第279話晶子と出張(完)

今度は俺のほうが緊張してしまった。

理事長夫妻と晶子の両親を前にすれば、もはや「公私混同」の指摘どころではない。


「はじめてお目にかかります」

俺は深く頭を下げる。


「ああ、いやいや、晃君、気にすることはない」

理事長は、思いの外鷹揚である。

「私たちが晃君を見たくて、いろいろとなの」

今度は奥様から声がかかる。


「え?」

俺には全く意味がわからない。

「気にすることがない」も「俺を見たくていろいろ」も、キョトンとなるばかり。


「さあさあ、お食事でも」

晶子の母から声がかかる。


「あ・・・はい・・・」

俺が答えると、晶子は俺の手を握ってきた。


食事場所はかなり格式が高そうなこの旅館の中でも、奥まった典雅な和室。

様々な京料理が運ばれてくるけれど、俺は緊張してしまい、いちいち料理など見ない。


「晃君ね、君のことを晶子が何度も電話してきてね」

「それが長くて」

晶子の父が話はじめた。

「もうね、一時間でもずうっとなの」

晶子の母が苦笑すると、隣りに座った晶子が顔を赤らめる。


「今まで晶子にこんなことはなくてね」

理事長にも晶子は電話していたようだ。

「だからねえ、私たちも、どうしても晃さんが見たくなりましてね」

「それから、もう一つあるけれど」

理事長者の奥様はクスッと笑う。


「それで、東京本社に連絡して晃君と晶子の京都出張をお願いした」

「そうでもないと、晶子の長電話がいつまでも続く」

創業者は苦笑している。


「いや、まったく知りませんでした」

俺としては驚くばかり。

しかし、こうして理事長夫妻と晶子のご両親と食事をしてしまっている。

そのうえ、今日は晶子の実家の旅館に泊まる。

「・・・全ては仕組まれていたのか」

「それも、なぜ俺が?」

晶子が何故、俺のことを長電話したのかがまずわからない。

仕事でフォローを何度もしたとはいえ、それは先輩として当たり前のこと。

こうして出張やら理事長夫妻とご両親とのお食事、そのうえ晶子の実家の旅館に泊まるまでのことはないだろうと考える。

そして、ようやく「公私混同」の言葉が、頭に復活した。


その俺の機先を制するように、理事長から

「晃君、これも何かの縁と思うほうがいい」

少し重めの言葉である。


「あ・・・はい・・・」

俺としては、そういうファジーな言葉を否定するのも難しい。


「それからね」

奥様が、バッグから一枚の写真を取り出した。

「この人わかるでしょ?」


かなり古ぼけたセピア色の写真、若い女学生が二人写っている。

一人は明らかに、奥様の若い頃。

そしてもう一人は・・・

「あれ!・・・お祖母様?」

俺は目を疑った。

母方の祖母に間違いがない・・・そう言えば、母は京都出身である。

父方の祖母は、早くに亡くなり、俺にとって祖母は京都に住む祖母。

母に食事の作法を習ったけれど、その母は祖母に厳しくしつけられたと言っていた。

ただ、俺にとっては、いつもやさしい祖母だ。

ずっと話をしていないけれど、母よりも気が合うことは間違いない。


「わかった?晃君、私と晃君のお祖母さんの佳子さんとは同志社での学友」

「本当にお友達で、今でもね・・・晶子も小さな頃から可愛がってくれて」

「いつも晶子からの晃君の話を伝えていてね、それはうれしそうに聞いてくれて」

「晶子が直接、佳子さんに話をすることが多いの、最近は」

「晃君も、佳子さんに電話しないといけないよ、寂しがっていたから」

奥様は少し涙ぐんだ。


やっと理由がわかった。

「こういう仕掛けか・・・もしかしてばあさんの仕掛けかな・・・」

「公私混同というけれど、どうでも良くなってきた」

そんなことを思っていると


会長が

「明日は桂子さんのお屋敷に全員で行く、我が社とも関係が深い佳子さんだ」

「東京本社には連絡済みだ」

「佳子さんが晃君と晶子の並んだ姿を見たいそうだ」


そう言えば、祖母から創業時に銀行家の祖父が融資をしたとか聞いたことがある。


そうなると運命なのかな、そう思うと、晶子はますます強く手を握ってきた。                                     

                          (完)





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