第317話怖ろしい受付嬢(10)
おそらく、自分以外には誰も考えていなかった提案だった。
専務理事が招いた自分に対して、怖ろしいほどの失礼な対応をしてきた彼女を、この会社での自分の助手にすると言うのだから。
直属の上司は提案と同時に硬直気味になったけれど、専務理事は自分の意をすぐに理解してくれた。
さすがは超一流企業の巨大なビルの中に、一室を準備してくれて、彼女をそこに常駐させる配置転換をしたのである。
肩書としては役員室直轄の「英国及び欧州進出特別対策室」、彼女の仕事は自分が提供する英字新聞、フランス語新聞他情報の翻訳になる。
その対策室の特別アドバイザーとしては、週二回程度の入室として、自分が受けた。
また、会長理事の発案で、他にも次の人事異動の際には、数名の英語、フランス語に堪能な社員も同じ室に入る予定となった。
さて、それでも当分は、彼女とだけの仕事になる。
といっても、彼女の翻訳の点検をするだけ。
そうなると、まるで大学の教員と学生の関係のようなもの、自分にとっては、まるで違和感がない、点検をする場所が大学内と企業ビル内に変わっただけなのだから。
彼女は、本当に慎重に、ある意味杓子定規に訳をして持ってくる。
「あのね、ここには、こんな裏の意味が含まれている」
「単語も複雑な意味があるから、気をつけて」
確かに間違った情報は、企業の判断そのものに影響する。
企業の判断ミスは、企業業績にも直結する可能性があるので、指摘は厳しくした。
それでも、定時が終われば、そんな厳しい表情はしない。
「はい、お疲れ様でした」
「ゆっくり休んでください」
「また、三日後に」
そんな生活が二週間ほど続いた。
彼女の顔も、かなり落ち着いてきた。
そして二週間後の帰り際だった。
突然彼女が、
「あの・・・もう少し教えていただきたいのです」
「三日後は、待ちきれません」
すごく真顔である。
少し困った。
「あの、私の立場では残業は指示できません」
彼女は
「先生はお困りですか?また私、困らせているのですか?」
そう言って涙ぐむ。
「そうは言われても・・・場所が・・・残業はできませんし」
何しろ、他にできる場所は大学になるけれど、学生に見られて、変な噂を建てられても困る。
まさか、我がアパートの部屋は、不精放題であるし、倫理的にも無理。
少しためらっていると、彼女は理解しがたいことを言ってきた。
「先生は、人を好きになったことはありますか?」
真顔そのもので、怖ろしいほどの目線。
「え?」
珍しく固まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます