第300話美幸の恋(6)

悠は、約束の午後五時に美幸の弁当屋の前に来た。

弁当屋としては、閉店しているので、悠がチャイムを押すと、美幸はさっと家の中に迎え入れる。


美幸

「ここが調理スペースで」

一階部分は調理スペースになっているけれど、それ以上の説明はしない。

「お話は二階で」

どうやら二階は住居スペースになっているようだ。

悠と一緒に階段をのぼる。


悠は

「お邪魔します」

で、ちょっと緊張気味で、居住スペースに入る。

美幸

「古い家だけど、下町だし」

少し恥ずかしそうな様子。

悠は

「いえ、センスのいい家具が並んでいます」

「落ち着きます」

そんな感じで、部屋の中を見回している。

確かに一階の店舗部分の雰囲気とも違うし、下町というほどレトロな居間ではない。


「お茶淹れるね」

美幸は、お茶を淹れて、悠が座ったソファの前のテーブルに置く。


「ありがとうございます」

少し緊張が和らいだような顔になる。


美幸は

「うん、いろいろお話しよ」

かえって美幸のほうが、ドキドキしている。

何しろ、こんなに若い男の子と、二人きりはかつてない状況なのである。

そして

「ところで、ご実家のほうでは・・・」

まずは悠の暗い顔の原因を知りたくなった。

「でも、言える範囲でいいから」

あまり根掘り葉掘りも失礼だと思った。

やはり、ここは慎重さが求められる。


悠は、少し顔が沈んだ。

「あの・・・実家というよりは・・・」

ためらっている。


美幸は

「不幸って言ったから、実家ではない、大切な人だったのかな」

そんなことを思いながら、悠が言い出すのを待つ。


悠はますます顔が沈んだ。

「あの・・・幼馴染の子が・・・」

「事故に巻き込まれて」

少し涙を浮かべている。


美幸は、悠の隣に座った。

「うん、そこまででいいよ」

「大切な人だったんだね」

美幸は、悠の背中をなでた。


悠は、少し首を横に振る。

「大切とか・・・と・・・言うわけじゃなくて・・・」

唇を噛んでいる。

何か、事情がありそうである。

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