第3話メジャーとマイナー【後編】

 「っつ……」

 目覚めた意識は重く、頭部に鈍痛を伴った。視界に入ったのは、知らない天井。ここはどこだ……?

 鉛のような身体を起こして用心深く部屋を見渡す。

 無造作に配置された多数の機械、床を這う無数のケーブル、飾り棚に置かれたプラモデルの数々……まるでメカオタクの部屋だ。

 ん? オタク? そういや昨日右左見と飲んで、それから……? 駄目だ、思い出せない。何かの陰謀にでも巻き込まれ……


 「いや陰謀って何ですかw」


 「うおっ、お前いつの間に居たんだ!?」


 「鉛のような~あたりから居ましたよ?」


 「結構初っぱなから居たな! 声くらいかけろよ!」


 「いやー、面白くてつい。先輩って思ってたより中二なんですね(笑)」


 楽しげに笑いながらコップに入った水を渡され、遠慮なく一気に飲み干す。


 「ここは俺の家ですよ。先輩完全に落ちちゃって家の住所も聞き出せなかったんで連れ込みました!」


 いや、そんなドヤァって顔されても。


 「お前、ザルならザルって最初に言えよ……」


 「僕のペースに合わせると大変ですよって言ったじゃないですか」


 そういえば言われた気もする。


 「それにしてもお前、何なんだこの部屋……」


 「何って言われても。うーん、基地、ですかね?」


 右左見は部屋の中央に立って1つずつ指をさしながら説明を始めた。


 「あれがメインPCで、こっちがサブ機、PS4にPS3、白いのがWiiUです。で、VITAと3DSです」


 「いやそれにしてもケーブルの数が合わなくないか」


 「ああ。僕有線至上主義なんですよ。床にいる奴らはUSBケーブルとLANケーブルです」


 「え。ブルートゥースとかWi-Fiとか、今色々良いのあるのに何でまた」


 すると右左見はよくぞ聞いてくれました! という顔で振り返ってきた。その迫力に思わず頭を後ろに引く。


 「いいですか先輩。確かにブルートゥースもWi-Fiも使える機器がほとんどです。ですが、考えてみてください。それらを使用すると、この部屋には沢山の無線電波が飛ぶことになります。いくら識別機能が優秀でも、絶対混線しないかと言えば違いますし、Wi-Fiなんかは複数の機器で容量を分けて使うことになります。ちゃんと分けられれば良い方で、接続が安定しないことだってあるんです。まして入力機器は重要な時に電池切れを起こしかねません。その点有線接続ならどうですか? 全ての安定が保障される上に、何か異常があれば線を換えるだけで済むんですよ!」


 「分かった。分かったから落ち着け。頭に響く」


 「あ、すいません、つい」


 謝りながらも、目は未だ熱を帯びて輝いていた。ま、眩しい……。


 「あと僕、ずっと憧れてたんです。無機質な色で埋め尽くされた、機械だらけでケーブルが這い回ってる部屋に。電脳感ありません?」


 「んー……俺らの世代は何でも仮想空間とか無線でできる方がSFっぽくて憧れてた気がするな。繋がってないのに操作できるのが未来っぽかった。むしろこの部屋は俺らの世代のメカオタクに近い」


 「そうなんですよねー。実際僕の周りも有線派っていないです。そういう意味では僕がマイナーで、先輩がメジャーですね」


 何が楽しいのかカラカラと笑うそれにつられて、思わず俺も口元が緩んでしまう。

 学生時代、就職氷河期と言われていたあの頃に、大人になる為だと言い訳をして沢山の物を捨て置いてきた。それは例えば趣味だとか、仲間だとか。何かを楽しむ姿勢、とか。

 そういう随分懐かしい物を目の前にして、少し浮足立っている自分がいる。

 もうこんな話題は誰とも話さないと思っていた。できないと思っていた。だけど。


 「なぁ新人。仕事ちゃんと教えてやっから、俺にも教えろよ」


 「え? 何ですか急に。ていうか何をですか?」


 「現代ゲーム新人の俺に、ゲームをさ」


 我ながらちょっと上手い事言ったんじゃねぇの? と、思ったのに。

 右左見は盛大に笑い出した。


 「おまっ、何がおかしいんだよ!」


 「だって先輩、昨日それ、飲んでる時に聞きましたよ?」




 涙を浮かべながら笑う姿を見て、二度とコイツのペースで酒は飲むまい、と誓った。

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