第266話玄敏僧都の話(2)鴨長明発心集

その後数年が経過した。

玄敏の元の弟子たちは、寺の用事で北陸方面に旅をしていると、そこに大きな河がある。

渡舟が来るのを待ち、それに乗り河を渡ることにした。

ところで、その渡舟の船頭を見ていると、髪の伸び方などが栗頭の法師のようであるし、汚らしい麻の衣を着ている。

最初は「なんと見すぼらしい船頭だなあ」と見ていたのだけど、何となく見たことのあるような僧のように見えてきた。

「誰かに似ている」と、ずっと考えていると数年前に失踪し行方不明になった自分の師匠の僧都らしいと思うのである。

それでも、他人の空似の可能性もあると思って、再確認をするけれど、どうみても和我が師匠の僧都である。

弟子はそう確認すると、様々な思いで涙がこぼれてくるけれど、人前でもあるから懸命にこらえ、何気ない振る舞いを続けていた。

船頭の法師も気がついている様子であったけれど、お互いにあえて視線を合わせない。

弟子としては、もう走り寄って

「どうして貴方様のような立派な方がこんなところで船頭など」と言いたいのだけど、周囲には人も多い。

「ここで、こんなこと言って騒動を起こせば迷惑になるでしょう」

「帰りの時にでも、夜分にお住まいの所を訪ねて、じっくりとお話を伺おう」

ということで、その時はそのまま終わりとなったのである。


さて、その弟子たちの帰り道、同じ渡しの所に戻ると、船頭は別人である。

弟子たちは、もう目の前が真っ暗、息もろくに出来ないほど、落胆する。

それでも気を取り直して事情を聞いてみると

「ああ、あの法師は以前からおりました」

「長年、この場所で船頭をしていたのですが、それほど身分の低い人間には見えませんでした」

「いつも澄んだ目をしていて念仏を一心に唱えていましたねえ」

「船賃を余分に取るということもなく、食べ物にもその時に食べられる量ぐらい」

「他は何も欲しがりませんでした、物を欲する心そのものがないんでしょうね」

「そういう無欲な人なので、里の人々から、すごく好かれて大切にされていましたねえ」

「ところが、突然何が起こったのかわかりませんが、かれこれのころ、かき消えるかのように姿が見えなくなりました」

という情報が入った。


「かれこれのころ」は、ちょうど自分たちが出会った日なのである。

正体がばれたと思い、また姿を消したのだと思う。


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