01
ガロンツァール王国北西部の、国境線と王都ツァールに挟まれた街『トゥリエス』。
首都に負けず劣らず発展著しいこの街は、魔術工業の要たる研究所や工場が数多く存在し、それらが生む経済効果によって大きく生活領域を広げている。数年前に比べると、街の規模は二倍ほどといえるだろう。
そんな街の様相は、発展地らしく最新の建築様式――つまり効率を求めた、白くて四角い長方形の建物が建ち並んでいる。情緒や歴史を感じさせるものとは縁遠い街風景だ。
土地があれば建てる、といった無節操な建築計画によって街はごちゃごちゃと入り組んでおり、蜘蛛の巣のように広がる路地はこの街にやってきた新参者を悉く迷い子に仕立て上げるだろう。
そんな入り組んだ路地の中で、比較的大通りとも言える<ユグリー通り>の脇の一画に二階建ての建物がある。
『デフト探偵事務所』。
たった一人の男が経営する零細事務所だ。
隣の香ばしい匂いを垂れ流す飲食店に視線を持っていかれるこの事務所は、前年度依頼者一桁を記録している。その輝かしい実績による油断からか、二階の本事務所で所長は今日も書類一枚ないきれいな机に両足を乗せ、ぐったりした身体を椅子にもたれさせて居眠りを敢行していた。
彼の名をエドワード・デフト。二十五歳という若さながらその頭は遺伝によらない白髪に覆われており、仕事もないのに疲れ切った目元は不健康なクマが刻まれている。
また、「ペット探しから護衛、傭兵業までなんでも請け負います」という表の宣伝文句に相応しく、彼の脇には久しく使われていない長剣が立てかけられていた。仮にも貴重な
そんな怠惰を貪る彼だが、窓から差し込む西日に目元を照らされ、不快げに眉根を寄せてようやくその意識を覚醒させた。
開かれた碧眼は、やはりというべきか、美しい碧を疲れに濁らせている。
そんな瞳を緩慢に動かして目覚めの原因を探れば、橙色の輝きが彼に夕方であることを認識させた。
「もう夕方か……」
声に疲れと呆れを滲ませて、エドワードは沈んでいた身体をのそりと起こした。だらだらと過ごすのもいい加減にすべきと思ったのだろう。
しばらくぼんやりしていたが、そのままおぼつかない動きで腕を伸ばし、机の上のラジオに魔力を通して起動させる。
ブゥゥゥンという重音を響かせつつ、電波を拾ったラジオは人の声を発しだした。エドワードは何度かチャンネルを変え、興味を引くものはないかと探していく。どうやら今の時間帯はニュースの時間らしく、ほとんどが今日の何らかの事柄を報じていた。
『先日逝去されたグランクレスト氏の邸宅から、かの有名なヴァレントの研究書が発見されました。遺産を相続された娘のクレアさんは、この研究書を王国に献上すると宣言なされ、今夜にも研究書は王都の研究所に送られる見込みとなっており――』
『今日のベースボールの試合結果ですが、なんとトゥリエスレッドが逆転負けを喫し、これで今年の敗北は二桁を――』
『先日戴冠を終えたガロン五世新王は、年末にもコロミア帝国との戦争終結にむけた和平を――』
『残念ながら、今日最悪の運勢なのは11月生まれのあなた! とにかく最悪の一日でしたね。もしこれから買い物に出かけるなら、傘や――』
結果、自分とは縁遠い内容ばかりにエドワードは舌打ちを漏らし、再び魔力を通してラジオを切る。唯一、運勢占いは自分の誕生月を報じていたが、わざわざ最悪らしい内容を聞くつもりは毛頭なかった。
エドワードはふたたび椅子に身体を沈める。さてどうしようか、と思案顔になったところで、空っぽの胃袋が盛大に音を立てた。
思わず表情をしわだらけにして、思い出す。朝から何も食べていない。
