第287話春麗物語(1)

今からおよそ千二百年前、唐の国のお話でございます。

その唐の国のあるお屋敷に、まだ仕え始めたばかりの春麗という娘がおりました。

その容姿は顔麗しく愛らしく、例えるならば霞に香る春の花、風に揺れる柳の糸。

しなやかな肢体で、気高さは秋の月と比べられるほど。


そして、その春麗がお仕えするお屋敷のご主人、それはそれはかなりな財産家。

そのお屋敷も立派ながら、世間の評判もすこぶる高い。

その名声は、末代まで絶えないだろうと言われるほど。


さて、ある時、そんな春麗のお仕えするお屋敷に、和の国から来たという若い学生が招かれました。

その名は、雅、和国の大臣の御子息とのこと。

ただ、その御身分以上に、そのお顔が華やかで光り輝いています。

唐に来てしつらえたのか、華麗な官服を着こなしているのは当たり前のこと、それより何より、その顔はどの美女絵とくらべても、その上となる。

首から上だけで見れば、絶世の美女が男の髪型をしている、それ以外には表現ができないほどなのです。


そんな雅を招き、お屋敷の主人は喜びます。

「これほど、美しい若者にして、学才も豊か」

「出来ることならば、和国には戻さず、この屋敷に残したいくらいだ」


雅は腰を低く主人に答えます。

「和国では考えられないような素晴らしい御殿にお招きを賜り、恐縮の極みでございます」

言葉は少ないものの、答える声も、控えめな表情も、全て主人も含めて数多の客人の気をひくのです。


「いやはや、なんと美しい」

「男でこれほどの美しさとは」

「ああ 私の屋敷にも客人として迎えたい」

「彼を題に詩を詠んでも素晴らしいものになる」


そんな大人でさえ、雅には魅了されるのですから、お屋敷に仕える若い娘たちは、たまりません。


「お近くを歩いただけで、もう胸がたかまって」

「はぁ・・・少し流し目をされただけで、脚がガクガク」

「指とか・・・あの白くて細くて、きれいな指に触れたら・・・もうその場で・・・」


その雅に魅了されてしまった娘たちの中には、春麗も含まれます。


「今までは年寄り相手が多くて、ツンとしていられたけれど」

「もう・・・あの雰囲気は何?」

「近寄りたいけれど・・・他の子たちも狙っているし」

「でも、お金持ちの娘が、取り囲んでいる・・・」

「これは、なかなか・・・」

「でも、一度でいいから」


春麗の目も心も、雅から離れることはありません。



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