第295話美幸の恋(1)

美幸は今年二十八歳で、独身。

両親から受け継いだ街の小さな弁当屋を、一人で切り盛りしている。

一人で切り盛りしているのは、両親が相次いで亡くなってしまったことから。

それまではOLをやっていたけれど、社内の人間関係になじめなくなって、「いいや、こんな会社」と思ってしまい、「両親もなくなってしまって、実家の弁当屋をつぐ」という理由で、きっぱりやめてしまった。


そのやめた時の年齢が二十五歳だから、すでに三年は一人でやっている計算になる。

「結婚とかなんとか」は、全く考えている余裕はなかった。

「今さらたいした自営業でなく、たいした財産もなく、親もなく・・・たいして美人でもなく・・・」自分で認める「四つもなく」で、そのまま独身、浮いた話は一つもない。


美幸の弁当屋の近くには、近くに大学や企業もあるので、人通りそのものは多い。

しかし、買いに来るのは近所の老人たちがほぼ九割、本当に気まぐれなサラリーマンか、年に一回か二回の学生だ。


「しょうがないなあ、こんなシャケ弁、のり弁が主体の弁当だもの」

「食べるのは年寄りとか、若くても余程マヌケな人だ」

「味そのものは、自信あるけどさ」

「何しろ、見た目が野暮ったい、今風じゃない」

「でも、今風にすると、大顧客の年寄り連中が買わない」

「こんなんで売り切れるから大したもんだ」

いろいろ、ブツブツつぶやくけれど、両親の教育がいいのか、美幸の努力なのか、あるいは新奇な味を嫌う老人層の保守性なのか、営業そのものは成り立っている様子。


さて、今日も、

「あの爺さん婆さんと世間話かなあ」とのんびり構えていた美幸の前に、珍しく若い男の子が立った。

男の子は、ほぼ大学の新入生、いかにも初々しいし、お坊ちゃま風。

お肌もしっとり真っ白で、目がクリクリとしている。


さて、その男の子は

「あの・・・のり弁ください」と来た。

美幸は

「わ!珍しい!これはこれは・・・目の保養だ」

「入学したてかなあ、このお店のこと知らないのかなあ、爺さん婆さん向けの味なのに・・・でもうれしいや、うんうん!」

ウキウキしてしまって

「はい、どうぞ、六百円に負けてあげる、それから初めてだから味噌汁サービスね!」

ついつい、ニンマリ大サービスをしてしまう。


その男の子は顔を赤らめて

「あ、ありがとうございます」

「すごくうれしいです」


美幸は、

「わーーーー初な子だなあ・・・」

「でも、こういう子が大学で悪いこと覚えて・・・うーん・・・」

と思いつつ

「まあ、これで最後かな、こんなどこにでもあるお弁当だもの」

で、その男子学生の去っていく姿を見ている。



ところが翌日、また、お昼にその男の子が店の前に立った。

そして男の子は、顔を赤くして

「あ、昨日はありがとうございました」

「お弁当もお味噌汁も、すごく美味しかったです」

「それで、今日はシャケ弁ください」


美幸は、何やら「天にも昇る気持ち」だ。

そして、またしても超ニンマリ。

「わ!ありがとう!うれしい!」

「じゃあ、味噌汁とポテトサラダもつけるね!」

うれしさの余り、商売度外視の大サービスになっている。

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