ひとつため息を吐くと、重だるい体に活力を注いで立ち上がり、脇にあった長剣を腰に帯びる。治安が悪いわけではないこの街で帯剣する意味は、ただの厄介払い以上のものはない。自然と人から避けられることは、今のエドワードにとって都合が良かった。
机の中からいつも中身が心もとない財布を引っぱり出し、掏られないように懐にしっかり入れてガレージとなっている一階へと降りる。外から直接事務所へと通じる階段に、「外出中」の立て札を置いておくのも忘れていない。
埃の匂いが鼻をつくガレージで引っぱり出したのは
そんな移動の相棒を外まで押し出し、戸締りを確認したエドワードは自動二輪車に魔力を通してラジオと同じように起動させる。本人魔力認証――個人で魔力の波長が異なることを利用している――を通過し、無事起動したスクーターはハンドル前で魔術式を展開。速度や魔力残量が可視化される。
そして魔力石から魔力を抽出し、動力を得たスクーターは地面を噛んで滑らかに動き出し、エドワードを乗せて道路へと繰り出した。
*
<ユグリー通り>から伸びる入り組んだ路地を抜け、トゥリエスで最も広いとされる<アンプル通り>に入る。
その人通りの多さにエドワードはいつもの如く辟易しつつ、通りに沿って道路の端を低速で進んでいく。そうしてしばらく歩道脇を探していると、ほどなくして目的の店を発見した。
店、といってもそれは販売場所をコロコロと変える移動販売車だ。ガロンツァール特産の拳より大きな男爵芋を、はちみつ入りの乳溶き片栗粉で包んで揚げた『ガロン揚げ』なる揚げ芋を売っていて、これがエドワードの目的だ。
そんな「ティムのガロン揚屋」の屋号を掲げる店の脇にスクーターを停車させると、エドワードは「よう」と忙しく手を動かす店主ティムに声をかけた。
「お、いらっしゃ……って、なんだ、エドかよ」
「なんだとはなんだ。営業する気のある店主とは思えない言葉だな」
販売車の中で赤茶色の肌と禿頭の大男がむさくるしい笑顔と共に振り返り、エドワードの姿を認めて盛大に表情を歪ませた。
決して歓迎していない言葉を吐けば、エドワードはいい笑顔で軽口に応じる。
そんな彼にティムは口の端をひくつかせ、観念したようにため息を吐くと、「……ご注文は?」と低い声で促した。
その言葉にしばし手書きのメニュー表を見つめていたエドワードだが、顔を上げて真面目くさった顔で注文する。
「五個入りを三割引きで」
「だあっ! ほらみろこれだからお前にゃ来てほしくないんだよ! なんで客が割り引くんだ、しかも毎回!」
あまりにも図々しい注文に、堪らず、といった形相でティムが野太い声で悲鳴を上げた。
猛獣の咆哮かと思わせるような銅鑼声に通行人の足がいくつか止まるも、目の前のエドワードはまるでいつものことだ、といわんばかりに「まあ、聞けよティム」と白々しく切り出す。
「何も俺は揚げたてほやほやの一番価値のあるガロン揚げ五個を三割引きで売れと言ってるわけじゃない」
「……だったら何が欲しいってんだ。揚げてないガロン揚げか? それなら大喜びで売ってやるよ」
「それだとただの芋の二倍の値段になるじゃないか、馬鹿言え。まずはそこの端っこのガロン揚げだ。その二つは揚げてから結構時間が経っているだろ? さらにとなりの二つのガロン揚げの芋は、平均サイズよりずいぶん小さいな。そして、反対側のやつは揚げすぎて他より色が濃いし焦げている」
「おいエド、何が言いてえんだ」
指さしながら一つ一つあげつらっていくエドワードに、ティムは怪訝そうに眉を顰める。
そんな彼に、エドワードは底意地悪い笑みを浮かべて答えた。
「いや、なに。俺の知人たる善良なガロン揚屋の店主のティムが、他のお客に冷えた商品や規格未満の商品、焦げた商品を売りつける姿を見るのは心苦しくてな。ここは三割引きでそれらの商品を引き取ってあげようと思っているのさ」
