Endless Twilight

人夢木瞬

Endless Twilight

 晴れた金曜日の放課後、屋上に向かうとドッペルゲンガーと遭遇する。

 いつからか俺の周囲ではこんな噂が流行っていた。ドッペルゲンガーというと自身と全く同じ姿をした別人、あるいは化け物だ。その後には出会うと死んでしまうという言葉が続く。

 そのためか誰も試そうとはせずに、噂ばかりが一人歩きしていた。正確にはたまに試そうとする者もいるのだが、屋上へと続く扉は鍵がかかっているため、結局引き返すことになるのが実状だ。

 俺はそうして引き返すヤツを横目で見ながら、掌の中で一本の鍵を弄ぶ。そして周囲に誰もいなくなったのを確認すると、その鍵を回すのだ。

「やあ、柳田君。いつもご苦労様」

 屋上にいたのは一人の少女だった。当然俺のドッペルゲンガーなんかではない。この学校の生徒会長だ。もっとも、彼女は数ヶ月前に生徒会室で自殺していたのを発見されたはずなのだが。

「ほらよ。今週のジャンプと飯だ」

 俺は左手に下げたレジ袋を彼女に突き出す。もっとも漫画雑誌に関しては月曜日に俺が買った読み古しだ。それ以外はついさっき買ってきた。

「おお、ありがとうありがとう。いつもいつも助かるよ」

「そう思ってんのならせめて飯代くらい払ってくれませんかねぇ」

「そんなこと言われても死んじゃってるからさぁ」

 俺が彼女に敬語を使うのは皮肉を口にするときだと決まっている。彼女もそれを分かっているのか冗談で返した。いや、果たして本当に冗談なのだろうか。

 少なくとも俺は彼女の死体を見たし、葬式にも参列した。けれども俺の目の前にいる生徒会長は間違いなく本物だ。触れようとすれば触れられるし、食べたものもなくなる。幽霊だとは到底思えなかった。

「そういえばさっきドアノブがガチャガチャ鳴ってたけど、なんだったんだい? 最近やたらと多い気がするけど」

「噂になってるんだよ。晴れた金曜日の放課後に屋上に向かうとドッペルゲンガーに出会うっていう話がさ」

「ははっ、残念だけどドッペルゲンガーはもう私が殺しちゃったからなぁ。ここにいるのは私だけだっていうのに」

「死んだはずの生徒会長がいるってだけでホラーだろうが」

「それもそうかもね」

 生徒会長は苦笑しながら俺からレジ袋を受け取る。まずは雑誌を取り出したかと思うとそれを読むわけでもなく、敷物代わりにして床に座った。

「毎度思うんだけどさぁ、それ止めようぜ。なんか行儀悪い」

「いいじゃないか。どうせ見てるのは柳田君だけだもの」

「その俺が止めろって言ってんの」

「えー、でもスカート汚れちゃうし」

「ならレジ袋敷けばいいじゃん」

「高さが足りないからヤダ」

 俺の言う事なんて聞いてくれるわけもなく、彼女は俺の買ってきた菓子パンを頬張り始める。いつも通り一つため息を吐いたあとで俺は彼女の隣に腰を下ろした。

「うん、甘い。柳田君もだいぶ私の好みが分かってきたんじゃないの」

「毎週のように付き合わされてちゃ、そりゃあな」

「そっか、君にとっては毎週なんだよね」

「どういうことだよ、そりゃ」

 いつも意味不明な言動の生徒会長だが、今回は理解不能だ。彼女自身それを分かっていたのか、すぐに説明をしてくれた。

「簡単な話だよ。私は気がつくとここにいる。決まって空は晴れてて、金曜日の放課後だ。そして君も知ってる通り、六時になると姿が消える」

「ああ、最初はびっくりしたぜ。まったく」

「そして瞬きをするような感覚のあと、私は次の晴れた金曜日の放課後にいるのさ」

「なんだそりゃ。時間が飛んでるってことか?」

「私の視点ではね」

 意味不明で理解不能で理論の欠片もない言動。けれども俺の中には彼女の言葉を信じる以外の選択肢はなかった。現に六時になると彼女の姿は突然消え失せるし、何度も確認するようだが彼女は既に一度死んでいる。恐らくは彼女の語った言葉はすべて真実なのだろう。

