第281話いなくなった彼

晃子は最初は、少々神妙だった。

付き合っていた健二が交通事故らしいという情報が、馴染みの飲み屋で茜から耳にしたのである。

「さんざんコケにしたのが悪かったかなあ」

「いい女を乗せるためには、ベンツかBMじゃないとダメなんて言い張ったから、健二はそれを気にして、懸命に仕事していたんだよね」

「何とか新車を買うよなんて言って、少し青ざめた顔が不安だったけど、当たり前って言い張ったの」

「でも、そのあげく、寝不足で高速で事故らしいね、テレビ報道で名前が同じだった」

晃子

「やはり 貧乏人じゃダメかな、性格がいいだけじゃダメ」

「私みたいな、いい女は無理だったのかもね」

「まあ死んじゃったら、しょうがないなあ、その程度の人間さ」

「最初から金持ちに声をかけるべきだったね」

晃子

「うん、今度こそ、金持ちゲットだ、性格なんて、どうでもいいや」

そんな話になっていると晃子のスマホが鳴った。


「え?」

スマホの画面を見て、晃子の顔が真っ青。

そして茜の顔を怒り顔で見る。

茜は、晃子の怒り顔が理解できない。

「え?何?私が何をしたって言うの?」


晃子は黙ってスマホのライン画面を見せる。


「晃子、ベンツは新車を買った」

「懸命に仕事をした」

「でも、晃子との付き合いは、もうしない」

「金持ちを探してくれ」

「さようなら 健二」


険悪な雰囲気になる晃子と茜に、若い女性店員の美幸がひとこと。

「晃子さんの前の彼氏だったかな、さっきまで久しぶりにカウンターに座っていたんです」

「二人とも大声で話していたから、聞いていたのかもしれませんね」


「え?マジ?」茜

「何でそれを言わないの!」晃子

茜と晃子は、本当に焦って店を飛び出した。

おそらく「死んでいなかった健二」を追うのだと思う。



しかし、見つかるはずがない。

「健二」は、飲み屋のキッチンに隠れていた。


美幸

「巻きました」

健二

「ありがとう、スッキリした」

美幸

「健二さんが来ない時に、いつもあんな話ばかり、お金と車とか、肩書とか」

「死亡事故の名前間違えたのは、失礼だし」

「健二さんが遅れてきたけど、いつもの晃子さんと茜さんの本音を知らせたくてね、カウンター席に誘ったの」

「そしたら気付かず、あんな話にますます発展して」

「だから、私は、あんな二人に顔見せないほうが揉めないと思った」


美幸は、ちょっと顔を赤らめた。

「だから、お礼にドライブ連れてって」


健二は、ニコッと笑う。

「ああ、もちろん」


                                 (完)





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