「て、てめえ……」
淀みなく言いきったエドワードに、ティムは額に青筋を浮かべて頬を引くつかせる。いけしゃあしゃあと放たれた言葉に怒りの形相の彼だが、さりとてエドワードの指さした商品を改めて素知らぬ顔で売れるほど、ティムは見た目ほど面の皮は厚くなかった。
しばし硬直して脳内でそろばんを弾いていたティムだが、観念したようにまたため息を吐くと「はいよ」と指さされたガロン揚げを袋に放り込み、エドワードに渡した。きっちり三割引きされた代金を受け取りつつ。
それをホクホク顔で受け取ったエドワードは、さっそく中身を一つ取り出して齧りだす。
そんな様子をカウンターに肘をついて見るティムは、呆れたように呟いた。
「やれやれ……揚げ芋ごときにそこまで弁を振るうやつはトゥリエスに他に居ねえよ」
「売ってる側がごときとか言うのかよ」
エドワードが甘い芋を咀嚼しながら混ぜっ返せば、ティムは首を振って唇をへの字に曲げた。
それでもさらにエドワードにぼやこうとする辺り、客入りの少ない夕方にちょうどいい話し相手ができたと思っているようだ。
「そんなところに労力を割かないで、仕事探せ、って言ってんだよ。探偵が自分で仕事探しくれえしたっておかしくねえだろ」
「大きなお世話だ、ほっとけ」
痛いところを突かれた、とばかりにエドワードは表情を歪めて鼻を鳴らす。
先ほどやり込められたティムはそれを見て溜飲を下げつつ、「そういえば」と思い出したようにあっさりと話を変えた。
「知ってるか? トゥリエスに王国の偉いさんとこの部隊が来てるんだとよ」
「部隊?」
「おう。軍属でも官憲組織でもない、大臣直属の武装組織の一派だっていう噂だ」
「……はあ、で、それが?」
噂好きの彼らしい、出所のわからない微妙な話だ、と心の中でひとりごちりつつエドワードは相槌を打つ。暇しているのはティムだけではないようだ。
「なんでもよ、ある『組織』を追うためだけにとか、ある『物』を確保するためだけにとかで作られた、色んな噂のある部隊がやってきたっつう話だぜ? こう、面白そうな気配を感じねえか?」
「別に。そりゃ噂大好きのお前だけだろ。平々凡々の俺には関わりのない話だ」
なにやら興奮気味に語る大男を見て、エドワードは芋を堪能しながら一笑に付した。なにより、噂に幅がありすぎて本当かどうかも怪しいとさえ思っている。
そんな塩対応のエドワードに、己の興奮が伝わらないと見るや否や、ティムも「けっ」とつまらなそうにカウンターに顎を乗せて突っ伏す。
「なんてロマンのないつまらねえ野郎だ。特殊部隊、って言葉ほどワクワクするもんはねえだろ」
「つまらなくて結構。俺の生涯の目標は、当たり障りのない毎日、ってな」
「……平々凡々だの、当たり障りのないだの、帯剣してるような奴がいうことじゃねえよ」
ティムがじっとりとした視線をエドワードの腰の長剣に向け、ぼやいた。
それに対し、エドワードは「わかってないな」と言わんばかりに首を振って返す。
「刃物を見せびらかして歩くような奴に、まともな神経を持ってる奴ならまず喧嘩なんて売らないね。俺なら近づきもしない。つまり、これがあるだけで俺の外出の安全は保障されるのさ」
「いーや、そのうちお前は帯剣してるせいで厄介事に絡まれるね。絶対だ。俺様の勘がそう言ってる」
ティムの言葉に、エドワードは鼻を鳴らして返事すると、屋台に預けていた背中を離してスクーターに足を向ける。
手をひらひらと振ってティムに別れを告げ、メットインにガロン揚げの入った袋を突っ込んで愛機に乗り、通りへと出た。
*
