップ』が放たれ、合成獣キメラに絡みつき――その寸前、合成獣キメラの鼻先で魔術式が展開していた。

 発動した『障壁シールド』が電撃の鞭を弾き飛ばし、熊は勢いそのまま少女に凶暴な顎を向ける。青年を取り込んだのだ、魔術が使えてもおかしくはなかった。

 新たに魔術を展開しようにも、牙がエリナの喉笛を切り裂く方が早い。

 しまった、と一秒後に起こる最悪の結果にエドワードの喉が干上がった次の瞬間、誰かがエリナと合成獣キメラの間に割って入った。

 それにかまわず獣が噛みついたのは、なんと、カレンだった。

 剣を構えるのも間に合わず、肩口に深く深く、獣の牙が食い込む。普段の鎧姿なら肩当てがあったが、今は私服。牙が容易く柔肌を貫き、熱い血潮が流れ出る。

「ぐ、う――っ! エドッ!」

「――このっ!」

 もはや捕らえるだのなんだの言ってられない、このままでは死ぬのはカレンだ。

 『灼熱刃ヒートブレード』を発動、全力で踏み込み、カレンに噛みつく頭へと無理矢理に剣を叩きつけた。

 高温の刃が容易く熊の剛皮と骨を切り裂き、一刀両断。その命ごと、頭部を断ち切った。胸部の青年の顔が、白目をむいて色を失う。彼もまた、獣と共に息絶えてしまった。

 荒い息を吐いて、動きを止める二人。それを、息を呑んだまま見守る青年達に、エドワードは鋭く睨みつけて言う。八つ当たりだとわかっていても、言うのは止められなかった。

「お前らがやりたかったことは、こんなものかっ!? こんな、こんなものを生み出すものに手を出したんだぞ!」

 エドワードの叫びに、青年達は俯いて震える。言い分はあろうが、それでも、彼らに言い返す気力も資格も存在していなかった。

 そして、一方のカレンも血塗れの姿を晒したまま、エリナに背中越しに語りかける。

「……よかったわね。あなた、もう少しでお母さんに、二度と会えなくなるとこだったのよ」

 その言葉に、エリナは静かに息を呑み、そしてただ涙を流して頷いた。









 その後のことは、滑らかに過ぎ去っていった。

 青年達は警察に大人しく連行され、少女はただ見ていただけということがわかり、違法行為に関しては不問。彼女は母と再会し、一発のビンタの後に、抱擁で迎えられていた。

 そして連れられていく青年達に、落ち着いたエドワードが疑問を投げかけていた。

 「あの写真はどこで手に入れたのか」、と。

 彼らは、ある日突然式のヒントと一緒に送られてきた、とだけ答えていた。誰が送ってきたのか検討もつかず、ただサークルのメンバーは怪しみながらも未知の式に興奮した結果が、今回の末路となったのだと言う。

 そして、カレンは病院にかつぎ込まれ、数時間の治療の後にようやく自分の部屋へと帰宅していた。

 家まで送ってくれたエドワードに礼を言い、そしてようやく彼女は部屋の中で一人になった。

 ぼろぼろになったお気に入りのカーディガンをゴミ箱に突っ込み、ため息を吐く。そして、寝室のベッドに膝を抱えて座り込んだ。

 今日は少し疲れた、と膝の間に頭をうずめながら、静かに想起する。怪我もあるが、それ以上に少し、昔を思い出しすぎた。

 自分も、彼女――エリナよりずっと小さい頃、同じように家出したことがある。理由は、彼女よりもずっと単純で、些細なことで叱られたから。ちょっと心配させてやろうと、反骨心から家を飛び出したのだ。

 兄のマイルズは案の定心配して追いかけてきて、小一時間ほど説得され、仕方なく一緒に帰ることにした。

 そして、帰った家のリビングで。

 血溜まりに沈む両親を見た。

 後から聞いたことによれば、強盗に入られて、抵抗の末殺されてしまったのだという。

 ただ、その時には、自分がくだらない理由で家を出た天罰にしか思えなかった。

 兄の腕の中で泣き叫び、後悔した記憶。

 いくら悔やんでも時間は巻き戻らず、死んだ父と母はもう帰ってこない。

 この後悔は、今もまだ、カレンを苛んでいる。

 家を出なければ、と思うが、しかし、幼い兄妹が居たところで一緒に死んでいただけだろう。

 それでも。

 それでも。

 後悔は未だ、終わることはない。

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