第320話イスタンブールのヘレナ
イスタンブールの街をブラブラと歩いた。
既に夕闇、橋のたもとでは名物ムール貝の蒸し焼とか、サバドックを売っているけれど、食欲もない。
特に行くあてもないけれど、どうしても足は下町へと向かう。
観光客も増えるこの季節、あちこちの露天レストランで、ベリーダンスを踊る女を見かける。
まあ、たいていは二十代から三十代前半の女、たまには十代もいるけれど。
それにしても、やたらと胸の谷間を強調するのは、いかがなものか。
チップを挟みやすくするのか、チップもやりすぎだと思う。
胸が大きく見えるのはドレスに詰め物をしていることが、ほとんどだ。
若い娘ならいざしらず・・・腹はよく見ると、たるんでいる。
もともと興味はないから、そういう雑踏は通り過ぎる。
ようやく行き先を思いついたからだ。
「ヘレナの店にでも」
煮込み料理が食べたくなった。
鳥や魚をトマトソースで煮込んだ料理。
複雑なほどに香辛料を使うので、日々、味が違う。
しかし、味が違っても、美味しいことには変わりがない。
時々泊まってしまうことがあるけれど、それはまた別の話と考える。
ヘレナの店に入った。
相変わらず三、四人の地元老人客しかいないけれど、騒ぐだけの観光客相手の店よりは、よほど落ち着く。
「あら、珍しい」
ヘレナは、破顔一笑風。
久々の若い「男」がうれしいのだろうか。
三十代後半のはずなのに、いまだ独身。
顔も美形だ、身体の線もまだまだ崩れていない。
それに何より「詰め物」をしていないことは、よくわかっている。
「ああ、ヘレナの料理が食べたくてさ」
「その食べたくなる間隔が、長すぎない?」
ヘレナはちょっとすねた顔。
「うーん・・・」
少し誤魔化そうと、煮込み料理を口に入れる。
まあ、それが美味しくてたまらない。
今夜はまた特別に美味しくて、ほぼ一心に食べている状態だ。
「パンも温めるよ」
パンもお目当ての一つ。
イスタンブールのパンは、すこぶる美味しい。
とてもヨーロッパとは比べ物にならない。
「美味しいなあ、毎日食べたい味だ」
素直な感想を言う。
ヘレナは
「じゃあ、毎日泊まってちょうだい」
その大きな目をクリクリとする。
「おいおい・・・またかい・・・」
ヘレナの部屋のベッドは一つしかないなあ・・・そうなると今夜も・・・
そんなことを思っていると、身体が妙に熱い。
「わかった?」
ヘレナ
「・・・ああ・・・」
本当に身体が熱い。
媚薬をかなり入れられたようだ。
ヘレナ
「私だって、欲しくなる時があるの」
「二、三日は、泊まるんだよ」
この場合、食べ物はどっちなのか。
どうやら、「料理されてしまった」のは自分だった。
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