スクーターを駆って暫し、気づけば宵の口となっていた。月明りはなく、新月の夜には街灯の街明かりしか周囲を照らすものはなかった。
なんとなく住居たる事務所に直接帰る気分になれなかったエドワードは、<アンプル通り>から<ユグリー通り>とは反対側の方向へとスクーターを巡らせていた。
そのまま入り組んだ路地を抜け、比較的工場の多い<ミル通り>をなんとはなしに走行している。この通りはトゥリエスを横断するミル川沿いに存在しているのだが、付近の工場群は既に今日の稼働を停止し、通りには川の小さなせせらぎの音しかなかった。
無言のエドワードの碧眼に、魔術式の燐光を漏らして発光する街灯の明かりが映っては消えていく。茫洋としている視線はそれらをまったく捉えておらず、彼の意識はどこか遠いところにありながらスクーターを操っていた。
エドワードにとって、トゥリエスにやってきてから気が付けば七度目の春となっている。事務所を立ち上げてからは五度目であり、そう思えばどこか感慨深い。
しかし、心の奥底には、深く深く刺さる『棘』が未だに存在していた。七年前に突き刺さった空想の刃。それを忘れるためだけにトゥリエスにやってきたのに、七年という月日は未だ忘れさせてくれない。
ふとした空白の時間に思い出す『棘』は、エドワードに幾度も問いを投げるのだ。
忘れていいのか、お前はそれでいいのか。思い出せ、思い出せ、思い出せ!
過去から逃げ出した負い目はますます痛みを増幅させ、空想の棘は長く伸びて尚さらに根深く刺さる。消えてほしいと願う痛みは、ふと思い出すたびさらに喚起されて存在をますます顕在化させていた。
思いを巡らすエドワードは、不意に胸に鈍痛を覚え、反射的にスクーターを止めて胸を押さえる。<ミル通り>にはエドワード以外の車も人影もない。ど真ん中で停止しても咎める存在はない。
精神病だ、と知人の医者には診断されていた。そんなことはわかっているし、だからといって薬でどうにかなるとは思えなかったので通院していない。この痛みを、棘の囁きを忘れるにはそれこそ麻薬で何もかもを忘却の彼方に吹っ飛ばすしかないとわかっているからだ。
「……クソッタレ」
小さくつぶやいて、ハンドルを握りなおす。久しぶりの発作だ、と苦く笑い、前を見る。それでも『棘』の痛みはもはや慣れ親しんだものだった。
鋼の精神でどうにか痛みを無視し、そろそろ我が家へと帰るべくスクーターを駆動させようとハンドルを動かした瞬間。
けたたましいブレーキ音を響かせて、
「――な、んッ!?」
あまりにも尋常ではない勢いに絶句するエドワードの前で、トラックが曲がり切れずに激しく横転する。
四角い箱状の荷台が火花を散らして道路を滑り、エドワードの眼前でどうにか停止して彼に二度目の絶句を味わわせた。
目の前で起きた事故にエドワードがぽかんと口を開けて思考停止していると、横転した運転席から、運転手と思われる男が息も絶え絶えになって這い出してくる。頭から血を流しており、横転した際に激しく頭を打ったものと思われた。
それを驚きのままに見ていたエドワードだが、男の着用している腕章に盾と獅子を象った紋章が掲げられていることに気付く。それはまさしくガロンツァール王家の紋章であり、その意味は当然、この男は王家の関係者、ということだ。
(何故こんなところに王家の人間が? というか、なんだ今の。何をそんなに急いで――)
と、沈黙のままに男が運転席から出てくるのを見守っていたエドワードだが、顔を上げた男と不意に視線がかみ合う。
男は一瞬こわばった表情となったが、続いてエドワードの腰を――正確にはその長剣を見て、縋るようにエドワードにとりついた。驚愕するエドワードに構わず、男は必死の形相で叫ぶ。
