第303話近江国の生霊の話(1)今昔物語

今は昔。

京の都から、美濃や尾張へと下る男がいました。

まだ暗い時分に京を出ようと思い、夜更けのうちから起きて歩き、とある四つ辻のところに差し掛かりました。

見ると、道の真ん中に、青い衣をきて裾を引き上げた女が、一人で立っています。

男は、

「この夜更けに、あそこに立つなど、どういう素性の女なのだろうか」

「一人で立つこと、そのものがありえないことだ」

「きっと男の連れがいるのだろう」

と考え、通り過ぎようとするのですが、

その女に呼び止められてしまいました。

女は

「あの、そこをお通りのお方、どちらへ行かれるのですか」

と声をかけてきます。

男は

「美濃から尾張へと下る予定です」

と、素直に答えるのです。

女は

「そうなると、これはお急ぎですねえ、ですが、私にもあなた様にどうしてもお頼みしたいことがあるのです」

「しばらくお時間を」

と言うので、

男は

「一体、何ごとなのですか」

と立ち止まります。

女は

「この近くに民武太夫というお方のお屋敷があると聞きました」

「それでも、どこなのかわからないので、行こうと思っていても道に迷ってしまいまして足が進みません」

「できましたら、この私を連れて行っていただけないでしょうか」

と頼み込んできます。

男は

「いや、そのお方のお屋敷に行かれるのに、どうしてこんな所にいるのですか」

「そのお屋敷になると、ここから七町も八町(800㍍程度)も歩きます」

「私も先を急ぐ身です、そこまでお送りするのも、とても・・・」

と断るのですが

女は

「とても大事な用事がありまして、なんとかお願いしたいのですが」

と、粘ります。

男は、しかたないと思い、しぶしぶながら、案内をします。

女は

「これは本当にありがたいこと」

と喜んでついてきます。

男は、この女の雰囲気が、本当に薄気味悪いけれど、気のせいかもしれないと思い、女の言うとおり、その民武太夫のお屋敷に送り届け

「民武太夫様のお屋敷は、こちらになります」

と教えると

女は

「ほんとうにお急ぎのところ、私のために、わざわざ後戻りしてまで、ここまで案内をしていただきまして、本当に嬉しく思います」

「私は近江国の某郡の某と言う所に住む、某という者の娘です」

「東国にお出でとならば、その道の近くに家があるので、ぜひお立ち寄り願います」

「いろいろと、お話をしたいこともあるので」

と言うと、男の前の立っていたはずの女は、煙のように消えてしまいました。

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