「じゃあ会長にとってはずっと何時間も俺と話し続けてるってことか」

「そういうことだね。まあ半分くらいはご飯食べてたり、漫画読んでるわけだけど」

「つまらなくね?」

「どうしてさ。私はとっても楽しいよ」

 無邪気な笑顔を浮かべながら生徒会長は次の一口を頬張る。

「もしかして柳田君はつまらないのかな?」

「楽しいとかつまらないってか、クラスで飼ってるウサギに餌やってる気分だ」

「なら楽しいじゃないか。ウサギは可愛いし」

「ごめん。言ってることがよく分からん」

「ごちそうさまっ」

「人の話を聞け!」

 生徒会長は残りのパンを押し込むようにして自らの口を塞いだ。

 それからしばらくの間、沈黙が続く。運動部のかけ声や吹奏楽部のチューニングだけが遠くから響いていた。俺は何気なしに西の空を眺める。

 真っ赤な夕日が少しずつ、少しずつ落ちていく。まるでそれは俺が彼女といれるタイムリミットを表しているように思えてならなかった。慌てて携帯電話で時間を確認してみるも、六時まではまだまだ時間があった。

「おや、メールかい?」

 いつの間にか口内のパンをすべて胃袋に落とし終えた生徒会長が、俺の手元を覗き込んでくる。既に画面は真っ暗になった後だった。

「時間を確認してただけだ」

「いやいや。恥ずかしがらなくたっていいんだよ。私は死人なんだからすべて曝け出しちゃおうよ」

「だから違うって言ってんだろ。そんなにいうなら確認しろよ」

 俺が突き出した携帯電話を彼女は受け取らなかった。

「嫌がる相手から無理矢理聞き出すのが楽しいんじゃないか。そんなに素直に差し出されてもつまらないぁ」

「あんたの考えは本当によく分からん」

 俺はもう一度時間を確認した後で携帯電話をポケットに仕舞った。

「で、時間を気にしてるってことはこの後何か予定でもあるのかい?」

「いいや、別に」

「ふ~ん」

 生徒会長はニヤニヤしながら俺の顔を見つめてくる。ウゼェ。

「しかし時間確認に携帯電話を使うってのはあまりスタイリッシュじゃないな。腕時計でも買ったらどうだい」

「誰かさんのせいで毎週のように菓子パン買ってるんで、金銭的余裕はないんですよ」

「そこまでの負担じゃないでしょ。ったく、そんなに言うなら私の腕時計をあげよう。もう使わないからね」

 そう言って生徒会長は自らの左腕に巻き付けた腕時計をはずす。小さな文字盤に細いバンド、明らかに女物だ。彼女はそれを俺の制服のポケットに無理矢理押し込んだ。

「いらねえよ。これ女物だろ」

「だからこそさ。これがこの後で恋人に見つかって修羅場にでもなるがいい」

「彼女なんていたらここで駄弁ってないっての」

「なんだ。つまんないの」

 そう言いながら生徒会長の顔は笑っていた。一瞬、バカにでもしているのかと思ったが、そういった笑顔でもないことに気がつく。

「さて、今日もそろそろ時間だね」

「えっ? さっき確認したときはまだ……」

 携帯電話を確認すると、なぜか時計は午前三時を示していた。いつから狂っていたのだろう。

「私がドッペルゲンガーを殺しちゃった時点で、この屋上の時間の概念はおかしくなってるんだよ。時計は狂うし、私は時間を飛び越える。だから言っただろう。その腕時計はもういらないってさ」

「……ふざけてるな。この場所は」

「ふざげているからこそ、死んだはずの私が未だ存在できているんだけどね」

 刹那。強い風が吹き抜ける。レジ袋が空高く舞ったかと思えば、そのまま西の空に消えていった。

「さ、て、と」

 まるでかけ声のように生徒会長はその言葉と共に立ち上がる。俺も彼女に釣られるようにして後に続いた。

「今日はこのへんでさよならだ。それじゃあ柳田君、また来週、天気が良かったら」

「ああ、また……あとで」

「ふふふっ」

「なんだよ」

「別に私に気を使わなくたっていいんだよ?」

 それだけ言い残して、俺が言い返す間もなく生徒会長は姿を消した。

「………………」

 俺は床の漫画雑誌を拾い上げる。かすかに彼女の体温の残るそれを抱えて俺は屋上を後にした。きっと俺は来週もまたここを訪れるのだろう。

 あくまでこの不思議な屋上や、死んだ生徒会長が存在していることに折り合いをつけたいだけであって、それ以上の理由は存在しない。

 そんなことを自分に言い聞かせながら、俺はポケットの中の腕時計をギュッと握り締めた。

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