「き、君、頼む! 荷台の中身を守ってくれ! 護衛がみんなやられぅえっ」
しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
奇妙に言葉尻が乱れたことに疑問に思ったエドワードだが、視界の下部に光る物を捉えて思わず視線を下ろす。
そこには、目の前の男の胸から生えた鋼の輝きと、流れ出る血の滝があった。
「――――ッ!」
何度目かの驚愕を覚えて息を呑むエドワード。しかし、状況は無言で彼に次の行動を強いる。
彼の視線の先、鋼の輝き――剣の切っ先が、僅かに震える。
力が込められた、と理解するのと同時、スクーターから転げ落ちるように横っ飛びに跳ねた。
同時、エドワードの右上腕に焼きごてをおしつけられたかのような灼熱が奔る。地面を転がりながら体勢を整えれば、灼熱が通り過ぎた右腕にはパックリと開いた裂傷があった。
あふれ出る血から視線を外して顔を上げれば、目の前で心臓を貫かれ即死した男が崩れ落ちる。その背後には、頭の天辺からつま先まで黒尽くめの、性別すらわからない人物が血に濡れた直剣を構えなおしていた。
鳶色の瞳だけがどうにかわかる特徴だったが、そこには背筋も凍りそうな殺意が漲っている。
目の前の輩は、俺を殺しにかかっている。
それだけを、非現実的な状況で茫洋とする頭で理解すると、痛む右腕を無視して腰から剣を抜き放った。
「っ、なんなんだ、お前!」
やけくそになって
そこで、気づく。
黒尽くめの輩が、目の前にだけ居るのではないことに。
左右、背後、トラックの上。見て、感じ取れる範囲の中に、少なくとも十人は居るのだ。しかもその全てが殺意に満ちていて、剣を、斧を、槍を構えている。
当然、それらの向ける先は、中心の
「……冗談、だろ?」
あまりにも絶望的な状況に、思わず薄ら笑いを浮かべて問いかける。これにも当然答えはなく――否、返事は刃で返された。
銀光一閃。目の前の直剣から鋭い斬撃が繰り出される。
それを一歩引いてギリギリで間合いを外すことで回避。同時に、もつれそうな足捌きでどうにか左へと跳ね飛べば、先ほどまで身体のあった場所を右側から槍の穂先が引き裂いていく。
さらに、視界の端に鋼の光が映り込む。反射的に剣を左半身に掲げれば、もげそうなほどの衝撃が剣を握る右手首に襲い掛かった。同時に右上腕の裂傷が悲鳴を上げて脳髄に激痛を叩きこむ。怪我しているのを承知で、重い斧の一撃をどうにか防いだのだ。
だが、ここで限界。三人の攻撃を捌けても、四人目の攻撃は捌けない。
正面から幅広の両刃剣の刺突が迫る。
明らかな絶体絶命の場面で、しかしエドワードはあきらめない。彼には四手目の手段がある。
空いている左手を突き出す。開いた手掌の上には、今の今まで隠していた
眼前の男と思われる大柄な黒尽くめの目が驚愕に見開かれる中、完成した魔術式から反撃の一撃が繰り出される。
「消し飛べ!」
魔術『
手のひらから紅蓮の爆発が発生し、方向を一方向に限定した魔術式によって威力を増した一撃で両刃剣が叩き折られる。同時に男が爆裂に巻き込まれてその上半身が消し飛んだ。
その様を間近で見たのか、剣を通して斧持ちの黒尽くめの驚愕が伝わる。その隙を逃すわけもなく、エドワードは渾身の力で斧を弾き飛ばし、その黒尽くめに回し蹴りを叩きこんだ。
巨躯の腹部に渾身の一撃が突き刺さり、その身体がくの字に折れる。そこへ断頭の斬撃を叩きこもうとして、横合いから突き出された槍の柄に阻まれた。
火花が散り、一撃を阻んだ槍使いが巧みに得物を手繰って突きを繰り出す。それを上体を捩じって辛くも回避し、エドワードは大きく後退して剣を構えなおした。
一時的に<ミル通り>に静寂が訪れる。
先ほどの『
