第5話行くのか来るのか

 『アアアアアアアアアまたダメだった……! 先輩、そっちはどうですか?』


 スカイプから右左見の悔しそうな声が飛んでくる。


 「いや、こっちも駄目だった。これ、本当に人気なんだな」


 『当たり前じゃないですか! あー、今から行っても抽選券の配布には間に合わないだろうなぁ……』




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 事の発端は数ヶ月前に遡る。


 「先輩、ソ●ーアカウントって持ってますか?」


 2人で昼飯をかき込んでいる最中、ふと思いついたように右左見がこちらを見上げてきた。ちなみに今日はソシャゲの昼イベントをやりたいが為に、すぐ食べられてスタミナも抜群であろうカレーをチョイスした。何となく味の濃い物にはエネルギーも宿っていそうだと個人的に思っている。一方右左見はうどんだ。うどんって。いや安いし炭水化物だがうどんって。しかもきつねうどんって。若いんだからもうちょっとカロリーを摂るべきだと日頃から指摘しているのだが、どうも右左見は食に興味が無いらしく簡素な物をちょろっと食べて終わってしまう。右左見を横から見た率直な感想は「薄い」の一言に尽きるレベルだ。


 「あー。持って……いや、あれはPS2の時に作ったPSN垢だから……それとは違うのか?」


 「あー、残念、今回の件に限っては違うんですよねぇ」


 「何だよ、今回の件って」


 すると右左見は箸を器の上に置いて身を乗り出してきた。


 「VRって知ってますか?」


 「VR? ---ああ、最近やたらその単語聞くけど詳しくは知らんな」


 2016年はVR元年だとやたら騒がれていたがどうにも未だにピンと来ていない。テレビで見るそれを合算すると、どうやらデカいゴーグルを装着した途端まるでゲームの中に入ったような感覚になるようだが……正直SFチックだな、と思うしバーチャルボーイじゃねーか、とも思う。

 そんな事を思い返しているこちらを無視して右左見がお得意の熱弁を披露し始めた。


 「いいですか先輩。VRとはヴァーチャルリアリティの略です! 言ってしまえば仮想現実です! HMDを被ったその瞬間僕らはゲームの主人公その物になりきれるんですよ! 頭を傾ければその方向に画面が動いてコントローラーを振りかざせば魔法だって使えるんです!」


 「うん待て、全然追いつけてねーから。ゲームの主人公その物ってことは画面としてはFPSみたいなモンか」


 「うーん、いや、合ってるんですけどちょっと違うんです。確かにFPSっぽいですけど……あ、そうだ! そう、3Dなんですよ!」


 右左見の双眸が眩しく輝く。しかし悲しいかなその光の受け止め方が寸分も解らない。


 「と言われても、3DSとどう違うんだ? あれだってジャイロセンサーもついてるから傾ければ動くだろ」


 「それは……」


 お手上げ状態で訊き返すと右左見はみるみる輝きを失い、乗り出した身を引き、真剣な面持ちで考え込んでしまった。困らせるつもりは毛頭無いが想像が付かないのだから致し方ない。これ以上こちらも手札が無いので返答を待ちつつカレーとソシャゲに集中することにした。ちなみに昼のイベントの支援を頼んだ件は忘れられているだろうと思う。


 「---あ、そうです! 行くのか来るのかの違いですよ!!」


 突然大声を出されて内心思いっきり吃驚した。吃驚し過ぎてソシャゲのコマンドを間違えた。しかし右左見には気付かれていないと思う。むしろ食堂の誰も気付いてはいまい。こういう時ばかりはつくづく表情筋が無能で良かったと実感する。……コマンドはミスったが。


 「いきなり何だよ、その行くのか来るのかってのは。ちゃんと説明しろ」


 「あ、はい、すいません」


 コマンドの恨みを若干込めて睨みつけたが右左見は照れてるんだか焦ってるんだか分からない変な笑い方をして謝ってきた。この場合照れても焦っても間違ってるんだけどな。少しは悪びれろよ。


 「ええとですね、3DSにはARシステムっていうのがあるじゃないですか」


 「あー……何か付属のカードを使うヤツだっけか」


 「そうそう、それです。あれは日本語で言うと拡張現実になるんです。ARカードとカメラ機能によって現実世界にゲームの世界が来る。あくまで現実が主体です。VRはその逆で、僕らみたいに現実に存在するモノがゲームの世界へ行くんです。主体はゲームの世界なんですよ」


 なるほど、それで”行くのか来るのか”なのか。VRはゲームの中に入ったような感覚というのとも辻褄が合う。


 「VRの感じは何となく解った。で、それとソニ●アカウントと何の関係があるんだ?」


 「あっ、本題忘れてました!」


 一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって、その次の瞬間にはもう目が熱意に燃えている。本当にコロコロと表情が変わる奴だな、と感心している俺の顔は多分相変わらず仏頂面だ。


 「ソ●ーから専用のガジェットが出るんです! その名もPSVR! もう分かりやす過ぎて伏せるまでもないですが、PS専用のHMDなんですよ! 事前の予約体験会は即ソールド! 入荷も出荷も次回予約日時すらも未定なんですけど、アカウント所有者限定でオンライン予約を時々やるって噂なんです! それで、僕1人では心許ないし、先輩に手伝ってもらえたらなぁ、と思って」




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 その熱に根負けして、今に至る。

 勿論初めは冗談半分に考えていた。最新技術を詰め込んだと言ってもPS4に繋げる拡張端末である。それが約5万円もすると言う。しかもコントローラは別売りと来た。挙句ローンチタイトルはその殆どが見るだけか精々頭を少し動かす程度だ。初動こそ信者が引っ張るだろうがじきに安定供給されるだろうと思っていた。

 それがだ。

 大体2~3ヶ月周期で行われるアカウント専売は即日完売どころの話ではなかった。まずショップサイトに入れない。何とか商品ページへ入ってもエラーでレジに入れられない。そうこうしている内にやっと表示されるのは『予約数に達しました』という完売報告だ。転売も膨らみに膨らみ、ただでさえ高値の筈が倍乗せられていても客がつく始末。もう何なんだコイツら。というよりゲーム社会どうなってんだ。VRってのはそんなに天地がひっくり返るような発明なのか? 休日にしては早朝という時間も相まって目がチカチカしてくる。

 ちなみにさっき右左見が言っていた”抽選券の配布”も中々に狂っていた。まず直売りする大型店舗が開店と同時か少し前くらいから抽選券を配布する。その抽選券を手にする為に陽も昇らない内から大蛇の列が成されるのだと言う。言っておくが、これは抽選券である。抽選に参加する為の権利を得る券であって買える保証は無い。この抽選券を持って店内へ行き抽選を受け、そこで見事当たって初めて購入出来るのだ。聞けば列に並ぶ代行業者までいるらしい。


 そりゃまあ、VR元年だの流行語だの社会現象だのとニュースで耳にする訳だよな……。恐るべし、ゲーム文化。

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