「……魔術師、いや、魔術剣士か。厄介な。だが、ここで消えてもらう」
その呟きに言葉を返す余裕はエドワードにはない。
残るは九人。手札を隠していたことでどうにか減らしたが、今後は警戒されて同じ手は使えないだろうと確信していた。
ならば、とエドワードは己の内にある魔力を手繰り、剣へと通す。魔力を操作し、切っ先に目立つように魔術式を構築。さらに、左手を見せるように開いてそこにも魔術式を展開する。
黒尽くめ達の警戒がさらに強まったのを肌で感じながら、エドワードは不敵に笑って見せた。
直後、突き出した左手から『
広範囲の面攻撃たる爆発に複数の敵を巻き込んだのを確認しつつ、足音を聞いて振り返り、剣を掲げる。それとほぼ同時に、目の前で振り下ろされた直剣を寸でのところで受け止めた。そのまま眼前の腹へと前蹴りを叩きこんで蹴り飛ばす。
続いてやってくる二人目の直剣使いの袈裟切りを上体をそらして避け、流れた剣の腹に思い切り一撃を打ち込んで弾き飛ばした。
そこへさらに追撃を仕掛けようとしたところで、エドワードの背筋に極大の悪寒が
瞬間、迫る槍の穂先を視界に捉えるも、無理やり動かした身体はそれ以上意思に追従できない。
結果、鋼は深々とエドワードの左肩に突き刺さる。
「ぐ――ッ!?」
頭の中で痛みが爆発し、絶叫しそうになるのを歯をくいしばって耐えた。
目の前を見れば、煤けてはいるものの健在の槍使い。よく見れば、黒い装束の下に鎖帷子らしき防具が見てとれた。
最初の敵を手応えなく屠れたことから防御力はないものと思い、エドワードは威力が分散する面攻撃の『
痛みの灼熱にどうにかなりそうな頭の隅で、そんなことをエドワードは冷静に考える。考えることがエドワードの武器であり、この状況を切り抜ける唯一の手札だ。
刹那の思考の後、エドワードは痛みを振り切って左手で槍を掴む。抜こうとする動きを妨げつつ、剣を――その切っ先を槍使いに向けた。
そこに浮かぶのは、二度も見せている同じ魔術式。槍使いの目が見開かれる中、式の燐光は爆裂へと変じた。
今度は方向を定めない、全方向へ放たれる暴力の嵐。
当然爆裂はエドワードすら巻き込み、すさまじい勢いでその身体を後方へと吹き飛ばす。槍から解き放たれた身体が血の尾を引いて転がっていく。
しかし、巻き込まれたのは至近距離に居た槍使いとエドワードのみ。他の黒尽くめが、吹き飛ばされたエドワードにトドメを刺すべく目を向けて――太陽かと見紛う閃光に網膜を灼かれた。
「――――ぐぅ!?」
それが魔術『
回復した視力で慌てて周囲の警戒をする黒尽くめ達だが、そこにエドワードの影はない。
ふと黒尽くめの一人が見やった川に、不自然な波紋が広がっていた。よく見れば赤い色にも濁っている。
逃げられた、と理解するのと同時、追撃せんと行動を開始しようとした彼らの耳に、けたたましいサイレンの音が届く。それらはこちらに向かっており、ものの数分で到着することは容易に予想できた。
何故、ばれないように隠密に徹していたはず――といぶかしむ黒尽くめは、エドワードの仕業か、とすぐに思い至った。
すさまじい爆発音を立てる三度の『
いくら人通りも住宅もない<ミル通り>とはいえ、隣の通りの誰かしらは気づくような派手なものばかりだ。
これを想定してか、と黒尽くめの一人は歯噛みするも、もう遅い。間もなく警察組織が到着するだろう。それらまで相手にすることは計画に入っていない。
仕方ない、とリーダーの男は部下に指示を出すと、トラックから速やかに目的の代物を取り出し、音もなく夜闇の中に消えていった。
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